Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


*

2015.07.26

「僕が自分に約束したことは、1日必ず15分は弾くということ」:西川悟平
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今回お迎えするのは、動かせる指が10本のうち、わずか7本。そんな障がいを抱えながらもニューヨークで勝負し続ける日本人ピアニスト・西川悟平さんです。

●憧れは現実へと変わる


川田「動かせる指が7本とご紹介させていただいたのですが、これはジストニアという病気にかかられてから、そういう風になったんですね」

西川「もともとは10本動くんですけど、この病気は神経系の運動障害といって、僕は手に出たんですけど、中には唇とか目とか、首に出る人がいて、筋肉が無意識に収縮してしまうんですね。僕の場合は、指が”クッ”と内側に曲がってしまって、グーの形になっちゃうんです」

川田「それは、ピアノを始められてからですか?」

西川「ニューヨークに行ってからです。25歳で行って、この病気に気付きだしたのが26歳、7歳くらい。初めは左手に違和感を感じて、どんどん内側に曲がって来て…。そしたら、右手もなってきて、両方が完全に動かない時期が何年かあったんです」

川田「それって、最初は受け入れられないですよね?」

西川「初めは使い過ぎだと思ったんですよ。マッサージしたり、鍼をしたり、いろいろやったんです。身体は元気になるんですけどね。最後は、割り箸を指の間に挟むと割れるくらいでした」

川田「それって、ピアノを弾く以外の時はどうなんですか?」

西川「それが、大丈夫なんですよ。変でしょ?”病気”と思うのに、けっこう時間がかかりました。”精神的なものなんじゃないのか”とか、”時間が経てば治るんじゃないか”とか、プールも始めたり、いろいろやりました。何やっても駄目だったんです」

川田「手を使う仕事で、その指が動かなくなるというのは、想像を絶する様な絶望だったと思います。それでも諦めずに、数々の奇跡を起こしていかれるわけですが、そんな西川さんの第一のターニングポイントは?」

西川1989年、中3から高1に入る春休みくらいですね、その時期にピアノを始めたことですね」

川田「ピアノを始めたのが、その時期ですか!?」

西川「遅いと思うでしょ?(笑)」

川田「遅いと思っちゃいますね…」

西川「憧れて、始めたんですよね」

●予期せぬことは


川田「ピアノスタートが、中学3年から高校1年生にかけてというのは、相当遅い方だと思いますし、あまり聞いた事がないですね」

西川「音大に入ってからも、『そんな遅くから始めて、入ってくるやつは初めてだ』と、教授達に言われましたね(笑)」

川田「どういうきっかけで始めようと思ったんですか?」

西川「ブラスバンドに入って、チューバという楽器があって、それで音大に行こうと思ったんです。入学要項を見ていたら、「バイエル」という、初心者用のピアノの教則本があって、それを弾かなきゃいけないというリクエストがあったんですよ。”どうせ始めるなら…”と思って、中学の音楽の先生が可愛くて好きだったので『教えて』と、頼みに行ったんですよ(笑)」

川田「上手くなりたい気持ちもあったけど、先生に会いに行きたいという思いもあったと(笑)」

西川「動機不純ですよね(笑)」

川田「そこから、音大を目指そうというレベルまで持っていくには、相当な練習が必要だと思うんですけど」

西川「ピアノを始めた瞬間に、雷にが落ちた様な衝撃があったんです。『ピアノ大好きだ!』と思って、チューバで行くはずだったのを演奏学科で行きたいと、急に変わったんですよ。めちゃくちゃ練習して、「幻想即興曲」とか、ああいう曲は1年でマスターしました」

川田「練習って、だいたい1日どれくらいされるんですか?」

西川「当時は、5時間とか8時間、12時間とかやりましたけど、僕が自分に約束したことは、1日必ず15分は弾くということ」

川田「たった15分ですか?」

西川「有名な人のことわざなんですけど、”1日練習しないと、自分で分かる。2日練習しないと、周りの音楽家に分かり、3日練習しないと、聴衆に分かる”という、ことわざがあるんですよ。僕は怠け者だから(笑)。毎日練習するのは大変でしょ?だから、115分だけと決めてしまえば、ノリで1時間、2時間弾いちゃって…、というのがあったので。この方法で、自分を騙し騙し、365日毎日練習出来ました」



>>来週は引き続き西川悟平さんに第2のターニングポイント、そして、これからの夢についてお話を伺います。

*
*

2015.07.19

「世界中に歌を届けたいという夢は小さい頃から変わらないので、そうなってたら良いなと思っています」:クリスタル・ケイ
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

先週に引き続きゲストにお迎えするのは、13歳でデビュー。29歳にしてキャリア16年。ここ数年は、歌だけでなく、ダンス、演技へと活動の幅が広がっている、クリスタル・ケイさんです。

●日本を離れ、海を越えて


川田「ニューヨーク生活の中でやってくる第2のターニングポイント、これは何でしたか?」

クリスタル・ケイ「去年の11月にやったライブです。とにかく、ニューヨークを離れる前にライブをして締めたいと思ったんですよ。友達のミュージシャンに紹介してもらったギタリストにセントラルパークで会って、弾きながら歌って『これ、ライブやろうよ!』と、アコースティックライブをやることになったんですよ(笑)」

川田「なるほど〜」

クリスタル・ケイ「ダウンタウンのロウワー・イースト・サイドにある、「ロックウェル」という所があって、そこでライブをやったんです。初めてだから人来るかも分からないし、一番小さい部屋でやろうと。インスタグラムで『来週ライブやるから、観に来てねー』くらいの宣伝をしたんですよね」

川田「宣伝はそれだけですか?」

クリスタル・ケイ「それだけです(笑)。そしたら、速攻で売り切れたので、次の日もやりません?となって、2デイズやったんですよ。そして、次の日もソールドアウトだったんですよね」

川田「現地のお客さんですよね?」

クリスタル・ケイ「日本人の方は2、3人だけでした。本当ドキドキですよ。初めてのアメリカでのライブ、しかもアコースティックで!チケットの値段とか、全部自分で決めて。当日、緊張で死にそうですよ(笑)。
ステージに上がると、お客さんがみんな外国の方だったんですけど、すごく温かく迎えてくれたので」

川田「それは、すごく嬉しいですね」

クリスタル・ケイ「緊張も吹っ飛んじゃって、すごい楽しかったです!自分とギタリストだけ、全部を裸にしたみたいな感じだったので。本当に心から楽しいなと感じられましたね。もっと、最初からやっていれば良かったと思いましたね」

川田「それを最後に、”掴んだ”と思って戻って来られたのは、良かったかもしれないですね」

クリスタル・ケイ「シンガーとして自信がついて帰って来て、次の日にFNS歌謡祭があったんですよ。それを見た友達とか関係者の方が『全然違うよ』と言ってくれて、これは絶対にニューヨークのライブの影響だと思いました」

●世界へ向けて


川田「世界を向いて音楽を発信していこうというところで、その為に、どういうことを今からやっていこうと思っているんですか?」

クリスタル・ケイ「ニューヨークでいろいろ得て、帰って来て、2年間くらい歌を届けられていなかったんですよ。今回、「君がいたから」をリリースして、これからもっともっと、日本中に歌を届けていきたいなと思います。今の時代って、どこにいるというのは関係ないから、どういう形で世界に発信するようになるかは分からないんですけど」

川田「私たちも、聴いててやってほしい事がいっぱいあるんですよ。ライブもやってほしいですし、60曲作った曲も、聴いてみたいんですよ」

クリスタル・ケイ「早く聴いていただきたいですね(笑)。とにかく、日本で活動を頑張っていきたいです」

川田「これからのビジョンとしては、最終的にどこを目標に持っていきますか?」

クリスタル・ケイ「日本だけじゃなく、世界中でライブをやって、言葉も通じないのに自分の曲を歌っている、みたいな。それがめっちゃ夢ですね」

川田「まずは一つ、ニューヨークで自分の実感としてあったわけですよね」

クリスタル・ケイ「やっぱり、世界中に歌を届けたいという夢は小さい頃から変わらないので、そうなってたら良いなと思っています」

川田「そうなる為には、きっと大変なトレーニングだったり、食事も制限しないといけないし、それでもずっと続けてくれますか?」

クリスタル・ケイ「もちろん(笑)。歌は死ぬまで歌えるから。行けるところまで、おばあちゃんになっても歌います(笑)」





>>来週のゲストは、7本指のピアニスト・西川悟平さんにお話を伺います。


*
*

2015.07.12

「『私はこれが出来るんだよ!』みたいな、それの戦いですからね」:クリスタル・ケイ
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今回お迎えするのは、13歳でデビュー。29歳にしてキャリア16年。ここ数年は、歌だけでなく、ダンス、演技へと活動の幅が広がっている、クリスタル・ケイさんです。


●初めてのニューヨーク生活


川田「3年ぶりのシングル「君がいたから」は、力強い部分と内に秘めた気持ちを歌うときの歌い方、幅広く使わないといけない難しい曲だったと思うんですけど、歌ってみていかがでしたか?」

クリスタル・ケイ「歌い甲斐がある曲だと感じました。メロディ、歌詞もそうだけど、サビになるにつれて高まってくるんですよ。入り込みやすいというか。今の自分って、今まで支えてきてくれた人達がいるからなんだなと改めて思えました」

川田「そういう風に感じられるのも、これまでと変わってきましたか?」

クリスタル・ケイ「そうですね、ちょっと大人になったのかな(笑)」

川田「この番組では、ゲストの方にターニングポイントを伺っているんですが、クリスタル・ケイさんにとってのターニングポイントと言うと?」

クリスタル・ケイ「ニューヨークに行ったことですね」

川田「2013年3月から2014年末まで。およそ1年9ヶ月、そもそも、ニューヨークへはどうして行こうと思われたんですか?」

クリスタル・ケイ「小さい時から、日本以外でも歌を届けたいという夢があって。アメリカでも音楽活動してみたいなと思っていたんです。タイミング的に、行けるんだったら今かなと思って。LAも考えたけど、ニューヨークは音楽、アート、芸術に溢れてる街なので、刺激的になるのはニューヨークかなと思いました。
日本にしか住んだ事がないので何とも言えないんですけど…。すごくいい環境で育ったので、それを一回壊したいと思って、それをニューヨークはやってくれるんじゃないかなと思いました」

川田「アメリカに住んだ事がないというのが、みんなからすると『あれ?そうだったの?』と思う様な…」

クリスタル・ケイ「よく『いつニューヨークから来たんですか?』と言われるんだけど、普通に『日本生まれ、日本育ちなんですけど』みたいな(笑)。
言葉の壁もないし、英語も大丈夫だし、とりあえず大丈夫だろうなと思ったんですけど。一番大変なのは、食ですね(笑)」

川田「自炊もしてましたか?」

クリスタル・ケイ「自炊しないと太っちゃいますね。みんな、いつも外食ばかりで。しかも、ディナーの時間が遅いんですよ。21時とか22時とかなんですよ。そんなの毎日やってたら、太るっつーの!って(笑)夜は家で食べてから、出かけるようにしてました」

川田「私生活だけでも大変なのに、ボイストレーニングだったり、ダンスレッスンもありますよね」

クリスタル・ケイ「毎日スタジオにいましたね。すごい音楽を楽しんでる。音に関しても、何でも取り入れようとするんですよ。すごくオープンなんですね」

川田「それって、日本にいると気付かない事だったりするんですか?」

クリスタル・ケイ「自分の良さとか、その人にしかないものを大切にするんですよ」

川田「みなさんから言われた、クリちゃんの良さってどういうところだったんですか?」

クリスタル・ケイ「すごく良い声だよねと言われた事はあるんですけど、半分韓国、半分アメリカ、でも日本で生まれ育って、そんなユニークな事ってないじゃん!みたいな(笑)。
そこから興味を持ってくれて、ちょっと日本っぽいサウンドを入れたり、日本語入れたり、そういうのも武器に出来るよねって言われました。アメリカはいろんな国の人が集まっているので、自己主張というのがすごく大切なんですよね。それがすごく素敵でもあるんだけど、文化的に、自分はすごく日本人だなと感じて、ガツガツさが足りないというのも感じました」

●立ち向かう強さ


川田「日本にいたら、クリちゃんはすごくパワフルに活動をされていて、素敵なものを持っているなと、みんなから思われていたと思うんですよ。クリちゃんでさえ、埋もれるんですか?」

クリスタル・ケイ「埋もれますよ〜!(笑)歌が上手い、ダンス出来る、演技出来る、すごく可愛い、スタイルいい人なんて、腐るほどいますから!その中で、『私はこれが出来るんだよ!』みたいな、それの戦いですからね」

川田「それは、最初は大変でしたでしょうね」

クリスタル・ケイ「大変でしたね。だから、対人恐怖症のクラスとか受けましたよ(笑)。マネージャーが、すごく偉い人とかのミーティングの場を作ってくれた時に、上手く主張出来なかった事があったんですよ。
私はどうやって自己PRしていいのか分からなかっただけなのに、相手は私が静かだから『何この子?調子に乗ってんじゃないの?』みたいな捉え方をされちゃったんですよ」

川田「斜に構えてるみたいな?」

クリスタル・ケイ「ガツガツしてないから、逆にそういう風に捉えられちゃって、ガーンと思って(笑)。どうしたらいいんだろうと思って、対人恐怖症というと大袈裟に聞こえるかもしれないけど、どうやったら自己PRが上手く出来るかとか、リーダーシップのとりかたを教えてくれるクラスに行きました」

川田「やってみて変わりましたか?」

クリスタル・ケイ「ちょっと変わりましたね。あとは、自分だけじゃないんだなと感じられた。一緒にクラスを受けてる人も、ビジネス的に成功している社長さんだったり、仕事では問題ないんだけど、パーソナルなところ、パーティーとか、そういう時の人との接し方が出来ないという人がいました。自分のプレゼンテーションが上手じゃない、私の場合はそっちだったんです」

川田「それは、日本でする場が無かったんですかね?」

クリスタル・ケイ「たぶん、『私はこうだから!』という場面がなかったり、”自分のルーツは…”とか、”自分がどういう人か”というのを、あまりすることがなかったからですね」

川田「意外ですね、そういったクラスを自分で受けるくらい悩んだんですね」

クリスタル・ケイ「悩みましたね〜、『何この子?調子に乗ってんじゃないの?』って見られたよ、と言われた時には、真逆でしたからね。そういう経験もあって強くなれた気がします」




>>来週は引き続きクリスタル・ケイさんに第2のターニングポイント、そして、これからの夢についてお話を伺います。

*
*

2015.07.05

「厳しかったからこそ、いろんな事を自分で考えながら、脇道に逸れずにこれたんじゃないかと思います」:中澤佑二
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

先週に引き続き、ゲストにお迎えしたのは、まったくの無名からサッカー日本代表のキャプテンにまで上り詰め、ワールドカップに2度の出場を果たしました。異色の現役プロサッカー選手・中澤佑二さんです。

●地球の裏側で


川田「ブラジル時代は、どのような感じだったんですか?」

中澤「日本人はあまり好かれてないのかな?というのが第一印象ですね。ブラジルでは当たり前のことなんですけど、サッカーってお金を稼ぐスポーツという意識が強いんです。だけど、日本人はお金を払ってサッカーを習いに来る…、その感覚が向こうの人からしたら信じられなくて、『おまえらはおかしいだろ』って」

川田「じゃあ、ウェルカムという感じではなかったんですね」

中澤「全然口もきいてくれなかったし、最初の3ヶ月は、ほとんどポルトガル語が喋れなかったので。練習させてもらえないし、練習着無いし、物は盗まれるし(笑)。財布の中のお金が盗まれて、スパイクも盗まれたんですよ。何も無いわって(笑)。
サッカーを出来る環境じゃなかったので、最初の3ヶ月は辛い思いしかなかったですね」

川田「そんな状態だったんですね」

中澤「3ヶ月経って、少しずつ言葉が聞き取れるようになって、ちょっと喋れるようになると変わって来ました。話しかけてくれるし、無視もしなくなりましたね。コミュニケーションをとることがすごく大事だなと思いました」

川田「日本から来てた人は、沢山いたんですか?」

中澤「僕の他に3〜4人いましたけど、半年くらい経ったら、僕だけになっちゃいましたね」

川田「そんな1人の状況で、何をもって続けられたんですか?」

中澤「当時は、”サッカー選手になるんだ!”という思いだけでやってました。ブラジルまで来て、何も残さず帰るわけにはいかないという気持ちもありました」

川田「辛く厳しい経験もあって、帰って来てからは、どういう状態だったんですか?」

中澤「ブラジルに一年いたんですけど、一年経ったら留学ビザが切れたので、日本に戻って来ないといけなかったんですよ。当時、なかなかビザを発行していただけなかったんですよ。そうなってくると、ブラジルのクラブから、”何やってるんだ?”と、連絡が来て『ビザがおりないんだ』と言うと、”じゃあ、来なくていいよ”と言われたので、ブラジルはなくなったなと…。
じゃあ、どうしようかなと思った時に、サッカーの練習をしないといけない。なので、恥ずかしい部分もあったんだけど、高校の先生に練習させてくださいと聞くと、「いいよ』と言ってくれたので、そこから高校生と一緒にサッカーを練習し始めました」

川田「その練習の時に、プロ契約にこぎつけるきっかけが出来たわけですか?」

中澤「そうですね。当時、ヴェルディのユースチームと練習試合を先生が組んでくれたんですよ。その時に、”この子は、ダブってるよ”という感じで出してくれたんですよ(笑)。練習試合が終わった後に、『練習生でもいいので、ヴェルディの練習に参加さえてもらえませんか?』という話をして、ヴェルディの練習生としてのスタートが始まりました。それが1998年くらいかな」

川田「ブラジル留学を第二のターニングポイントに挙げた、一番のポイントというのは、どういう所にあるんですか?」

中澤「プロになる為の気持ちがここで一番強くなりました。ブラジルに留学した事によって、本当にプロを目指してるブラジルの選手達の思いっていうのを、肌で感じる事が出来ました。彼らは、家族を養う為に、友達を蹴落としてまで自分がプロになるんだという強い気持ちを持っていたんですね。
友達がケガをすると、本当だったら『大丈夫か?』ってなるんですけど、『ここがチャンスだ!』と、思うのがブラジルの選手なんです。それくらいハングリーな気持ちを持って臨んでる国に、一年いれたのは、自分の中では大きかったですね。これくらいの気持ちがないと、プロにはなれないんだと思いました」

●親の思いは


川田「昨シーズン、36歳で自己初のリーグ戦、全試合フルタイム出場。これは、ゴールキーパー以外ではJ1リーグの史上最年長の偉業になるわけですね」

中澤「正直、嬉しかったですし。プロになってから年間フルで元気に動けていたということは、一回もないんですよ。達成することが出来たので、自分の中では頑張ったなという思いはありますね」

川田「年々、体の変化も自分で気付く事もあると思うんですけど、起きる時間だったり、食べるもの、寝る時間というのは、自分できっちり決めているんですか?」

中澤「基本は決めてますね。6時とか6時半には起きて、夜10時には布団に入ろうかなっていう感じですかね。子供のときは、夜9時に寝て朝5時半に起きてたので」

川田「かなり早寝早起きの健康的な生活ですね」

中澤「その延長線上なので、苦ではないですね。まぁ、親父が怖かったというのもありますけどね(笑)」

川田「それは今でもですか?」

中澤「今はそんなことないです。良い親父ですよ。電話してるといつも酔っ払ってますよ(笑)」

川田「ワールドカップに出たときは、喜んでくれたでしょうね」

中澤「喜んでくれてたといいんですけどね(笑)。電話すると、すっとぼけてますからね。『観てないよ』とか言ってるんですよ(笑)。うちの親父、シャイだから。その血を引き継いでるんですよ(笑)」

川田「厳しいときは厳しく、そう育てられたのは良かったんでしょうか?」

中澤「今思えば、それが自分にとってベストな育てられ方だったのかなと思いますけどね。甘やかされていたら、こうはなってないと思うし、厳しかったからこそ、いろんな事を自分で考えながら、脇道に逸れずにこれたんじゃないかと思います。
自分の目標としては、40歳まで、バリバリ、若い子達に負けないくらいJ1の舞台で暴れていたいなと思います」




>>来週のゲストは、ニューヨーク留学を経て、新たなスタートを切ったシンガー・Crystal Kayさんです。




*

感想・メッセージのご応募はこちら

Message

ご応募はこちら

AIR TIME

AIR-G'(FM北海道)
(日)07:00〜07:25
エフエム青森
(土)12:30〜12:55
エフエム岩手
(土)12:00〜12:25
Date FM(エフエム仙台)
(土)12:30〜12:55
エフエム秋田
(土)12:00〜12:25
エフエム山形
(土)08:30〜08:55
ふくしまFM
(日)09:30〜09:55
FMぐんま
(日)07:00〜07:25
TOKYO FM
(土)12:30〜12:55
RADIO BERRY
(土)12:30〜12:55
FM-NIIGATA
(土)08:00〜08:25
FM長野
(土)12:30〜12:55
K-mix
(土)08:30〜08:55
FMとやま
(土)08:00〜08:25
エフエム石川
(土)09:00〜09:25
FM福井
(土)12:30〜12:55
@FM(FM AICHI)
(日)08:00〜08:25
FM GIFU
(土)12:30〜12:55
FM三重
(土)11:30〜11:55
FM滋賀
(土)09:30〜09:55
FM OH!
(日)07:30〜07:55
Kiss FM KOBE
(土)09:00〜09:25
エフエム山陰
(土)09:30〜09:55
FM岡山
(土)11:00〜11:25
広島FM
(土)09:30〜09:55
エフエム山口
(土)11:30〜11:55
FM香川
(土)12:00〜12:25
FM愛媛
(土)07:30〜07:55
FM−TOKUSHIMA
(土)12:30〜12:55
エフエム高知
(土)09:00〜09:25
FM FUKUOKA
(土)08:00〜08:25
エフエム佐賀
(土)09:00〜09:25
エフエム長崎
(土)09:30〜09:55
エフエム熊本
(日)08:30〜08:55
エフエム大分
(土)12:30〜12:55
エフエム宮崎
(土)12:30〜12:55
エフエム鹿児島
(土)09:00〜09:25
FM沖縄
(土)08:30〜08:55

page top