鈴木敏夫のジブリ汗まみれ 試写室 れんが座
「ポニョはこうして生まれた。〜宮崎駿の思考過程〜」一本の壮大なドキュメントDVDがいよいよ登場。それをいちはやく体験したリスナーモニター、ラジオパーソナリティ、雑誌編集長、ショップ店員、などのみなさんが、それぞれの視点で“宮崎駿”とその仕事について考えます!質問など自由に書き込んでください。「ジブリ汗まみれ 九十九の言葉」特設掲示板も引き続きやってます!是非あなたも「試写室・れんが座」へ!!
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[No.2] 『崖の上のポニョ』感想
投稿者:ヨミウリ・オンライン「ジブリをいっぱい」担当 依田謙一 / 男性 / 30代 / 東京都 投稿日:2009/7/27 14:49
「死の匂い」で充ちている。
それが「崖の上のポニョ」を目にした最初の印象だった。
もちろん僕は死の匂いなど知らない。実際にそんな匂いが存在するのかと問われたら、はなはだ怪しいと言わざるをえない。
しかし、嗅いだこともないその匂いを、冒頭、満月が浮かぶ海の情景から、終盤、宗介がグランマンマーレと対峙する場面までずっと感じていた。むしろ、この映画を通じて初めて死の匂いというものを体感したと言っていい。
それは、底なしだけど神秘的で、残酷なのになぜかやわらかく、今までに経験したことのない感覚。言葉で表現しようとした瞬間、指の隙間からこぼれ落ちてしまいそうなくらいとらえどろこがないのに、
確実にすぐそばに存在しているような不思議な感覚。
特に中盤、町が水没し、宗介とポニョがさまよう世界が「こちら」なのか「あちら」なのか分からなくなってくると、一層この感覚は強まってくる。
ところが、最後の場面で宗介がポニョとともに生きていくと約束した直後、死の匂いは一掃される。
突然、強烈な「生」が目の前に現れ、ポニョは盛大に祝福される。まるで、生命が誕生する瞬間のように。
勘のいい人ならもう気づいただろう。「ポニョ」はメメント・モリそのものだ。
メメント・モリとは、「死を想え」を意味するラテン語で、死に想いをめぐらせることで浮かび上がってくる「生」と向き合おうとするアプローチ。古代ローマ時代に生まれたとされ、キリスト教による解釈を経て、芸術の分野でも幾度となく取り上げられてきた。
「ポニョ」はきっとその最新版。だからこそ、論理をかなぐり捨て、感覚的な表現を重んじている。死の感覚を言葉で説明することなど、そもそも困難なのだから。
「千と千尋の神隠し」あたりから宮崎駿監督のメメント・モリ的な趣向は強まっていると感じていたが、この作品で極まったように思う。
なぜか。
監督自身が年齢を重ねたことと関係しているかもしれない。作品の世界そのままに幼稚園と老人ホームが隣接するスタジオジブリの周辺環境とも関係があるかもしれない。自殺者が増加している世相とも関係あるかもしれない。
だけど僕は勝手に「やわらかく死を想うことで感じることができる強い生」のようなものが、この時代を生きる人の鋭気となるかもしれないと監督は考えたのではないかと想像している。
だって、「ポニョ」を見た僕自身が、実際に「さて、明日も、生きるか」という鋭気を与えられたから。
それにしても、「命を吹き込む」という原義を持つアニメーションが存分に死の匂いを充満させ、ここまでメメント・モリを表現しうるとは、いやはや興味深い。
いつか自分が「あちら」の世界に行くことがあるのなら、古代ローマ人と「ポニョ」の話をしてみたいと思う。
ヨミウリ・オンライン「ジブリをいっぱい」担当 依田謙一
[No.1] 『崖の上のポニョ』感想
投稿者:報知新聞社 文化社会部記者 高柳 義人 / 男性 / 30代 / 東京都 投稿日:2009/7/27 14:40
ポニョの感想を、との依頼を安易に受けてしまって、とても後悔している。言葉で説明しようとするのが難しい。何と表現しても、その魅力を断片的にしか伝えられないのでは…。映画担当記者としては失格だろうが、見終わったあと、そんな気持ちが頭をよぎった。
私は、昨年の“ポニョ”の公開直前に、映画担当を離れた。それまでは、映画製作が決まり、時折、情報を伝えてきた。「宮崎駿版・人魚姫」「CGを封印して1枚、1枚手書きにこだわった」「新しい、水、波の描き方を模索している」。そういった説明は間違いではない。だが、そんな言葉が陳腐に聞こえてしまうほど、実際の作品はパワーに満ちあふれていた。
論理的に考えるよりも、体全体で感じる映画。そういった思いが強い作品だ。生命力にあふれて夢に向かって希望に一心不乱に突き進むポニョと、そんなポニョの姿に、疑うことを知らず大きな心で包み込む宗介。ピュアのラブストーリーとしても成立しているが、それもまた映画の一側面でしかない。環境破壊、老人介護、親子愛…。様々なメッセージが盛り込まれているが、それを説教くさく押しつけるのではなく、“あるがまま”に作品の中に存在している。
自分が気に入っているシーンは、水没してしまった街の中、宗介とポニョがおもちゃの舟で“探検”に繰り出していく場面。子供のころ、授業中に窓から外を眺めて色々なことを考えるのが楽しかった日々を思い出した。太陽を見て、雲を見て、色んな想像を繰り広げた。自分の頭の中では無限に広がっていった夢のような“ストーリー”。子供の頭の中を覗きこんだような展開に、大人になって忘れてしまった、感性豊かだったはずの遠い昔の子供時代を思い起こさせてくれた。
映画は映画館の大スクリーンで見るもの、ビデオやDVDは邪道−。そういった思いは今でも変わっていない。だが、“ポニョ”に関しては例外かな、とも思う。見るたびに新たな発見がある宮崎アニメの神髄を楽しむツールとして、数年後に、子供と一緒に楽しんで感想を語るのもいいし、自分が年を取るにつれて、“ポニョ”どういった感情が芽生えるか、そんな感情の変化を楽しむこともできる希有な作品だと思う。
報知新聞社 文化社会部記者 高柳 義人
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