──震災から6年 これからも残したいこと

このあと気仙沼に向かって、明日の14時46分は、僕らが避難した気仙沼の「安波山」というところで黙祷します、毎年ですね。
「震災芸人」って言われたり、”なに言ってんだろうな?”って思いながら、僕らはあの津波を目の当たりにしたわけですよ。これは芸人としてではなくて、宮城県民として、生き残った僕らは関係なくやるしかないでしょと、富澤と確認しながらやりましたね。

”サンドウィッチマンを見たら、大震災を思い出すって言われるよ”とかいう声もあったんですけど、それはそれで、風化を防ぐためにはいいんじゃないかって。そしたら富澤は、もっと面白ければ大丈夫なんじゃないっていう。
僕らがいた所は、後に聞いたら8メートルの津波が来た場所だったので、生きてるのが奇跡的だと思いますね。
想像を超えていますよね、建物にバス乗っていたりしましたからね。甘く見ちゃいけないって思います。

宮城の沿岸っていうのは平野なんですよね。高台がないんですよ。だから、津波が4キロ先、6キロ先まで来てるんですよ。同じような場所にいた方のお話聞くと、逃げる方向を間違えて、そのままのまれた方もいらっしゃいますし。
仙台でやってる番組のスタッフの指示で、オープニングを撮ったあの山に逃げようとなったんですよ。
300メートルくらいの山の中腹で、観光地として有名で景色も見えるんですよね。あのチョイスは素晴らしかったですね、本当に命の恩人ですね。
当時すごい寒かったんですよ、雪もちらついていて。僕らと同じ場所に避難した方が「毛布取りに行ってくる」って言って山を下りて行ったんですけど帰ってこなかったんですよ。だから、避難勧告が解除されるまで、絶対に戻っちゃいけないんですよ。

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