Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


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2017.06.25

「宮崎さんはこういう気持ちで、たくさんの人の絵を見てたんだなと思いますね」:米林宏昌監督
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、この夏、大注目の長編アニメーション映画『メアリと魔女の花』を手がけた、米林宏昌監督です。

米林監督はスタジオジブリ時代、『借りぐらしのアリエッティ』と
『思い出のマーニー』を監督されていらっしゃいます。
今回の作品はジブリ退社後、初めての長編アニメーション作品ということで
今までとはまた違った思いがあるかと思います。

今週と来週は、今、まさに人生のターニングポイントを迎えている
米林宏昌監督にお話を伺いました。


●アニメーションとの出会い


川田「監督は小さい頃はどういうお子さんでしたか?」

米林「絵を描くのは好きで、物心ついた頃から絵を描いてました。
運動ができてなかったので絵を描いたり、北陸出身(石川県)なので、冬とか雪降ってたり、雨が多かったので部屋の中で絵を描いてました(笑)」

川田「それを仕事にしたいと思ったのはいつ頃ですか?」

米林「金沢美術大学に入ったんですけど、その時は漠然と美術系に進むかなと思っていたんですよ。そして、2年の時にアニメーションと出会うんです。
アニメーション会社にアルバイトという形で作画の仕事をしていて、今まで止まっていた絵が動き出すっていうのは面白いもんだなと……それから、徐々に”面白いかな?”と思っていって」

川田「そんな米林監督に訪れた第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

米林「大学時代に、どのような道に進もうか考えてる時に見たのが、スタジオジブリの長編映画『耳をすませば』ですね。
その時に、”アニメーションの道に進もうかな?”と思ったきっかけでした」

川田「監督は、原作も漫画で読まれていたんですよね?」

米林「そうですね。少女漫画のりぼんでも連載してましたし、スタジオジブリで映画化されると聞いてビックリしました」

川田「監督もすごく楽しみでご覧になったんですね」

米林「アニメーションも瑞々しくて、未来に進む若者達のアニメーションがよく描けていましたね。
こういう作品を作るアニメーション会社なら、入って一緒に仕事をしたいなと思ったのが、スタジオジブリに入ろうと思ったきっかけになったんですね」

●絵から滲み出るもの


川田「ご自身がスタジオジブリに入れる自信はどれくらいありましたか?」

米林「自信はなかったですけど、たまたま募集してたので入社試験を受けました」

川田「どういう入社試験なんですか?」

米林「面白かったですね、1次審査として2枚の絵を描いて送るんです」

川田「題材は決まっているんですか?」

米林「決まってないですね、自由に絵を描いて。第1次審査を通過した人はスタジオジブリに呼ばれて、実際に絵を描かせてみるという…画力をチェックするものから、面白かったのは鉛筆を削って、その削りカスと鉛筆を回収されていくという試験があって(笑)」

川田「ええ、どういうことですか(笑)」

米林「後から聞くと、いかに常識的なことができるかという…絵を描く人間だったら、鉛筆をカッターで削れるくらいのことはできるかどうかということをチェックされていたんですね」

川田「じゃあ、画力のみだけではなかったんですね」

米林「そうですね。人間的にちゃんとしたものが描けるかとか、常識を持って描けるかどうかと、そういうことをチェックされて入社しましたね」

川田「面接ではジブリ愛を試されたりするんですか?」

米林「3次試験で面接があるんですけど、宮崎監督をはじめ、鈴木プロデューサー、錚々たるメンバーがいる中で質問をされるんですけど。
その時に覚えてるのが、『耳をすませば』で背景の絵を描いた人が金沢美術大学出身で、僕の大先輩なんですけど。
その人のことを『知ってますか?』と聞かれたんですけど、緊張して”え!?”ってなって…」

川田「聞き返してしまったんですか」

米林「ちょっと空気が悪くなって(笑)。”しまった!”と思ったんだけど、思い出して(笑)」

川田「もちろんご存知だったんですね(笑)」

米林「はい、そうなんですよ。それで和やかになって、”よかった〜”と思って(笑)」

川田「宮崎監督は、作品で『おまえ、下手だ!』という怒り方ではないんですか?」

米林「下手でも、ちょっと尻込みしているとか、前向きではない…絵に見えるとものすごく怒る方ですね」

川田「”どういう気持ちをのせて描いているか”ということですか」

米林「下手なものは直せばいいんですけど、描いてる人の気持ちっていうのは絵の中に出るので。
そういうものがダメだと、怒られたり、辞めさせられたりとか(笑)」

川田「そこが一番大事なんですね。米林監督も絵を見るとどういう気持ちで描いているかわかるんですか?」

米林「演出をやるようになって、たくさんの人の絵を見るようになると分かるんですよね。
頑張ってやろうとしてるとか、頑張りたいけどできない、頑張ってない人とかね(笑)。描いている人のいろいろな気持ちが見える。宮崎さんはこういう気持ちで、たくさんの人の絵を見てたんだなと思いますね」

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>>来週も引き続き、米林宏昌監督をお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2017.06.18

「ギリギリまでやってる方が、終わった後の酒が美味いんですよ(笑)」:俳優・劇作家・演出家 長塚圭史さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、俳優・劇作家・演出家の長塚圭史さんです。

長塚さんの第1の人生のターニングポイントは、中学生の頃。
紙を人形に見たてて、1人で人形遊びをしていた時です。

この遊びが物語を紡いだり、演出をすることへ意識を向かわせ
現在に繋がっているのではないかということでした。

今週は、第2の人生のターニングポイントについて伺いました。


●ロンドンの冬


川田「長塚圭史さんの第2の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

長塚「イギリスのロンドンに留学してる時の冬ですね、2008年かな」

川田「おいくつの時ですか?」

長塚「33歳ですね」

川田「留学されたのは、文化庁新進芸術家海外研修制度を利用していかれたんですよね。
どれくらい行かれてたんですか?」

長塚1年間です。僕は日本で仕事しててちょっと参ってて。疲労も溜まってたし、面白い仕事もできてくるんですけど、自分を見つめ直す時間がなくて。
”なんで、僕は芝居をやっているんだ?”に近い状態に、33歳にもなって陥ってしまって。
最初は疲労困憊で、色んなイギリスの演劇やってる方に会って刺激を受けつつも……10月くらいに行ったんですけど、12月の終わりくらいロンドンの冬ってひどいんですよね」

川田「すごく長いというイメージがありますね」

長塚「寒くて長くて、陽が照ってる時間がものすごい短くなって。朝の9時くらいに陽が出てきて、午後3時くらいに陽が沈んじゃって、ジメジメしてて最悪なんですよ。
僕が暮らしてたアパートは陽が当たらないし、ベッドが合わなくてギックリ腰みたいになっちゃって。さらに、インフルエンザになって何もかも嫌になるような冬だったんですね」

川田「気持ちも沈んじゃいますよね」

長塚「イギリスで見てるお芝居も、稽古場を覗かせてもらう分には面白かったんですけど、劇的に自分の感覚を変えてくれるものがあったわけでもなくて。”このあと何ヶ月か、楽しめるのかな”と思って。
体も精神も落ち込んじゃってたので、田舎に住んでる日本の俳優さん、伊川東吾さんという方がいて、その人のところに遊びに行って5日間くらい、のんびりと過ごさせてもらって。
お芝居の話をしたり、何でもない話をしたり、美味しいもの食べさせてもらったり、のんびりしてたんですけど。
その時に、英訳と日本語訳が対訳として載っている、井上ひさしさんの『父と暮せば』という戯曲があって、それを読んで」

川田「はい」

長塚「これを実際にワークショップでやってみてしまった方が面白いんじゃないかと思って。
ちょうどその時に行ってた、ロンドンのナチュラルシアターのステュディオという、ワークショップで作品作りだけをする素晴らしい機関があるんですね。
例えば、川田さんがとてつもないアイデアを持って、5人の俳優を使って何か作りたいということを申請して、それが通れば、その一週間の間は給料がもらえます」

川田「ええ!もらえるんですか!?」

長塚「さらに、面白いということになったら、作品にしましょうかということでどんどん人が増えていくんです。
そういう場所があるんです」

川田「そういうのは日本にない制度ですか?」

長塚「そうですね。ここまではっきりとは、アイデアを育てるだけで給料をくれるっていうのはないですね。
僕は日本でワークショップする時は一応お願いはします。わずかでもいいんですけど、種を蒔くような、ちょっとでも俳優の才能と能力を使って。
そこにはお金がね、上演と関係なくても。そういう発想を得たのもここだったんです」

川田「手助けができればいいですもんね」

長塚「そこにしばらくいたんですよね。いろんな稽古を見せてもらったりして、そこにはロシアのオペラの演出家が来たりとか、若いインターンみたいな、アフリカから来た子が何人か自分のルーツにまつわる芝居を作ろうとしてたり。
そういうのを見てたんです。僕もここで、『父と暮せば』をやってみようかと思って申請し始めたりして。
そうすると、鬱々とした冬もちょっと陽が出てれば、気持ちいいくらいになってきましたけどね」

●舞台に必要なもの


川田1年の留学期間を経て、日本に戻られてからどういった変化がありましたか?」

長塚「作る時に、それぞれの作品において”やり方は全然変わっていいんだ”ということが分かったんですね。
まず、稽古場に物を入れるのはやめましたね」

川田「物ですか?」

長塚「何が必要か、そこに書かれていたとしてもその道具を最初に入れるのはやめたんです」

川田「例えば、『机とマイク』と台本に書かれていても、それを用意しないんですか?」

長塚「そうですね」

川田「なぜですか?」

長塚「本当にいるのかどうかが、分からないじゃないですか。
机とマイクはあった方がいいんだけど、机とマイクが必要になる時まで、あるいは机とマイクがあったら、それがないとできなくなっちゃうから。
それよりも、机もマイクもないと思ってやってみるというところからスタートしていくと、本当に必要な物が見えてきますよね」

川田「なるほど」

長塚「じゃあ、本当はマイク1本でいいんじゃない?とか、マイクは実際いらないねってなるかもしれないし。
そういうことを見つけていく場を作っていこうとするんですね。非常にややこしくて、ものすごい遠回りで場合によっては嫌がられますけどね」

川田「そうですか(笑)。そうなると、『阿佐ヶ谷スパイダース』も、今年プロデュース・ユニットから形を変えて
劇団という風にされましたけど、これは時代に逆行と見えるかもしれないと思うんですけど、どうしてなんですか?」

長塚「たぶん劇団化した方がいいと思うんです、僕らメンバー3人しかいなかったんです。
好きな俳優を呼んで、客演してもらって、時にはテレビのスターの人にも来てもらってやってきたんですけど」

川田「公演ごとに形を変えいてくと?」

長塚「そうですね。それは非常に楽しくていいんですけど、それっていろんな劇場でやってることと変わらないし。
継続してやっていくには、常に同じメンバーの中で、いかに違う作品を作れていけるかっていうことを考えた方が豊かなんじゃないかと。
若い子をもっと入れて、もっと役のチャンスを与えて、スタッフも若い子がそこで育てばいいし」

川田「そうですか」

長塚「僕ら見なくなっていることがたくさんあるわけですよ、準備されてることがたくさんね。
準備されているところを、いま、全部自分たちでやる。なるべくそういうことをしていくようにする、そうすると余計なお金もかからないし、自分たちも理解できるし、それをきちんとやった上で公演の時には外と繋がることをしていかないといけないんですけど。
自分たちの畑はこれだと、いま、僕らこれくらいの広さしかないんだということを認識するんですね」

川田「これは大変ですよね」

長塚「舞台が終わったら、片付けはプロのスタッフにやってもらうようになっちゃってますけど。
去年くらいから、もうちょっと本気で手伝いたいと思って」

川田「ついさっきまで舞台に出てた役者さんが片付けをするんですか?」

長塚「それやった方が楽しいってことに気づいて、30代の前半とかは、やらなくて済むようになって嬉しい。
飲みに行ったりして、いろんな人と話して、それも面白いんですけど。最後の最後は、いいよと言われて帰されちゃうんですけど。
ギリギリまでやってる方が、終わった後の酒が美味いんですよ(笑)」

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>>来週は、米林宏昌監督をお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2017.06.11

「意思だけだとスリルがなくなってきちゃって」:俳優・劇作家・演出家 長塚圭史さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、俳優・劇作家・演出家の長塚圭史さんです。

長塚さんは演劇プロデュースユニット『阿佐ヶ谷スパイダース』を旗揚げし、およそ23年に渡り活動。
そして、今年の春には新たな劇団『新ロイヤル大衆舎』を結成されました。

そんな長塚圭史さんの、人生のターニングポイントについて伺いました。


●訪れた第1のターニングポイント


川田「長塚さんは、小さい頃はどのようなお子さんだったんですか?」

長塚「スポーツは好きじゃなくて、お喋りで、どっちかと言ったらお調子者だったと思うんですけど。
よく怒られてました、家では1人で遊んでましたね」

川田「どういう遊びをしていたか覚えていますか?」

長塚「めちゃめちゃ覚えてますね、人形遊びをしてました」

川田「お人形っていうと女の子がやるイメージですね」

長塚「うちは子供の頃物がなくて、消しゴム一個でもいいし、物を擬人化して遊んでる時代があったんですね」

川田「お友達はいますよね?」

長塚「友達といる時間とは別ですね。それは僕の個人的な楽しみの時間で(笑)」

川田「ご兄弟は?」

長塚「姉がいます、姉も巻き込むわけにいかないので(笑)。多少は一緒に遊びますけど僕の方が夢中になっていたので」

川田「お勉強は得意でしたか?」

長塚「小学生の時は勉強で苦しんだ覚えはないですね。
どっちかというと運動の方が苦しかったですね。体操みたいなのとか、鉄棒、泳ぐとか、そういう嫌いな物が限定であったんですね」

川田「そこは上手く回避してきたんですか?」

長塚「巧妙に回避してきましたね、出来た振りしたりとか(笑)」

川田「長塚さんに訪れた第1のターニングポイントはいつのことですか?」

長塚「中学1年生の頃ですね。中学生になっても人形遊びから抜け出せないという事態が起きてしまい」

川田「抜け出せない?」

長塚「面白くてしょうがないわけですね、人形にそれぞれ個性をもたせて冒険させたり…あまりにも面白いのでやめられないんですけど。
小6くらいから親は心配し始めますし、母は家で仕事してて、仕事関連の人が家を出入りしてたので。
その人たちに見付かったら母親が困るだろうと、中学に入ったら本格的にやばいと(笑)」

川田「なるほど(笑)」

長塚「女の子を好きになったりする自分もいるわけだから。
”これはたぶん、いけないことだろう”と、自分でも認識していたんですね」


●イマジネーションの中で



川田「人形遊びというのは、小学校の頃からされていたんですよね?」

長塚「そうです。言ったら冒険物ですよ、いろんな人物と会っていって…時に揉めたり、時に協力したりとか。男の子っぽい、何でもない話ですよ」

川田「何人も出てくるんですか?」

長塚「限りなく何人も出てきますね」

川田「人形自体は作るんですか?」

長塚「違います、それはその時流行っているもので…僕らの子供の頃だったら、ガンダムとか筋肉マン、スターウォーズだったり、さまざまなキャラクターがあって。それを活用する時もあれば、まったく活用しない時、まったく違う人格を作って遊ぶ時もあるし。それって、無限に遊べるわけですよ。

川田「そうですね」

長塚「設定変えて、あるいは続き物として壮大なドラマをやって明日も続きをやるっていうこともできるし。
主役以外の人間にスポットを当てていくのが楽しかったり、実はこういう背景があって……というのを作ったり、そういうのは楽しかったですね」

川田「そうだったんですね」

長塚「中学になって、いつまでも人形遊びをしてると親が心配するっていうのがあって。
このままだと、まともな中学生とは呼べなくなっちゃうんじゃないかと思って。人形を使うのをやめて、紙の裏にそのキャラクターの名前を書いて、その紙を無言で動かすんですよ」

川田「長方形だったり…その紙を動かしていたんですね。そうすると、パッと見た時に…」

長塚「何か、紙を動かしてるだけの人間に見えるので(笑)。声さえ我慢していれば、無言でやればいいわけですよ。
ちょっとずつ動かしてたりすると、親の心配を回避できる」

川田「勉強してるようにも見えますしね」

長塚「勉強はしてないかもしれないけど、”何か独特な遊びをしているんじゃないか”と捉えてもらえるんじゃないかと思って」

川田「そうやって自分の遊び方を変えていって、でも、やってることは変わらないんですもんね」

長塚「あともう一個問題があって、何か抗争するにしても、自分の好きなキャラクターが勝っちゃうんですね。
これに非常に不公平を感じて」

川田「え!?」

長塚「サイコロを振って勝敗を決めた方がいいんじゃないか思って、だんだんカードゲームっぽくなってきたんですね」

川田「そこに自分の意思を反映させないようにするんですね」

長塚「意思だけだとスリルがなくなってきちゃって。そうすると、大事なキャラクターがボロボロになったりするんですね。そうすると、ショックがすごいんですよ。そいつを復活させるために新しいドラマを考えないといけないわけですね」

川田「自分の好きなキャラクターがボロボロになっていところを見ないといけない、辛いですね」

長塚「それって、ひとつのドラマだから盛り上がるんですね」

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>>来週も引き続き、俳優・劇作家・演出家の長塚圭史さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2017.06.04

「人を変えさせるパワーがあるなって思います」:タレント・紅蘭さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、タレントの紅蘭さんです。

1の人生のターニングポイントは、2005年、16歳。
1人でアメリカのロサンジェルスへ渡り、ダンス留学した時です。

このことがきっかけで、広い視野で物事が考えられるようになって、
その後、ロサンゼルスを飛び出しバックパックの旅も経験されたということでした。

今週は、そんな行動的な紅蘭さんの人生に起こる
第2の人生のターニングポイントについて伺いました。


●生き方が変わった


川田「紅蘭さんの、第2のターニングポイントを伺いたいのですがいつのことですか?」

紅蘭「2011年、22歳。アフリカにバックパックの旅に行ったことですかね。
留学の時も、ニューヨーク行ったり、メキシコ行ったり、車で横断してたりしてたんですけど…言っても留学だから備わっちゃってるんですよ」

川田「そうですよね、学校もありますしね」

紅蘭「”泊まるところも無いのがいい、自分でテント立てたい、大雨の日どうすんの?そこでどうするか考えたい”と、そこまでいきたくてバックパッカーやりたいってなったんですけど。
世界をバックパッカーしてる人に『どこが一番困難でしたか?』って聞いたら『アフリカ』って言ってて、アフリカから行ったらどこの国でも行けるかなっていう(笑)」

川田「それで一番辛いところから選んだんですか(笑)。アフリカはどこからですか?」

紅蘭「とりあえず南アフリカから上に上がっていって。
遠くに木が生えてるのが見える、そこに実がなってたら人が生活してるかもしれない、動物の感覚と一緒ですよね。
砂漠ではテント張ったりはできなかったんですけど、ちょっと行くと砂漠がありながらの土がある。”ここテント張れるな”っていうポジションは人が集まるんですね」

川田「なるほど〜」

紅蘭「ヨーロッパから来てる、アメリカから来てるバックパッカーみたいな。
バックパッカー同士のテント張るところの取り合いみたいな(笑)」

川田「みんな同じ嗅覚を持って集まってくるんですね。
”これはきつかった、危なかった”と感じたことはありましたか?」

紅蘭「アフリカってマサイ族とかいるんですけど、フェイクがめっちゃいるんですよ」

川田「え?どういうことですか?(笑)」

紅蘭「観光客用にちょっと離れたところにいるんですけど、マサイ族は余裕で携帯持ってて『フェイスブック友達になろうよ』みたいなノリなので(笑)」

川田「最先端なものを持ってたりするんですね(笑)」

紅蘭「リアルなところに行きたいなっていうので行ったら、ボールがもらえるんですよ。
それに一杯、1リットルくらいかな?その水はすごく汚いんですけど、飲み水、トイレした時に流す、体を洗う、全部その水でやるっていう感じでしたね」

川田「え〜」

紅蘭「最初”これ、飲むんかい…”って思いましたけど、みんなそれで生活して生きれてますし、慣れちゃいますよね」

川田「ここをターニングポイントに挙げたのはどうしてですか?」

紅蘭「ロサンゼルスでは感じとれなかった、貧困の世界というか…ロスでもあるんですけど。大自然の中での貧困っていうのは、すごく衝撃を受けて。行く前から理解してても、目で感じとると、すごいくらいましたね。
そういうのを見たりとかして、お金の使い方じゃないですけど、生き方を変えさせられましたね」


●体を動かすこと



川田「いろんな国を見ることによって、考え方も変わっていかれたと思いますけど。外を着飾るより、内面とか、中からの美しさっていうのも大事なんですね」

紅蘭「私がパーソナルトレーナーになろうと思ったきっかけも、まさにそれで。体を動かすことの魅力をすごい知ってしまって」

川田「はい」

紅蘭「いま、日本人がジムに行く=ダイエット、男性だったら筋肉肥大、肉体改造が多いんですけど。
体を動かすメリットってたくさんあって、綺麗な体になることは、もちろんいい事なんですけど。それプラス、体を動かすことで内面が鍛えられたり、気持ちの変化、前向きに自分の人生を考えられるというか」

川田「みなさん一度は経験あると思うんですけど、ちょっと体を動かして汗かいたりすると、その後って気持ちがいいですよね」

紅蘭「スッキリしますよね」

川田「頭が整理されたりとか、そういうことがどんどんいい事に繋がっていくんでしょうね」

紅蘭「ジム行くのは気が重いなっていうのは、みなさんそうなんですけど。体を動かしてホルモン分泌されると気持ちもスッキリしますし、それを続けていくことで体を変えるだけじゃなくて、この人の人生、考え方、職業まで変えちゃうんじゃないかなって思ってるくらい、人を変えさせるパワーがあるなって思います」

川田「そういう気持ちからなんですね」

紅蘭「ただ単に、『この動きをして、ここが痩せるよ』だけじゃないですよね、『この動きをすることによって、動脈がここにあるから、それに筋肉が刺激されて、筋肉がほぐれてむくみがとれるんだ』とか、そういう風に説明すると効きやすくなったり。
そういう意味では、このライセンスとってて、細かいところまで血管の流れとかが分かって良かったなと思いますね」

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お楽しみに!
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