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一度ハンドボール部を辞めた後に顧問の先生が…宮崎大輔さんの秘話  (2017/04/29 放送)

今週は、プロ・ハンドボール選手の宮崎大輔さんをお迎えしました。

1981年生まれ、今年36才になる宮崎さん。よく宮崎県出身だと間違われるそうですが、大分県出身で、鹿児島出身の恵さんに対抗意識を燃やして冗談っぽく地元アピールをしてくれました。

「(大分は九州でも)福岡に続いて1番2番ぐらいじゃないですか。鹿児島はけっこう下位の方だと思うんですけど。大分と言えば、別府温泉から始まり…まぁ、ふぐですよね。あと、やっぱり世界でも有名な関サバ関アジ。デパートも世界の<トキハ>がありますから。トキハと書いて“ときわ”なんですね。これは世界のデパートですよ。大分にしかないという(笑)」


宮崎さんがハンドボールを始めたのは小学校3年生の時。先に始めていたお姉さんに勧められてやってみると、ドッジボールが得意だったこともあって最初から簡単にゴールを決められたとか。そして「こんな簡単にできてみんなからワイワイされる競技っていいなぁ」と思っていたそうですが、4年生の時に出場した九州大会で初めての挫折を経験。上には上がいて、まったく通用しなかったそうです。

「これは練習を真面目にしなきゃいけないというのからハンドボールにのめりこんでいきましたね」「いっつも勉強のノートにフォーメーションみたいなのを書いてました」と宮崎さん。ただ、中学生の時にはバスケットボールに浮気したこともあったようです。

「当時『スラムダンク』という漫画が凄い人気で、バスケット=モテるみたいになっちゃってて。ハンドボールは運動場のホントに隅っこなんですよ」。一度はハンドボール部を辞めたという宮崎さんですが、他の部活に入ろうとしてもなぜか先生たちが入部届を受け取ってくれなかったとか。

「バスケ部に入れないんだ…っていうので、外に出てストリート・バスケっていう3対3のやつをずっとやってたんですけど、ハンドボール部の顧問の先生とかハンドボール部の友達とかが毎日家に来て、ハンドボールしよう、ハンドボールしようと。で、数ヶ月ぐらいでバスケット辞めてもう1回ハンドボールをやり始めたんです(笑)」

実はこの話には裏があり、ハンドボール部の顧問の先生が「宮崎大輔っていう選手がいます。他の部活に入らせないで欲しい」と職員会議で土下座して他の先生たちに頼み込んでいたんだとか。宮崎さん本人は大人になってから初めてその事実を知ったそうで、「その時はもう泣きましたね。あれがなければたぶん僕バスケしてたんだろうなって」「(ハンドボールで良かったって)ホントにそう思います。だからその先生には凄い感謝ですね」とおっしゃっていました。


その後はハンドボールの名門として知られる大分電波高校(現:大分国際情報高等学校)に進学し、インターハイで2年連続の得点王に。大学は日本体育大学に入り、1年生の時に出場した世界学生選手権で得点ランキング2位を獲得。また、ベストセブン(ハンドボールは1チーム7人でやるスポーツ)にも選ばれます。

「身長が高いのに凄い技術のシュートを打ってきたりとか。で、僕もそれに負けたくないっていう気持ちで一生懸命やってるのが凄く面白くて。海外の人と試合できるってことはそうないので」と世界選手権について話してくれた宮崎さん。それをきっかけに海外でもう一度やってみたいとスペインへの留学を選択します。

スペイン・リーグはドイツのブンデスリーガと並んで世界トップクラスのリーグなんだそう。「スペインってハンドボールが凄い盛んなとこなんですね。何千人って入るんですよ。ハンドボールで何千人入るって見たことなかったんで、うわぁこんな環境でやれるんだって」。宮崎さんはそんなスペインの3部リーグからスタートしたそうですが、最初の頃は信頼がないのでパスが回って来なかったとか。

「センターでパスが回ってこないってもう最悪なんですよ。コミュニケーション取れないし…っていうので最初はどうしようかと。とりあえず喋れなくてゼスチャーなりで。あとは練習が終わった後もカフェに誘っとたりとかして、ちょっとずつコミュニケーション取っていって…」

宮崎さんにスペイン留学で学んだことについて尋ねるとこう話してくれました。

「1つのプレーで100%、120%でやるっていうことをみんな心がけていたのかなと思いますね。日本って練習の時間が長いんですよ。4〜5時間、3〜4時間っていうのが当たり前なんで、やっぱりどっかで抜こうとしてるわけですよ。それを監督、コーチが注意してましたね。なんでここで一生懸命やらないのか、ここで一生懸命やらないから差が生まれるんだって」

「スペインって練習時間が短いんですよ。1時間か1時間半ぐらいしかないんですよ。だからこそ、1つ1つのプレーをしっかりやりなさいっていうのはよく言われていましたね。で、自主トレしようと思うとダメなんですよ。禁止なんですよ。自主トレするぐらいだったら、ここの1時間半を1つ1つのプレーで集中して欲しいと」


帰国後はインターカレッジで優勝し、MVPも獲得。しかし、スペインでのプレーを経験した後では日本の大学のレベルに物足りなさを感じたそうで、大学を中退して実業団でプレーすることを決断します。

「お母さんたちには、やめときなよ、あなた教員の道を捨てるの?というのは凄く言われたんですけど、僕はハンドを始めた時からチャレンジャーなんで、そこを忘れたら僕じゃないって。逆に親父は、お前はいつもチャレンジャーでいろ、って言ってたので。だからお母さんには、辞めた後、実業団に入ってから連絡しました(笑)」


ちなみに、ハンドボールは「走る、飛ぶ、投げる」という3つの要素が大事なスポーツなんだそう。テレビ番組『スポーツマンNo.1決定戦』で優勝した経験のある宮崎さんですが、その時は各種目の1位が1つもない総合力での勝利で、「だからハンドボールの特徴が伝えられたかなと思いますね」と話してくれました。

来週も引き続き、宮崎大輔さんをお迎えします。お楽しみに!
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