今月ご乗船していただいているのは、谷村新司さんです。
70年代に「アリス」でデビューされ、ソロ活動、楽曲提供を通じて、「いい日旅立ち」や「昴」など、
日本のスタンダードナンバーを多数発表され、現在は上海音楽学院で教鞭もとられています。

旅についての本なども出版されている谷村さんは、国内外を問わず、たくさんの旅のご経験をお持ちです。


ー 映画で見た「イージー・ライダー」そのまんまだったんですよ ー


干場「22歳の時に、10万円を持って、旅に出られたわけじゃないですか。カナダから始まって最終的にはどこまで行かれたんですか?」

谷村「ニューヨークまで行って、南下してメキシコシティ、そこから西海岸を北上して、ロスまでですね」

干場「横断というよりも、ぐるっと回った感じですね」

谷村「旅をしていると、着いた街に、当時日系の人がいたんですよね。リッチモンドにアイスアリーナがあるんですけど、そこでコンサートをやろうと、皆さんが企画してくれたんですよ」

干場「行く前に、企画されていたんですか?」

谷村「そうですね。それで人を集めようとなって、日系の人達が友達を呼んでくれたり、僕らも泊めていただいたり、ご飯を食べさせてもらって、日本からそういう若者が来てくれる事が、彼らにとってはすごく嬉しい事だと言ってくれたんです。コンサートには、地元カナダの人もいっぱい来てくれました。リッチモンドのアイスアリーナで歌ったり、あとは着いた街のストリートで歌ったり、何を歌うかというよりも「ここでやっちゃえ!」というのが、僕らの中では大事だったんですよ。当時、ストリートミュージシャンはメジャーではなかったので、珍しがられましたね。ギターケースをオープンにして、歌ってると、お金を入れてくれるんですよ」

干場「1970年という事は、ウッドストックが69年なので、明くる年ですね。アメリカ全土でも音楽的なムーブメントが起きた頃ですよね。ヒッピーとかも結構いたんですか?」

谷村「ヒッピーだらけでしたね。ニューヨークまで行った時に、ウッドストックのメンバーが半分くらい出るという、ロックフェスがシェイ・スタジアムであったんですよ。お金がないけど、見たいと思って。前の席はとれないので、内野席の端っこの方、隙間の席で見てて、ウッドストックに出たアーティストが次から次へと出てくるんですよ。そして、一番最後に出て来たのがジャニス・ジョプリンだったんですよね」

干場「それ、すごいですね!」

谷村「僕は当時、ジャニス・ジョプリンという認識は無くて、一曲目に「コズミック・ブルース」か何かを歌ったのかな。彼女の第一声を聞いた瞬間に、涙がボロボロボロボロー!っと出て来て、身体がずっと震えてた。そのまま席が立てなくて終わって、空を見上げながら、何なんだこの衝撃は、歌って、こんなに魂を揺さぶるんだと、歌というのはすごいものだと教えてくれたのは、実はジャニス・ジョプリンだったんですよ」

干場「すごい面白い話ですね。聞いてる僕が震えました(笑)。谷村さんは、そんなアメリカを横断されて、浮かぶ景色ってあるんですか?」

谷村「アメリカ大陸は道が真っすぐという事にビックリして、地平線まで、ずーっと道が続いてて、映画で見た「イージー・ライダー」そのまんまだったんですよ。メキシコまで辿り着いて、その頃にはお金がなくて、1日1ドルも使えない状態だったんですよ。1日1食にして、ハンバーガー1個と、ルートビアーとのがあったんですよ。これを何時に食べると一番都合がいいかと考えて(笑)、夕方の4時くらいだろうとなって、4時まで寝て、起きて買いに行って、食べて、またしばらく寝るんです(笑)。そういう事を何日間か過ごして、それでどうしようかと、当時ツアーリーダーをしていた同い年の細川がね、これは今だから話せる話なんですけど(笑)」

干場「ぜひ、聞かせて下さい(笑)」

谷村「メキシコ政府に彼が交渉に行って、日本でナンバーワンのアーティストがお忍びで、今、メキシコにいると、かましたんですよ(笑)。そしたら「ぜひ、ゲストとして呼びたい」となって、俺たちはボロボロのジーンズの格好だったんだけど、本番当日にリムジンが迎えに来て、パトカーに先導されながら、会場に向かったんですよ。細川には「お前は、日本でナンバーワンのアーティストだって言ってるから、それらしくやってくれ」と言われ(笑)、「お前、頼むよ〜」という感じでしたね(笑)」

干場「それでどうなったんですか?(笑)」

谷村「会場に着いたら5万人くらいいるんですよ。30分ステージをやるという話で、ギャランティしてもらって。俺が日本語で歌うと、客席が水を打ったように静かになるんですよ。これはやばい、うけてないと分かるんですよ。メキシコ人が静かになるとか、あり得ないんですよ」

干場「そうですよね、ラテンの民族ですもんね」

谷村「だんだん時間が余ってきて。横から細川が、トークで盛り上げろと、お前、スペイン語学科だっただろ!?と言われて」

干場「それは無茶ぶりですね〜(笑)」

谷村「確かにスペイン語学科だったんですけど、授業に2回くらいしか出てなくて、数字の1〜5くらいまでは言える、後は単語が4つくらいしかわからないから、とりあえず単語を叫ぶしかなくて「アミーゴ!」を5分叫んでたんですよ。そしたら、その5万人がドッカンドッカン湧くんですよね(笑)」

干場「え〜〜!すごい経験ですね(笑)」

谷村「もう、スペイン語で「ハポネ」と「メヒコ」「アミーゴ」この単語だけですよ。トーンを変えながら「アミーゴーーー!」と言うとドーーーンとくる、それで歌をやるとまたシーンとなって、それを5分やって、時間OKの合図が出たんですね。だから、どこに行ってやらされても、恐いものは何もない状態になりましたね(笑)」



「たくさんのツアーや船があるけれど、自分に一番合った船、旅先を見付けるコツは?」

旅行代理店などで目にするパンフレットを見ると、様々なスケジュール、船があります。
例えばローマから、バルセロナ、地中海クルーズは王道ですが、
料金が1000ドルで行けるものもあれば、5000ドルで行けるものもあります。
その違いは船の大きさやランク、ラグジュアリー船、プレミアム船、カジュアル船となっています。

最近では、カジュアル船も大型化が進んでいて、2000人乗りの船も、同じ様に地中海を周遊しているそうです。
2000人のお客さんが乗っていれば、乗船・下船に時間がかかったり、船が小さければ、アクティビティが少なかったりします。

予算と期間にもよりますが、地中海であれば、イタリアの小さな港を巡りたい場合、
大きな船では接岸出来ない港もありますので、少し小さな船を選んで接岸出来るところを考えたりする事いいですね。

パンフレットにある、地図と料金だけで選ばず、自分の希望に合ったクルーズを選ぶ事がコツですね。