Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


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2017.03.26

「初めてのライブは30分間一回も前を見れなかったですね」:ドラマー・女優 シシド・カフカ
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、ドラムボーカリストであり
モデルや女優としてもご活躍のシシド・カフカさんです。

カフカさんの第一の人生のターニングポイントは、中学1年で、アルゼンチンでの生活が始まった時でした。
この事がきっかけになって、夢だったドラムを習いはじめることができて、ドラマーになるという夢に向かって一歩前進しました。

今週は、そんなシシド・カフカさんの人生に起こる第2のターニングポイントについて伺いました。


●ボーカリストとして


川田「シシド・カフカさんの、第2の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

シシド・カフカ「20歳の頃ですね、今も一緒に音楽を作っているプロデューサー陣に出会いました」

川田「その2人というのがハイロウズのドラマーだった大島さんと、平出悟さんですね。どういうきっかけであったんですか?」

シシド・カフカ「友達のボーカルオーディションに付いて行ったんですよ。彼らは女性ボーカリストをプロデュースしたいという夢があったみたいで、それに友達が呼ばれて、”オーディション?なにそれ、楽しそう!私も行っていい?”って(笑)」

川田「付いて行ったんですか(笑)」

シシド・カフカ「友達も『来てみなよ』っていう軽い感じで誘ってくれて。
行ったら、”なに?君?”みたいな感じになって『とりあえず、君も歌ってみる?』って言われて
『私ドラマーですけど、とりあえず歌ってみます』みたいな感じで歌ったら、『君、歌下手くそだね!いいね、一緒にやらない?』みたいな(笑)」

川田「ええーー(笑)」

シシド・カフカ「そこから始まっているんですよ、すごく面白そうな2人だったので。彼らと一緒に音楽できるなら、ボーカリストでもいいかって。最初は軽いノリで、”じゃあ、歌いまーす”みたいな感じで始めてました」

川田「そこから、どういう風に変化しましたか?」

シシド・カフカ「歌詞を書く作業を始めた時は、”大変な作業だな〜”って思いましたし、ステージに立った時に、今まではドラムっていうものが目の前にあってステージに立っていたので。
何もない状態でステージに立った時に、恥ずかしくて前が向けないんですよ」

川田「そうだったんですか」

シシド・カフカ「ボーカリストとして立ってるから、”この人ボーカルなんだ”と思って、見るじゃないですか?
普通に”見ないでください”って思いながら歌っていて、ずっと下を向きながら、初めてのライブは30分間一回も前を見れなかったですね。
こんな恥ずかしい事あるんだなっていうくらい恥ずかしかったですね」

川田「それを見たプロデューサーはどう仰っていましたか?」

シシド・カフカ「『場数だから』って言われましたね。それで一気に5回くらいライブをやらされて、なんとか前を向いて歌えるぞっていう状態には持っていったんですけどね」

●暗黒時代を超えて


川田「デビューまではけっこう時間がかかってるんですよね?」

シシド・カフカ「長かったですね、7年です。私の中で暗黒時代と呼んでいるんですけど(笑)。何をしたらいいのか分からないし、評価もされてないから、良いともダメとも言われてないから。
バイトもして、時間が削られて練習できなくて…悪いサイクルに陥ってたなというのはありますね」

川田「そうなんですね」

シシド・カフカ「本当に音楽が好きかどうか分からなくなっちゃったし、この世界には迎え入れられない存在なんだなっていうのが、強くありましたね」

川田「そのターニングポイントを経て、2012年にCDデビューをされました。この春は、ミニアルバム『DO_S』をリリースされました。
面白いコンセプトのアルバムですよね、『女々しいハタチ男子をカフカ流牋Δ△訐盒機蹐琶海のたせていく』
どうして、こういうコンセプトにしたんですか?」

シシド・カフカ「最初、強い女性に見られることが多くて、そういった言葉を求められることが多かったんですね。
最初は、『DO_S』というライブをやったんですね、そのとき標的を20歳の男子にしまして」

川田「なるほど」

シシド・カフカ「スツールを置いて、そこに座っているかのようにして、私が1人でひたすら『おまえ、そこに座れや』と言いながら、説教をするライブだったんですよね。
それが面白かったというのもあって、今回コンセプトミニアルバムとして、6曲でひとつのストーリーが見えてくるっていうものを作ろうと思って。別にいじめたくて、言ってるわけではなくて…」

川田「単に説教してるわけじゃなくて、歌詞を見てても思うんですけど、奮い立たせてくれる言葉を入れてくれていますよね」

シシド・カフカ「そうですね。私も、大人たちにそうやって背中を押してもらって、痛かったけど、愛ある鞭をいっぱいいただいて、ここまで来れた人間なので。
今度はちゃんとその愛を人に渡す、そういう作業に入らなきゃいけないような立ち位置になってきたなというところもあったので。今回は、Sっ気のある応援歌っていうものにフィーチャーして曲を作りました」





>>来週は、大塚愛さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2017.03.19

「ワンフレーズ叩けるようになる度に、友達を呼んで聴かせてましたね」:ドラマー・女優 シシド・カフカ
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、ドラマー・女優のシシド・カフカさんです。

身長175cm、モデル、女優としてもご活躍中のシシド・カフカさん。
先月、ミニアルバム『DO_S』をリリースされました。

2週にわたり、ミステリアスなシシド・カフカさんの素顔を探っていきます。
人生に起こるターニングポイントについても伺いました。


●ドラムの立ち位置


川田「シシド・カフカさんは、生まれたのがメキシコということですが、長くはいなかったんですか?」

シシド・カフカ「父親の仕事の都合でメキシコで出た(生まれた)んですけど(笑)。2歳までの3年間でしたね。
そこからは東京で過ごして、っていう感じです」

川田「小さい頃は習い事などはされていましたか?」

シシド・カフカ「バイオリンと水泳ですかね」

川田「じゃあ、音楽で一番最初に触れたのがバイオリンなんですね。ドラムに初めて触れるのはいつになるんですか?」

シシド・カフカ「ドラマーになろうと思ったのは10歳の時です」

川田10歳で?どうしてなろうと思ったんですか?」

シシド・カフカ「小学校という小さい社会の中で、自分の立ち位置を認識し始める頃じゃないですか。でも、目立ちたいけどその技量と器がないな、ということを感じ始めていて。
裏方に回ってはみるけど、”裏方に回ってる私、誰か見てない?”って感じで、ちょっと目立ちたい気持ちもあったりして」

川田「そうなんですね」

シシド・カフカ「その何とも言えない気持ちを上手に叶えるのが、ドラムの立ち位置な気がしたんですよね。
ステージに上がってるのにスポットライトが当たらない、音楽番組だったら一回も映らないとか。
”なんだろう、この地味さは?かっこいいわ〜”と思って、10歳の時に”あ、わかった!ドラマーになろう!”と思ったんです」

川田「そこからどうやって進めたんですか?」

シシド・カフカ「そのとき既にバイオリンもやっていて、惰性で続けていたので。
それを見抜いてた親が”楽器はやらせない”と、全然始めさせてくれなくて。4年間口説き落として、やっと4年後に親が折れたっていう感じですね」

●孤独を感じたアルゼンチン


川田「シシド・カフカさんの、第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

シシド・カフカ「中学に上がる頃、アルゼンチンでの生活が始まった時ですね」

川田「アルゼンチンでの生活は辛いことも多かったんですか?」

シシド・カフカ「辛さの方が多かったですかね」

川田「まず、言葉も通じないですもんね」

シシド・カフカ「”自分の意思で行ったんじゃない”という事を強く思ってしまったので。後ろ向きに過ごしてしまった2年間だったな、とは思っていますね」

川田「このとき、助けになったのは何だったんですか?」

シシド・カフカ「このときに、やっとドラムを始めることができたんですよ。始めたのがアルゼンチンの生活の最後の方だったんですけど、そしたら、なぜか音楽好きな友達ができたんですよ。
別のクラスの女の子が、『あんたドラム習い始めたんだって?私もドラムやってんの』っていうところから友達ができて」

川田「それは現地の子ですか?」

シシド・カフカ「現地の子ですね。そんな話から、”歌も歌おうよ”みたいな感じになって、また友達もできたりして…そこから学校生活が円滑に回り始めたというのはありましたね」

川田「初めてドラムを買ってもらって、叩いた時のことを覚えていますか?」

シシド・カフカ「感動しかなくて、ひとつひとつが面白くてしょうがなくて。ワンフレーズ叩けるようになる度に、日本人の友達を呼んで”聴いて、私これ叩けるようになったの!”っていう、わざわざ毎回聴かせてましたね(笑)」

川田「みんなの反応はどうでしたか?」

シシド・カフカ「みんな優しくて、『うん、かっこいい、かっこいい』って言ってくれてましたね(笑)」



>>来週も引き続き、ドラマー・女優のシシド・カフカさんを
お迎えしてお話を伺っていきます。お楽しみに!

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2017.03.12

「彼がベストな状態でできればいいなと思って、覚悟はしました」:モデル・女優 田中美保
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、モデル、タレント、女優と幅広くご活躍の田中美保さんです。

田中美保さんの第1の人生のターニングポイントは、2003年。
短大を卒業し仕事一本でやっていく覚悟を決めた時でした。

今週は、田中美保さんの人生に起こる第2のターニングポイントについて伺いました。


●夫婦のバランス


川田「現在、コンサドーレ札幌に所属している稲本潤一選手とご結婚されたのは2012年でした、結婚5年目になるんですね」

田中「実はそうなんですよ(笑)」

川田「お2人はどうやって知り合ったんですか?」

田中「ありきたりなんですけど、お友達に紹介してもらってですね」

川田「最初はどういう印象でしたか?」

田中「もともとは、ワールドカップの時に見てたので知ってはいたんですけど。
女子の中であるじゃないですか?みんなで、”代表の中だったら誰がいい?”みたいな、一番タイプだったんですね」

川田「田中さんがお好きだったんですね」

田中「会った時に意外と背が高いなと思ったんですよ、181センチあるんですよね」

川田「大きいですね」

田中「あと関西出身なので、関西弁なんですよ。それがすごく意外で、”あ、関西弁だ”と思って楽しかったです(笑)」

川田「最初から話は合ったんですか?」

田中「私も主人も漫画が好きで、ずっと漫画の話をしてました」

川田「付き合っている時と、ご結婚されてからっていうのは意外な一面を知ったりすることはありましたか?」

田中「変わらないかもしれないですね、変わらないから良かったのかもしれないです。
例えば、付き合った最初はマメにメールくれたのに、くれなくなったとか、あるじゃないですか?そういうのがないんですよ。
マメなところはずっとマメだし、大雑把なところは大雑把だし、ブレがないんですよね。そういうところがいいなって思いました」

川田「スポーツ選手って、メンタルも関わってくるお仕事だと思うんですけど。気分の波はあったりするんですか?」

田中「うちの主人はまったくないですね……私が気付いてないだけかもしれないけど(笑)。
安定した精神の持ち主なので、私は喜怒哀楽が激しいから、いつも”面白いね”っていう目で見てると思います(笑)」

川田「スポーツ選手は、皆さんモテるイメージがあると思いますけど、そこは心配じゃないですか?」

田中「最初は心配だったんですけど、あんまり出かけたりもしないので。
あと、私がけっこう怖い、鬼嫁なんだと思います(笑)」

川田「けっこう締めるところは締めていると(笑)」

田中「サッカーが大好きで、サッカーを頑張ってる姿が好きなのでそれを頑張ってくれればいいので。
普段の生活は、子供に怒ってるお母さんみたいに、小さいことで私が怒ってるから”うるさいな”って思ってると思うんですけど」

川田「年齢はご主人の方が上だけど、精神的にしっかりしてるのは田中さんですか?」

田中「そうですね、彼がおおらか担当、私がキビキビ担当って感じですね(笑)」

川田「そこもいいバランスなんでしょうね」

田中「どうでしょう?良ければいいなと思ってます(笑)」

●これからの夢


川田「田中美保さんの、第2のターニングポイントはいつのことですか?」

田中「2015年、北海道に移住した時です。仕事だったり、友達のいる環境が大きく変化したので。
楽しみプラス、不安プラスいろいろあったので。人生の中で大きい動きだったなと思います」

川田「田中さん自身もお仕事をされているので、北海道に…となると、支障がでることもあるのかなと思いますけどそこはどうですか?」

田中「北海道に移住したことによって飛行機代もかかるから、仕事が激減するじゃないですか?
それも不安だったんですけど……結婚したということで大きく長い人生を見て、私が仕事をするより主人がサッカーをできる年齢って限られちゃうと思うんですね。なので、彼がベストな状態でできればいいなと思って、覚悟はしました」

川田「そこで、別々に暮らしてというのは考えなかったんですか?」

田中「結婚したばかりというのもあって、主人が”遠距離は無理”みたいな人なので。
たまに東京に行って仕事したり、北海道も大都市なので『お仕事、何かもらおう』みたいな感じで(笑)」

川田「実際、行ってすぐの頃は大変なこともありましたか?」

田中「行ってすぐの方が、いろんなことが新鮮ですごい楽しかったんですけど。
慣れてくると何していいか分からないし、友達もすごい少ないので寂しいなと思う気はあります」

川田「住んでみて、環境だったりはどうですか?」

田中「北海道のいいところって、住んでるのが札幌なんですけど、何でも揃うし、そこから車でちょっと行くと大自然なんですよ。
そういう、都会と自然の融合がすごく素敵だなと思います。
食べ物も、何でも美味しいんですよ。あとは気候がいいですね、冬とかは大変だけど夏は夏で暑くなり過ぎないから。おうちの窓を開け放っていれば涼しいですね」

川田「その場所、その場所を楽しめてるような感じですね」

田中「けっこう楽しんでます(笑)」

川田「これからの田中さんの夢、やってみたい事はどういうことですか?」

田中「洋服のブランドをオープンしたばかりなので、生地感とか質感とかを勉強して、自分がもっと着たい洋服が作れるといいなっていうのも夢だし。
あとは家族が健康で仲良く、主人に関してはケガが去年続いちゃったんですけど、みんなが元気に、愛犬も元気に生きていければいいなと思ってます」

川田「ご主人がケガの時は、どういう風に声をかけられるんですか?」

田中「ケガしたばっかりの日は、ビックリするくらいの回数のため息をついていたんですけど。
でも、切り替えも上手なので、次の日からは切り替えて頑張っていたから。私が心配して泣いたり、気にかけても治るものじゃないので、治るんだったらしますけど…っていう、ちょっとドライでごめんなさい(笑)」

川田「でも、本当にそうかもしれないですね」

田中「頑張るのは主人なので。いつもの生活を守ってあげることだけですよね。
あとは、毎朝『ガンバレ!』って送り出すことしかできないから」

川田「こっちは”ずっと変わらないよ”と、そういうのをそこで作ってあげることが大事なんですかね」





>>来週は、ドラマー・女優の
シシド・カフカさんをお迎えしてお話を伺っていきます。お楽しみに!

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2017.03.05

「できるところまでやってみようと、けっこう大きな決断だったんですよね」:モデル・女優 田中美保
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、モデル、タレント、女優と幅広くご活躍の田中美保さんです。

ファッション雑誌『mina』『mini』『and GIRL』で活躍中の田中さん、ご主人はコンサドーレ札幌所属の稲本潤一選手です。
この春、田中美保さんが初めてディレクションを務める洋服ブランド『Fluffym(フラフィム)』がスタートしました!

そんな田中美保さんに、人生に起こるターニングポイントについて伺いました。



●自然体で


川田「田中さんがモデルになりたいと思ったのは、いつくらいの時なんですか?」

田中「小学校4年生の時に、西武遊園地でスカウトをしていただいたんですよ。その時は本当に何も考えてなくて、”テレビに出れる人になれるのかな?”みたいな(笑)。安易な考えで入った世界ですね」

川田「スカウトされたのが西武遊園地なんですか?」

田中「地元が西武遊園地寄りだったので、お友達と遊びにいってる時に何かの収録を西武遊園地でやっていたんです。
その時に、たまたま最初に入った事務所の社長さんがいらしてて、声をかけていただいたっていう感じなんですよ。
名刺を渡されて、おうち帰って親に”こういうもの渡された…”くらいですね」

川田「お父さん、お母さんの反応はどうだったんですか?」

田中「調べていたとは思うんですけど、”やりたければやってもいいけど、私たちは一切関与しないから、自分で出来るならやってもいいよ”って言われました」

川田「自分では楽しいと思えたんですか?」

田中「習い事のひとつみたいな感覚ですよね、小さかったし、ピアノもやって、英語もやって…その一環で芸能活動じゃないけど、そう思ってました」

川田「学校よりもモデルが楽しくなってきたというわけでもなかったんですか?」

田中「そうですね。基本、学業優先だったので。オーディション受けるために学校を休むことはなかったですね」

川田「そんな田中さんの第1のターニングポイント、これはいつのことですか?」

田中「2003年の短大卒業の時、ちょうど20歳くらいの時ですね」

川田「この時は何があったんですか?」

田中「高校卒業して、短大に入学して、短大って2年間じゃないですか?
モデルを何歳まで続けられると思ってなかったので、今まで学業があったから『私、学校の勉強もあるし』って甘えていた部分があって。
そういうものに向き合わないといけないじゃないですか」

川田「そうですよね」

田中「モデルとして稼いで、自分の生活を成り立たせていくのか、就活して就職するのか、けっこう悩んだんですよ。
短大が服飾科だったので、親とかには『教職とかをとりなさい』と言われてたり、お洋服を作ったりして思ったんですけど、作るより着る方が好きだなと思ったんですよ(笑)」

川田「なるほど(笑)」

田中「なので、できるところまでやってみようと、けっこう大きな決断だったんですよね」

川田「その時、ご家族はどういう反応でしたか?」

田中「『いいんじゃない』みたいな、適当な感じでした(笑)」

川田「けっこう任せてくれる感じなんですね」

田中「何がダメという感じもないので、迷惑かけなきゃいいよっていう感じでしたね」

川田「この時は『Seventeen』とか出てて、有名になっていて。ご家族からしたら自慢の娘っていう感じじゃないんですか?」

田中「なかったですね(笑)。親も天狗になったら嫌だしっていうので、そういうのだけはずっと言われてました」

川田「そういう風にならないようにと?」

田中「”自分を過信するな”みたいな。なので、そんなに天狗にはなってないと思います、誰かから見たら天狗だったかもしれないですけど(笑)」

川田「当時、同世代のモデルの女の子達はたくさんいると思うんですけど。
その中でしのぎを削るじゃないですか、”誰が今回出られなくて…”とか、そういうのも敏感に感じる年頃だと思うんですけど。その頃はどうでしたか?」

田中「けっこう、のほほんとしてて。モデルの友達とかもいましたけど、それよりも仕事が終わったら速攻で地元に帰って、地元の友達と遊ぶっていう…そういう環境も良かったかもしれないですね。
地元の友達のおかげで、切り替えが上手にできたのかもしれないです」

川田「この時は、お仕事で壁にぶち当たったり、モデルを辞めたいなと思ったことはなかったですか?」

田中「何回かありますね。理由がふざけてて申し訳ないんですけど(笑)、友達と遊べないとか、拘束時間が長いじゃないですか?
自由な時間がないから、”本当に嫌かも”と思ってました」

川田「長い時は長いんですか?」

田中「私が16〜20歳くらいの時って、雑誌が月2回発売の雑誌もあって。
雑誌の撮影だけで、1ヶ月1日何本とかで埋まっちゃうから、朝から夜までっていうのが普通だったんですね」

川田「そんなに長い時間なんですね」

田中「体数が多いと、1日で何人かのモデルで100体とかありましたね」

川田「服を買いに行って、試着を2、3着するだけでも、ちょっと疲れますよ(笑)」

田中「最後の方とかわけ分からなくなってきて、”あと自分は何着着ればいいんだろう?”みたいな」

川田「それぐらい大変なんですね」

田中「昔は、月2回発売の雑誌もあったので大変でしたね」

●ディレクションを務めるアパレルブランド『Fluffym(フラフィム)』


川田「田中さんは、この春初めて洋服ブランドのディレクションに挑戦されているんですよね。これはどういったブランドになるんですか?」

田中「ブランド名は『Fluffym(フラフィム)』っていう名前なんですけど、自分が好きなもの、着たいものをコンセプトに作っています」

川田「『Fluffym』というのは、どういう意味なんですか?」

田中「”Fluffy”という英語があって、それがふわふわしたとか、柔らかいっていう意味があるんですけど。
それに、美保の”m”。”Fluffy”は、モフモフという意味もあって、それの”m”。うちの愛犬が『モフ』と言いうので、その”m”を後ろに付け足しました」

川田「なるほど」

田中「素材感とかも、着心地のいいふわふわした柔らかい印象の物を使って、大人リラックスカジュアルができたらいいなと思って付けてみました」

川田「まさに田中さんのイメージそのものっていう感じですよね。いま、着てらっしゃるのもそうですよね」

田中「そうです。ブルーの長めのシャツワンピなんですけど、自分で着たい洋服でも、”可愛いな”と思っても、私は背が大きいので丈感とかが”もうちょっと長ければいいのにな”っていう、そういうのがあったんですよ。それを全部実現させていこうと思って」

川田「本当に自分の好きなもの、着たいものに特化しているということなんですね」

田中「このシャツワンピも、ひざ下のふくらはぎの真ん中くらいにくる丈にしたり。
ベースは168センチの私の背なんですけど。もう一つ下のサイズで、Mサイズと、私が着ているのがTALL-Mというので。
身幅もちょっと小さくしてるんですけど、基本は長さだけ変えています」

川田「ホームページを拝見すると、モデルもご自身でされていますよね。
田中さんが着ることで、見てる人は”田中さんほど体型が良くないし、似合わないんじゃないか…”って思う人もいるかもしれないんですけど。それはどうですか?」

田中「コンセプト的にリラックスでふんわりしたイメージなので。けっこうゆったり目で作ってたり、私もいいスタイルっていうわけではないし、隠したいところもあるじゃないですか(笑)」

川田「そんなところあるんですか!?」

田中「ありますよ。昔からなんですけど、骨盤とかがしっかりしてるのでプリーツスカートとかが開いちゃうんですよ。
高校生の頃から気になっていて、高校生の制服とかプリーツじゃないですか?」

川田「そうですね」

田中「いつも開いちゃってて、”なんでだろう?”と悩んでいたんですけど。骨盤とかお尻まわりとか隠したいし、そうすれば細く見えるポイントとかあるじゃないですか。
だから、トップスとかもお尻まで隠れるものだったり、パンツとかでも、骨盤が開いてても上手くいくような感じでやっているつもりなんですけど(笑)」

川田「それは嬉しいですね。皆さんも、隠したいけどどう隠したらいいのか分からないとか、ここのお洋服だったらやってくれているっていう事ですよね」

田中「やっています(笑)」

川田「女性の味方ですね、販売はインターネットですか?」

田中「そうですね、今はインターネット販売のみですね。試着ができないというのはあるんですけど、全国どこでも購入できるので」

川田「今は春のラインナップになりますけど、これからは季節に合わせて変えていかれるんですか?」

田中「そうですね。季節に合わせて、いろんな新しいものが提案できたらいいなと思っています」





>>来週も引き続き、モデル・女優の田中美保さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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