Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


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2015.10.25

「今でも、逆立ちしたって敵わないですよ」:金子ノブアキ
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

先週に引き続き、ミュージシャン、俳優として活躍をされている金子ノブアキさんをゲストにお迎えしました。

幼い頃から子役タレントとして活躍していた金子さん。
1995年14歳の頃からRIZEのドラマーとしてライブ活動をはじめ、2000年にメジャーデビューを果たしました。

今週は、ソロ活動をされている金子ノブアキさんのお話も伺っていきたいと思います。


●音楽に捧げた人生


川田「子役タレントとしてキャリアをスタートさせた金子さんですが、RIZEでメジャーデビューされた19歳の頃、俳優業から少し距離を置いたんですよね」

金子「俳優の仕事というのは、極めて受動的で。すごい俳優さんは、自分を入れ物にして役を入れていくんですよ。映画とかの撮影は過酷さが違うんですけど、ずっと弱火の中にコトコトいて、大事なところに照準を合わせていく、本当に集中力のいるモノづくりなんですよ。
特にRIZEみたいな音楽は速いんですよね、3秒あれば連れて行けるっていう…。年齢感と、当時の若い思春期の衝動とが合致して、”これだー!”と思って、ガッといっていたので」

川田「瞬間に燃え尽きるという感じですか」

金子「他の事をやっている場合じゃないというのはありましたね」

川田「そうした思いがあった中で、2009年、映画『クローズZERO供戮如∈討喃侏ザ箸鯔楹陛にスタートさせますが、これはどうしてですか?」

金子「2009年頃に音楽業界に不況の波、特にレコード文化において起きるんですよね。誰も超えたことのない冬がくると、業界の中で何をしていいか誰もわからなかったんですね。その中で、マネージメント事務所に本当感謝してるんですけど、たまにキャスティングの人をライブに呼んでくれていたんですよ」

川田「なるほど」

金子「ある時に、クローズのキャスティングをやっていた人が来て。そこで目に留めてくれてお話が来たんです。同じくして、いろんな話が舞い込んできた時期なんです。まさにターニングポイントですけど、これは大変だけど、やらないと後悔するだろうなと思って、メンバー、スタッフと相談しました。
僕個人に対してではなくても、音楽の世界に何かが反映されればいいなと思って、それは今でも変わってないところはありますね」

川田「音楽で大成功をしてるわけですから。そこ一本でいけば、楽といえば楽な道ですよね」

金子「よくジェシーとも話すんですけど、イメージが付くことって面白くないんですよね。ある程度リスペクトしてもらって、なんとなくご飯食べられて、楽しく演奏も出来て、それも一つすごく正しいんですけど。まだ30代中盤だし、まだまだ傷つく余白もあるし、好かれる余白もあるし…。
楽しくなかったらやる意味はないんだけど、そういうことに対して、彼らが”やめてよ”と言ったら、やらないと思っていたので。それは、みんな快く快諾してくれたので嬉しかったですね」

川田「その後も俳優としてのオファーが続いて、フジの月9、去年はNHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』、今年は映画『新宿スワン』などにも出演し、活躍されています。『クローズ』のときに、これは乗ったほうがいい、チャンスだと思った感覚は間違っていなかったんですかね」

金子「そう思いたいし、まだまだ途中ですけど。始まったからには、このスタンスは戻ることはできないので。僕がいつか死んじゃって、いなくなっちゃったりするまでは、その時に評価してもらって、何が残っているかっていう感じじゃないですかね」

●受け継がれるもの


川田「ソロでは、ドラム、ボーカル、ギター、ベース、映像と…全部ご自身でやられているんですよね」

金子「もともと、ドラムよりギターの方が家にあった楽器だったから、しょっちゅう、触っていたのはギターだったりするかもしれないんだけど。最終的には、エンジニアさんに渡して仕上げてもらわないと、やっぱりプロの職人さんには敵わないから。
6、7割くらいまでは、ファイル開いた時にはやりたいことが伝わっているように、なるべく手弁当で…。どんどん引きこもりになっちゃって(笑)」

川田「もう、体一つじゃな足りない感じがしますね。ご自身のお父さんである、ジョニー吉長さんを2012年に亡くされまして、2013年にご結婚もされています。人生の大きなターニングポイントも経ているんですけど、そういったことも音楽活動や、俳優活動には影響されていますか?」

金子「大きくありますね。父が倒れて、楽器の演奏がままならないようになって。人として、命を全うして幕引きがあったもっと手前に、僕と父の間では本質的なドラマーとしての死ですよね。それに向き合うタイミングがあって。その時に、ものすごく思うところがありました。
おこがましいですけど、似ているタイム感やプレイスタイル、僕と父が表現できるものだったのが、僕だけになってしまった。勝手にですけど、責任というか、さらにスタイルを作っていこうと思って。それもあって、『Historia』のPVもそうなんですけど、ドラムに特化して表現して外に出ていこうと思いました。
それまでは、アルバム2枚出るまで、ライブはやらないと言っていたんですね。きちっと表現するには、2枚分はないと出来ないからということで。ライブで、何をやるかも漠然と考えていましたし、僕はこの楽器と添い遂げると、腹が決まったのは、超遅いですけど、30歳過ぎてからですね」

川田「お父さんから受け継がれるのは、自分しかないという覚悟もこの時に出来たんですね」

金子「どうしても、そういうものなんだなと思って。同じことを選んで、ある種の親子関係から逸脱するでしょ?もうちょっと残酷な関係になるんですよね。やっぱり、どうしたって経験に勝るものは絶対にないので。今でも、逆立ちしたって敵わないですよ。
僕があれくらいの年齢になったら、どうなってるかなって…。若い人たちが聴いたらどう思ってくれるかとか、周りが判断してくれることであって、僕はひたすらやるしかないかなと思うんですよ。そういうところへの集中というか、それはすごい思いました。
別れがあったので、最後は、ちゃんと親子に戻った気はしましたね。そこに素直になったので、僕もスポっとハマったというか、ようやく思春期が終わったというか(笑)。
そこに泥は塗れないし、僕が良くない表現をして父の評価を下げたら、それは最悪だなと思っちゃうから。やっぱりね、絶対に親の方が優れていますから。絶対的な距離があって、それが縮まることはないですよね。それが今生ではなくても、それは思いますね」





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2015.10.18

「そういうプレッシャーの中に身を置いてくれたのは本当にありがたいです」:金子ノブアキ
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、ミュージシャンとしてはバンドとソロで、俳優としては、月9からNHK大河ドラマ、さらには映画まで、幅広く活躍されているアーティストの金子ノブアキさんです。

金子ノブアキさんは、世田谷区下北沢出身。
お父様が70年代から活躍されていたドラマー、ジョニー吉長さん。
お母様が“下北のジャニス”の異名を持つシンガー、金子マリさん。

ミュージシャンのサラブレットとして生まれ、ロックバンドRIZEのドラマー、ソロ・プロジェクト、さらに俳優としても活躍されています。


●血は争えないもの


金子「両親が音楽家だったので、思春期はそっから遠ざかるじゃないですか。そうなると、マジョリティとマイノリティが、うちの場合やジェシーもそうだけど、反転するんですよね。僕らとしては、会社に勤めて、タイムカードとかを押したりとかするのに憧れていました」

川田「そうだったんですか」

金子「中学上がったくらいで、バンドブームがやってくるんですよ。みんなが楽器をやり始めて、
そのあとに誘ってもらって、スタジオで音を出し始めて…。
やっぱり血は争えないというか、僕らの中に眠っていたものが花開いていくのがわかりました」

川田「一番最初に始めた楽器は何だったんですか?」

金子「父がドラマーだったので、『やれるんじゃないの?』ということで、”ちょっとやってみようかな”と。下北沢の、今はない「アンティノック」というリハスタがあって、個人練習でお昼に行くと、500円で貸してくれるところがあったんですよ。
もう時効ですけど、学校サボってお昼前に行って、3時限目くらいまで練習して。お腹すいたら給食を食べに行ってみたいな(笑)」

川田「何をしに学校に行ったか分からないような感じですね(笑)」

金子「ずっといたような顔して、給食の列にならんでいるっていうね(笑)」

川田「それぐらい、ずっと触っていたいと、虜になった感じだったんですか?」

金子「最初に音を出した時にショッキングで、ドラムって生の音が大きいじゃないですか。自分で大きな音を出すっていうことが衝撃だし、その音に対してもノスタルジーがすごいあって。
楽器の音とかライブハウスとか、アンプの真空管が焦げていく臭いとか、そこにノスタルジーを感じて、体が今でも求めてしまう、そういう事をその時に自覚して」

川田「なるほど〜」

金子「父母の年代は、今よりも、もっと海外の曲をカバーしてライブでやるっていうのが盛んで。そこに対して開けた文化で、開拓してきた世代なので。
いろんな曲を最初から知っていたっていうのがあったんですよ。誰かわかんないんですけど、知り合いのおじさんの得意な持ち曲だと思っていたら、全然ニールヤングだったり(笑)。
答え合わせみたいな、掘り下げていくことが楽しくて、いろいろ聴き進めていくうちに今日になっているような感じです」

川田「当時のご両親の反応って覚えていますか?」

金子「うちは両親が離婚していたので、父は一緒に暮らしていなかったんですよ。母とは、よく話す機会があって。いろんなことを質問したし、その時に”100回スタジオに入るよりも、1回でも早くライブをやれ”と言われました。
ライブやってなんぼだと思って、高校に上がる頃には、母のやっているブルースバーとかで、箱バンみたいに、一晩ひたすら演奏させてもらって。叩き上げで、ずっと教えてもらいました」

川田「めちゃくちゃ鍛えられてますね(笑)」

金子「ありがたいですよね。鍛えてくれた人たちも、百戦錬磨の伝説的な方ばかりなので。小僧が入って、それもお客さんがいる前だから下手なことできないし。
そういうプレッシャーの中に身を置いてくれたのは本当にありがたいです」

●成長し続けること


川田「RIZEの『Why I'm me』を作られた頃を思い返すといかがですか?」

金子「RIZEという名前になっていく過程と、デモテープを録りながら、吉祥寺の『Planet K』というライブハウスでソニーのスカウトに引っかかるんですよ。
マルヤマさんというディレクターさんで、元ホストで、むちゃくちゃ胡散臭いんですよ(笑)。元ギタリストで、新宿でホストもやっていたんですよ」

川田「ええ〜、そんな方との出会いがあったんですね」

金子「ジェシーが声かけられてるのを見て、”めっちゃ絡まれてる!やばい!”と思ったけど、どうやらソニーの人らしいってことで(笑)。
僕らは、二世のミュージシャンということが、音楽業界の裏で知れ渡っていたんですね。それで、スカウティングに来る人が多かったみたいなんですけど、親がバリバリやっていたので、ルートは決まっているはずだと…、声をかけるのに、二の足を踏む人が多かったと今になって聞きますね。
ただ、マルヤマさんという人は、当時20代で若くて『お前ら、絶対に俺とやれー!』みたいに言ってくれて、お兄ちゃんみたいな感じでした。見た目は超おっかないですけど(笑)」

川田「そうなんですね(笑)」

金子「耳も確かで、僕たちの盾になって、『Why I'm me』が、タイアップひっかかりそうだっていう時も、絶対に蹴落とされる場面でも、いろんなパワーと闘ってくれて決めてきてくれました」

川田「やっぱり、この曲は大きかったんですね」

金子「最初、プレゼンに引っかかっていたのはこの曲じゃなかったんですよ。僕らも、この曲でいくつもりはなかったんだけど、これに決まって。
CMにも出演できるということで、当時『Red Hot』っていうMDのコマーシャルですよ。時代を感じますよね(笑)」

川田「ジェシーさんが出ていたCMですよね」

金子「当時、ベースはTOKIEさんというお姉さんで、『俺とかトッキーじゃねーだろ』っていう話になって。『ジェシー、頑張ってくれ!』って言って…、それでガラッと変わっていきましたね。
ジェシーの持っているリーダーシップや、彼の持っている言葉の強さであったり、今思い返しても、そういうものはこの頃には完成されているイメージでしたね。彼はすごいですよ」



>>来週も引き続き、金子ノブアキさんに、俳優業のお話、そしてミュージシャンとしてのソロ活動についても伺っていきます!
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2015.10.11

「すごく大切な作品になりました」:知英
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、女優の知英さんです。

知英さんは、人気K-POPグループKARAを卒業して1年。ロンドン留学を経て去年の8月、日本で女優デビューを果たした知英さん。

今週は、知英さんのもうひとつのターニングポイントについて伺っていきます。


●演じる楽しさ


川田「今週は、知英さんが第2のターニングポイントに選んでくれたドラマ『民王』。ターニングポイントとして選ばれた理由は何ですか?」

知英「初めて日本人の役を演じました。政治家の父と中身が入れ替わるという難役で。つまり、私が親父を演じるということでした。それでアダ名がついたんですけど、『オヤジヨン』と、みんな呼んでいました(笑)」

川田「座り方だったりとか、喋り方以外もいろいろ変えないといけないですよね」

知英「一番変えたのは声でした。声が低くならないと、入れ替わったという設定が分かりずらいんですよ」

川田「お父さん役が草刈正雄さんだったんですけど、入れ替わりに相当な年齢差もあって、全然違うから…」

知英「草刈さんはすごいアドバイスしてくれて、一緒に本読みをした時に、私がすごい緊張しちゃって。『いいよ!知英ちゃん』と言ってくれて、すごく嬉しかったですね」

川田「じゃあ、ずっと草刈さんを観察してるんですか?」

知英「草刈さんが演じていた役の中で、喋る前に『うぅんんん〜』と言う癖があって、それが自然で上手なんですよ。私はどうしても、それを言いながらセリフを言うのが難しかったんですね」

川田「大変だったけど、やり甲斐もあって楽しかったですか?」

知英「今回初めて言われたことがあって、『村野エリカの役って、韓国人だったの?日本人だと思っていた』とか、『お芝居もそうだし、日本語もすごい上手になったね』と言われたので、そういうコメントを見るたびに感動して。
日本人の役をこんなに早くできると思っていなかったので、やっていて楽しかったし、もっともっとお芝居が好きになって、いろいろな役をやりたいなと思いました。すごく大切な作品になりました」

●成長し続けること


川田「知英さんの21年間をまとめた本が発売になりました。そのタイトルは?」

知英「『Grow up!』です!」

川田「こういう本を出したいと思っていたんですか?」

知英「出したいと思っていたんですけど、いろんな方のを見せてもらったんですよ。みんなオシャレで、服やカバンがいっぱいで、『私持ってない!こんなの作れません!』って言ったんですよ(笑)。
じゃあ方向を変えようとなって、知英が留学していた場所や、知英の好きな場所を紹介しようとなって1年くらいかけて作ったんです。
中の写真もプライベートな写真とか、全部パソコンに入れていたものを出して、この本が誕生しました」

川田「自撮り写真とか、変顔してる写真とか”これいいの?”っていうような顔もあるんですよ。ぜひ見てもらいたい(笑)」

知英「それが知英です(笑)」

川田「ファンは、そういう知英ちゃんの普段の顔が見たいんですよね。また、新たな展開が始まっているんですよね。YouTubeで配信される映画『そちらの空は、どんな空ですか』の主演を務められますね。
脚本は『オレンジデイズ』『ロングバケーション』などで知られる北川悦吏子さん、女性はみんなキュンキュンする話ですか?」

知英「残念ながら、ラブストーリーじゃありません(笑)」

川田「今回は、どんな役なんですか?」

知英「今回は韓国人の女の子のエナという役で、広東語、北京語、日本語、韓国語、4言語を喋るんですよ。基本的には日本語がベースで、日本語のナレーションとかもあるんです。
舞台が香港だったんですけど、広東語を喋ったり、北京語を喋ったり、難しかったです」

川田「一人で4言語を話せるという役なんですか?」

知英「そうですね。なぜかと言うと、エナは家族の都合でいろんな国を回ったんですよ。結局、香港の大きな会社に入りたいという夢がある、夢を追いかける素敵な女の子ですね」

川田「女優としての幅が広がっている知英さん。これから目指していく女優像はどんな女優さんですか?」

知英「一つの枠にとらわれない女優さんになりたいですね。あと、カッコいい女優さんになりたいですね。アンジェリーナ・ジョリーさんとか、スカーレット・ヨハンセンさん、女性でも憧れる女優さんになりたいです」

川田「ハリウッドデビューはしたいですか?」

知英「できれば(笑)」

川田「いつまでにしましょう?」

知英「この10年以内には(笑)」

川田10年経っても、30歳ですからね。そこまでにハリウッドも行ければすごいですよね。今後の活躍を楽しみにしています!」



>>来週のゲストは、ミュージシャンや俳優としても活躍する金子ノブアキさんです。お楽しみに。

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2015.10.04

「諦めたくはなかったけど、日本語では限界があるのかなって思いました」:知英
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、女優の知英さんです。

知英さんは、人気K-POPグループKARAを卒業して1年。現在は日本を中心に、女優として活躍されています。

そんな知英さんの人生のターニングポイントについて伺っていきます。


●未開の地で


川田「知英さんは2014年の4月に、第1のターニングポイントを迎えます。それは何でしょう?」

知英「ロンドン留学ですね」

川田「なぜ、ロンドンを選んだんですか?」

知英「英語の元というか、舞台も沢山あるし。アメリカとイギリスで悩んでいたんですよ。アメリカは車がないと大変じゃないですか、だから”イギリスにしよ!”となって…。行ったら、地下鉄とかも全部一人で行ける感じでした」

川田「イギリスって、綺麗な英語が身につくといいますよね。文化もあったり、歴史もありますからね。ロンドンでの生活は、初めて一人で外国で暮らしたんですよね。怖くなかったですか?」

知英「最初は怖かったですね、4ヶ月くらい誰もいなくて。一人で、”今日は何しよう?”とか、全部決めて。そういうことをやったことがなかったので、頭が真っ白になっちゃって。ホームシックもあったので、最初の1ヶ月はすごい大変でした」

川田「最初の一ヶ月でホームシックに?」

知英「なりましたね。英語もそんなに喋れなかったんですよ。聞くのは分かっても、みんなの話にすぐ入れなかったんです。それで”英語無理〜!”ってなって(笑)。
大変だったけど、一ヶ月過ぎたくらいでだんだん英語が分かるようになって、楽しくなって、3ヶ月間いろんな所に一人で行って、あっという間でしたね」

川田「4ヶ月間で英語が聞けて、話せるようになるって、すごく短い期間ですごいなと思うんですけど、どうやって練習をしていたんですか?

知英「いつも語学の勉強をするときは、ドラマとか映画を観て勉強するんですよ。それが一番聞こえてくるし、実際に喋ること、英語はやってみないとダメだと思って。
お店に行くと、オーダーをしないといけないじゃないですか?後ろに人も並んでいるし、”これ!”という感じで注文したら、違うものが出てきたんですよ。それがショックで、”こんなに頑張って喋ったのに、違うものが出てきてどうしよう?”って、注文すらできないってなって。
それで、『よし!喋ってやる!』と思ったんですよ。それがきっかけで、毎日、目と耳と、全部開いて、全てを吸収しました」

川田「すごいな〜、確かに悔しいですよね。自分の欲しいものが、注文もできないっていうのはね」

知英「しかも、食べ物が間違えてくるのは、本当に悔しい!だから、喋ってやる!って」

川田「地下鉄とかも乗るのは初めてだったんじゃないですか?」

知英「いっぱい間違えましたよ。”ここどこ!?”っていうこともありました(笑)。ロンドンってストライキが多くて、しかも、バスはすごく乗り方が難しいんですよ。だから、地下鉄しか乗らないのに、ストライキがあったらどうするんだよ!って(笑)」

●ロンドン留学を経て


川田「知英さんは、ロンドン留学を経て日本での女優デビューを果たしました。日本語のお芝居を初めてやるとなった時はどうでしたか?」

知英「難しいですよ。本当に毎日が大変でした」

川田「当時は、今よりも日本語もできなかったでしょうから、台本は振り仮名を振っていたんですか?」

知英「そうですね。漢字は少し読めたんですよ。でも、意味はわかっても、読み方が違うじゃないですか?イントネーションがすごい大変でしたね」

川田「単語だけじゃなくて、つなぐ言葉だったり、どういう言葉が難しいんですか?」

知英「発音もむずかしいし、日本語のイントネーションってあまり変わらないんですよ。一定の音で喋ることが多いんですよね。”これが上がって、これが下がって”というのを細かくやっていました」

川田「私たち日本人ですら、その上がり下がりは、本当に微妙な少しのことなんですよ」

知英「本当に、ちょっとした違いなんですけど、それをやろうとしたら違いが大きいんですよね」

川田「それを見たときに、女優を諦めようとは思わなかったんですか?」

知英「諦めたくはなかったけど、日本語では限界があるのかなって思いました」

川田「そこで頑張ろうと思えたのは何でですか?」

知英「やっぱり応援してくれる方がいるから。ファンの皆さんが、『今日も良かったよ、日本語上手になったね』と言ってくれたのが力になったし、そのあとの映画の仕事も、すごくいい役をやらせていただいて。すごい楽しかったし、そういうのがあって、”頑張ろう!”となりました」



>>来週も引き続き、知英さんをゲストにお迎えして、さらなるターニングポイントに迫っていきます。お楽しみに。


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