教科書には載らない古典文学の解釈

林望さん(作家・国文学者)×阿川佐和子さん(作家・エッセイスト)

2018

03.25

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昨年、連ドラ初レギュラーながら、堂々たる演技で、女優としての姿を披露した阿川さん。彼女を新しいフィールドに向かわせたモチベーションとは何だったのか?さらに、後半は、かた苦しくて、難解なイメージのある古典文学を、リンボウ先生がわかりやすくレクチャー。学校では教えてくれない、ちょっと大人の古典文学の世界にお連れします。

新しいことに挑む理由



阿川さん、「陸王」で女優さんでしたね?
阿川
まんまだって言われていましたけどね。
僕もTVドラマに役者として出たことあるんですよ。セリフを覚えるのは大変ですよね。
阿川
まずインタビューと原稿の合間をぬってドラマの現場に行くスケジュールもなかなか大変だったんですけど、現場に行くとなんて楽しいんだろうって。その理由は役所広司さんの魅力が大きかったんです。本当に穏やかでイライラすることが一回もなかったおかげでみんなチームワークがよくて。もうひとつの理由は、わたし自身が新入生になるのが好きだという傾向があって、まったく知らない世界にぽんと入った時にわたしの子供や孫にあたるような人たちのほうがベテランだったりすると、「どうやるんですか?」って聞いて、「阿川さんこうやって」と言われ、できた!という新入生としての上達、達成感があったの。もうひとつは、インタビューでは担当の編集者の方とかTVのスタッフとかいるけど、ゲストと対峙するのはわたしひとりでやらないといけないという孤立の怖い世界だし、原稿も結局は自分が書かないといくら編集者の方が支えてくれてもダメでしょ。ひとりでやっている仕事とドラマは同等にみんながチームワークを組んで、ポンポンポンとセリフを飛ばし合うんですね。それを見ていた時にこれオーケストラだなって。チームプレイと単独プレイとの違いみたいのがわたしにとって新鮮だった。
それで演劇をやると病み付きになる人が多いんでしょうね。
阿川
病み付きになるのは、そこらへんだと思います。どこかはずかしいというのはありますよ。
僕はダメだなさぁ。はずかしいのばかりで。
阿川
すいません。羞恥心がないとこの前も言われました。(笑)。

古典文学におけるいい男とは?


林さんは、ライフワークの集大成として『源氏物語』の完全現代語訳「謹訳 源氏物語」全10巻を発表。毎日出版文化賞 特別賞を受賞されました。原典を忠実謹直な態度で解釈し、作者の「言いたかったこと」を、その行間までもすくい取りたいという思いで翻訳されています。そんなリンボウ先生が、特別に大人のための古典文学をレクチャーしてくれました。

阿川
源氏の時代、男は威張っていなかったんですか?

威張ってないですよ。いい男というのは、男限りなく泣くなんて言って、めそめそなく男ほどいい男なんですよ。

阿川
いい男になってしまうの!

できるだけ女性に近いほうがモテたんです。昔の日本では。小さくて色が白くてぽちゃっとしていてお化粧なんかして、これがいい男。

阿川
不思議な時代。でも光源氏は、好き放題だったじゃないですか?

だから光源氏は美しいですよ。

阿川
美しいのはわかるけど、あの女、この女・・・・って渡り歩いていたじゃないですか。

源氏の心根としては、わたしはそんな浮ついた恋はしたくないと、いつも言うんですよ。

阿川
それで思い出したんですけど、林先生のお友達でもある檀ふみさんが「あなたは百人一首どれくらい知っているの?この歌、”逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり”はどういう意味だか訳しなさい」って言ってきて、わたしがね「それまでは、あんな気持ちいいこと全然知らなかった」と訳したら、椅子から飛び上がって「なんであんたは下品なの」!っていうから「そう?そういうことをしてみたらこんな気持ちいいこと昔は全然知らなくて損した」という歌ではないのと私が言ったら、「ひどい」とわめくもんだから。リンボウ先生、わたし間違っていますか?

間違っていると言えば間違っているし、この「こと」というのは、僕らの業界の言葉では「実事」と言うんですよ。

阿川
一線ってやつですか?

一線ですね。源氏物語はここで一線を超えたとか書いていないわけ。だからどこで実事があったのかが非常に重要なポイントなんですよ。

阿川
興味深いお話ですね。

わたしの「謹訳源氏物語」では、それではみんなわからないから、いかにもここでことがあったかのように訳してありますがね。
阿川
そうですよね。

一行開けるとかね。

阿川
一行開ける、おしゃれ!

「こと」がなければ懐妊したりしないんですから、

阿川
そりゃそうですよね。

「枕草子」を読むと、いい男は何かと清少納言が言っていて、いい男は実事の後、さっさと帰るんじゃダメ、お前と一緒にいておれは帰りたくない、この布団の中から出たくないと散々ブツブツ言って、着替える時に耳元に囁きいれながら勝手に暗闇の中でズボン履くわけ。そうするとぐちゃぐちゃに履けてしまい、そのまま、おれはお前のところから去るのが辛い、おれがいない間、君が心配で仕方ないとか言いながら、ぐちゃぐちゃの格好をして出て行く様子を女が見送るほど気持ちいいことはないってわけですよ。

阿川
それがダンディズムってやつ。

きちっとして、じゃ帰るよってさっさと帰っていくのは、最低。

阿川
最低。

古典文学はおもしろいでしょ。

阿川
おもしろい。高校時代はそんなの語ってくれる先生いなかったから、

文部省の教科書にはそんな出てこないよ。

阿川
つまらないですね。

やっぱり文学はおもしろいというのを教えないとダメ。

阿川
そうですね。

そういうのをなんとかしてね、伝えたいなと思っているわけ。


阿川佐和子さんと脚本家の大石静さんとの共著「オンナの奥義 無敵のオバサンになるための33の扉」は、文藝春秋から発売されています。

数多くの歌曲の作詞も手がけているリンボウ先生。3月31日に、小金井宮地楽器ホールでは、『演劇的組歌曲 悲歌集(ヒカシュウ)の再演』と題するコンサートが開催されます。

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