鎌倉歴史と文化を兼ね備えた街
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ON AIR REPORT

鎌倉歴史と文化を兼ね備えた街



番組放送内容についての訂正とお詫び

9月17日(日)放送 BUSTALGIA番組内にてご紹介した「スルッとKANSAI バスまつり」ですが、台風の影響により中止となっておりました。
リスナーの皆さま ならびに 主催者さまにご迷惑をおかけしたことをお詫びするとともに修正させていただきます。


優しく吹き抜ける潮風

鎌倉文学館で個展をやる
と、先生から突然の便り。
僕の家からだとバスが便利だ。
初めての、鎌倉。

昔、僕も作家を目指していた。
あっさり諦めたけど。
「どう、最近は。ワクワクしてる?」
再会した先生の第一声。
そのシンプルな問いに、
僕は答えられなかった。

きっとその答えは……ノーだ。

還暦を過ぎても現役の先生。
「ワクワクすること…」
口の中で繰り返す。

夕日が水平線へと沈む。
波間がオレンジ色に染まっていく。
気付いたら2時間も浜辺でぼんやりしていた。
指先からこぼれる砂をもてあます。

よし。今夜は帰らない。
そして明日は、一つでも多く、出会いを探す。
まずはじめに、やっぱり。
大仏様に会いに行こう。

僕は砂を捨てて、立ち上がった。
もう、ワクワクは始まっていた。

INFORMATION

神奈川県・三浦半島の付け根に位置する鎌倉市は、「湘南」と呼ばれる地域の中でも、歴史と文化を兼ね備えた街として知られています。 東西と北の三方を山に囲まれ、南には相模湾が。源頼朝が、ここ鎌倉に幕府を構えた理由の1つは、このように、外部からの侵入が難しい、天然の要塞であったからと考えられています。
北東の山から流れ出る「滑川」は、6.3キロメートルの短い旅を終え、相模湾に注ぎます。その河口の西側に広がる「由比ヶ浜」は、一説によると、その名前の由来は、鎌倉初期からこの地を支配していた「由井氏」に因んだものと言われています。
夕方、砂浜に腰を下ろし、西の空に目をやると、稲村ヶ崎に日が沈みます。心なしか、少しだけゆっくりと流れる時間。今年の夏も、たくさんの人で賑わった由比ヶ浜は、今、再び落ち着きを取り戻しています。
潮風が優しく吹き抜けるこの街も、南海バスのバスは走る。

弓を射る快音が響き渡る街

的中だ。
騎手の放った矢が見事に的に命中した。
湧き上がる歓声。
全速力で駆け抜けていく、一点の染みもない真っ白な馬。
馬上で手綱をひく騎手の横顔は誇り高く美しい。

自分が迷わなければ、馬も迷わない。
凛とした背中がそう語る。

また、命中した。
砕け散る的。
駆け抜ける馬。
歴史と信仰が根付くこの町に
人々の歓声が響き渡る。

八幡宮の上空を幾羽もの鳩が飛んでいく。
その昔、静御前が誠の愛を舞ったという
朱塗りの舞殿をゆっくりと旋回する。

興奮の醒めない足取りで
帰りのバスへ向かう。
もう一度社を振り返る。
白鳩の群れが
秋晴れの空へと
翼を広げていた。

INFORMATION

鎌倉のシンボル、「鶴岡八幡宮」。1180年、通称「源平合戦」と呼ばれる「治承・寿永の乱」を控えた頼朝の手によって、現在の位置に遷されました。
合戦に勝利し、鎌倉幕府を開いた頼朝は、その中枢となる施設を、八幡宮を中心に整備していきました。つまり、鎌倉の街の中心に八幡宮ができたのではなく、八幡宮を中心に鎌倉の街が形成されたのです。
頼朝はこの地で政治を行う傍ら、相撲や雅楽など、現代にも引き継がれる様々な行事を催していきます。
その中の一つが、今も鶴岡八幡宮の神事として執り行われている、流鏑馬でした。
現在、鶴岡八幡宮の流鏑馬神事は、年に3回行われており、今年はあと1回、10月1日 日曜日に開催される予定です。
弓を射る快音が、時代を超えて響き渡るこの街も、江ノ電バス藤沢のバスは走る。

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