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角松敏生さんのプロデュース論とは?  (2017/06/17 放送)

先週に引き続き、今週も角松敏生さんをお迎えしました。

ソロ・アーティストとして活躍する一方、プロデューサーとして他の人の作品にも関わってきた角松さんですが、プロデューサーという仕事についてこんなことをおっしゃっていました。

「一時期、“プロデューサー・ブーム”みたいなのがあったんだけど、結局“プロデュース”って言いながら、どう見てもアーティストを傀儡にしてプロデューサーが自分を売ってただけにしか見えないんですよね。俺はプロデューサーっていうのはあくまで裏方だと思ってるんで、そのアーティストがどうハッピーになるかっていうのを基本的に考えるんです」

そんな角松さんが初めて他の人のプロデュースを手掛けたのは、デビューから2年経った83年のこと。移籍した事務所にちょうどTVアニメ『キャッツ・アイ』の主題歌で大ブレイクした直後の杏里さんがいて、その次のシングルのプロデュースを頼まれたそうです。

元々、裏方に興味があったという角松さんですが、この話には「えー!?」と思ったそう。その理由は、大ヒットした次の曲というプレッシャーに加えて、「歌謡的な大衆音楽で市場を狙える曲が自分には作れない。自分の自己満足になっちゃ困る」という気持ちがあったからだとか。

そこで、角松さんは作詞作曲から音作りまですべてを自分でやるプロデュースではなく、他所から曲やスタッフを集めてくる総監督タイプのやり方で杏里さんの曲を手がけることに。歌謡曲的な美味しさと洋楽的な洗練された部分を併せ持った才能ということで、すでに多くのヒットを生み出していた林哲司さんと康珍化さんにお願いすることにしたそうです。

作曲家の林哲司さんには「モータウン・サウンド的なアプローチの曲」、作詞家の康珍化さんには「彼氏に友達を紹介したら友達にとられちゃったというストーリーの詞」というオファーを出し、その結果完成したのが「悲しみがとまらない」という曲でした。

「それを今度は僕が全部譜面に起こしてアレンジしてレコーディングしてミックスもやって…そういうプロデュースでしたね。だから、僕自身が作った曲じゃないんですけども生み出したんです、そういう形を使って、皆さんの力を引き出して。そしたら1位をとってくれたから、裏方として物凄い自信が付きましたね。だから、僕自身が『悲しみがとまらない』を聴いて、“いやこれは俺にはできねえな”と思いますもん」


また、1988年には中山美穂さんのプロデュースを手掛けますが、この時は向こうからの逆指名だったそうです。「中山美穂さんはあの当時まだ10代でしたけど、凄く音楽が好きな方だったようで、僕の音楽も聴いてて、大人の音楽に憧れる、みたいな。やっぱり当時の10代とかって背伸びをするってところがみんなあったじゃないですか」

そんな中山美穂さんのアルバムに提供した2曲のうちの1つが「You’re My Only Shining Star」でした。「中山美穂さん自身が凄くその曲を好いてくださって、ライブでも凄い大事に歌ってくださってたっていう話を後から聞いたんですけど。そしたらファンの間でも有名になるわけですよ」。元々はシングルになる予定はなかった曲だそうですが、徐々に人気が高まり、最終的にはシングル・カットされて大ヒットします。

そして、続く中山美穂さんのアルバムのプロデュースを任された角松さんは、当時流行しつつあった新たなサウンドにチャレンジしました。

「小室哲哉くんとかがやる前夜、ほんの一瞬前夜なんですけど、ユーロビートをやってみようと思ったわけですよ。要するに『マハラジャ』(六本木にあるディスコ)がガッと行きかけの頃だったんですよ。中山美穂にユーロビートを、それでユーロビートの作り方も自分で勉強できるじゃないですか。これが面白かったわけです。おまけにそれが売れてくれたんで。それも1つの実験だし、チャレンジだったかもしれない」


中山美穂さんについて「でもやっぱり、中山美穂さんっていうアーティストっていうか、人気のある方がそこにいらっしゃって、その彼女の力は大きいですよね」とおっしゃっていた角松さん。しかし、プロデューサーとしてはかなり厳しい人のようで、歌のレコーディングを何度もやり直させたので、杏里さんも中山美穂さんも途中で泣いてしまったとか。

「でも、あの2人は根性あるんですよね。切り替えて乗り越えてやってくれましたね」「自分の作った曲だし、アイドルだから下手でもいいよとか、そういうのは僕の中にはなかったですよね。僕を指名してくださったんだったらこういうところはちゃんとやるよね、っていう。そういう感じですよね、やっぱり」「そういうふうにレコード作ってましたからね。今はなんかそういう感じじゃないですからね」


今年でデビュー36周年の角松さん。レコーディングはもちろんライブのクオリティの高さにも定評があり、昨年はなんとトータル6時間、40曲にも及ぶライブを行ったとか。そして、現在はニューアルバム『SEA IS A LADY 2017』を引っさげてのツアー『TOSHIKI KADOMATSU TOUR 2017 “SUMMER MEDICINE FOR YOU Vol.3”~SEA IS A LADY~』の真っ最中です。

そこで、角松さんにとってのライブは?と尋ねると、まず「今は単純にメシを食う中心のネタです」という答えが返ってきましたが、そうおっしゃる背景にはやはりCDが売れない時代だということがあるようです。

「パッケージ・ビジネスというか、1つの作品として聴かなくなったので。例えば、今いろんなアーティストがCD出してますけど、1曲1曲が意味があってその1枚を構成して、それをじっくりと消費者が向かい合って聴くというよりも、自分の好きな1曲を取捨選択しながら聴くという時代ですので、その1枚に対して対価を払うっていう考え方はないですよ」

「単純にYoutubeで聴くだけだったら聴けますから。そういう消費の仕方になったら絶対にパッケージなんて意味がないですよ。一部のマニアなファンとか、僕のファンみたいな昔からの音楽ファンは、アルバムを大事にして、ああ好きなアーティストのアルバムが出たぁ…つって胸に抱いて…みたいなそういう聴き方をする人もいますけど圧倒的に少数ですし」

「そうなってくると音楽家は何で飯を食うのかと言ったらやっぱり生演奏というかね、お客さんをそこに呼んで、何枚チケットが売れましたっていうことが一番わかりやすいビジネスになりますよね。だからどのアーティストさんも皆さん今はライブ中心です。もう大変ですわ。土日の取り合い。会場が取れないんでね」

良い会場の良い日程となると、今は2年前に抑えないといけないこともあるとか。「2年先の話なんですけど…って、馬鹿野郎、死んでっかもしんねえだろ!みたいな(笑)。もうホントそうですからね」。昔はアルバムを出してそのプロモーションでツアーを行っていたのが、今は逆にライブの宣伝としてCDを出すという状況になっているそうです。

そして、そんな時代においても「大衆音楽でもレコーディングアートとして音楽をやるべき」だと考えているという角松さん。ライブについては「実際に演奏してんだよ、ホントに、っていうのを見せるのがライブだと思うんです」「僕はレコーディングのクオリティをライブでも見せるから、必ずレコーディング・メンバーでツアーを回るっていうのを今でも一応モットーにしているわけですよ」とおっしゃっていました。

「で、なおかつ、そこにはライブとしてのお客さんの参加意識、それから、僕らの場合は例えば間奏をアドリブにしてみたりとか、ライブならではのインプロビゼーションってのができるので、そういったところをまた見せ場にすると、ライブならではの空気感、一期一会感っていうのも出てくるしっていう。何ていうんですけかね、CDの別バージョンを聴いているみたいな感じですかね。そういう醍醐味」


最後に、角松さんにとっての挑戦について伺うと、「ナゾ解き、ですかね」と答えてくれました。「挑戦すればするほど新しいクエスチョン、クエストが出て来るし。俺もそろそろ良い歳だから、相当達観しただろう…って思うと割りとそうじゃなかったりとかね。そういったクエストが必ず出てくるんで。トライすれば必ずぶち当たるのはそういったナゾですからね」

番組ではそんな角松さんの挑戦に関するメッセージを色紙に書いて頂きました!こちらの色紙を1名様にプレゼントします。このホームページ右のメッセージフォームから「角松敏生さんの色紙希望」と書いてご応募ください!
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