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トウキョウハナコマチ

アスファルトを剥がし時代を遡る
東京の過去を旅するタイムリープ・コーナー。

※こちらに掲載されている記事の内容については諸説あります。

大森貝塚を発見した明治のアメリカ人、エドワード・モースが見た日本


2017.10.12 (thu)

大森駅から徒歩5分ほどの場所にある「大森貝塚」。教科書などで一度は学んだことがあるのではないでしょうか。現在は「品川区立大森貝塚遺跡庭園」として国の史跡となっているこの場所。発見者はアメリカ人の学者、エドワード・モースです。

モースは明治10年に、日本にやってきました。そしてその2日後、大森貝塚を発見。「汽車の中から見て、すぐに貝塚だとわかった」のだそうです。文明開化直後、まだ江戸の名残があちこちに残る東京の街に、モースは大変な感銘を受けました。

「日本の人々は、私たちアメリカ人とやることがまるで逆である。」とモースは言います。「カンナは、押さずに引いて削る。船の帆柱は後ろ側にあり、船乗りは横から艪をこぐ。そして、馬を厩(うまや)に入れる時はお尻から入れるのだ」全てが母国と違う、まだ手つかずの日本に対し、驚きながらも「実に気持ちが良い」という感想を残しています。

そんなモースが驚いた出来事の一つ。それが、蒸気機関車に対する日本人の反応です。煙を吐きながら一生懸命に走る機関車に対し、日本人は「かわいそうに、さぞ熱かろう」といって、土手の上から水をかけてあげていたのです。蒸気機関車が最初に日本で走ったのは明治5年。もうすでに5年以上も走っているのに、それでもこんな行動をする日本人にモースは好感を持ったのでした。

机の上に置かれても、そのまま残っている小銭。子供がいたずらして破った障子の穴に、桜の形に切った紙を貼る美的センス。モースが残した記録には、現代の私たちがもう一度思い出したいおおらかな日本の心が描かれています。