今月乗船していただいているのは、ファッション・デザイナーの山本寛斎さんです。
1971年、日本人として初めて、ロンドンでファッション・ショーを開いたことでも有名。
ライフワークともいえる「KANSAI SUPER SHOW」では、ロシアやベトナム、インドでも大規模なパフォーミング・アートを展開されています。

今回はロシア「赤の広場」で行われた「KANSAI SUPER SHOW」について、お話を伺っていきます。


ー 人間は決意してチャレンジすれば何でも出来ると、そのお手本を作ろうと思って始めましたね ー

干場「90年代から「KANSAI SUPER SHOW」という大規模なイベントを、海外各地で開催されていますね。寛斎さんのライフワークとも言える、ファッションと音楽、そして舞台芸術を総合したショーですが、そもそもどういった経緯で始まったんですか?」

山本「パリ、ニューヨークと、世界の才能と競ってる発表ですから、手抜きを出来るものじゃないですよね。半年をかけて、全エネルギー・愛情を注ぐに足りるのかなと、私一人が服を作らなくなったって、誰かしらが作るだろうと思ったんですよ。色々なデザイナーがショーをやってますから、同じ様な才能は50人100人はいるなと思うんですよね」

干場「寛斎さんは見切っちゃったという事なんですね」

山本「いつも、痕跡を残したいという願望は持っていますから、ファッションの世界で命を終えたのでは天国行く間近で後悔すると思ったんですよ。どうしてロシアを選んだのかというと、「赤の広場」に初めて立った時に、外国人は借りた事がないと聞いて、じゃあ、私が最初になってやろうと。一晩のショーにかかる費用が2億円、集まったロシア人が12万人ですよ。目的はロシアの人も日本の事を知らない、日本としてもお互いが知らないんですよね。交流すれば全てが明らかになると思いました」

干場「誰もやってない「赤の広場」のファッションショー、その最初の資金2億円はどうしたんですか?」

山本「毎朝、新聞を見て、広告ページを多く出してるところに手紙を書いて、一日一通365日自分の思いを書き続けて、そうすると3分の1がお金出ると分かったんですよ」

干場「すごいですね!「KANSAI SUPER SHOW」はファッションと音楽、そして舞台芸術を総合したショーですが、コンセプトは毎回違うんですか?」

山本「人間は決意してチャレンジすれば何でも出来ると、そのお手本を作ろうと思って始めましたね。今迄、どこかで何かやろうと企てて、出来なかった事は一回も無いんです。去年、数年ぶりのロンドンのショーが想像以上にうまく決まったものですから、第二ステージで人生の最後に向かって、駆け上るぞ!と。今、人々が喜ぶ事を二つくらい企てていて、まもなく発表しますよ」

干場「それは楽しみですね〜(笑)」

山本「このラジオでは、寛斎はえらい前置きをして言おうとしてたけど、後に発表された時になって、あれが言いたかったのかと!今から考えると、このラジオでインタビューしてたんだと!そういう事をやります!(笑)」

干場「すごいですね!、聞きましたか、リスナーの皆さん!?(笑)」

山本「こう、やるぞとなると、さっきまで疲れてたのが、脳のテンションが上がってきますね。これが寛斎流の元気の出し方なんですよ(笑)」


「クルーズ船の部屋は数段階のランクがあるそうですが、どの程度のランク分けがされているのでしょうか?」

クルーズ船にはラグジュアリー船、プレミアム船、カジュアル船がありますが、それぞれに特徴があります。

ラグジュアリー船の場合、大きな2ベッドルームに広いベランダ、中にはちょっとしたキッチンも付いています。
さらには、部屋にジムがついているものもあるんです。
他にはリーズナブル価格帯のお部屋もあり、幅広くなっているんです。

カジュアル船では、インサイドという、窓の無い部屋もあります。
船にはパブリックスペースも充実しており、寝るだけでも船旅を楽しみたいという方にもおすすめ。

例えば、ディズニーのクルーズラインでは、窓が無い代わりに、大きなスクリーンが窓風に作られており、
カーテン開けるとお魚が泳いでたり、圧迫感を感じない工夫もされているんです。

ご自身の旅の条件に合わせて、お部屋を選ぶ事が出来ますよ。