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トウキョウハナコマチ

アスファルトを剥がし時代を遡る
東京の過去を旅するタイムリープ・コーナー。

※こちらに掲載されている記事の内容については諸説あります。

昭和の東京の風景…お蕎麦屋さんの出前タワーコンクール!


2017.6.28 (wed)

ケータリング」や「デリバリー」という表現は使っても「出前」という言葉はあまり使われなくなった現代。昭和の時代までは「今日は出前をとろう」「面倒だから店屋物にするか」なんて良く言いましたよね。

日本人は昔から、食べ物を家まで運んでもらうのが大好き。江戸時代からすでに出前システムは存在しました。出前人気がピークを迎えたのが昭和、戦前頃。中華料理、お寿司、そしてなんといってもお蕎麦。庶民たちは気軽に頼めるお蕎麦の出前を、何かにつけて注文したのです。

そんな中、町の風景の一つとして定着したのが「お蕎麦屋の出前持ち」でした。自転車を片手で運転しながら、もう片方の手には高~く積み上げられた出前。その姿はまるで曲芸師です。せいろだけでなく、カツ丼などの丼も一緒に積み上げます。なんと100人前を運ぶお蕎麦屋さんも存在したとか。出前の積み上げは、お蕎麦屋さんの腕自慢の一つだったようです。

とうとう浅草で「出前コンクール」というものまで始まります。 丼と盛り蕎麦を一度に何人前運べるか、片手運転の自転車で既定のS字コースを走るお蕎麦屋たち。もちろん崩してもダメ、こぼしてもダメ。華麗に自転車を止めて蕎麦を届ける、その速さと美しさを競ったのです。お蕎麦屋の肩の上で、まるで高層ビルのようにそびえ立つ「出前タワー」。観客は熱狂し、ひいきの蕎麦屋を応援しました。

車の普及に従い、交通事故が増えてくると多くの蕎麦屋はこうした出前をやめ、バイクの荷台につける「出前機」を使うようになります。今では姿を消してしまった「出前タワー」。一度見てみたかった気もしますね。

江戸の妊婦さんのバイブル!女大学に書かれた安産の秘訣


2017.6.27 (tue)

子供が宝だった江戸時代。現代のように医療が発達していなかったため、お産は命がけの行為でした。母子ともに健康でいられるにはどうしたらよいのか、お母さんたちは真剣に取り組んでいたのです。

そんな江戸の妊婦さんたちのバイブルとして「安産の秘訣」が書かれた本があります。女性の教訓書として江戸時代に普及していた「女大学(おんなだいがく)」です。安産に向けての色々なアドバイスが書かれているこの本。例えば、こんな感じです。

「冷たいものを食べてはいけない。水を飲んではいけない。悪いものを見たり、怪しい声を聞いたり、汚れた臭いをかいではいけない。本を読むときは、ふざけたものを読まない。その場限りの物語や、人の死に関するもの、縁起の悪いものは読まないようにすること」

なんだか禁止ばかりですが、どれも一理あるものばかり。当時すでに「胎教」という言葉も存在し、お腹の赤ちゃんに悪い話や刺激的な話を聞かせない方がいいと思われていたようです。

色々と注意事項を述べた後、こんな風にも書かれています。「人は、子を思わない者はいない。子を思うという本当の意味は、その子が健やかに成長し、自分以上の身の上になり、栄えゆく末を見ようと願う、ということである。親が性悪では子が栄える末は見られない。慎みを守ることがどんなに大変でも、十か月に足らない間のこと。その子の生涯の長さを思い比べれば、たやすいことだ」

思わず大きく頷きたくなってしまう言葉の数々。全ての子供が元気に育つわけではなかったこの時代だからこそ、より皆の心に響いたのかもしれませんね。

読み始めたら止まらない!雑誌・主婦の友の新時代語辞典


2017.6.26 (mon)

時代と共に生まれていく新しい言葉。 最初は物珍しく、時と共に定着し、いずれ廃れていくこともあります。今回は現代の私たちが当たり前のように使っている言葉を「新語」として紹介していた本のお話です。

その本とは大正時代に創刊した「主婦の友」。この雑誌の中には「新時代語辞典」というコーナーがあったのですが読んでいると思わず笑ってしまうものばかり。馴染みの言葉を、「新語」として大真面目に解説しています。

例えば「エロ」という言葉は、こんな説明。「申し上げるまでもなくご承知のことと思いますが、婦人特有の色気のことで、これを上手に発散させることができない婦人は、砂糖っ気のない餡菓子(あんがし)の如く、脂肪分のない豚肉の如く。などと勝手な熱を吐く男子もある、浅ましい世となりました」言葉の解説のはずが最後は世を憂いてしまっています。独特の文章がなんだかクセになりますね。

他にも「プロムナード」の解説がこちら。「プロムナード。世にこれほど祝福された言葉があろうか。これは、そのぅ、彼と彼女がただ2人で散歩することである。散歩、囁きの小路のそぞろ歩き。おお神様!と叫びたくなる言葉である」もじもじした後の突然の叫び。感情が入りすぎて肝心の意味が伝わってきません!でも、おそらくは恋人同士で歩くお散歩の意味なのでしょうね。

「リーベ」という言葉の説明はこう。「恋愛や愛人のこと。これ、私のリーベよ!と現代の女性は臆面もなく自分の愛人をお友達に紹介するのである」言葉の意味より、このライターさんは何か別のことを伝えたがっている気も。ですが人を惹きつける文章力、かなりのものです。

言葉の意味だけでなく、その時代の若者文化も分かる新語辞典。新しい時代の流れに戸惑う編集者の気持ちも伝わり、なんだか微笑ましいですね。

新宿、関口、石神井川……東京にいた蛍たち


2017.6.22 (thu)

鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」という言葉をご存知でしょうか。愛しているとあからさまに言う人より、口に出さず黙っている人の方が心の中では深く思っている、という意味のことわざです。なんだかロマンチックなこの言葉、蛍という生き物だからこそ当てはまるような気がします。

そう、今は蛍の季節。虫好きな日本人に特に愛されてきた蛍に会える、束の間の時期です。昔は東京の至る所で見ることができました。最も有名なのは、新宿にあるおとめ山公園あたり。そう、「落合ボタル」です。江戸時代、恋人たちは初夏になるとこの場所で待ち合わせ、ゆらゆらと飛ぶ光を眺めたのです。

そして、文京区にある「関口の滝」。この場所も蛍を見ることができました。現在でも関口にあるホテル「椿山荘東京」では蛍の飼育研究所を作り生息しやすい環境を作っているそうです。

石神井川や千鳥ヶ淵にも蛍が舞っていました。昔は夜になると真っ暗だったので、 この季節の江戸は夜になれば当たり前のように蛍が飛んでいたのかもしれません。ですが明治に入り、街の様子に変化が起こると蛍たちは住む場所を失い、目黒や麻布、広尾の方面へと生息地を移動させていきました。

昭和に入ると、山手線の内側で蛍を見ることは出来なくなりました。25年あたりまでは中野や杉並あたりで見かけましたが、その数年後には23区内ではほぼ絶滅。現代では天然の蛍は奥多摩地方でわずかに見られる程度となりました。

夕暮れすぎると、ふわっと初夏の闇に浮かぶ美しい光。そんな風景を、一度は見てみたかったような気もします。