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トウキョウハナコマチ

アスファルトを剥がし時代を遡る
東京の過去を旅するタイムリープ・コーナー。

※こちらに掲載されている記事の内容については諸説あります。

色白は〇〇隠す?江戸は究極の色白至上主義!


2017.8.10 (thu)

太陽が輝く季節。でも、その輝く太陽から降り注ぐ紫外線は、女性の敵でもありますよね。日本では、女性にとって昔から「日焼け」はNG。美白が美人の条件であると考えられてきました。

「色白は七難隠す」という言葉があります。この諺(ことわざ)は江戸時代から使われていたもので、他にも「色の白きは十難隠す」「色白は七隈(ななくま)隠す」などと言われました。七隈は、目の周りの隈など色々な隈を隠すということ。当時「七」という数字は「たくさん」という意味で使われることが多かったようです。

さて、そんな美白至上主義を何よりも大事にしていたのが、遊女たち。江戸時代、夏は外で楽しむレジャーも多かったのですがそんな時は決して日焼けをしないように日傘をさして過ごしていました。

江戸の美容本「都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)」には、なんと10種類以上の美白法が書かれています。米ぬかを使ったパックや、「みつだそう」という顔料を使ったパック。そばかすやニキビの治療法。そしてどのようにすればさらに色白に見えるかが書かれたメイクのコツ。この本の冒頭には堂々と「色の白きを第一とす」と書かれており、白い肌がどれだけ日本人女性にとって大切だったかが分かります。

明治に入っても美白が美人の条件であることは変わりませんでした。そしてとうとう「美白美容液」なるものも登場。「ホーカー液」という美白液の広告にはこんなキャッチコピーが書かれていました。「皆さん方はホーカー液を、朝夕欠かさず使用遊ばせ。天女のような麗しい自然の生彩を現わし、いやが上にも美しくなります」美肌になりたい女性たちにとって、とてもそそるうたい文句です。

いつだって、美しくありたい。そんな女性の気持ちだけは、時を超えても変わらないのかもしれませんね。