世界一のパティシエ、辻口博啓さんが語るトイレ掃除(2016/12/24 放送)
クリスマス・イヴの今回は、パティシエの辻口博啓さんをお迎えしました。
1967年、石川県七尾市生まれの辻口さん。クープ・ド・モンドをはじめとするスイーツの世界大会で優勝し、サロン・デュ・ショコラ・パリのショコラ品評会では4年連続で最高評価を受けた世界一のパティシエで、東京・自由が丘の人気店『モンサンクレール』を筆頭に13のブランドを展開しています。
2015年にはNHKの朝ドラ『まれ』で製菓指導を担当。その他にも様々な活動を行っていて、金沢市に専門学校『スーパースイーツ製菓・調理専門学校』を開校したり、金沢大学の非常勤講師や石川県の観光大使を務めるなど、地元にも貢献しています。
「食にまつわることに関して物凄く興味があるので、それが僕のライフスタイルになってて、最後はお金を残すよりも人を残したいなって。そういう思いにかられちゃうんですね」という辻口さん。また、ご自身の作るお菓子についてはこんなこともおっしゃっていました。
「僕の恩師が今、漆芸美術館の館長をやってるんですけど、花の世界には華道があり、お茶の世界には茶道があると。で、お前は菓子の世界に道を作れ、って言われたんですよ。いわゆる“菓子道”を作らなきゃいけないんだ、ってことを言われてですね。で、そっから日本の文化っていうものを非常に意識するようになってですね」
「今、フランスのサロン・デュ・ショコラで4年連続の最高格付を頂いてますけど、やっぱり日本の発酵と発酵のマリアージュだったりとか、昆布の中から抽出したグルタミン酸を使ってカカオを組み合わせたチョコレートだとか、世界の人たちがわからない新しいクリエーションを世界に発表することによって、辻口の作る世界観っていうものを世界の人たちにいろいろ表現しているわけなんですよね」
辻口さんは今でも美味しいと評判のお店の味をチェックするそうで、若い頃は「お菓子屋さんのストーカー」のようなことずっとやっていたとか。美味しいお店のゴミ箱を漁って使っている材料の銘柄をチェックしたり、買った商品の味が変わらないようにと、家に帰る前に和光(銀座にある商業施設)のトイレで食べていたこともあるとおっしゃっていました。
「このお菓子の最高の美味しさってどういう味なのかなって知りたいから家まで帰るんじゃなくて和光の…しかも和光の一番上のトイレが一番綺麗ですね(笑)」
実家は和菓子屋さんで、和菓子も好きだったという辻口さん。小さい頃はお店を継ぐつもりだったそうですが、小学校3年生の時に友人の誕生日パーティーで食べたショートケーキで人生が変わったとか。
「僕はバタークリームのショートケーキ風のものは食べてたんですけど、田舎なんでちょっと遅かったんですね、ショートケーキがうちの街にやってくるのが(笑)。で、初めてショートケーキが出回った時にそれを食べて物凄く感動してですね。口の中でとろけちゃうし。こんなに人を感動させる食べ物が世の中に存在するんだ、っていうことをその時初めて知って。そこからですね」
中学・高校時代は応援団長や生徒会長を経験。学生時代を楽しもうと思ったきっかけは、お祖父様が亡くなって命に限りがあると気づいたことだったとか。「2度とこんな学生生活できないんだから、やれるうちに応援団長とか生徒会長とかに立候補してみようと。僕なりにそういう挑戦をやってたんですよ」
実家の和菓子店は辻口さんが18才の時に倒産。高校を卒業した辻口さんは上京し、部屋を借りるお金がなかったので、住み込みできるところを見つけて洋菓子店で働き始めます。そのお店には6年間勤めたそうですが、給料は時給に換算すると160円だったとか。
「僕がトイレ掃除、外の掃除をやらせられて。で、戻ってくると何かしら、生クリームに砂糖入れて泡立てておきなさいとか、洗い物だとか、あとは焼き菓子の残数を数えときなとか、まずはそういうところからスタートしてましたけどね」と働き始めた頃のことを振り返ってくれた辻口さん。初めて全国大会で優勝してフランス行きの切符をもらったのは23才の時だったそうです。
「フランスに行って初めてフランス菓子の素晴らしさを知るんですけど、23才で日本一になったからといって生活が変わるわけじゃないんですよね。明け方3時4時まで必ず起きてて、一日一晩で一台のケーキを作るっていうのを決めて、それをずっと6年ぐらい続けてましたから。出来上がったものを次の日にシェフに食べてもらったりとか」辻口さんの「地味な仕事ができない人は伸びない」という言葉は、そういった下積み時代の経験から来ているようです。
「底辺をしっかりやっていない人は、その底辺に行った人間の心境がわかんないんですよね。そのトイレ掃除を一生懸命やってる奴の気持ちもトップとしてわかっとかないと。やっぱりそういう人間を拾い上げる力ってなくなっちゃうんですよね。いいところだけをトントンって掴んでいった奴は組織力をまとめあげる力には欠けてるところがあると思います」
「ショーケースは華やかですけど、やってることはトイレ掃除とか。でも、トイレ掃除が僕の仕事であるならば、先輩から教えてもらったよりも、もっと早く美しく仕上げるっていうね」「トイレ掃除のホースの巻き方、片付け方…ビニール手袋を綺麗に洗って中も綺麗にしとけば、気持ちよくパッとはめられて、ホースも持った瞬間にパラパラっとこう早く掃除に取りかかれるわけですよ。そういう”この仕事は絶対誰にも渡さんぞ!”ぐらいの気持ちでね」
今回、スタジオにロールケーキを持ってきてくれた辻口さん。
ご自身がプロデュースするロールケーキ専門店『自由が丘ロール屋』のケーキで、お米で炊いたカスタード・クリームを使っていてグルテンがないので胃もたれしないそうです。
1967年、石川県七尾市生まれの辻口さん。クープ・ド・モンドをはじめとするスイーツの世界大会で優勝し、サロン・デュ・ショコラ・パリのショコラ品評会では4年連続で最高評価を受けた世界一のパティシエで、東京・自由が丘の人気店『モンサンクレール』を筆頭に13のブランドを展開しています。
2015年にはNHKの朝ドラ『まれ』で製菓指導を担当。その他にも様々な活動を行っていて、金沢市に専門学校『スーパースイーツ製菓・調理専門学校』を開校したり、金沢大学の非常勤講師や石川県の観光大使を務めるなど、地元にも貢献しています。
「食にまつわることに関して物凄く興味があるので、それが僕のライフスタイルになってて、最後はお金を残すよりも人を残したいなって。そういう思いにかられちゃうんですね」という辻口さん。また、ご自身の作るお菓子についてはこんなこともおっしゃっていました。
「僕の恩師が今、漆芸美術館の館長をやってるんですけど、花の世界には華道があり、お茶の世界には茶道があると。で、お前は菓子の世界に道を作れ、って言われたんですよ。いわゆる“菓子道”を作らなきゃいけないんだ、ってことを言われてですね。で、そっから日本の文化っていうものを非常に意識するようになってですね」
「今、フランスのサロン・デュ・ショコラで4年連続の最高格付を頂いてますけど、やっぱり日本の発酵と発酵のマリアージュだったりとか、昆布の中から抽出したグルタミン酸を使ってカカオを組み合わせたチョコレートだとか、世界の人たちがわからない新しいクリエーションを世界に発表することによって、辻口の作る世界観っていうものを世界の人たちにいろいろ表現しているわけなんですよね」
辻口さんは今でも美味しいと評判のお店の味をチェックするそうで、若い頃は「お菓子屋さんのストーカー」のようなことずっとやっていたとか。美味しいお店のゴミ箱を漁って使っている材料の銘柄をチェックしたり、買った商品の味が変わらないようにと、家に帰る前に和光(銀座にある商業施設)のトイレで食べていたこともあるとおっしゃっていました。
「このお菓子の最高の美味しさってどういう味なのかなって知りたいから家まで帰るんじゃなくて和光の…しかも和光の一番上のトイレが一番綺麗ですね(笑)」
実家は和菓子屋さんで、和菓子も好きだったという辻口さん。小さい頃はお店を継ぐつもりだったそうですが、小学校3年生の時に友人の誕生日パーティーで食べたショートケーキで人生が変わったとか。
「僕はバタークリームのショートケーキ風のものは食べてたんですけど、田舎なんでちょっと遅かったんですね、ショートケーキがうちの街にやってくるのが(笑)。で、初めてショートケーキが出回った時にそれを食べて物凄く感動してですね。口の中でとろけちゃうし。こんなに人を感動させる食べ物が世の中に存在するんだ、っていうことをその時初めて知って。そこからですね」
中学・高校時代は応援団長や生徒会長を経験。学生時代を楽しもうと思ったきっかけは、お祖父様が亡くなって命に限りがあると気づいたことだったとか。「2度とこんな学生生活できないんだから、やれるうちに応援団長とか生徒会長とかに立候補してみようと。僕なりにそういう挑戦をやってたんですよ」
実家の和菓子店は辻口さんが18才の時に倒産。高校を卒業した辻口さんは上京し、部屋を借りるお金がなかったので、住み込みできるところを見つけて洋菓子店で働き始めます。そのお店には6年間勤めたそうですが、給料は時給に換算すると160円だったとか。
「僕がトイレ掃除、外の掃除をやらせられて。で、戻ってくると何かしら、生クリームに砂糖入れて泡立てておきなさいとか、洗い物だとか、あとは焼き菓子の残数を数えときなとか、まずはそういうところからスタートしてましたけどね」と働き始めた頃のことを振り返ってくれた辻口さん。初めて全国大会で優勝してフランス行きの切符をもらったのは23才の時だったそうです。
「フランスに行って初めてフランス菓子の素晴らしさを知るんですけど、23才で日本一になったからといって生活が変わるわけじゃないんですよね。明け方3時4時まで必ず起きてて、一日一晩で一台のケーキを作るっていうのを決めて、それをずっと6年ぐらい続けてましたから。出来上がったものを次の日にシェフに食べてもらったりとか」辻口さんの「地味な仕事ができない人は伸びない」という言葉は、そういった下積み時代の経験から来ているようです。
「底辺をしっかりやっていない人は、その底辺に行った人間の心境がわかんないんですよね。そのトイレ掃除を一生懸命やってる奴の気持ちもトップとしてわかっとかないと。やっぱりそういう人間を拾い上げる力ってなくなっちゃうんですよね。いいところだけをトントンって掴んでいった奴は組織力をまとめあげる力には欠けてるところがあると思います」
「ショーケースは華やかですけど、やってることはトイレ掃除とか。でも、トイレ掃除が僕の仕事であるならば、先輩から教えてもらったよりも、もっと早く美しく仕上げるっていうね」「トイレ掃除のホースの巻き方、片付け方…ビニール手袋を綺麗に洗って中も綺麗にしとけば、気持ちよくパッとはめられて、ホースも持った瞬間にパラパラっとこう早く掃除に取りかかれるわけですよ。そういう”この仕事は絶対誰にも渡さんぞ!”ぐらいの気持ちでね」
今回、スタジオにロールケーキを持ってきてくれた辻口さん。
ご自身がプロデュースするロールケーキ専門店『自由が丘ロール屋』のケーキで、お米で炊いたカスタード・クリームを使っていてグルテンがないので胃もたれしないそうです。
来週も引き続き、辻口博啓さんをお迎えします。お楽しみに!