先週・先々週と、世界遺産『古都・京都の文化財』のひとつ、京都下鴨神社の鎮守の森についてお届けしてきました。
そのラストとなる今日は、下鴨神社で21年ぶりに行われる「式年遷宮」のお話です。
おととし伊勢神宮では、20年に一度の式年遷宮が話題になりましたが、京都・下鴨神社では、ことし21年に一度の式年遷宮が行われます。
この下鴨神社の式年遷宮、歴史はとても古く、はじまったのは平安時代。西暦でいうと1036年からずっと続けられています。
下鴨神社の神職 京條寛樹さんにお話伺いました。


◆下鴨神社の式年遷宮
こちらが国宝の東西のご本殿です。お屋根を新しく葺きあげているんですが、檜皮葺(ひわだぶき)といいまして、ヒノキの皮をこのように重ねています。今回行われます平成27年4月27日の式年遷宮は、江戸時代までは伊勢神宮と同じように全ての建物を造り変えていたんですね。
ただ、今は国宝になっていて、全部重要文化財になってますので、建て替えができません。ですので、お屋根の葺替えだったり、金具の修理、漆の塗り替えとかそういったことを主にやっています。しかし神様がいる状態で、お屋根とかその周りの調度品とか、そういったものを修理したりすることできませんので、その少し後ろに仮の御殿を建てまして、そちらに神様にお移り頂いてます。お伊勢さんの場合ですと、隣に次のものを建てて移動して頂くんですが、当社の場合は仮の御殿を両脇に建ててそちらにお移り頂きます。
その間にご本殿を修理して、周りの調度品、ご信奉類を整え直しまして、4月27日にお戻り頂くと。それが式年遷宮のいわゆるメインの行事になります。



伊勢神宮の場合は、古いお社の隣に新しいお社を建てて、神様に引っ越していただいて、古いお社は取り壊されます。でも、下鴨神社の場合は昔からの神殿を「補修」するんですね。実は江戸時代までは、本殿を完全に建て替えていたのですが、明治以降は貴重な文化財を壊すわけにいかないということで、「補修」になったと言います
そして、伊勢神宮の場合、式年遷宮といえば20年に一度ですが、下鴨神社はなぜ、「21年」というちょっと中途半端な期間で行われるのでしょうか。

◆「21年」の意味
平安時代なんかの記録を見ますと、20年毎と書いていたりするんですが、遷宮が終わった次の年から20年目にやっているんですね。ですので、今の数え方だと21年ということになります。
「20年」の根拠はお米ですね。昔はお米が税金でしたので、そのお米の保存の期限が20年と定まっていたんですね。それで20年毎にそれを消化していくっていう意味があるんじゃないかという説もありますし、古代においては天皇の住まいは必ず一代毎に全て造り替えていたんですね。そういったことに由来があるという人もいますけれども、いろいろな説があります。ただ神社神道、神祇信仰においては、お社は新しいものを尊ぶという思想が昔からあります。常若(とこわか)と言ったりしますけれども、同じものを常に新しく建て替えることによってその神様への敬意、感謝の気持ちを表していたんです。
我々自身の心も改めて原点に戻る、そういった気持ちに人間をさせるっていうのも、ひとつの式年遷宮の大事なことなのかもしれないですね。それは我々神職に限らず、人々の気持ちも原点に戻ってやっていこうという、そういったことの意味もあるんだろうと思います。



20年に一度ではなく21年に一度の理由。つまり満年齢と数え年の違いみたいなことなんですね。そして当時、お金と同じ価値があったお米の保存期間が20年。これを消化するため、国家的大事業として式年遷宮が行われたということなんです。ほかにも20年は、宮大工が一人前になるのにかかる年数だからという説もあります。
とにかく下鴨神社の式年遷宮は、何年も前から準備が進んでいます。例えば、下鴨神社のお社の屋根ひとつとっても、本当に長い年月をかけているんです。

◆10年かけて修理していく
屋根材はヒノキの皮、檜皮という皮です。樹齢100年近く経たないとこの檜皮を取れないそうなんです。荒皮といって、一旦ヒノキの皮を剥いで、7、8年経ってまた皮が生えてくる、その皮を使って葺くそうです。最初に取った皮ではだめなんだそうですね。
今回の式年遷宮は平成18年から始めてます。この境内には、ご本殿以外にも50棟近く建物がありますので、そのほとんどが檜皮葺です。その檜皮葺であるが故に、一気に行うことができないので、10年ぐらいのスパンで徐々に修理をしていくということをやっています。


そして、下鴨神社で森作りを担当している神職の京條寛樹さんは、森づくりと、式年遷宮の間には共通点があると話します。


◆お社を守ることと森を守ること
糺(ただす)の森を守るという活動と式年遷宮は同じ考え方でやっているなという風に感じます。森は何千年という間、そこにあるのかもしれませんが、樹齢何千年の木ってないんですよね。ですけれども、数千年前と同じ形をした森が今残ってる。それと同じで、式年遷宮も、建物を新しく造り変えたり、修理をして現代に残している。そういったことは神社の考え方として、この森が残ったという意味もそこに繋がっていくのかもしれないという風に思っています。
4月29日から一週間、「一番祈祷」といいまして、ご本殿の前までお参りして頂けるという伝統のお参りの行事があります。ここは普段は入れない場所で、21年に一度だけ入ることができます。



3回にわたってお届けしてきた、下鴨神社 糺の森のお話し、いかがだったでしょうか。これからは新緑の季節ですし、ぜひこの機会に訪れてみてはいかがでしょうか。

今回お届けしたお話しはポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!


【今週の番組内でのオンエア曲】
・運命の人 / スピッツ
・桜の木の下で / つじあやの
今週も引き続き、京都下鴨神社の森づくりのお話です。

糺(ただす)の森と呼ばれる下鴨神社の鎮守の森が、かつて相次いだ水害や、人の手による開発を経て、いまも形をとどめているのは、実は京都の人々が森を守ろうと様々な取り組みを続けて来たからなんです。
下鴨神社の鎮守の森「糺の森」は、京都に都ができる前の原生林の面影を今に伝える森として知られていますが、立ち並ぶ大きな木の中には、近年、人の手で植えられたものも多いと言います。
実はこれが、京都の人々がこの森を守ろうとした証拠なんです。そして京都の人々による、森を守り育てる活動は今も続いています。
下鴨神社で神職を務めながら、森づくりに取り組む京條寛樹さんに伺いました。

◆糺の森を守る活動
昭和9年に室戸台風があって、10年に大洪水が京都であったんですね。その室戸台風のときは本当にたくさんの神社仏閣、文化財が壊れてしまいました。この糺の森も甚大な被害を受け、数千本あった大木が97本になってしまったそうです。
そのあと市民の方が植樹をして、特にクスノキをたくさん植えました。クスノキはすぐに大きくなりますし、明治神宮もクスノキが多いのですが、そのときの政府などの考え方もあったと思います。しかし、クスノキをたくさん植えたので、本来の森の樹種が損なわれてしまったということもありました。
そこにきれいな樹冠を形成している木がありますが、これはニレ科の樹木で、ケヤキやエノキ、ムクノキという種類ですが、これが昔から糺の森にあった木だそうで、それを残していったり、新しい後継樹を植えたりという活動をしています。


下鴨神社には、本当に立派なクスノキがたくさんあります。一方、ニレ科の エノキ、ケヤキ、ムクノキなどは糺の森のいろんなところで苗木から育てられています。
下鴨神社に行く機会にはぜひ探してほしいのですが、森の中にヒモで四角く区切った場所がたくさんあって、そこに小さな木が数本生えているのが分かるはず。これが、次の世代、その次の世代の「糺の森」の子どもたちなんです。


◆糺の森 市民植樹祭
4月29日 昭和の日に、糺の森市民植樹祭を開催しています。もう20回以上開催しているのですが、京都の市民の方を中心に、本来森に生えている樹木を残そうという運動で、主にニレ科の樹木、ケヤキ、エノキ、ムクノキ、カツラ、カエデという樹種を植えています。寄せ植え法というそうなんですが、苗木を30本くらい植えて、1m50cm四方の区画に植え、そのなかで苗木同士が争って、いちばん強い木が残るという状況をつくっています。その区画の中で生き残った木がこの森のなかでずっと生きていける大きな木になると、そういった方法です。
この区画は15年くらい経っていると思うのですが、もういまは5本くらいしかないですよね。最終的には1本だけになります。木が大きくなるには、ある程度の広さが必要で、混み合っているとどうしても樹齢が短くなってしまいます。ニレ科の樹木はだいたい300年くらい生きれば天寿をまっとうしたといっています。
森や、神社をお守りするというのは、人間の人生のスパンでやっていくことではなくて、次の世代へ引き継いでいくものです。神社も千年以上の歴史がありますし、森もおそらく氷河期が終わってから数千年あったんじゃないですかね。そういう場所ですので、それを我々の次の世代に引き継いでいくという、それが大事な仕事だと思っています。


つまり、狭い土地にライバルがいっぱいいる中で、生き残ることができた「強い木」だけが、最後に選ばれる・・・次の世代に糺の森を残すための方法なんですね。
ちなみに、糺の森は落葉広葉樹が多いので、冬は葉っぱが落ちて日の光が落ちやすく、空も開けて明るいのが特徴です。これが、春になると、新芽の色がとってもキレイになります。そして徐々に緑が濃くなっていって、うっそうとした森になってくるんだそうです。
森を案内してくれた京條さんは、この緑が濃くなる直前、春から初夏の森が一番好きだと言います。そして初夏の緑がまぶしい時期になると、京都三大祭りの一つ、葵祭もそろそろです。

◆葵祭
葵というのは、双葉になって、春から初夏にかけてでてくる、水辺や山の斜面に生える草です。下鴨神社も含めて、全国の加茂神社のご神紋が双葉葵なんです。
下鴨神社には、上賀茂神社の神様のお母さんとおじいさんが祀られています。正式名称は賀茂御祖神社というのですが、そもそも当社のご祭神のお母様の神様が鴨川で赤い矢を拾われたんですね。そして、その矢を寝床において一晩寝たら子どもができたそうなんですが、その子どもが上賀茂神社の神様なんです。おじいさんからすると自分の娘が突然子どもを産んだので、だれが父親なんだということで、神様をたくさん集めて宴会をしたそうなんですね。それで子どもに杯を持たせて、自分の父親に杯を渡しなさいといったんです。すると、その子どもはおじいさんが集めた神様のなかにはいないといって、屋根を突き破って天に昇られて、戻ってこなくなってしまったんです。おじいさんとお母さんはとても嘆き悲しむんですが、ある夜、お母さんが自分の子どもの夢を見るんです。自分に会いたかったら、葵の葉と桂の枝を御社殿に飾ってお祭をしてほしい。そうしたら会いに行くよといったんだそうです。そうした加茂の神話がありまして、それを元に葵祭ができたといわれています。
ですので、5月15日の一連のお祭りには必ず御社殿に葵を飾って、お祭りに奉仕するすべての人が葵を身に付けるんです。



糺の森のお話し、いかがだったでしょうか。
今回は冬から春、そして夏の糺の森のお話を紹介しましたが、下鴨神社は秋の紅葉もキレイなんです。「京の残り福」というそうで、京都で一番紅葉が遅いのが糺の森なんだそうです。背の高い木が多いので、人の目線にある低い木がなかなか紅葉せず、嵐山など名所の紅葉が終わったころ、11月後半に紅葉するんです。

来週も引き続き下鴨神社の森のお話しです。
お楽しみに。


【今週の番組内でのオンエア曲】
・桜 / bird
・Orinoco Flow / Enya
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