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トウキョウハナコマチ

アスファルトを剥がし時代を遡る
東京の過去を旅するタイムリープ・コーナー。

※こちらに掲載されている記事の内容については諸説あります。

元祖・雷おやじ!日本の医学を変えたドンネル先生、北里柴三郎


2017.11.14 (tue)

雷おやじ、と聞くとどんな人を思い浮かべますか?「コラーッ」と怒鳴って、「ガミガミ」と怒る。そんな近所のおじさん。今は見かけることもなくなりましたね。この雷おやじという言葉が広まったのはある人がきっかけ。近代日本医学の父、北里柴三郎です。

北里柴三郎は誰もが知る細菌学者。2人の弟をコレラで亡くしたことをきっかけに医者の道をめざし、「伝染病から人を守ることが私の使命」と心に決めてドイツへ向かいます。破傷風という病気の治療法を発見し、世界的な有名人に。帰国後は、日本初の伝染病研究所を建てるのです。

そんな柴三郎、弟子の育成にも力を注いでいたことで有名。例えばあの野口英世も、柴三郎の門下生でした。弟子からつけられたニックネームは「ドンネル先生」。ドンネル、とはドイツ語で雷のこと。熱い性格であった柴三郎は、研究のこととなるとついカッとして弟子に雷を落とすことも多かったとか。ドンネルから派生して「雷おやじ」と呼ばれることもあったそうです。

そんな柴三郎、ある日所長として勤める国立伝染病研究所が、所管を内務省から文部省に移し、東京大学の付属施設にすると政府から伝えられます。これでは東大側がいうテーマでしか研究ができないと、対抗して北里研究所を設立することに。辞表を提出し研究所を去ろうとしたその時、なんと所員だった彼の門下生全員が柴三郎についてきたのです。

「雷おやじ」と呼ばれていることを知っていた柴三郎。厳しい自分についてきてくれるとは、と弟子たちの行動に人目をはばからず号泣したとか。熱い心をもったドンネル先生を、皆、尊敬していたのですね。