Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


*

2016.10.30

「”どうしても、これをやりたかった!”っていう気持ちがあったんじゃないですかね」:Da-iCE・工藤大輝
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、”日本発の4オクターブ ボーカル&ダンスグループ”
Da-iCEのリーダーでパフォーマーの、工藤大輝さんです!

現在は、初の全国ホールツアーを開催中!
11月2日には、10枚目のシングル「恋ごころ」をリリースします。
そして、2017年117日には、初の日本武道館公演が決定しました。

今週は、Da-iCEの工藤大輝さんに起こった人生のターニングポイントについて伺いました。



●人生に起こったターニングポイント



川田「工藤大輝さんの、第1の人生のターニングポイントはいつの事ですか?」

工藤「2004年の17歳、ライブでやりたい曲のカラオケがなくて、自分でインストゥルメンタルの曲を作ってパフォーマンスした事です。
RHYMESTER feat. F.O.Hの『ウワサの真相』を耳コピさせていただいたんですよね」

川田「これを作るって相当難しそうなんですけど、どうやってやるのか分からないんですけど…」

工藤「当時通っていた芸能養成スクールみたいなところに、曲を作るパソコンとキーボードがあって使い方を教わっていて。やってみたら出来た、という感じなんですけど」

川田「もともと、楽器は弾けるんですか?」

工藤「弾けないんですよ、今も練習してるくらいで全然弾けないです」

川田「当時、弾けないのに作られたんですか?」

工藤「本当に、人差し指で鍵盤を1つずつ押さえていくみたいな感じですよ(笑)」

川田「そもそも、なんでこれを作ろうと思ったんですか?」

工藤「そのスクールでは、定期的にライブパフォーマンスみたいな事をやっていて。
僕のチームはどうしてもこの曲をやりたくて、カラオケに入っていなかったので、”じゃあ、作ってみようかな”と、ふと思ったんですよね」

川田「そもそも出来上がってるものが無かったら、違う曲にすると思うんですけど、そこはこだわりだったんですか?」

工藤「”どうしても、これをやりたかった!”っていう気持ちがあったんじゃないですかね。当時の僕は、それぐらい勢いが強かったと思います(笑)」

川田「この出来事をターニングポイントに挙げた理由は何ですか?」

工藤「いま、Da-iCEとしても、個人としても楽曲提供というか形で、いろんな曲を作る機会が増えて。
この時にスタートしていなかったらやっていなかったので、だいぶ思い出深いというか印象深いですね」


●意外な素顔は…



川田「大輝さんといえば、かなりのアイドルオタク、アニメオタクですよね。アイドル好き歴は何年くらいになりますか?」

工藤「厳密にいうと10年以上はやっているかと思います。最初は松浦亜弥さんとか、モーニング娘。さんから入っていますから、ハロプロさんですね」

川田「どういうところがいいんですか?」

工藤「当時は、ただただ可愛いから”かわいい!最高!”って思っていましたけど。
最近は曲を聴いたり、歌詞とか、いい曲が多いですよね」

川田「歌詞も深い内容だったり、パフォーマンスもこだわってやっているグループも多いですよね」

工藤「いま、色んなジャンルのグループがいらっしゃいますね」

川田「いま注目しているグループは?」

工藤「わーすたというグループがいて、5人組で、avexの『iDOL Street』っていう、アイドルが所属しているクルーみたいなのがあるんですよ。
そこの、一番新人の子たちで勢いがすごいんですよ。みんなかわいいんですよね」

川田「他とはちょっと違うということですか?」

工藤「『ネコ、ネコ、ニャンニャンニャン!』みたいな曲があって、それがバズってるというか…」

川田「どういう意味ですか?(笑)」

工藤「ネットとかで、”面白い!”と広がっているんですよ。そこから、新しいシングルとかも良くてハマっていますね」

川田「大輝さんも含めて、Da-iCEの皆さんってバランスも取れていて、いい5人だと思うんですけど。
大輝さんから見て、他の4人はどういった役割、性格をお持ちですか?」

工藤「ボーカル組は、けっこうお喋りでお笑いとかも詳しくて、アグレッシブなコミュニケーションをとるタイプなんですけど。
パフォーマー組はわりと静かですね、僕と徹が年長で静かで、颯も一番年下なんですけど、静かですね」

川田「そこにちょっかいを出す感じで、想太さんがいたりみたいな(笑)」

工藤「そうですね。ボーカルがいると、基本的に楽屋がうるさいっていうパターンですね(笑)」

川田「そうやって、楽屋が明るくなるような雰囲気を作ってくれているんですね」

工藤「そうですね。自然と、みんな楽しくワイワイやるっていう感じになっていますね」





>>来週も引き続き、ボーカル&ダンスグループ・Da-iCEの工藤大輝さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

*
*

2016.10.23

「絶対に諦めないで、何がなんでも続けようと思いました」:俳優・加藤諒
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、俳優の加藤諒さんです!

今年、大人気コミック『パタリロ!』が舞台化され、主役のパタリロ殿下役をいとめられました。
上演は12月8日から紀伊國屋ホールで行われます。

加藤さんの第1の人生のターニングポイントは1995年、5歳。
2人のお姉さんの影響でダンスをはじめた時でした。
その後、ダンスを通してさまざまな経験をして、ダンサーとして舞台に出演されたり
現在のブレイクにもつながっている、ということでした。

今週は、加藤諒さんの人生に起こる第2のターニングポイントについて伺いました。



●憧れの人



川田「加藤さんに起こった第2の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

加藤「8歳のときに、吉本新喜劇をテレビで観た時ですね」

川田「どういう人が出ていた頃か覚えていますか?」

加藤「藤井隆さんとか山田花子さん、すごいそれが面白くて。
その時に、いま所属している事務所に運良く入れて、芸能界を目指すきっかけですね」

川田「藤井さんを見た時に、どういう風に思ったんですか?」

加藤「”本当にこの人面白いな”と思って、芸風も面白いんですけどトークも面白くて、とにかく面白かったです」

川田「藤井さんにはお会いしましたか?」

加藤「僕、初舞台が藤井隆さんと共演だったんですよ。本当にテンションが上がっちゃって(笑)」

川田「自分が芸能界を目指すきっかけになったことは、お話しましたか?」

加藤「打ち上げパーティーで打ち明けることができまして、『ありがとう。そういうことを言ってくれたから、明日、同じ時間にまた諒くんのことを思い出すから』って言ってくださって、本当にやばかったです!」

川田「すごくいい言葉ですね。本当に優しい方ですよね」

加藤「このあいだも『真田丸』でもご一緒させていただいたりとか、バラエティ番組でもご一緒させていただいて。
『いつも、他の番組でも僕のことを言ってくれてありがとう』と言ってくださって、本当に幸せですね」

川田「藤井さんみたいな方がいて、諒くんが出来上がっているということは、今度また諒くんを見て、この業界を目指す人が出てくるわけですからね」

加藤「そういう方が増えると嬉しいですね」

川田「その後に、『あっぱれさんま大先生』に出るという、これもすごい大きなことだと思うんですけど。何歳から何歳の時に出てたんですか?」

加藤「これは、10歳から14歳まで出させていただいたんですけど、はじめはオーディションに落ちちゃったんですよね。
”もう無理だ”と思っていたら、『収録に来てください』というお声がかかりまして、それで収録に参加させていただきました。準レギュラーという形だったんですけど、そのままレギュラーにさせていただきました」

川田「この頃から、キャラクターも強いから、印象に残っている人は多いと思いますね。さんまさんからは、どういういじられ方をされていたんですか?」

加藤「最初は、『石原良純!』って言われてて、眉毛が太いから(笑)。
途中から、こういう喋り方だから『オカマか!』みたいな感じになって、最終的に自分で『くるみちゃんって呼んでください』って言って、それから”くるみちゃん”と呼ばれていました(笑)」

川田「なんで”くるみちゃん”なんですか?」

加藤「『もし、名前を変えるとしたらなんて呼ばれたいか?』という話になって、『僕はくるみちゃんがいいです』って言って、そこからくるみちゃんって呼ばれていましたね(笑)」

川田「それは、さんまさんの中でも相当インパクトの強い生徒の1人だったと思うんですけど。今でも、さんまさんと共演することもありますよね?」

加藤「そうなんですよ。このあいだ収録ご一緒させていただいた時に。『あっぱれさんま大先生』時代、気持ち悪過ぎて、あまりいじれなかったと言われて…それがショックで(笑)」

川田「さんまさんがいじれなかったって、よっぽどですよね(笑)」

加藤「それでも、いろいろいじって下さっていたんですけど、ちょっとショックでした(笑)」


●道無き道を



川田「藤井さんを見てお笑い芸人さんに憧れて、そして俳優へ…ということなんですが、ここから思うようにうまくいけましたか?」

加藤「事務所の方針が学業優先だったんですよ。オーディションも年にいっぱいあるわけでもなくて、正直、コンスタントに活動出来ていたわけではなくて。
大学卒業した途端に学業というものも失なくなって、仕事もゼロに近い感じで…”どうしよう?”となった時に、親から『アルバイト始めたらいいんじゃない?』って、面接を受けるんですけど全滅で…(笑)」

川田「例えば、どういうアルバイトですか?」

加藤「漫画喫茶とか、ライブ会場の立っている人とか…全部落ちちゃって。本当にショックでどん底でした」

川田「なんでだろう?」

加藤「顔(笑)?なんですかね、7社受けて全部落ちちゃって」

川田「結局アルバイトはやらず?」

加藤「そうなんです。アルバイトは受からないから、自分で仕事をとってくるには自分で監督に会いに行こうと思って。お芝居のワークショップを受けに行ったりして、そうすると直接監督に会えるので。
『いま役者をやっていて、キャスティングしずらいかもしれないですけど、こういう役があったらお願いします!』と言いに行ったりしましたね」

川田「そこから、実際にお仕事につながったりしましたか?」

加藤「いや〜、ないですね(笑)」

川田「けっこう辛い時期でしたね。それでも諦めなかったのはどうして頑張れたんですか?」

加藤「自分で役者をやるって決めたので、諦めそうにはなりましたけど、諦めたら親にも申し訳ないなっていう気持ちがあったので。絶対に諦めないで、何がなんでも続けようと思いました」

川田「それが実って、舞台『パタリロ!』の主演まで出来るようになりましたね。お父さん、お母さんはすごく喜んでるんじゃないですか?」

加藤「親がパタリロ世代なので、『え!?あれをやるの?』って、すごい喜んでくれましたね」





>>来週は、ボーカル&ダンスグループ・Da-iCEの工藤大輝さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

*
*

2016.10.16

「昨日は、かっぱ橋道具街に行って食品サンプルを見てきました(笑)」:俳優・加藤諒
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、俳優の加藤諒さんです!

加藤さんは、今年、さまざまな番組に引っ張りだこ!
さらに、今年、大人気コミック『パタリロ!』が舞台化され、見事、主役のパタリロ殿下役をいとめられました。
上演は12月8日から紀伊國屋ホールで行われます。

今週は、加藤諒さんの人生のターニングポイントについて伺いました。



●ダンスが与えてくれたもの



川田「今年はドラマにもたくさん出演されていますね。『怪盗 山猫』『ゆとりですがなにか』や、NHKの朝ドラ『とと姉ちゃん』、大河ドラマの『真田丸』にも出演されています。びっくりしますよ〜(笑)」

加藤「自分もすごいびっくりしました!堺雅人さんの娘さんの旦那さんの役で、本当に緊張しましたね(笑)」

川田「オファーが来た時にはびっくりしましたか?」

加藤「びっくりしましたね。僕、時代劇とかやったことがなかったので、初の時代劇が大河ドラマっていうのが本当に(笑)。
僕はどっちかと言うと、バラエティ番組の印象が強いと聞くので。大河ドラマという大きな作品に出させていただいたのは、ありがたいと思っています」

川田「人生のターニングポイントを伺いたいのですが、まず第1のターニングポイントは何ですか?」

加藤「5歳の時に、お母さんとか、お姉ちゃんの影響でダンスを始めた時です」

川田「『I Just Can’t Wait to Be King』には、どんな思い出があるんですか?」

加藤「僕がダンススクールに通い始めて、発表会に初めて出て踊った曲なんですよ」

川田「どういう役だったんですか?」

加藤「猿の格好をして、全身タイツみたいなのを着て踊ってました。
初舞台なので”初めてづくし”で、人前に出て踊ることに病みつきになりました」

川田「ダンスを始めたきっかけがお母さん、お姉ちゃんの影響だったんですか?」

加藤「もともと、お母さんもダンスをやってたり、お姉ちゃん2人もバレエとジャズダンスをやっていて。
それを見てる時に真似していると、お母さんが『やってみる?』みたいな感じで…親戚がやっているスタジオに入りました」

川田「当時は、”上手く踊れているな”っていう感じはありましたか?」

加藤「正直、スタジオの中では上手じゃない方で…下手チームに所属してました(笑)」

川田「ここをターニングポイントにあげた理由は何ですか?」

加藤「いま、僕が役者として活動していくにあたっても、すべての始まりはダンスだったんですよね。
ダンスコンテストにも出させていただいたりとか、紅白にも出させていただいたりとか…」

川田「紅白にはどういう形で出たんですか?」

加藤「ミニモニ。さんのバックダンサーで出させていただいたりしたんです」

川田「あそこに、諒くんがいたんですか!(笑)」

加藤「芸は身を助けると言いますか、いまの活動でもダンスっていうのは欠かせないなっていう…その始まりは、5歳の時にダンススタジオに入ったというのがきっかけなのでターニングポイントはここかなと思います」

川田「それくらい楽しいものができると、学校生活、普段の生活も変わっていくんじゃないですか?」

加藤「でも、学校ではキャーキャーしてる感じではなくて、けっこう人見知りなんですよね。
友達が何人かしかいなくて、その分ダンススタジオではっちゃけたりしていました(笑)」


●広がった交友関係



川田「バラエティ番組もたくさん出ていますし、俳優業もそうですが、お休みがなかなかないと思いますけどどうですか?」

加藤「最近、マネージャーさんが『週一で休みを作るようにしましょう』と言ってくださって」

川田「今まで休みがない月もあったりしました?」

加藤「8月は、ちょうど舞台もやっていて。休みもなかったりしましたね」

川田「お休みが1日あったら何してるんですか?」

加藤「観たい映画とか舞台を観たり…昨日は、かっぱ橋道具街に行って食品サンプルを見てきました(笑)」

川田「あそこは多いですもんね(笑)。じゃあ、けっこう外には出るんですね」

加藤「そうですね。午前中はゆっくりして、午後から動くっていう感じですね」

川田「色々なお仕事をしてみて交友関係も広がったと思いますけど、どういう人と仲良く遊んでるんですか?」

加藤「いま仲良くさせて頂いているのは、俳優の須賀健太くんですね。週一くらいで会ったりする時もあるくらいです」

川田「2人で何するんですか?」

加藤「カフェに行ったり…ほとんどお喋りですね(笑)」

川田「女子会みたいで楽しそうですね(笑)」

加藤「須賀さんって、意外と女子っぽいところがあって。カフェとか行くと『これ、美味しそうじゃない?一緒に食べようよ』みたいな感じで、パンケーキを誘ってくるんですよ(笑)。今度、HGさんと合羽橋に行こうって話してます」

川田「HGさんも好きなんですか?」

加藤「以前ご一緒させていただいた時に、スマホケースが食品サンプルで(笑)」

川田「諒くんもそうじゃない?」

加藤「そうなんです。僕はぜんざいです(笑)。HGさんと意気投合しちゃって、今度、合羽橋に食品サンプル見に行きましょうって(笑)」

川田「2人がいたら、ちょっと目立つけど面白そうですね(笑)」



>>来週も引き続き、俳優の加藤諒さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

*
*

2016.10.09

「やる限りは心を込めてやっているんです」:ジャズ・ピアニスト 大江千里
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、ジャズ・ピアニストの大江千里さんです!

大江さんの第1の人生のターニングポイントは、2008年、47歳、ニューヨークにあるジャズの音楽大学に入学されたとき。
これまでの、自分のキャリアやプライドを捨てたことで、”いろいろな気づき”があって成長できたということでした。

今週は、大江千里さんの人生の第2のターニングポイントについて伺いました。



●苦労を超えて



川田「大江千里さんに起こった第2のターニングポイントはいつのことですか?」

大江「2012年5月、音楽大学を卒業した時なんですけど。4年半かけて音楽大学を出れば、ジャズの山の中腹くらいまで行けてるんだろうなって思ってました。
実際に卒業というドアを開けたら、麓にも到達してないというか、思ったより高くて先っぽは雲の上で見えない。これは自分でCDを出して、アメリカで世界へ向けて発信しながら、自分でカリキュラムを作って”人生学校”の中で、自分が自分を学んでいくことをやらないと目標を見失ってしまうと思って。
ビザを取得して、会社を設立して、インディペンデントレーベルを作ってデビューということに…」

川田「自分で立ち上げるっていうのは簡単なことではないと思うんですけど?」

大江「アメリカは全部弁護士がいるので、いろんな弁護士にお金を払わないといけないんだって”なんてお金のかかる社会だ”と思いましたけど。
その会社も4年半くらいやってて、今回みたいなボーカルのアルバムを作ると、メジャーレーベルに所属してる歌手もいるので、合意書みたいなのを作っていかないといけないので、細かい印税の取り分まで弁護士がいないとできないんですよね」

川田「全部、1から自分でやらないといけないというのは、どんな大変さがありましたか?」

大江「物理的に大変ですよね。音楽に集中したい時に、『この印税の取り分だと不服だ』と、『だったらこれでどうだ!』というメールを、英語で返したりすると、気が削がれるというか、常に不安感を引きずったままになっちゃうから。配送なんかもそうですけど、やる限りは心を込めてやっているんですが…」

川田「配送もやっているんですか?」

大江「郵便局に行って、11枚、手紙を添えてやっているんですけど。いま申し込まれても、アメリカにいないからできないじゃないですか。
出来ないものは出来ないし、いい加減なインディペンデントレーベルって言われたら、それもしょうがない。
出来ることをやっていくしかない、優先順位をしっかりつけて、一番明日までにやらなきゃいけないことを、一個一個心込めてやっていく。それしかないなって、最近思いますね」

川田「大変なご苦労を乗り越えられるのは、どうしてなんですか?」

大江「やはり手応えっていうのはありますね。送ったものが日本なんかにも到着して、『嬉しい!』っていうメールをいただいたりとか。いっぱい人が来てくれるっていうのも喜ばしいことなんだけど、そういった一個一個の濃い手応えみたいなものですよね」


●ポップスからジャズへ



川田「今年7月に、4枚目のジャズのオリジナルアルバム『Answer July 〜Senri Oe Jazz Song Book〜』をアメリカでリリースされまして、日本限定版も9月7日にリリースされています。こちらは、初めての全曲ボーカルが入ってるアルバムなんですね」

大江「シーラ・ジョーダンという、86歳かな?そのシーラを中心にして、絵本のようなページを開けていくと。ベッカ・スティーヴンスが出てきたり…”Answer July”っていうのは、7月に話しかけるっていう…自然とか、そういうものに深い尊敬の念を抱きながら、春夏秋冬って人生が幾度となく繰り返されていく中のほんの小さなタイミングで、いろんなことを学んだり気付いたりする、人間の姿を描いてるんです」

川田「主役とも言える、大ベテランのシーラ・ジョーダンさんにオファーをされて歌っていただくと…」

大江「緊張しましたね。東京ジャズにビッグバンドで帰ってきたときに、シーラさんにゲストで出てきていただいて、ニューヨークに帰ったときにアパートへ行って、『シーラのアルバムを作りたいんですけども……』と言って、『誰が曲書くの?』って聞かれて、『僕です』と言うと、『え〜〜!』みたいな(笑)。
『今まで、ポップからジャズにいこうとする人を見てきたけど、あなたはジャズに愛されているというか、お金とか名声でやってるわけじゃないから
、私はやる』と言ってくれて」

川田「すごいですね」

大江「『ただ、あなたが違うなと思ったら、勇気を持って私をクビにしなさいよ』っていう風に言われて(笑)」

川田「そんな風に言ってくださる方なんですね」

大江「逆にテンション上がって、一気に曲を書きましたね(笑)」





>>来週は、俳優の加藤諒さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

*
*

2016.10.02

「音楽で気持ちを伝える的な入り方で作曲を始めたんですよ」:ジャズ・ピアニスト 大江千里
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、ジャズ・ピアニストの大江千里さんです!

大江千里さんは、ポップ・ミュージシャンとして活躍されている姿を覚えている方も多いと思いますが、
現在はニューヨークを拠点にジャズ・ピアニストとしてご活躍しています。

今週は、大江千里さんの人生のターニングポイントについて伺いました。



●作曲をはじめたのは



川田「現在はジャズ・ピアニストとしてご活躍されている大江千里さんですが
そのキャリアのスタートは1983年、22歳の頃。シンガーソングライターとしてデビューされた時ですね。
はじめはシンガー希望ではなかったと伺ったのですが?」

大江「3歳からピアノをやっていたものですから、だんだん曲を書くことに興味を覚えて、作詞作曲を始めて『ヤマハポピュラーソングコンテスト』とかに挑戦してたんですね。
作家として参加してたんですけど、自分で歌ったほうがいいんじゃないかということで、ヤマハの日本橋のスタジオに歌いに行って、15歳の時に関西決勝に出て
それくらいの頃に、ヤマハから帰る途中にあった中古レコード店でジャズのアルバムに出会ったんです」

川田「じゃあ、ジャズとの出会いは10代だったんですね。周りには、あまりいなかったんじゃないですか?」

大江「そうですね。周りはイーグルスとか、ツイストの『あんたのバラード』とか好きでしたよね」

川田「アイドルにも興味をもったりする世代だと思うんですけど」

大江「かたや、大場久美子の『スプリング・サンバ』とか、いろいろな曲を聴いてましたね。
ピアノを習い始めたときに、先生がソナタとかやった後に『ここからは作曲タイム!』ということで、”雨”とか、”夕立”とかテーマをもらって作曲して自由自在に…『すごい!』と、先生に褒めてもらうのが嬉しくて、それが最初の作曲の洗礼でしたね」

川田「そうすると、あまり難しく考えずにスムーズに作曲に入っていけた感じですか」

大江「喋ることがうまく伝わらないときは、”音楽でこんな感じ!”って気持ちを伝える的な入り方で作曲を始めたんですよ」


●プライドを捨てて



川田「大江千里さんに訪れた第1のターニングポイントはいつのことですか?」

大江「最近なんですけど、2008年110日、47歳の時にアメリカのニューヨーク『The New School for Jazz & Contemporary Music』という音楽大学に入学したときです。20歳の同級生と並んで、オリエンテーションの席に座っていましたね」

川田「ニューヨーク行ってからは、思うように上手く進まないことも多かったと思います」

大江「オリエンテーションの日から、先生に何人かでブルースをやりなさいと言われたんですよ」

川田「いきなりですか!」

大江「実力を知るために先生が採点をして、上手い子はこのクラスに入れて、まだ知らない子はこっちのクラスに…っていう採点があるんですけど。それで、僕がカウントして始まった途端に、自分だけが違う世界にいるっていうか…」

川田「どういうことですか?」

大江「音の響きとかリズムとかが違うんですよね」

川田「レベルが高いところにいるという意味ですか?」

大江「他の人はジャズをある程度10代の頃とかにやってて…」

川田「大江さんが高いんじゃなくて、みんなの方が高いんですか!?」

大江「僕の方がジャズのサウンドをしてないという、そんな感じがして。
1人がポツンと残って、”これは厳しいな”っていうのが最初の日でしたね(笑)」

川田「仲間に入れてもらえない空気を最初に感じてしまったということですか」

大江「それまで、ものすごい仲良かったんですよ『東京から来たんだ!』とか、『次、お前の番だよ!』みたいな感じで
演奏終わって降りていった途端に”シーン”みたいな。滑った時の芸人みたいな(笑)」

川田「そうやって最初のスタートは厳しいものであったのかもしれないですけど。これまでのキャリアもありますよね」

大江「逆にこれまで色々やってきているから。自信というか、経験値があるから助けてくれると思ってたところがあるんだけど。
逆に垢というか、そういうのを全部おろさないと、新しいものが手に入らないと気付かなかったんですね」

川田「なるほど」

大江「最初ドラムの皮を洗っといてって言われたら、水を汲んできて洗うわけですよ。それまでは周りにクルーがいて、組み立ててくれて『千里さん、どうぞ』と入っていたわけですから。
そういうプライドとか、”俺は日本でやっていたんだ”と思う時点でもう学べないなと思ったので。
学校のワンブロック前に来たら、コーヒー屋台のおじちゃんに『行ってきな!』って言われて、『行ってくるね!』と言って、熱いコーヒーの蓋を開けて、飲みながら学校の前で『よし!グッドモーニング!』って入るんですよ」

川田「自分で気合いを入れて(笑)」

大江「”入りたくね〜”って思うんだけど、自分で選んで来てるわけだから”学ぶしかない!”と思ったんですよね」





>>来週も引き続き、ジャズミュージシャンの大江千里さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
*

感想・メッセージのご応募はこちら

Message

ご応募はこちら

AIR TIME

AIR-G'(FM北海道)
(日)07:00〜07:25
エフエム青森
(土)12:30〜12:55
エフエム岩手
(土)12:00〜12:25
Date FM(エフエム仙台)
(土)12:30〜12:55
エフエム秋田
(土)12:00〜12:25
エフエム山形
(土)08:30〜08:55
ふくしまFM
(日)09:30〜09:55
FMぐんま
(日)07:00〜07:25
TOKYO FM
(土)12:30〜12:55
RADIO BERRY
(土)12:30〜12:55
FM-NIIGATA
(土)08:00〜08:25
FM長野
(土)12:30〜12:55
K-mix
(土)08:30〜08:55
FMとやま
(土)08:00〜08:25
エフエム石川
(土)09:00〜09:25
FM福井
(土)12:30〜12:55
@FM(FM AICHI)
(日)08:00〜08:25
FM GIFU
(土)12:30〜12:55
FM三重
(土)11:30〜11:55
FM滋賀
(土)09:30〜09:55
FM OH!
(日)07:30〜07:55
Kiss FM KOBE
(土)09:00〜09:25
エフエム山陰
(土)09:30〜09:55
FM岡山
(土)11:00〜11:25
広島FM
(土)09:30〜09:55
エフエム山口
(土)11:30〜11:55
FM香川
(土)12:00〜12:25
FM愛媛
(土)07:30〜07:55
FM−TOKUSHIMA
(土)12:30〜12:55
エフエム高知
(土)09:00〜09:25
FM FUKUOKA
(土)08:00〜08:25
エフエム佐賀
(土)09:00〜09:25
エフエム長崎
(土)09:30〜09:55
エフエム熊本
(日)08:30〜08:55
エフエム大分
(土)12:30〜12:55
エフエム宮崎
(土)12:30〜12:55
エフエム鹿児島
(土)09:00〜09:25
FM沖縄
(土)08:30〜08:55

page top