Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


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2016.06.26

「7月3日は、ワタナベイビーが大人になる日だと思ってもらえれば(笑)」:ホフディラン・小宮山雄飛
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、ホフディランのボーカル&キーボーディスト、小宮山雄飛さんです。

ホフディランは今年デビュー20周年、7月3日(日)には、渋谷eggmanで記念ライブ『ホフディラン成人式』を開催予定です。

小宮山雄飛さんはホフディランの活動だけでなく、“音楽界のグルメ番長”、“渋谷区親善大使”“企画プロデュース会社社長”などなど、さまざま肩書きで活躍中です。

小宮山雄飛さんに、2週にわたって人生のターニングポイントについて伺っていきます。



●”衝撃的な?”出会い



川田「ワタナベイビーさんと、音楽を一緒にやるようになったのはどういうきっかけですか?」

小宮山「僕のいとこが、たまたま同級生で、当時90年代前半。アマチュアのネットワークみたいなものがあって、渡辺くんのデモテープだけは聴いていたんですよ」

川田「それは何歳くらいですか?」

小宮山「大学生の時ですね。渡辺くんが高校生くらいの頃から1人で宅録で作っていたテープだけがアマチュア界で回っていて、”すごい人がいるな”と。
当時スチャダラパーとか、小沢健二くんとかがそのテープを聴いていて”面白いやつがいる”と、それを自分の番組でかけたりしていたんです。
ワタナベイビーというものが、その界隈でブームになっていたんですよ(笑)。たぶんワタナベイビーは、一生で一番盛り上がった時じゃないですかね(笑)」

川田「早いですね(笑)」

小宮山「そこから先はだんだん盛り下がっていくんですけど(笑)。TOKYO No.1 SOUL SETというバンドがクワトロのライブの時に、ワタナベイビーを前座で出すという話になったんですよ。
渡辺くんは、それまでライブすらやったことない、完全に宅録のオタクだったわけですよ。ライブが決まって”どうしよう?”となって、親戚経由で呼ばれたのが僕なんです。だから、最初はホフディランというより、ワタナベイビーをみんながサポートして集まったようなバンドなんです」

川田「なるほど〜」

小宮山「初めてリハーサルをやった時に、法事があったらしくて、よく分かんない喪服を着た人がやってきて、”なんだろうな〜?”と思ったら、その人がワタナベイビーだったんですよ(笑)」

川田「インパクトある出会いだったんですね(笑)」


●ホフディラン20周年!



川田「ワタナベイビーさんと、ホフディランとして歩まれていくわけですけど。その後に起こる人生の第1のターニングポイントは何ですか?」

小宮山「ホフディランを一回活動休止したんですけど、その段階で僕が事務所を出たんですね。
活動休止のタイミングで、なんとなく自分でやりたいなと思って。渡辺くんはソロの形で残っていて、僕は自分で事務所を作ったのが大きなターニングポイントですね」

川田「そもそも、活動休止したのはどういう理由があったんですか?」

小宮山「先ほど言った通り、ワタナベイビーがデモテープ時代から右肩下がりで下がってきたので(笑)。
自分でやりたいことも沢山あって、僕はどちらかというと裏方的なところも自分でやりたがる方なんですね。CDのジャケットを作るとか、ライブの会場を選ぶとか、わりと自分でやりたいほうで。
それがあったので、そこまでやるような環境を作りたいなと思ったんです」

川田「ご自身で事務所を作られたときは、大変なことが多かったと思うんですけど」

小宮山「自分で何かやるのが好きなので、登記して、会計事務所と契約してとか、わりと楽しんでやっていましたね」

川田「それが何歳の時ですか?」

小宮山「28、9歳くらいです」

川田「このとき、自分のプロジェクトとしてもバンドのBANK$をされたり、音楽活動も引き続きされつつですよね。
その期間というのは、渡辺さんとは距離を置かれていたんですか?」

小宮山「渡辺くんとはずっと会ってなかったんですけど、たまたま煮込み屋さんで会ったんですね」

川田「え?(笑)」

小宮山「駒沢の方に煮込みの美味しいお店があって。6人くらいのカウンターで、食べて、出る、っていう。喋ってもいけないみたいな(笑)」

川田「そんなお店あるんですか(笑)」

小宮山「僕は食べ物大好きなんですけど、渡辺くんって食べ物に全然興味ないんですね。以前に僕がそこを教えたことがあるらしく、活動休止中で2〜3年会ってないとき、僕がそこに食べに行ったら当時のマネージャーが後ろで笑ってるんですよ。
で、『雄飛くん!雄飛くん!(笑)』って言うから、よく見たら横にワタナベイビーが煮込み食べてたんですよ(笑)」

川田「何か引き寄せられるものがあるんですね(笑)」

小宮山「まさか、休止中の相方がね(笑)。これは何かやらなくちゃいけないかなっていうのが、活動再開するのにありましたね」

川田「20年を経て、ホフディランの活動が今後も続いていくわけですけど、2人での活動はどのようになっていくと思われますか?」

小宮山「感覚として、すごく変わってくるんだなっていうのは40代になって感じますね。もともと日常的なものなんですけど、音楽が日常的なものにというか……”これで売れたい”とか、”CDになって、日本中に聴いてほしい”というのもあったんですけど、どんどん音楽がナチュラルなものになってきて。
リリースもしたいんですけど、リリースしないで今日出来上がった曲をライブでやる。それがリリースにならなくても、”それはそれで一個披露だし”とか、何でもアリな感じになってくるんですよ」

川田「そうなんですね」

小宮山「昔は、自分でレコードを出してライブを定期的にやって、みたいなのがプロミュージシャンで。それ以外が、ある種アマチュアとか趣味、僕も思っていたし、全体としてそういうムードがあって。
今はプロもアマもなくて、大きな会場でやる人もいれば、趣味で家でやってる人もいれば、ストリートでやってる人もいれば、宅録だけで曲作ってる人もいるし。全員ミュージシャンだし、音楽だなって思うようになりましたね」

川田「渡辺さんとの関係性って、どういう風に変わってこられましたか?」

小宮山「渡辺くんは本当に面白い人で、とにかくかまってほしい人で、ずっとかまってきたんですけど。遂に20年経って、成人式を迎えて、僕が”もう、かまわないよ”っていう姿勢を表したところ逆に上手くいくようになりまして」

川田「ほんとですか(笑)」

小宮山「だから、本当は渡辺くんにとっての成人式なんですよ。7月3日は、ワタナベイビーが遂に大人になる日だと思ってもらえれば(笑)」





>>来週は、ラジオのパーソナリティやカレー講師など、音楽だけには留まらない
小宮山雄飛さんの第2のターニングポイントを伺っていきます。
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2016.06.19

「笑わせるのって、泣かせるより難しいと思うんですよね」:俳優・風間トオル
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、さまざまなドラマや舞台でご活躍中の俳優の風間トオルさんです。
現在は舞台『極楽町一丁目 R11;嫁姑千年戦争―』の全国公演中です。

最近では、少年時代の話がクローズアップされ、その頃の話をもとに書かれた、
『ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力』という本も、3月にリリースされました。

今週は、風間トオルさんの人生の第2のターニングポイントについて伺いました。



●訪れる転機



川田「風間トオルさんに起こった第2のターニングポイントはどんなことだったんですか?」

風間「24歳頃。モデルから役者にスカウトされた時ですね」

川田「どういう経緯だったんですか?」

風間「モデルにはなっていて、雑誌のページの中でゲストを迎えてトークするっていうページがあったんですよ。
そこに、女優の浅野ゆう子さんがゲストで来たんですよね。お話をしてるうちに、浅野さんが今度主演でドラマをやるという話で『やってみない?』って、いきなりスカウトされたんですよ(笑)」

川田「そう言われてどうでしたか?」

風間「役者になるなんて考えてなかったので、お断りしたんですね。そのあとテニスとか、海とか、いろんなところへ連れてもらっているうちに、毎回その話をされて、”これも何かの縁かな”と思って、始めたのだきっかけですね」

川田「その、一番最初に出たドラマは?」

風間「『ハートに火をつけて!』というドラマですね」

川田「トレンディドラマ最盛期ですから、皆さんすごい方々が出てますよね。プレッシャーもあったんじゃないですか?」

風間「何が何だかわかってない状態で現場に連れて行かれて、皆さんには申し訳ないっていうくらい、ひどい演技でしたね。オンエアもNGに近いものだったと思いますよ(笑)。
本番中に、暇なときにカメラの方とか見ちゃって(笑)。カメラさんが”見ちゃダメ”とジェスチャーしてくれるんですけど。喋ってる時はいいけど、喋らない時はどうしたらいいのか、キョロキョロしちゃって(笑)」

川田「風間さんにもそんな頃があったんですね(笑)」

風間「テレビも観ていなかったので、どうしたらいいのか分からなかったんですよね」

川田「役者を生業にしようと思ったきっかけの作品はあるんですか?」

風間「『ハートに火をつけて!』もそうですけど、『大誘拐』という映画で、岡本喜八監督とお仕事させていただいて、”演技は心が大事なんだよ”と教わって、”深いな、面白いな”と思い始めたんだと思いますね」

川田「この映画も、緒形拳さん、北林谷栄さん、樹木希林さんなど出てらっしゃいますけど。北林さん演じる、山林王のおばあちゃん、心の通い合いは、おばあちゃんとのつながりとも近いところはありましたか?」

風間「そうですね、これもまたおばあちゃんの知恵の話ですもんね」

川田「ここで学ぶところも多かったですか?」

風間1ヶ月以上山の中の撮影で一緒にいたんですかね。毎日いろんなことを、言葉で教わるというよりは、生活の中の動きで見て学んだり、役者の姿勢とか、どういう風にしてるとか、そういうことを勉強させていただきました」


●嫌なことは寝て忘れる




川田1993年に公開された映画『わが愛の譜 滝廉太郎物語』で、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞されます。この時のお気持ちは覚えてらっしゃいますか?」

風間「信じられなかったですね、スタートは挙動不審でしたから(笑)。その役者がまさかアカデミー賞の主演男優賞をもらえるなんて思っていなかったです。
この作品自体がすごく素敵な作品で、演じていて感情移入ができるというか、自分でも悲しくなるくらいストーリーが深いんですよね、滝廉太郎さんという方が。
なので、その方には賞をあげたいなと思いますね(笑)」

川田「風間さんご自身も、今までの人生、苦労するところも楽しく切り抜けて来られた、そういった場面もありましたか?」

風間「そうですね。楽観的なので、寝ちゃったら忘れるっていうのがあるので。すごくお腹が空いて”どうしよっかな〜”と思ったら、とりあえず寝ちゃえと。夜に考え事すると、深刻になるじゃないですか。”考え事があるときは寝ちゃえ”と、朝になると意外と忘れてるんですよね(笑)」

川田「けっこう、それで解決できるものですか?」

風間「半分以上それで解決してますね(笑)。それは、おばあちゃんに最初言われたんですけどね、『とりあえず、寝ちゃえ』と、そしたら忘れるからって。
前の日に友達と喧嘩して、”あいつ嫌なやつだな〜!”って思って、寝ちゃって、次の日忘れちゃってるんですよね。普通に挨拶してたりとかして(笑)」

川田「逆に向こうが驚いてたり(笑)。そうやって、プラスに捉えていける方法を、自分なりに模索して考えたほうが人生得しますよね」

風間「そうですね。人から与えられるより、自分が切り開いていったほうが、人生はやっぱり楽しいでしょうし、充実感がありますよね。
人からもらったものって長続きしないじゃないですか、やっぱり、自分が生み出したものは長続きしますからね」

川田「失敗を重ねて、いろいろ試してみると…」

風間「失敗がいいことですよ。人間は経験の動物だと思うので、失敗をいっぱいした方が成長すると思っているので」

川田「風間さんも失敗は多かったですか?」

風間「失敗だらけだと思います(笑)気付いてないこともいっぱいあると思うので」

川田「今後やってみたい夢はありますか?」

風間「ほとんどやらせていただいたんですけど、喜劇が大好きなので、喜劇役者と言われるようなのも、かっこいいなと思うんですよね。
新喜劇みたいなのが好きなので、わかりやすくて皆さんがノれるような…」

川田「笑って、みんなを幸せにするものですよね」

風間「笑わせるのって、泣かせるより難しいと思うんですよね。間をとったりとか、そういうのをより勉強していきたいと思います」




>>来週は、ホフディランの小宮山雄飛さんです。
お楽しみに。
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2016.06.12

「”俺の母親が、今日亡くなったんだって思おう”って、自分の中でそういう区切りとして捉えました」:俳優・風間トオル
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、『科捜研の女』シリーズをはじめ、さまざまなドラマや舞台でご活躍中の俳優の風間トオルさんです。

現在は舞台『極楽町一丁目 R11;嫁姑千年戦争―』の全国公演中です。

最近では、少年時代の話がクローズアップされ、その頃の話をもとに書かれた、
『ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力』という本も、3月にリリースされました。

2週に渡って、風間トオルさんの人生のターニングポイントについて伺います。



●貧乏だった子供のころ



川田「著書の『ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力』を読ませていただいて、壮絶でびっくりしたのと同時に、温かい気持ちになりました」

風間「読んだ人によく言われるんですけど、『これ、本当なの?』って聞かれるんですけど、事実ですから(笑)」

川田「小さい頃に、おじいさんとおばあさんに育ててもらったと、そこからスタートなんですか」

風間「5歳くらいのときに母親がいなくなって、1週間くらい経って父親がいなくなったんですよ。それで、親父の方のおじいちゃんとおばあちゃんに育てられたっていう感じですね」

川田「食べ物にも苦労されたりと書かれていました」

風間「食べるものはあったんですけど、育ち盛りだったので量が足りなかったんですよね。どう補おうかと思ったら、公園に行くと草があるじゃないですか?
色はグリーンで、冷蔵庫にある野菜より綺麗じゃないですか」

川田「見た目はそうですけど…(笑)」

風間「いただいてみようかなと思って、片っ端から口に入れて。いけるものはいって、いけないものは吐き出してましたね(笑)」

川田「夏休みが大変だったと書かれていましたね」

風間「給食が出ないので、それを穴埋めしないといけないという事で。友達で、お母さんが美味しいご飯を作る家の人がいて、そこの子と一緒に自由研究をやれば何か食べられるんじゃないかと思って(笑)。
多摩川が近所にあったので、自由研究は水質調査なんかいいかなと思って。初めて川崎から賞をいただきましたね」

川田「市から賞がもらえるくらいですか(笑)。学校では、いじめられたりとか、そういうこともありましたか?」

風間「貧乏でしたから、『おまえんちには、あれがないんだろう、これがないんだろう』と言われましたね」

川田「それは、どういう風に捉えられていましたか?」

風間「本当に貧乏だったので、『ないだろ?』って言われたら、『ない!』。
『貧乏だろ?』と言われたら、『貧乏!以上!』でしたね(笑)。もう、”あなたの言う通り”っていう感じでした」

川田「そこは、おばあちゃんに相談されたりはしたんですか?」

風間「相談してもしょうがないじゃないですか。逆に、そんなこと言うと困っちゃうと思うので。せっかく育ててもらって、失礼かなと思って一切言わなかったですね」

川田「そういった少年時代を過ごされて、このあと第1の人生のターニングポイントを迎えられるんですが、いつのことですか?」

風間「21歳頃ですかね、デザインの専門学校に行っていたんですけど、その時のモデルにスカウトされたときですね」


●おばあちゃんの教え




川田「モデルにスカウトされたときも、いろんなバイトもされて、自分で高校時代の学費を工面されていましたよね?」

風間「1日2時間くらいしか寝てなかったですね。部活もやっていたので、遊びと部活で忙しかったですね(笑)」

川田「スカウトされたのはどこだったんですか?」

風間「表参道のカフェバーで、雑誌のファッションページの撮影が来たんですよ。
俺は厨房にいたんですけど、担当者の方に『ページに使う華やかなドリンクを作ってほしい』と言われて、厨房に入ってこられた時にスカウトされたんです」

川田「その場でスカウトだったんですか」

風間「『明後日くらいに撮影があるのでどうですか?』と言われて。話を聞いてたら、ご飯は食べさせてくれるし、海の撮影なのでボードを持って行っていい、帰り海で落として行ってくれるって言うし、バイト代もくれる。”こんないい仕事あるんだ!”と思って(笑)。
OKして、そこがモデルとしてのスタートですね」

川田「自分からというアプローチではなかったんですね」

風間「モデルの仕事が何なのか分かったなかったんですよ。だから、雑誌に載ってからビックリしましたね」

川田「そこから、どんどんモデルとしてのお仕事が増えていくわけですよね」

風間「当時は学生だったんですけど、名前だけでもモデルクラブに置いておいたらいいんじゃないかと友達に言われて、置いておいたら、仕事がいっぱい来るようになったという感じですね」

川田「生活はここで変わっていくわけですか?」

風間「食べる物はいっぱい買えるようになったので、かなり食べてました。当時ディスコが流行っていたので、そういう所にはよく行ってましたけどね。その時代がバブリーというのもあったので、周りもお金の使い方がすごかったですし、もともと、俺そんなになかったので。4畳半だった家が6畳になったとか、それくらいですかね」

川田「おばあさまの調子が悪くなって来られたのは、風間さんがおいくつくらいの時ですか?」

風間「22歳くらいの時ですかね」

川田「おばあさまが亡くなったときに、どんな思いになられましたか?」

風間「おばあちゃんが亡くなったというよりは、”俺の母親が、今日亡くなったんだって思おう”って、自分の中でそういう区切りとして捉えました。あとは、育てていただいた感謝ですよね」

川田「いまも大切にしている教えはどういうことですか?」

風間「人と人との繋がりですかね。貧乏な時も、おばあちゃんは自分が貧乏なのに、もっと貧乏な人がいるっていうんで助けてたので。
俺としたら子供だったので、”うちが食えなくなるんじゃないか”という心配があって、おばあちゃんはそれでもやっていたので。
結局はやった分返ってきてるんですよね。すごく人が好きで、何か頼まれると断れなくて、っていう人で。
”断ればいいのにな”って、子供の時は思っていましたけど。でもやっぱり、それが大事なんだなっていうのは大きくなってよくわかりますね」





>>来週は、風間トオルさんの第2のターニングポイントついて伺っていきます。
お楽しみに。

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2016.06.05

「この人は特別な何かがあって、この人じゃないとダメだなと思ったんです」:シンガー クリス・ハート
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、アメリカ生まれでありながら日本の心を日本語で歌う、歌手のクリス・ハートさんです。

昨年から今年の春にかけて、外国人アーティストとしては初めて47都道府県ツアーを行い、その最終日は日本武道館。
デビューして3年目直前で、武道館ライブも見事成功に収めました。

今週は、クリス・ハートさんの人生に起こる第2のターニングポイントについて伺いました。



●最愛の人との出会い



川田「クリス・ハートさんの第2のターニングポイントは、どんなことだったんですか?」

クリス・ハート「2011年、27歳のとき、妻に出会ったときですね。YouTubeで出会いました(笑)」

川田「どういうことですか?」

クリス・ハート「お互い音楽をやっていて、練習のために動画をアップしていたんですよ。たまたま彼女も大阪で音楽をやっていて、僕の動画を見つけてメッセージをくれました。それで、『いつか一緒にコラボしよう』という話になって。
そのメッセージから3ヶ月後、たまたま大阪の仕事があって、それが終わってから2人で会ってコラボ曲を作って、映像を作って。”特別な出会いだ”と思って、ずっと彼女のことを考えていて…東京に帰ってる時に、”たぶん、この人だ”と思ったんです。
そこから、彼女から『好きだよ』ってメッセージがきました」

川田「おお〜!(笑)」

クリス・ハート「僕はストレートに、『好きだよ』って言えない人だから、僕のメッセージで『また、いつか会えたらな』って(笑)」

川田「逆じゃないですか、外国の方は『アイラブユー』っていうのを、すごく言ってくれそうなイメージですけど(笑)」

クリス・ハート「僕がストレートじゃなかったからこそ、うちの妻が『好きだよ』っていうメッセージをくれて。そこから付き合い始めて、2週間以内に結婚のことを決めました」

川田「早かったんですね」

クリス・ハート「この人は特別な何かがあって、この人じゃないとダメだなと思ったんです。日本が好きになった時と同じような感じでした。
”この人と一緒だったら成長できる、自分の人生が変わる”と思って、彼女の影響で音楽番組ともつながりました」

川田「『のどじまんTHEワールド!』ですね。これに出たきっかけは?」

クリス・ハート「番組に出てたとき、何を歌ったほうがいいかを考えていて、彼女が木山裕策さんの『「home」がいいかな』とか、そういうリクエストをしてくれて、そこから番組で歌って話題になりました」

川田「それで優勝されて、デビューにつながっていくわけですもんね」

クリス・ハート「だから、デビューも全部繋がっていたのかもしれないですね」

川田「6月1日に最新アルバム『Song for You 供戮鬟螢蝓璽垢気譴泙靴燭諭このアルバムはどんな思いを込めて作られたんですか?」

クリス・ハート「前回の『Song for You』は初めてのオリジナルアルバムで、その時はファンからいただいた手紙をもとにして曲を作りました。自分の悩みとか、いろんなストーリーを教えてくれたから、歌で返事ができればなと思って、そういうコンセプトになりました」

川田「そうだったんですね」

クリス・ハート「2枚目では、もう少し深い曲とか、皆さんの深い悩みに返事をしたいなと思って。
スタッフのみなさんと話し合っていって、いろんなストーリーが出ました。いろんな悩み、嬉しいことがあって、これはテーマを作りたいと思ったんです。このアルバムの中には、朝から夜まで、ある町のいろんなストーリーがあるんです」

川田「日本のことが大好きで、日本の方々の心の持ち方が全部詰まっているアルバムになっているんですね」

クリス・ハート「作ってよかったなと思います」



●日本への感謝




川田「今年の秋から、再び47都道府県ツアー『クリス・ハート47都道府県Tour 2016-2017』を開催されますよね、大変だと思いますけどいかがですか?」

クリス・ハート「また、みなさんに会いたい気持ちがあるから仕方ないですね(笑)。一度全国を回って経験したことが楽しくて、もう一度みなさんと話したい、みなさんに会いたい、そういう気持ちがあってスタッフのみなさんと話して、『もう一度やりましょう』という話になりました。本当に楽しみにしてます」

川田「各地方で、違いがありそうですね」

クリス・ハート「前回のツアーではクイズコーナーとかあって、ローカルな話で盛り上がっていたんですよ。今回は初めてじゃないから、”どんな話になるか、どんな発見があるか”とか、すごく楽しみですね」

川田「クリスさんの今後の夢について伺っていきたいのですが、どういったことを描いてますか?」

クリス・ハート「音楽に関しては、いま、夢がないというか……ファンのみなさんの応援のおかげで夢を叶えて。うちの妻の影響で、こんなに幸せになるなんて、これ以上に自分のために夢を見るのはダメだなと思って。これからは、日本のことを海外のみなさんに紹介したいですね。
どんな形になるかまだ決まってないけど、名曲、料理、僕が見てきた全国の景色、そういうのを海外の人に紹介したいと思いますね」

川田「なるほど〜」

クリス・ハート「海外から見て、細かいところ、方言とか知らないことがたくさんあるから。それが形になるように、頑張りたいと思います」

川田「いつかクリスさんが生まれた場所で、改めて日本語の曲を皆さんに知ってもらえるような、そういうライブを開いてくださったら良いなと思ったりしちゃいますね」

クリス・ハート「海外ライブとか、カバーライブとか日本の名曲を紹介したいと思いますね」

川田「話をさせていただいて、改めて日本人に生まれて良かった、日本の良さをもう一度確認させてもらえたような気がします」

クリス・ハート「日本の優しさ、その全部があって、今の自分があって、自分の家族も繋がっているから、感謝の気持ちを返したいなと思っています。これからも、もっと頑張ります」




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