府中観光客で賑わう、古き良き日本
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ON AIR REPORT

府中観光客で賑わう、古き良き日本

先人たちが築いた礎

毎年のように海外旅行に出かけては、偉そうにウンチクを語っているくせに、
自分の生まれ育った街のことを、私は何も知らなかった。

そう気付かせてくれたのは、
道端にひっそりと咲く花のことを教えてくれた、一人の少女だった。

そう思うと、急にもっといろんなことが知りたくなって、街の資料館にやってきた。
昔のことを尋ねると、スタッフはみな、どこか誇らしげな顔で丁寧に教えてくれた。

まただ…。
好奇心にかられ、知らない何かを知ろうとするたび、
まるで条件反射のように胸が痛む。

一番大切なことを、
一番近くにいた彼女のことを、
ちっとも知ろうとしなかったくせに。

彼女の声を、聞こうとしなかった。
彼女の笑顔に浮かぶわずかな影に、気付こうともしなかった。

あの日、彼女が最後に流した涙の意味が、今になってようやくわかった気がした。

帰り際に、道端の梅の木に目が向いた。
寒さに耐える蕾たちは、間もなく、花開こうとしていた。

INFORMATION

広島県府中市の市街地一帯は、かつて備後の国と呼ばれ、大いに栄えたとされています。10世紀に書かれた書物「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」にも、「国府在葦田郡(こくふあしだぐん)」という名で登場します。
当時の地方行政府である「備後国府」跡地の一部は、「備後国府跡」として、現在、国の史跡に指定されています。
昭和42年に最初の発掘作業が行われると、大型の木造建造物や池の跡が相次いで発見されました。それらの構造物は、規則正しく配置された柵や溝によって、驚くほど整然と並んでいました。
「備後国府瓦」と呼ばれる紋様が施された瓦、また、陶器や磁器などの調度品も出土され、8世紀から12世紀頃までの国の成り立ちと衰退を知るうえで、重要な遺跡となっています。
先人たちが築いた礎の上に根付くこの街も、中国バスのバスは走る。

江戸時代の政治・経済の中心地

どこか遠くのほうから かすかに香ってくる春の匂いを、鼻の奥で感じながら、
生まれ育ったこの町を、あてもなく歩いてみる。

あの頃から変わらない、白壁の家を見上げると、
独特な建築様式が気になった。

気がついたのは、私が大人になったから?
そう。あの頃の小さな私は、いつも下を見て歩いていた。

何かの部品、変わった形の石、身を潜めるようにひっそりと咲く花。
そんな小さなものたちが、私にとっては大発見だった。

私が笑顔で見上げると、父は笑って抱き上げ、肩車をしてくれた。

今は、車椅子を押す私の顔を、父が見上げる。
どうしたの?と聞いてみると、嬉しそうに、道の端を指差した。

そこには、名前も知らない小さな花が、やっぱり控えめに咲いていた。

INFORMATION

広島県上下町は、かつて甲奴郡に属していた町。2004年4月に府中市へ編入され、「府中市上下町」となりました。
江戸時代には、幕府の直轄地として代官所が置かれた、政治・経済の中心地です。
銀の採掘が行われていた「旧石見銀山」から瀬戸内海への銀山街道の宿場町として、両替商などの金融業で栄えました。
街のメインストリートには、通行人の目を引く白壁の家が軒を連ね、「なまこ壁」「うだつ」「格子窓」「虫篭窓(むしこまど)」といった、今では見られなくなった建築様式を目にすることができます。
街のシンボルである「上下キリスト教会」や、大正時代に建てられた芝居小屋「翁座」などを中心に、現在も観光客で賑わっています。
「古き良き日本」を象徴するこの街を、中国バスのバスは走る。

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