Orico presents FIELD OF DREAMSOricoFIELD OF DREAMS

この番組では、「夢に向かって頑張っている人を応援する」をコンセプトに、夢をかなえ活躍する方々をゲストに迎え、そこに向かうまでのプロセスや、努力、苦労、そしてかなえたときの喜びを深く掘り下げていきます。

パーソナリティ 川田裕美プロフィール


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2017.12.31

「自分でも、『どうなるんですかね?』でいたい感じですね」:H ZETT Mさん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

先週に引き続き、ピアニストでエンターテイナー、音楽家のH ZETT Mさんをゲストにお迎えしました。

H ZETT Mさんの第1の人生のターニングポイントは、2012年1月。
ピアノだけのソロアルバム「未来の音楽」をリリースした頃でした。

幼い頃からピアノを習い、バンド活動をはじめ
さまざまな経験を経て、”またピアノに戻ってきたという感覚があった”ということでした。

そんなH ZETT Mさんの人生に起こる第2のターニングポイントを伺いました。


●トリオ誕生


川田「H ZETT Mさんの第2の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

H ZETT M「2012年、とある場所でクリスマスソングを弾くイベントがあって。
そこにH ZETT NIREさんにベース、H ZETT KOUさんにドラムを演奏してもらった時です」

川田「ここがトリオの誕生ということになるわけですか?」

H ZETT M「ここがトリオの誕生でしたね」

川田「この時に3人で初めて演奏したんですか?」

H ZETT M「そうですね。この時に初めて3人で、しかもジャズっぽいことをやったというのが初めですね」

川田「音を合わせたときはどうでしたか?」

H ZETT M「素直に楽しかったですね、”あ、いいな”という感じで。
曲を弾いてて、僕が予定にないことをやったんですよ。そしたら2人もそれに反応して付いてきたというか、それで曲が展開したので”これはいけるな”と思いました」

川田「その後の展開はどう変わっていったんですか?」

H ZETT M「このあと、『★ ★ ★(三ツ星)』というアルバムを出しましたね」

川田「アルバムの制作ではお2人もアイデアを出されているんですか?」

H ZETT M「そうですね」

川田「3人の中では、元になる部分を作られるのはH ZETT Mさんですよね。
思うようにいかない時もあると思うんですけど、そういうときは怒ったりするんですか?」

H ZETT M「怒ったことはないですね、あまり険悪な雰囲気になったこともないです。文句とかじゃなく、思ったことは言うことにしています」

川田「3人ともそうですか?」

H ZETT M「3人ともそうですね、ベースのNIREさんと、ドラムのKOUさんは、1つのお弁当を2人で分け合って食べるくらいですから(笑)」

川田「それは仲良すぎますね(笑)」

●東京オリンピック


川田「2018年はどういったご予定ですか?」

H ZETT M「春にH ZETTRIOのニューアルバムが出ますね」

川田「もう決まっているんですね」

H ZETT M「決まっているんですかね〜(笑)」

川田「どういったアルバムにしたいですか?」

H ZETT M「これはどうなるんですかね〜?自分でも、『どうなるんですかね?』でいたい感じですね(笑)」

川田「その場その場で新たにできあがる曲もあったりするわけですもんね。
自分でも予想がつかないような、そんなアルバムを期待しています」

H ZETT M「ありがとうございます」

川田「今後H ZETT Mさん、H ZETTRIOとして、どういった活動をされていきたいですか?」

H ZETT M「オリンピックが気になりますね、スポーツはすごいですね」

川田「東京オリンピックも、何かしら関わることがあるかもしれないんですよね」

H ZETT M「そしたらすごいですよね」

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>>来週は、カヌー選手の羽根田卓也さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2017.12.24

「やめたいと思ったこともあまりなかったですね」:H ZETT Mさん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、青い鼻がトレードマーク!
ピアニストでエンターテイナー、音楽家のH ZETT Mさんです。

ソロ活動だけでなく、ピアノトリオH ZETTRIOとしてもご活躍しており
現在も「What's Next 17/18」のライブツアー中のH ZETT Mさんです。

そんなH ZETT Mさんの人生に起こるターニングポイントについて伺いました。


●小さな頃から


川田「小さい頃からピアノを弾いていらっしゃると思うのですが、弾き始めたのは何歳くらいなんですか?」

H ZETT M「4歳くらいからですね。うちにオルガンが置いてありましてそれを弾いてたみたいで」

川田「習いにも行ってたんですか?」

H ZETT M「習いに行きましたね」

川田「ご自身はどうだったんですか?小さい頃って、スポーツやりたいっていう子も多いと思うんですけど」

H ZETT M「野球とか、遊びで公園でやったりはしてましたけど。学校終わって野球して、帰ってピアノ弾くっていう感じですね」

川田「どっちもお好きだったんですね」

H ZETT M「どっちも好きですね、ピアノの方は習慣で続いていたという感じですね」

川田「無理やりやらされている、という感じではなかったんですね」

H ZETT M「そうですね、やめたいと思ったこともあまりなかったですね」

川田「作曲はいつぐらいから始めているんですか?」

H ZETT M「6、7歳くらいですかね。本当に最初は、でっかい丸を書くとかだったんですけど(笑)。
五線紙の上に、丸をゴンゴンゴンゴン!と書くと(笑)」

川田「絵を描いて遊んでるみたいな感覚なんですかね」

H ZETT M「そうですね。それがだんだん丸が小さくなってきて、収まるようになってきて、音として認識されて弾いて曲になるみたいな」

川田「意外なスタートなのビックリしました。それが、今こんなすごい曲をたくさん作る方になるとは、周りは思っていなかったでしょうね。
周りからはどう見られていたんですか?」

H ZETT M「ピアノも、あまり上手いと思われてもいなかったんじゃないでしょうかね(笑)」

●ピアノ一台で


川田「H ZETT Mさんの第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

H ZETT M「ピアノだけのソロアルバム『未来の音楽』というアルバムが2012年1月に出たんですけど、その頃をターニングポイントとしていますね」

川田「この頃をターニングポイントに挙げるのには、どういった理由が大きくありますか?」

H ZETT M「このアルバムの直前に、201112月に、ピアノ一台のライブをやりまして。
ピアノを習い始めて、バンド活動をして、いろんな人とセッションしたりして、またピアノ一台に戻ってきたなという…」

川田「高校、大学時代はバンドをやっていたんですか?」

H ZETT M「高校から始めましたね。フュージョンというか、変わったやつをやっていました。
編成が複雑で、1クラス40人いたとしたら、男の子が5人とかなんですよ」

川田「あと、みんな女の子ですか!」

H ZETT M「そうです。僕の年代は男の子2人しかいなくて、40人が4クラスの160分の2しか男がいなくて」

川田「うわ〜(笑)」

H ZETT M「そうすると、上の学年の男の子と仲良くなりましてその子たちとバンドを組むという。
ギターとかいないんですよ、フルート、サックス、トロンボーン、僕がキーボードを弾く。
違う学校から、ギターとかドラムとか、知り合いを入れてやるんです。だから、ロックとかにならなかったんですね」

川田「”もう弾きたくないな”とか、”弾きたいけど弾けない”って、なったりしたことはありますか?」

H ZETT M「”弾きたくないな”という意識は出したことないですね。そうなる前に違うことをしてたり、ゲームに走ってたりとか。
小学生くらいの時に、突き指して、小指がこんなになった状態(小指が外側に向いてる状態)で発表会したことありますよ(笑)」

川田「え〜!そんなに外向いた状態でですか?いまも、相当外側に向いてますけど、そんなにいかないですよ(笑)」

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>>来週も引き続き、H ZETT Mさんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!

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2017.12.17

「好きなものって、一回見たり、聞いたりしただけですっと入ってくるので」:関根麻里さん
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き、タレントの関根麻里さんです。

関根麻里さんの第1の人生のターニングポイントは2003年、
高校卒業後、アメリカのボストンにある大学に留学された時でした。

今週は関根麻里さんの人生に起こる第2のターニングポイントを伺いました。


●出産を経て


川田「関根麻里さんの第2の人生のターニングポイントは、いつのことですか?」

関根「2015年 31歳、出産した時です。覚悟はしてたつもりでも、”こんなに大変なんだ!”って思いましたし。
生命の誕生、人間の体の神秘ってすごいな、お腹ってこんなに大きくなるんだ!って、不思議でしたね」

川田「初めて娘さんを見た時はどうでしたか?」

関根「思ったより大きいと思いました(笑)。”人だ!命だ〜”っていう感じで、やっと会えたっていう気持ちでした」

川田「お父さんの関根勤さんはどうでしたか?」

関根「すごく楽しみにしてくれてましたね」

川田「娘さんの物をいろいろ買ってきてたりしてました?」

関根「今が大変ですね、制御してるんですよ。孫を喜ばせたいから断れない、イエスマンなんですよ(笑)。
そういう甘えられる人も必要だと思うんですけど、その加減ですよね(笑)」

川田「その分、お母さんはビシッと言うことを言わないといけなくなりますね。
娘さんが生まれて、ご自身でここが変わったなと思うところはありますか?」

関根「何でも頑張れるようになりましたね、『辛い』なんて言ってられないですよね。
新生児の頃はお世話をしないといけないわけですから。朝の番組やっていた時に、”眠いな、しんどいな”っていう時はありましたけど、自分が体調崩してしまうと子供のお世話もできないので」

川田「そうですよね」

関根「自分の体のことも気にしながら、おっぱいの時間も、眠くても起きられるんですよね、切り替えがもっとできます。
あと、お手本としてちゃんとしなきゃなって(笑)。今まではりんごとか丸かじりしてたんですけど(笑)」

川田「娘さんの前でやると真似しちゃいますよね(笑)」

関根「すごいなって思うのが、食事をしていて、父とかうちの夫は『うまい!』って言うんですよ。
あるとき、うちの娘がご飯食べてて『美味しい?』って聞いたら『パパとドゥードゥ(関根勤)、うまい〜』、『ママとばあば、おいし〜』って言ったんですよ」

川田「すごいですね」

関根「『じゃあ、あなたは?』って言ったら、『わたしは、うめ〜〜〜〜!』って言ったんですよ(笑)」

川田「オリジナルを作ってきましたね(笑)」

関根「そのあとはちゃんと、『わたし、おいしい』って言ってるので。ちゃんと見たり、聞いたりしてるんだって、”言葉使い気をつけないとな”って思いました(笑)」

●家庭と仕事の両立


川田「2016年から仕事に復帰されていますが、家庭と仕事の両立は大変だと思いますけど、どういう風に工夫されていますか?」

関根「世の中のお母さんたちって本当にすごいなって、改めて尊敬しますね。私は私なりにできる範囲でそれぞれをやっていこうと思って」

川田「娘さんとの時間も大事にしつつ、できる範囲でお仕事を、という感じですか」

関根「そうですね。いただけるお仕事は本当にありがたいので、ひとつひとつ出来ていったら嬉しいなと思いますね」

川田「雑誌『レタスクラブ』12月号から新たに連載をされていますよね、『関根麻里の気持ちが伝わるSNOOPYワンフレーズ』これはどういった内容になっていますか?」

関根「『PEANUTS』というスヌーピーの漫画があって、すごく哲学的なものもあったり、笑えるのもあったり、いろいろなエピソードがあるんですよ。
コミックの原文があって、それの訳もあるんですけど。その中でフレーズを毎月ひとつ取り上げて、日常でも使いやすいように解説したり、という連載なんですけど」

川田「昔に比べたら、”子供に英語を喋らせてあげたい”と思っている親御さんも多いと思うんですけど。家庭で英語に親しむ、どういうポイントがありますか?」

関根「とにかく楽しく、好きであるということが一番だと思うので。
私も”いつからそうやって英語を覚えられるんだろう?”と、迷いながら、悩みながら考えているところなんですけど。
人それぞれに合うやり方もあると思うので、一番いいのは好きだからやるという」

川田「なるほど」

関根「私も思い返してみると、子供の頃に英語を初めて、周りの友達と遊びたい、コミュニケーションとりたい、というところから英語を学んだので。
『一緒に遊ぼう』とか、『トイレに行きたいです』とか、必要な英語から学んでいったと思うんですよね」

川田「はい」

関根「大人もそうだと思うんですよね、好きなものって、一回見たり、聞いたりしただけですっと入ってくるので。
歌だったり、映像だったり、アニメとか色々あるので、そういうので楽しめたりすると、好きなものから入っていくとすぐ覚えると思うんですよね」

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>>来週は、H ZETT Mさんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
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2017.12.10

「初めて親元を離れて生活したので、ここでの刺激がすごかったですね」:関根麻里
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、知的で天真爛漫!
お父さん世代の理想の娘、そんな印象の関根麻里さんです。

関根麻里さんは、2006年 タレント活動を本格的にスタート。
お父さん、関根勤さん譲りの明るいキャラクターで幅広い世代から支持を集め、
朝の情報番組で総合司会も務めていらっしゃいました。
そして、2014年に結婚、出産で一時休養をされて、2016年に仕事復帰をされました。

そんな関根麻里さんの、人生のターニングポイントについて伺いました。


●楽しいことが好き


川田「麻里さんは、小さい頃から人を笑わせるのは好きだったんですか?」

関根「子供の頃から父と一緒にふざけて遊んでいたので、楽しいことは好きでしたね。
お風呂入る前も、父と一緒にケツケツダンスっていうダンスを踊っていて(笑)」

川田「なんですかそれは?(笑)」

関根「私が4歳くらいだと思うんですけど、洋服脱いで”お風呂に入ろう!”となると、父のお尻の位置が私の顔の位置なんですよ。
すると、父がお尻を振りながら裸でクネクネ踊りだすんですよ。私が父のお尻を太鼓に見立てて、歌いながら叩いて踊るんですよ(笑)」

川田「なんて楽しい時間(笑)」

関根「ある程度やると、そこに母が来て『もういい加減にしなさい、そろそろお風呂に入りなさい』と、そこでビシッと締める人がいるんですよね。
じゃないと、私と父は延々とふざけてしまうので(笑)」

川田「はいはい(笑)」

関根「母がすごいと思うのは、一度、一通りやらせてくれるんですよ。気の済むまでやらせてくれてから、『お風呂に入りなさい』と(笑)」

川田「小さい頃から、お父さんみたいにみんなを笑わせる仕事に就きたいと思っていたことは?」

関根「全然ないですね、この仕事は大学に行ってから決めたので。もちろん父の仕事をしている姿は見ていたので、”楽しそうだな”とか、そういう風には見ていたと思うんですけど。小さい頃ははっきりとは決めていなかったと思います」

●ルームメイトに学んだこと


川田「関根麻里さんの第1の人生のターニングポイントはいつのことですか?」

関根「2003年 19歳の頃。アメリカのボストンにある大学へ留学した時ですね」

川田「インターナショナルスクールには小さい頃から通っていたんですか?」

関根「はい、幼稚園の頃からインターナショナルスクールに通っていまして、授業も英語で行ってきたんです。
高校卒業する時に、大学どうしようかな?と考えた時に、入学のタイミングもインターナショナルスクールって9月なんですよね」

川田「なるほど」

関根「いろいろな大学を見て、その中で決めたんですけど。初めて親元を離れて生活したので、ここでの刺激がすごかったですね」

川田「初めてのことだらけですもんね」

関根「初めは寮に住んでいたんですけど。寮のルームメイトがブラジル人の女の子で、とっても明るいラテン系のオープンな子だったんですよ。
常に部屋のドアが開けっぱなしになっていて、”誰でもウェルカム!”みたいな感じで(笑)」

川田「そういう空気なんですか(笑)」

関根「私たちの部屋がみんなの集まる場所になっていたので、授業行って部屋に戻ると
『ただいま!はじめまして、ルームメイトの麻里です』っていう状態なんですよ」

川田「ええ〜〜(笑)」

関根「必ず知らない人がいて、私は一人っ子だったので、一人の時間に慣れていたので最初は戸惑ってしまって(笑)。
そこで、”考え方を変えればいいんだ”と思って、自分の部屋が一人になる部屋じゃなくて、一人になりたかったら、どこかに行けばいいんだと思って。
図書館に行くなり、公園に行くなり、そこに行けば自分の時間が作れるので。”ここはみんなで楽しく過ごす場所”と思って」

川田「はいはい」

関根「そうするとストレスもなくなって、むしろ友達がたくさんできたのでルームメイトに感謝ですね。
そこに行かなかったら身に付かなかった術なのかなっていうのはありましたね。
ルームメイトはティナちゃんと言うんですけど。ティナのおかげで、どんな場所でも快適な空間を作る術っていうのを、自分で生み出すっていうことを教えてもらったというか、生き方を教えてもらったという感じですね」

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>>来週も引き続き、関根麻里さんをお迎えしてお話を伺っていきます。
お楽しみに!
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2017.12.03

「自分が思ってる以上に表現をすることが好きなのかなと思います」:知念里奈
『Orico presents FIELD OF DREAMS』では、夢を叶えた方、今まさに夢に向かって突き進んでいる方をゲストに迎え、その人生のターニングポイントに迫っていきます!

今週のゲストは、先週に引き続き
歌手、ミュージカル女優として活躍中の知念里奈さんです。

知念里奈さんの第1の人生のターニングポイントは、1992年、小学6年生の頃
学校の先生に勧められて映画のオーディションを受けた時でした。
その経験から、歌やお芝居に興味を持つようになり、今へと繋がっているそうです。

今週は、そんな知念里奈さんの人生に起こる第2のターニングポイントを伺いました。


●ミュージカルの舞台へ


川田「知念さんの第2のターニングポイントはいつのことですか?」

知念「2001年 20歳頃。初めてミュージカルに出演した時です」

川田「どのような作品だったんですか?」

知念「『ジキル&ハイド』と言って、鹿賀丈史さんが主演で、マルシアさんが相手役をされていたミュージカルなんですけど。素敵な大作ですね」

川田「これが初めてのミュージカル出演ですよね。オーディションで受かったんですか?」

知念「これは、お声をかけていただいたのがきっかけだったんですね。
ミュージカル自体は知っていたし見ていたんですけど、”こんなに大変なことをするんだ”というのがわからず入っちゃったみたいなところはありますね」

川田「これをターニングポイントに挙げられるということは、いろんなことがあったんですよね?」

知念「そうですね。いま、ミュージカル作品に出させてもらっていることの、初めの一歩だったので忘れられない作品になっているんですけど。
歌謡界から急にミュージカル界に入ったので、”裏声ってなんだ?”みたいなところからスタートして、私が演じた役がソプラノが必要な役だったので本当にできなくて」

川田「私たちからしたら、ハイトーンボイスが出る知念さんだったら、裏声とかもそのままスライドしてできるんじゃないかと思っちゃうんですけど」

知念「発声から全然違うので、習ったことのない方法を教えてもらって、誰よりも早く行って終わってからも稽古してもらって。
休憩中にお手洗いに行って泣いて、泣き終わったら戻って頑張るみたいな、振り返ると過酷な(笑)」

川田「鹿賀丈史さんや、マルシアさんから言われる言葉もあるんですか?」

知念「マルシアさんはご飯に連れて行ってくれて、いろいろ聞いてくれたり。
鹿賀さんはすごく大きな人なので、『どんな風にしたっていいよ』と言ってくださったんですけど、とは言ってもお稽古中も苦しかったんですけど。
本番あけてみたらミュージカルファンの方が客席にいて、私は違う畑から来て鹿賀さんの婚約者の役をやっているけど、”なんで君がいるんだよ?”みたいな、”みんな、私のこと出てくるなと思ってるんだ”って思いながら、それでもやらなきゃいけないし、ドキドキしながら毎日やって」

川田「そうだったんですね」

知念「やりながら、少しずつ観に来てくれたお客さんにお手紙をもらって、ちょっとずつ反応が見られて、頑張ってやってれば手応えは感じるし、そういうお声をいただけるのが励みで、終わる頃には”もっとやりたい!”という気持ちになっていましたね」

●表現をすることが好き


川田「ミュージカル俳優としての活動は、どういうところが魅力ですか?」

知念「舞台の魅力、それぞれ作品がありますから。作品の持つメッセージを、大きなカンパニーの1ピースに自分がなって、その役割を果たしてみんなが役割を果たす中で、お客様にひとつの作品を伝えるっていう共同作業なんですよね」

川田「なるほど」

知念「歌手だと1人で戦わないといけないけど、みんなと一緒に作っていくという、その過程も私の性には合っていたのかなと思います」

川田「『レ・ミゼラブル』でも、コゼット、エポニーヌ、ファンテーヌと、ヒロイン三役を経験された方は日本で唯一ということですが、最初演じられるときはいかがでしたか?」

知念「いろんな役をやらせてもらった中で、コゼットが一番難しい役だと思っていて。作品の中で、みんながコゼットのために動くんですよね。
おいしく見えちゃうというか、お客様からの共感を得られにくい役なので、そういう意味では難しくて」

川田「そうなんですね」

知念「そのあとに演じたエポニーヌは、まさにコゼットとは真逆の役で、今はファンテーヌというコゼットのお母さんの役をやっていますけど、それぞれに面白くて。
今でも、『もう一回、どれがやりたいですか?』と言われたら、コゼットをやりたいなっていうくらい、一番やりがいのある役だなと思います」

川田「知念さんのコゼットが印象強い方がいらっしゃったら、きっと別の役をやられたときに、複雑な感じがするというか……そういう感情をお客さんに与えないようにするには、どういう工夫をされるんですか?」

知念「そこはお衣裳さんとかの力をお借りして、コゼットもエポニーヌも役の持ってる精神が違うので、前の役を忘れて、その役にどっぷり浸かるしかないのかな」

川田「舞台に立ち続けられる原動力はどこにあるんですか?」

知念「表現をすることが楽しくて、ひとつの作品でもいろんな役をやるじゃないですか?
『これやってみない?』と言われて、譜面を見て歌ってみると、”なんでこの人、こんな風に歌うんだろう?”と、興味が湧くというか、”知りたい!知りたい!”というので、やりたくなっちゃうみたいな。
自分が思ってる以上に表現をすることが好きなのかなと思います」

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