出会いから熟成にかかった年月

大貫妙子さん(シンガーソングライター)×小松亮太さん(バンドネオン奏者)

2016

06.05


 
シンガーソングライターの大貫妙子さんとバンドネオン奏者の小松亮太さん。年齢も性別も音楽のジャンルも違うおふたりは、いったいどんな間柄なのか。出会うべきして出会った、ちょっと不思議な関係に迫っていきます。


お互いの第一印象





小松
僕は、24か25歳の時にスタジオで初めて大貫さんにお会いしたのですが、中学3年生の時にNHKで日本人バンドネオン奏者の方と競演された大貫妙子特集を見て、当時としてはバンドネオン奏者がポップスの人と演奏するなんて珍しいことだったのでよく覚えています。伴奏も歌も曲もすごくよくて、学校から帰る度に何度もそのビデオを見ていました。なので、24歳くらいの時にスタジオに呼んでいただいた時は初めましてという感じではなくて、いつか呼ばれるだろうと思っていました。

大貫
最初は、2000年に発表したアルバム「ensemble」の中に収録された「エトランゼ 〜 etranger」という曲でセッションしたのがきっかけでしたね。

小松
その時は、大貫さんは、けっこう厳しい方だなと思いました。

大貫
いやいやすみません(笑)。

小松
世の中の人は、バンドネオンについてあまり知らないので「好きなようにお願いします」と言われることが多かったのですが、僕がお会いしたミュージシャンの中で初めてバンドネオンの人に「もっとこうして欲しい。それはやめてください。もっとこうなるはずなんですけど」と事細かに指示されたんです。

大貫
そうですか。覚えていない。

小松
大貫さんが言ったこと、今でも覚えているのですが、「僕がこれで大丈夫ですね」とぽろっと言ったら、大貫さんが「まだ終わりじゃないですよ」と、ずばっと言われて、まだ帰っちゃいけないんだ・・・。

大貫
うるさくてすみません(笑)。


機が熟した瞬間を逃さない



最初の出会いから、その後、何度となくライブで共演を重ね、ついに、出会いから15年。昨年、”大貫妙子と小松亮太”名義でアルバム「tint」(ティント)を完成させます。



小松
一緒にアルバム作るのもいいかなと大貫さんがおっしゃってくれたのが、確か2009年。それからレコーディングまでが6年。何か言い出してから3年6年というのが普通にかかるという。

大貫
まぁそんなもんですよ、本当は。

小松
普通、コラボレーションというのは、はじめましてで、まだ一緒にお酒も飲んだこともない人といきなりアレンジもってきてリハして、本番やって、ありがとうございました!というのが多く、じわじわ時間かけさせてもらったのは奇跡的だと思うんですけど。

大貫
よく企画物といわれるアルバムはあるけど、おもしろくないんですよね。「おもしろいじゃん、やろうよ!」で出来るけど、それではもったいない気もするし、だからと言ってだらだらしているのもだめだけど・・・。機が熟した時を逃さずにやるというのが、大事。それを過ぎてはダメ。それは小松さんとのことだけでなくて、これからたくさんのものが作れなくなる年齢に入っていくと、頭の中に優先順位を均等に思い描いているんですよ。それをいつやろうかなというのと、このアルバム作るきっかけになったのは、NHKの「ラジオ深夜便」。誰とやろうかなと考えた時に小松さんと思って、それがきっかけでアルバムに繋がったんですよね。常に考えていることと何かが結びついた瞬間。それは絶対にいい仕事になるだろうという勘みたいのがあるじゃないですか。

小松
機が熟した時はスケジュールもばちっと合ったりとか。

大貫
うまくいく時はスケジュールも何かもがスムーズに決まる。うまくいかない時はいろんなことがスタックして、そういう時はやめたほうがいいとすぐに思う方なんですよ。

小松
そういう運気はありますよね。

大貫
だけど、ある時はちょっと厳しくて、自分の体力的にも精神的にも足踏みする時もあるけど、今これやっておかないと先に繋がらないという時は、食べたくなくてもがばっと食べてしまうこともあるんですよ。そんなのも何十年に1回ですけどね。



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