Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


*

2017.08.27

「こんなストレスがない中でオリンピックに出れるわけないんですよ」:競泳選手・松本弥生さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、先週に引き続き、競泳選手としてロンドン、リオと2度のオリンピックに出場され、
入賞を果たしている松本弥生さんをお迎えしました。
現在は公式戦に出場しつつ、タレント活動も精力的にされています。

松本弥生さんの人生のターニングポイントは2003年 中学2年生、水泳を辞めたくなった時です。
その時にコーチから言われた一言がなければ、オリンピアンにもなれていなかった、ということです。
今週は、松本弥生さんの人生の第2のターニングポイントについて伺いました。


●東京オリンピックに向けて


川田「松本弥生さんの第2の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

松本「2016年12月頃に、転職をしました!」

川田「ミキハウスから、芸能プロダクションのLittle Tokyo Productionへの転職ということですが、なぜ転職されたんですか?」

松本「最初は、リオで引退して、ミキハウスに残って働くつもりだったんですよ。
やっぱり、東京オリンピックがどこか頭の中にあって。”このまま普通のOLをやるのが、本当にいいのかな?”と思ったんですよ」

川田「はい」

松本「東京オリンピックの可能性も残したいと考えたときに、芸能界を選んで、もうちょっとオリンピックに向けて気持ちが乗るまで、自分の時間をしっかり作れて練習できたり、勉強したり…今まで、プールの底しか見てきてないので(笑)」

川田「そうなんですね(笑)」

松本「上を向いて活動できる、東京オリンピックも目指せるような環境、だからこの転職を選びましたね」

川田「まだ、東京オリンピックをどうするか悩んでいる状態ですよね。
今日も練習をされてからいらっしゃったということですが、練習もしつつタレント活動を?」

松本「そうですね、してますね」

川田「半年経ってみて慣れてきましたか?」

松本「いい意味で目立つのが好きだったんですよ(笑)。
だから、本当に今楽しいです。水泳をする時間もとれて、制限がないのが嬉しいです」

川田「”水泳だけ!”っていうときは、行く場所や食べるものだったり全部……」

松本「そうですね、365日管理してるので」

川田「今は少しゆるめになりましたか?」

松本「だいぶゆるめになりましたね。次の日、朝練とか考えなくていいんだと思うと、ついつい夜更かししちゃいます(笑)」

●注目の選手


川田「これからやりたいこと、夢というのはどういうことがありますか?」

松本「ひとつに3年後、東京オリンピックというのがあるんですけど。
”出たいな”とか、それぐらいのレベルなんですよ。だから、練習とかもゆるくやっているので」

川田「リオオリンピック前だと、”出たいな”くらいでは無いということですか?」

松本「”絶対に出て、オリンピックで戦う!”っていう気持ちで練習してたので、かなりストイックにやってましたね。
覚悟がないと出られないというのは体験してるので、今のままだと出れないですね」

川田「出たいという、本気スイッチが入った場合は、今の生活よりもストイックに戻るんですか?」

松本「出たいと思ったからには、覚悟を持って練習に臨まないといけないので。
気持ちも体も締めていかないといけないですね」

川田「今の精神的に良い状態のまま、オリンピックを目指すっていうのは違うんですか?」

松本「また違うんですよ、こんなストレスがない中でオリンピックに出れるわけないんですよ」

川田「甘いものじゃないと?」

松本「甘くないですね。朝、1000メートルをちょろちょろっと泳ぎましたくらいじゃ、出れないんですよ」

川田「世界水泳のときも、ご自身で見ながらツイッターで実況されてましたけど、後輩の皆さんは気になる存在ですか?」

松本「オリンピックが終わって、次の年の世界水泳って、私も8年間代表にいたので見れないんじゃないかなと思ったんですよ。
”他の選手が活躍してるの悔しいな”と思うかなと思って、たぶん見れないだろうなと思っていたんですよ。
でも、いざ世界水泳が始まったら、毎日実況してたっていう(笑)」

川田「見られないどころか(笑)」

松本「やっぱり、好きなんですよね」

川田「リオで一緒に戦った池江璃花子選手、楽しみですよね」

松本「いま高校2年生なんですけど、璃花子ってずっと1人で行動できちゃうんですよ。オリンピックの時も、決勝に自分1人で会場に行ったり。
ずっと1人で行動できちゃう、そこがすごいなと思って」

川田「それって、水泳競技にも繋がってくるものなんですか?」

松本「繋がりますね。コーチによく言われていたのが『自分が戦うんだから、全部自分のペースに合わせろ』と言われていたので」

川田「高校生の時点で日本記録をいくつも持っているわけですから、かなり期待していい選手ですよね」

松本「そうですね、これからメキメキと上がってくるんじゃないでしょうか」

null


>>来週は、工藤静香さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
*
*

2017.08.20

「好きだった水泳を本当に辞めたいと思った時です」:競泳選手・松本弥生さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、女子競泳で、ロンドン、リオと2度のオリンピック出場を果たし、
現在はタレントとしても活躍されている、松本弥生さんをお迎えしました。

2012年のロンドンオリンピックでは、
なんと、44年振りに競泳女子400mリレーで決勝進出を果たして7位入賞。
リオオリンピックでは8位入賞と、輝かしい成績を残している松本弥生さん。

そんな、松本弥生さんの人生のターニングポイントについて伺いました。


●憧れの存在


川田「松本さんが水泳を始めたのは何歳ですか?」

松本「5歳の時です、母に『スイミング行ってみない?』と言われて始めたんですけど。
行ったスイミングが、岩崎恭子選手という、1992年のバルセロナオリンピックで金メダルをとった方で…そこのスイミングに行ったので」

川田「それはたまたまですか?」

松本「はい、家の近くだったというのもありますね。
選手になりたいと思ったのは小学生くらいのとき、金メダリストを輩出したスイミングだから、オリンピックという存在が身近にあったんですよ。必然的にオリンピックを目指そうとなりました」

川田「のちに、岩崎さんと会うことはできたんですか?」

松本「私がオリンピックに出た時に、『頑張ってね』と、サインにメッセージを書いてくださってすごく嬉しかったですね。
岩崎恭子さんも『同じスイミングから、2人出てくれて嬉しい』って言ってくれて。すごく力になりました」

川田「水泳以外は、どういうことをしてる時が楽しかったですか?」

松本「最近、中学校の友達に久しぶりに会ったんですよ。
当時の話についていけなくて、”なんで、こんなについていけないんだろう?”って思ったんですよ。
私、みんなが遊んでる時間ずっとスイミングに行ってたんですよ。だから、今更ながら寂しかったです(笑)」

川田「それぐらい水泳に打ち込んでいたんですね」

●水泳を続けて


川田「松本弥生さんの、第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

松本「中学2年、2003年ごろですね。あれだけ好きだった水泳を本当に辞めたいと思った時です。
中学校の3年間でバスケットボール部に入っていたんですよ。部活動の後にスイミングに通っていた日々でした」

川田「そうだったんですね」

松本「それがきつくなってきたのと、バスケが楽しいというのがあって……だんだん仮病を使ってスイミングに行かないということが、すごく多くなっちゃって。そこで、本気で辞めようと思いましたね」

川田「ご両親は止めなかったんですか?」

松本「そうですね。『あんたが辞めたいんだったらいいよ』という感じでしたね。
コーチに『辞めたいです』と伝えた時に、『お前は将来、水泳を続けていたら絶対に日本で表彰台に立てるから、今、辞めるな』と言われて。
私は、”なに言ってるんだ!?”と思って、中学生の時に全国大会に出たこともないし、下の下くらいの選手だったんですよ」

川田「まだ成績はなかったんですね」

松本「”何を根拠にこのコーチは言ってるんだろう?”と思って。
でも、その言葉を信じてもう一回頑張ってみようかなと思いました」

川田「どういう風に気持ちを切り替えていったんですか?」

松本「辞めたいと思った時、毎日練習に行かなきゃいけなかったんですよ。それが、月に2回しか行かなかったりとか」

川田「そんなに休んでいたんですか!」

松本「コーチの一言で、週に2回でいいから来いと、次は週3回という感じで徐々に回数を増やして、自分のタイムも上がっていって。県大会で優勝することは出来ました」

川田「じゃあ、コーチの言った通りメキメキと力を上げていったんですね」

松本「中学3年生の時って、2004年のアテネオリンピックがあったんですよ。その時、北島康介選手が最新記録で優勝して、『超気持ちいい!』という名言を残して、私はそれを見ていたんですよ。
それでも、”私も超気持ちよくなりたい!”と思って、すごい影響力があるなと思いました」

川田「それを考えると、止めてくれたコーチは大きな存在ですね」

松本「今でも頭が上がらないですね(笑)」

null


>>来週も引き続き、松本弥生さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

*
*

2017.08.13

「曲の世界観の中でひたすらに、心を込めて歌いましたね」:女優・上白石萌音さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、先週に引き続き、女優の上白石萌音さんをお迎えしました。

上白石萌音さんは、映画『君の名は。』『ちはやふる』『溺れるナイフ』など、女優としても大注目。
また、先月アーティトストとして初のオリジナルアルバム『and…』をリリースされました。

萌音さんの第1の人生のターニングポイントは2011年、12歳。
「東宝シンデレラ」のオーディションを受けて審査員特別賞を受賞された時でした。
今週は、上白石萌音さんの人生に起こる第2の人生のターニングポイントについて伺いました。


●心に残った言葉


川田「上白石萌音さんの第2の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

上白石15歳の時なんですけど、映画『舞妓はレディ』のオーディションに受かった時です」

川田「『舞妓はレディ』は、2014年に公開された周防正行監督のミュージカル仕立てのエンターテイメント作品。
華やかな京都の花街を舞台に、独特なお茶屋の世界に飛び込んだ少女が舞妓に成長していくという物語……
これはオーディションは大変だったんじゃないですか?」

上白石「そうですね。このオーディションは半年以上かけて……ミュージカルって、もともと私が大好きなジャンルでしたし、その愛だけを持ってオーディションに行こうという感じでしたね」

川田「オーディションではどういう自己アピールをされたんですか?」

上白石「私は最初のオーディションから歌を歌いましたね。最初のオーディションって何も課題がなくて、”自分が好きなことをやってください”というオーディションだったんですけど。そこから歌とダンスをやっていって」

川田「はい」

上白石「審査が進むにつれて、歌の課題が出されたりとか、歌とダンスのレッスンがあったりしたんですけど。
そういう意味ではテンションみたいなものは一貫していたと思いました」

川田「ここを第2のターニングポイントに挙げたのはどういう理由ですか?」

上白石「この映画をきっかけに、日本舞踊とか歌とかダンスとか方言とか、本当にたくさんのものを学んで。
撮影現場に行っても尊敬する大先輩ばかりで、毎日が刺激の連続でした。改めて、”お芝居や、歌や踊りって、こんなに楽しくてこんなに伝えられるものなんだ”と、感じた時だからですかね」

川田「監督や共演者の方にかけられた言葉で印象的な言葉はありますか?」

上白石「映画が公開された日に、富司純子さんから『女優さんは、常に真っ白でいることが大切なんですよ。作品に入るたびに、作品や監督の色に染まっていきなさい。
その作品が終わったら、もう一回お洗濯をして、真っ白な自分に戻りなさい』という言葉をいただいたんですよ」

川田「富司さんからの言葉は重みがありますね」

上白石「その言葉通りのお姿を背中で見せてくださっていたので、私はずっとこういう女優さん像を目指していきたいと思いますし、今でも、私にとって富司さんは大きな大きな存在ですね」

●幸せ以外の何者でもない


川田「ニューアルバム『and…』を聴かせていただいたんですけど、歌声で様々な景色を想像させてもらえる、いろんなものが詰まったアルバムだと思いました。
出来上がった時はどういうお気持ちでしたか?」

上白石「幸せ以外の何者でもなかったですね。今まで一緒にお仕事させていただいていたアーティストさんたちに楽曲提供していただいたアルバムなんですけど。
秦基博さん、仲良しの藤原さくらちゃん、HYのドラムの名嘉俊さん、andropの内澤崇仁さん、すごいアーティストの方々で…”ドッキリじゃないですよね?”って思うくらい嬉しくて、”こんなことが起こるんだな、人生って素晴らしいな”って思いました(笑)」

川田1曲目は、秦基博さん作詞作曲の『告白』。秦さんからは、最初どうやって曲を聴かせてもらったんですか?」

上白石「秦さんが歌ったものを送ってくださったんです、私しか持ってません(笑)」

川田「それはすごいですね(笑)。秦さんは、萌音さんのために書いてるわけですからね」

上白石「そこまでの思考に落とし込むまでに、すごく時間がかかりましたね」

川田「どういうことに気をつけて歌われましたか?」

上白石「大好きな秦さんの世界観にどっぷり浸かって、曲の世界観の中でひたすらに心を込めて歌いましたね。愛を込めました(笑)」

川田「『Sunny』『きみに』『String』の3曲作詞をされていますね。ここには、どういう思いを込めましたか?」

上白石「普段、言葉で言うには照れ臭かったり、言葉にできない複雑な思いとか…歌だったら伝えられるかもしれないと、飾らずに自分の気持ちをストレートに書きました」


null



>>来週は、女子競泳で、ロンドン、そしてリオと2度のオリンピック出場を果たし、現在はタレントとしても活躍されている松本弥生さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

*
*

2017.08.06

「人があったかくて、常に音楽に溢れてる国なんですよ」:女優・上白石萌音さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週は、女優の上白石萌音さんをお迎えしました。

上白石萌音さんは、16歳の時、映画『舞妓はレディ』で初主演を務め
昨年は、映画『君の名は。』『ちはやふる』『溺れるナイフ』など、話題作に次々出演しています。
また、先月、初のオリジナルアルバム『and…』をリリースされました。

女優、声優、歌手としてご活躍中の上白石萌音さんの人生に起こったターニングポイントについて伺いました。


●活発だった子ども時代


川田「上白石萌音さん、ご出身は鹿児島なんですね。
今回リリースされた『and…』のプロモーションで鹿児島にも行かれてますけど、いかがでしたか?」

上白石1泊しか泊まれなかったんですけど、実家に泊まったりしてリフレッシュされましたね(笑)」

川田「子供の頃はどういったお子さんでしたか?」

上白石「めちゃくちゃ手のかかる子だと言われました(笑)」

川田「想像できないですね(笑)」

上白石「落ち着きがないし、人見知りだし、寝ないし、座らないし…(笑)」

川田「けっこう活発ではあったんですかね?」

上白石「そうなんですよ。幼なじみが全員男の子だったんですよね。
遊び方が木に登ったり、岩によじ登ったり、虫をとったりしてて、毎日泥だらけ、傷だらけで家に帰ってて(笑)」

川田「歌とか音楽はどうでしたか?」

上白石「それも大好きで、2歳くらいから歌い始めてたみたいで。
言葉を話し始めるのと同時くらいから、いろんな童謡を周りの大人に習ったりとかして、四六時中歌ってたって言ってました」

川田「小学校の3年生から5年生までメキシコにいらっしゃったんですよね?メキシコの暮らしってどうでしたか?」

上白石「いま思えば、治安も悪かったりして危険だったのかなと思うんですけど。まったくそういう意識はなくて、制限はありましたけど
すごく明るい国なんですね。人があったかくて、常に音楽に溢れてる国なんですよ」

川田「そうですね」

上白石「『マリアッチ』と言って、大きい帽子をかぶったヒゲが生えたおじさん達がギターとか持って、ご飯とか食べているとやってきて。
1曲、何か歌いましょうか?』と言ってくれたりとか、夜は若者達が音楽で踊ってたりとかして。
そういうところで日本の歌を歌うと喜ばれたりもして、”音楽って世界共通なんだな”と、思うきっかけになったのはメキシコに住んでた時ですね」


●人生のターニングポイント



川田「上白石萌音さんの第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

上白石13歳になるちょっと前なんですけど、『東宝シンデレラ』という事務所のオーディションを受けた時です」

川田「受けようと思ったのはどうしてなんですか?」

上白石「鹿児島にいるときにミュージカルを習っていたんですけど。そこの先生が勧めてくださったんですね。
田舎出身で、”受かるわけがない”と思って、軽い気持ちで応募してみたんですけど。もともと、歌うことやお芝居が大好きだったので、オーディションを受けていく中で熱が生まれていった感じでした」

川田「どういうオーディションなんですか?」

上白石「最初が書類で、そのあと鹿児島で一次審査があって。次に福岡に呼ばれて、台本みたいなものを読んだり、『自己PRしてみてください』と言われたり。最後は東京で合宿審査ですね」

川田「どれくらいの期間ですか?」

上白石「3日間くらいだったと思いますね。レッスンとか受けて、その様子もずっと見られていて。夜にバーベキューとかもしたんですけど、その様子もずっと見られていて(笑)。
すごく楽しくて、合宿が終わったら最後発表の日になって…そこで、審査員特別賞をいただきました。
だから、すごく長い道のりでしたね。オーディションの過程の中だけでもいろんな経験をして、私自身も変われたと思いますし。受かったとしても、受からなかったとしても、人生にとって大きなターニングポイントだったんだろうなって思いますね」


null



>>来週も引き続き、上白石萌音さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
*

感想・メッセージのご応募はこちら

Message

ご応募はこちら

AIR TIME

AIR-G'(FM北海道)
(日)07:00〜07:25
エフエム青森
(土)12:30〜12:55
エフエム岩手
(土)12:00〜12:25
Date FM(エフエム仙台)
(土)12:30〜12:55
エフエム秋田
(土)12:00〜12:25
エフエム山形
(土)08:30〜08:55
ふくしまFM
(日)09:30〜09:55
FMぐんま
(日)07:00〜07:25
TOKYO FM
(土)12:30〜12:55
RADIO BERRY
(土)12:30〜12:55
FM-NIIGATA
(土)08:00〜08:25
FM長野
(土)12:30〜12:55
K-mix
(土)08:30〜08:55
FMとやま
(土)08:00〜08:25
エフエム石川
(土)09:00〜09:25
FM福井
(土)12:30〜12:55
@FM(FM AICHI)
(日)08:00〜08:25
FM GIFU
(土)12:30〜12:55
FM三重
(土)11:30〜11:55
FM滋賀
(土)09:30〜09:55
FM OH!
(日)07:30〜07:55
Kiss FM KOBE
(土)09:00〜09:25
エフエム山陰
(土)09:30〜09:55
FM岡山
(土)11:00〜11:25
広島FM
(土)09:30〜09:55
エフエム山口
(土)11:30〜11:55
FM香川
(土)12:00〜12:25
FM愛媛
(土)07:30〜07:55
FM−TOKUSHIMA
(土)12:30〜12:55
エフエム高知
(土)09:00〜09:25
FM FUKUOKA
(土)08:00〜08:25
エフエム佐賀
(土)09:00〜09:25
エフエム長崎
(土)09:30〜09:55
エフエム熊本
(日)08:30〜08:55
エフエム大分
(土)12:30〜12:55
エフエム宮崎
(土)12:30〜12:55
エフエム鹿児島
(土)09:00〜09:25
FM沖縄
(土)08:30〜08:55

page top