Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


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2017.05.28

「”こいつに言っても無理だ”と思ったのもあると思うんですよね(笑)」:タレント・紅蘭さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、天真爛漫で個性的なキャラクターから、
今、バラエティ番組などのオファーが殺到しているタレントの紅蘭さんです。

紅蘭さんは、俳優・草刈正雄さんの長女。
ダンサー、そしてスポーツのパーソナルトレーナーとして活動される一方、タレントとしてもご活躍中です。

明るくパワフルな紅蘭さんの、人生のターニングポイントについてお話を伺いました。


●父との関係


川田「最近は草刈正雄さんと親子で共演される機会もありますけど、本当に仲がいいなと思います。小さい頃からそうですか?」

紅蘭「仲はいいですけど、2人でショッピングに行ったこともなければ、外にご飯も1年に3回くらいしか食べに行かず。
そういうの仲の良さというよりは、真剣に話し合って、何でも話せる仲の良さなのかなって思いますね」

川田「大事な場面とか、何か決めなきゃいけないという時は相談するんですか?」

紅蘭「父に相談したことはないんですけど(笑)。
逆に父が相談してくるので、”この仕事受けた方がいいかな?”とか、”この時の演技どうしたらいいかな?”とか、優柔不断なんです」

川田「え〜〜!(笑)」

紅蘭「私が相談したら落ち込んじゃうと思います(笑)、母には相談しますけどね」

川田「逆にお父さんから相談された時は、ビシビシと答えるんですか?」

紅蘭「そうですね。例えば、”この役が来た、俺はしっくりきてなくて”とか、いろいろあるじゃないですか?
『お金稼いできてください!』みたいな(笑)」

川田「せっかくオファーが来てるんだから、やった方がいいと(笑)。
紅蘭さんも、小さい頃から芸能界に入ってみたいなと思ってましたか?」

紅蘭「小さい頃はまったく思ってなかったですね。
父に、歌を習え、演技のレッスンの先生が来る…すごい言われてたので、親から”これやれ”がすごい嫌で、”私はダンスがいい!”みたいな、父が習わせる習い事はやらなかったですね」

川田「体を動かしたりするのは小さい時から好きだったんですか?」

紅蘭「好きですね。小さい時から体動かす遊びしかせず、ずっと好きでしたね。
木登りとか、ターザン作ったりアクティブな感じで、ゲーム機を手に取ったことがないですね」

川田「ダンスに興味を持ったのはいつだったんですか?」

紅蘭「小学校くらいの時からで、常に草刈家ではMTVとかよく見てて。
最近流行っているプロモーションビデオが流れたりとかして、ビヨンセとか流れるじゃないですか?”めっちゃかっこいい!”って思ってましたね。
小さい時に見てたMTVのおかげかな?”パパこれやりたい!”って言ってましたね(笑)」

●憧れのアメリカ


川田「紅蘭さんに訪れた第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

紅蘭「私が16歳の時、2005年くらいですかね?アメリカにダンス留学した時です」

川田「この留学のきっかけは?」

紅蘭「中学校の時から、ずっと日本でダンススクールで習ってました。
部活とかせず、学校終わったらすぐにダンスレッスンを受けてという日々を過ごしてて。その時からバックダンサーとかやらせてもらったりしてたんですけど、やっぱり本場で学びたいと思って。
高校入ったらすぐ留学しようと決めて、親に相談しなかったですね、ネットで調べたら『ダンス留学』っていうのがあったんですよ」

川田「はい」

紅蘭「ロスに決めて。そこからダンススクール、語学学校、ホームステイなのか寮なのか……と、プランを組み立てて。
”そろそろ入金してください”っていう時にママに書類持って行って『学校決めたし、寮で生活するから、メトロで30分かけてダンススクールに通って。何時には帰って何時に寝る……これに行きたいんですけど、いいですか?』と言って、母はそこまで自分でしたんだったら『いいよ』と言ってくれて。
母が父にいつ言おうか?みたいになってしまって、”紅蘭が行くってなったら、ショックすぎるだろうな”って(笑)」

川田「そうですよね〜(笑)」

紅蘭「じゃあ、ロスに着いたらパパに電話するわって言って『”留学来たんだけど…”って、そんな感じで言えばいいよね?』みたいな感じで言ったら『それしかないかな〜』となって(笑)。
出発する前の日に適当に荷物を詰めてたら、父がトイレに起きてきちゃって『どこに行くんだ?』みたいになって(笑)。
これ、重く真剣に話したら重く受け止めてしまうと思って、すごい軽いノリで『なんかさ〜、ロサンゼルスに留学しようと思ってさ〜。ちょろっと行ってくるわ!』みたいな感じで言ったらフリーズしちゃって、トイレ済ませて自分の部屋に戻ったんですけど。
”寝ぼけてたわ、ラッキー!”と思って、次の日外に出たら玄関の前で待ってて『ハグ』とか言われて、泣きながら」

川田「泣きながらですか〜」

紅蘭「『ぜってー負けんなよ!』って言われましたね。”頑張ってこいよ!”、”負けんな!”この2つは覚えてます」

川田「本当は止めたかったけど、止めなかったんですね」

紅蘭「昔から、私がやりたいと思うと父の意見を突き飛ばしてでも何かをやっていた自分がいたので、”こいつに言っても無理だ”と思ったのもあると思うんですよね(笑)」

川田「これをターニングポイントに挙げた理由は?」

紅蘭16歳で1人で海外生活することによって、心も視野も広くなったというか、日本で生活してると、人の意見にのっかったりとか、誰かを嫌いと言ったら、みんな嫌いみたいな。
私に置き換えると、よく言われたりするのが、”草刈正雄の娘がこれ?”みたいな、”じゃあ、どうじゃなくちゃいけなかったの?”っていう。パパと私の違いを、アメリカでは理解できると思うんです。個々を見てるし、二世関係無しにしても1人の人間としても、すごい変な格好しても浮きもしないし、『いい感じじゃない?』ってなるし」

川田「自分ではすごく居心地のいい環境に感じたんですね」

紅蘭「そうですね」

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>>来週も引き続き、タレントの紅蘭さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
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2017.05.21

「金メダルをとって、初めて胸を張って『レジェンドです!』と言いたいですね」:ノルディック・スキー・ジャンプ ソチオリンピック・銀メダリスト 葛西紀明さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、日本が世界に誇る”生けるレジェンド”!
ノルディック・スキー・ジャンプ ソチオリンピックの銀メダリスト、葛西紀明さんです。

葛西さんの第1の人生のターニングポイントは、1998年、25歳の時。
長野オリンピック。仲間が活躍しメダルを獲得する中、自分は結果を残せず悔しい思いをした時です。

この経験を経て”ライバルに負けたくない!”という、強い思いがより一層湧きあがったんですね。
そんな葛西紀明さんの人生に起こる、第2のターニングポイントについてお話を伺いました。


●挫折から生まれた変化


川田「葛西さんの第2の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

葛西「2002年、ソルトレイクオリンピックで挫折した時です。
ソルトレイクオリンピックの時は、最高の体を作って、メンタルトレーニングをやって、完璧な状態で行った29歳の歳だったんですけど。まったくジャンプに噛み合わず”なんで、こんなにやったのにダメなんだ!”と、心が折れて…」

川田「結果がノーマルヒルが49位、ラージヒルは41位、ご自身ではどうしてだと思われますか?」

葛西「体がキレ過ぎて、ジャンプとの噛み合いがまったく合わなかった、それだけだと思います。ジャンプにはリズムがあって、体の伸びるタイミング、飛び出す方向、パワー、それがすべて噛み合わないといけないんですけど」

川田「はい」

葛西「ジャンプ選手はウエイトトレーニングもやるんですよ。下半身を鍛えるスクワットがあって、それを200キロまで持ち上げたことがあるんですよね。ジャンプ力も相当ありました。
その時は、縄跳び4重とびまで出来ちゃってたんですよ。”自分の靴にバネ付いてるんじゃないか”と思うほど跳躍力があったんですよ」

川田「すごいですね(笑)」

葛西「パワーがありすぎてタイミングも合わないですし、方向も悪くなってしまって、それが噛み合わなかったんですよね」

川田「この時、何が自分の支えになりましたか?」

葛西「この時も母親の手紙です。必ず大きな試合の時は手紙を読み返して、ちょっと泣いちゃったくらいにして、それを支えにしてやっていたので」

川田「その手紙はどういう部分が支えになるんですか?」

葛西「一番大事な部分があるんですけど、『どん底から這い上がってくる我が子を、お母さんは楽しみにしています』と、それがずっと心にありますね」

川田「お母さんは、息子さんのことって一番よく分かってる存在ですもんね。
ここをターニングポイントに挙げるということは、新しい変化があったと思うんですがどういう変化がありましたか?」

葛西「この頃までは日本のコーチ、監督からアドバイスを受けてたんですけど。ソルトレイク終わって2003年のシーズン、春からフィンランドのコーチを2人呼んで、フィンランドのスタイルを伝授してもらおうと合宿してもらったんですね」

川田「なるほど」

葛西「フィンランドのコーチは僕より年下なんです。彼らは『葛西よりは若いし、経験もないけど、教えることもないかもしれないけど。フィンランドのスタイルをアドバイスしていきたい』と下からきたので。
僕は長野オリンピック終わってからだと、すごく頑固だったんですけど。ソルトレイクで打ちのめされたので、”ゼロからやりたい!”という気持ちを持っていたので、そんな風に言われて”お願いします!”みたいな、柔らかい考えを持てるようになったのがその時で」

川田「素直に受け止められるようになったんですね」

葛西「トレーニングやジャンプをアドバイスされて、また急に変わったんですよ。
2003年の世界選手権でメダル3つ獲得というところにつながったので、頑固にやってただけではダメだと、柔らかい考えを持って、何でも吸収する。そうすると、また新しい世界が見えてくることがわかったので、ここが第2のターニングポイントですね」

●金メダルをとるまでは…


川田「第1、第2の人生のターニングポイントを経て、自身7度目の出場となるソチオリンピックでは、ラージヒルで銀メダル、団体で銅メダルを獲得されました。個人の銀メダル、この時はどういう感覚だったなですか?」

葛西「このシーズンは調子のいいシーズンで、オリンピックに向けて成功するための設計を手帳に書き込んでいったんですよ。
それが全部当てはまっていったんです、”これは絶対にメダルとれるでしょう!”という流れだったんですよ」

川田「はい」

葛西「ラージヒルの時もジャンプは2本目勝負なんですけど、僕は1本目に勝負をかけました。
練習も飛ばない、頭の中にストレスを溜めないようにしたいと思っていたので、普通は練習を飛ばないと不安なんですよ(笑)」

川田「そうですよね」

葛西「そしてぶっつけ本番でいく、1本目に集中を全部かけてそれが当たったんですよ。
1本目に139メートルの大ジャンプをして2位につける、金メダルをとってブレーキングトラックで大の字になって号泣すると、僕の手帳に書いてあるんですよ」

川田「はい(笑)」

葛西「2本目飛んで、その時点で1位。最後残すポーランドの選手が飛んでくる、目に涙が浮かんできたんですね。
自分が書いた通りに、これでブレーキングトラックで大の字になって号泣できるなという気持ちが来てたんですけど、彼が飛んで、1メートル、僕が勝ったんですよ。
”これは来たかな?”という気持ちだったんですけど、残念ながら1.3ポイントで銀メダルでした」

川田「あれは、みんな悔しいと思ってしまいましたけど」

葛西「せかっく溜まった涙も引いてしまって、その時には”よし!4年後!”と頭から切り替わりましたね」

川田「そのときに切り替わったんですか!」

葛西「どっちかといえば金メダルが目の前にあったので、メーターにしたら80センチくらいの差で負けたので、やっぱり悔しかったですね」

川田「いま抱いている目標、夢というのはどういうものですか?」

葛西1つしかないですね。金メダルをとるまでやめられないと思っていますし、あっという間に3年が経って、来年韓国の平昌オリンピックなんですね。
またチャンスが巡ってくる、それは嬉しいことでありますし。出場できれば8回目、すごくないですか?(笑)」

川田「すご過ぎます(笑)」

葛西「50歳で出られれば9回目なんですけど。”9”っていう数字があまり好きじゃないんですよ。キリよく10!どうですか?(笑)」

川田「54歳!レジェンドの次の言葉を考えないといけないですね(笑)」

葛西「いえ、金メダルをとって、初めて胸を張って『レジェンドです!』と言いたいですね」

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>>来週は、タレントの紅蘭さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
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2017.05.14

「本当にこの4人には感謝してますね、最高のライバルだったなと思っています」:ノルディック・スキー・ジャンプ ソチオリンピック・銀メダリスト 葛西紀明さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、日本が世界に誇る”生けるレジェンド”!
ノルディック・スキー・ジャンプ ソチオリンピックの銀メダリスト、葛西紀明さんです。

今年3月に今期のワールドカップをすべて終えて
自身が持つワールドカップ最年長表彰台記録を、44歳9ヶ月に伸ばされました。

さらに、老いない肉体を作り出している秘密のメソッドを紹介する
「葛西紀明のレジェンド・ストレッチ」を小学館SJムックからリリースされました。

そんな、葛西紀明さんの人生のターニングポイントについて伺いました。


●世界の頂点を目指して


川田1988年、16歳の時からスキージャンプワールドカップの日本代表選手として活躍を始めた葛西紀明さん。
これまでに、ギネス世界記録を5つも所持されていますね」

葛西「まさか、ジャンプでギネスをこんなにもらえると思わなかったですね(笑)」

川田「スキージャンプを始められたきっかけは何だったですか?」

葛西「昔はマラソンとクロスカントリーをやっていたんですね。
地元の下川町で、小さなスキー場もあって、隣にジャンプ台があって『ジャンプ台があるから飛びに行こうよ!』と友達に誘われて飛びに行ったんですよ」

川田「はい」

葛西「最初は、恐る恐る飛んでたんですよ、”怖いけど飛びたい”みたいな。最初は転んでたりしてたんですけど、飛んでるうちにだんだん立てるようになってきて、友達と競い合うようになっていったんです」

川田「遊びの延長という感じですよね」

葛西「それがどんどん楽しくなってきてハマりましたね」

川田「そこから世界を意識し始めたのはいつからなんですか?」

葛西「中学3年生ですかね」

川田「中学生の時には、宮様大会のテストジャンパーとして出られてるのに、優勝者よりも良い記録とか……この時には周りにも知れ渡っていたんですよね?」

葛西「そこなんですよ!そこで僕は、”大人に勝てるなら、日本一、世界一を目指そう”という気持ちになりました」

●最高のライバルたち


川田「葛西紀明さんに訪れた、第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

葛西1998年の2月、一番悔しい思いをした長野オリンピックですね」

川田「もう19年前になるんですね。葛西紀明さんは日本のエースとして94年のリレハンメルの時も期待をされていて、長野オリンピックの時はそう上手くはいかなかったんですね」

葛西「ノーマルヒルでは出場できたんですけど7位という結果で、ラージヒル個人戦、ラージヒル団体戦は選ばれなかったんですね」

川田「みなさんの記憶にも残っていると思いますが、団体では、原田雅彦選手、船木和喜選手は個人でメダルも獲得されて、団体では感動的な金メダルでした。この時は、現地でご覧になれたんですか?」

葛西「現地で見てましたね。1本目が4位で、ぶっちゃけ僕は応援してませんでした。
”金メダルとらないでくれ!”っていう気持ちで見てたので、当時は、自分がいないメンバーを応援するのは出来なかったんですよね」

川田「葛西さんが入っているだろう団体だったわけですもんね」

葛西「電光掲示板に『1位』となった瞬間に、選手4人が抱き合って泣いてる感じを遠目で”チキショー!”と思いながら涙流してましたね」

川田「ここをターニングポイントに挙げているということは、これをきっかけに、自分の中で変わったり、良くなった面があるということですよね?」

葛西「金メダルをとった4人がいるからこそ、”負けたくない!勝ちたい!”という気持ち、ライバルがいたから、僕はここまでそういう気持ちを持ち続けてやれたので。
本当にこの4人には感謝してますね、最高のライバルだったなと今は思っています」

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>>来週も引き続き、ノルディック・スキー・ジャンプ ソチオリンピック・銀メダリストの葛西紀明さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2017.05.07

「逆輸入という形で日本に持ってくることをしたいんですよ」:マキタスポーツ
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、俳優、ミュージシャンとして活躍中のマキタスポーツさんです。

マキタスポーツさんの第1の人生のターニングポイントは、2011年、41歳。
笑いに対する向き合い方が変わったということでした。

今週は、マキタスポーツさんの人生に起こる、第2のターニングポイントについて伺いました。


●娘との関係性


川田「マキタスポーツさんの第2の人生のターニングポイントを教えて下さい」

マキタスポーツ「2015年、子どもが生まれた時。しかも双子でした(笑)」

川田「上にもお子さんはいらっしゃるんですよね?」

マキタスポーツ「いま15歳、10歳の女の子。一卵性の男の子ですね、一気に大家族なんですよね」

川田「賑やかですね(笑)」

マキタスポーツ「めちゃくちゃ賑やかですし、みんながみんな勝手なことをやっているっていう。お姉ちゃんたちは、双子の面倒をみてくれたりもするんですけどね」

川田「ちょうど思春期だと思うんですけど、娘さん2人との関係性はどうですか?」

マキタスポーツ「クサいだの、寄ってくるなだの言いますけど、そのわりには長女は僕の服とかを勝手に着るんですよ」

川田「口ではそう言いながら大好きなんですね(笑)」

マキタスポーツ「一緒にコンサートへ行ったりとか、2人っきりでね、彼女が関ジャニのファンなんですよ。
友達と行くものだと思ってたら、”パパと行きたい”って、2人っきりで行ってきましたよ。周りのお客さんも僕のことをチラチラ見て、『マキタスポーツ、関ジャニファンなんや!』みたいなことを言われて(笑)」

川田「そうなんですね(笑)」

マキタスポーツ「結果的に関ジャニのファンから、『マキタスポーツ、関ジャニのコンサートに来て大したもんや!』みたいな、娘のおかげもあってみたいな(笑)」

●家族を通して学んだこと


川田「ご家族との関係性も良くて、そこからご自身の活動だったり影響はどう生まれましたか?」

マキタスポーツ「僕は31歳で結婚して、32歳で長女が生まれてるんですけど。
その時は、”この小さな存在感に、僕がやろうとしてることを影響されてたまるか”みたいなのがあったんですよ。
ところが子供ってすごいんですよね、彼らが知恵をつけていたりとか、人っぽくなったりするのと同時に、親も親ではなかったものが親っぽくなっていったりとか。
僕は日本という国の中にいて、”社会から逸脱した存在”っていう気分があったんですけど、そうでもなくて。
もっと大きい規模で言うと、家族というものとかが繋がっていった先に、日本という大きいものがあると分かるんですよ」

川田「そう繋がっていくんですね」

マキタスポーツ「家族と付き合っていると軋轢が多いんですよ、衝突とか摩擦っていうのがどうしてもあるんですけど。
グレーなままあえて放置するとか、ここの分野だけは無駄な部分だからカットしようとかっていうこととかを、考えることを家族を通して学びました、それがまた僕が作るものとか、書くものに強い影響は出ていると思います」

川田「今後やってみたいことは何ですか?」

マキタスポーツ「2つあって、ひとつは海外の方の前で、僕がやってるコミック的なバンドをやってみたいのがひとつ。もうひとつは、映画を撮りたいです」

川田「撮る方ですか?」

マキタスポーツ「恥ずかしくてあまり人前では言ったことがないんですよ。キングコングの西野亮廣くんが、僕のライブにゲストで来ていただいたときに、打ち上げの席で『マキタさん、今後どんなことしていきたいんですか?』って言うから『映画を撮りたいんだよ』っていう話をしまして」

川田「はい」

マキタスポーツ「撮りたい内容を簡単に言うと、『日本』っていう映画を撮りたいんですよ。
日本自体を対象化して、日本人にとっては当たり前だと思っていても、海外の人から見たら”ん?”と思うところってあるじゃないですか?
そういうところを、面白おかしくピックアップしたコメディ映画を撮りたいんだよって」

川田「日本人が観ても面白いし、全世界でも配信できますよね」

マキタスポーツ「『日本』というコメディ映画を撮ることの、いろんな障害があるっていうことも分かるんですね。
だから、日本の資本で作らないっていうことをイメージしてるんです。で、海外のスタッフを使う、海外で作る、海外で上映する……ということをして、最終的に逆輸入という形で日本に持ってくることをしたいんですよ」

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お楽しみに!
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