今週はちょっと、背筋がひやっとする、「怖い話」をお届けします。
お話を伺ったのは『山怪 山人が語る不思議な話』という本の著者で、長年マタギを追いかけているカメラマン田中康弘さんです。

特に秋田のマタギの取材をライフワークとしていて、長年、秋田県の阿仁という土地へ通い続けています。

◆マタギを取材するようになったのは
 今は廃刊になってしまったのですが、ナイフの専門誌がありまして、その取材のときにマタギの人と知り合うきっかけがあったんです。それで、秋田県の阿仁というところに通うようになりました。3日前も行ってましたね。
 マタギの人に出会うまでは、「マタギ」っていう言葉は知ってましたが、具体的にはどういう人なのかということは知りませんでした。それで興味があったんで、阿仁へ取材に行ったんですよ。そうしたら、そのマタギの方が非常に面倒見のいい方で、私が頼むと、じゃあ一緒に山行こうと言って山へ一緒に連れて行ってくれる。キノコ採りから山菜採りから、らうさぎ狩り、熊撃ちとかね。そういうの全部連れて行ってもらって、それがとてもおもしろかったんです。
私は九州の出身なので、雪のある光景もそれまであまり見たことがありませんでした。それが山の中だと、深い場所は4mくらいあるわけです。そういう中で生活してる人たちと初めて出会って、それでもうおもしろくて、今に続いてきたというわけですね。


ひと呼んでマタギカメラマン・田中さん。
といっても、ご自身はマタギの生活を写真に収めるのが専門。日本各地で山の猟師を取材している田中さんによれば、各地で、猟の仕方・自然に対する考え方が違うそうで、そうした猟師の方々を客観的に見つめるために、あえて彼らの仕事をやってみる、というところまでは踏み込まないのだそうです。
そんな田中さんが、もう何十年も通い、マタギの方と交流しているのが秋田県・阿仁です。こちらは今も「マタギの里」と呼ばれ、その文化が残っています。

◆阿仁のマタギ
 阿仁は秋田県の内陸部で、北秋田って言われてるとこなんですね。山の周囲にマタギの集落がいくつか点在しているんです。歴史は古くて、かつては銅山があったので人の流れは多かったですね。文化も京都とかの文化がいっぱい入って来てるところです。
 阿仁は山の中で、ものすごい雪深いんだけど、閉ざされた空間ではないんです。マタギの人たちは、肉は自分たちで取って食べるにしても、例えば毛皮であるとか、熊の胆ですとた、色んな薬を作るわけです。その薬を近場で売ることができるので、マタギは昔から商売をやる人が多くて、行商をやって、外の世界に行って、新しい文化を持ってくるというような開けた人たちだと私は思います
自分たちで取りに行って、加工して、売るので、いまでいえば六次産業ですが、それを全部昔からやってたんですよ。ただ段々、薬事法ができたりとか、色んなことがあってそういうことができなくなって、今はもうほとんど行商をしてる人はいませんが、昔はすごい盛んでした。


現在、秋田県阿仁には、かつてのように、マタギを生業としている人はいません。今は、別に本業を持ちながら、マタギの知恵と技術を受け継いで、時おり山で猟をする・・・というのが現代の秋田のマタギだと言います。
そして、田中さんの本『山怪 山人が語る不思議な話』には、秋田のマタギ、そして各地の猟師たちが森・山の中で体験した、世にも奇妙なお話がたくさん集められているんです。

◆うみの日
 マタギの人が、「この間山にすごい蛇がいた。」って言うんです。どんな蛇ですかと聞くと、獣道になにかあって、最初土管があるんだと思ったそうなんです。山の中ですから、なんでこんなところに土管があるのかなと思って見てたら、それが動いたって言うんですよ。で、これは土管じゃなくて蛇だと。大きさはおそらく5m以上あるだろうという。
 これを最初聞いたときにはほら話だと思いました。いくらなんでも5mの蛇なんかいないと思ったんですけども、別の人に聞くと、「いや、いるよ!」って言う人もいるし、「そんなのはいない!」っていう人もいたんですよ。それが私は面白かった。いると言う人といないと言う人が明らかに同じ場所にいるのに不思議だなあと思いました。
 そこで、今度は阿仁以外の狩猟の現場に行ったときに「何か山で不思議なことありましたか?」と聞いたんです。そうしたら、鳥取の山に猟に仲間と行って、追い出された獲物を待って打つ場所を待ち場というんですが、そこに入った。そこは竹藪だったんですが、その中に入って猟が始まるのを待ってたわけですよ。そうしたら、いきなり周りの竹藪がものすごい音を立てて揺れ始めたんだそうです。台風が来たみたいな感じで、ガランガラン音がして、竹がものすごい揺れるんですって。
 最初は風が吹いたのかな?と思って見てたんだけど、その日は天気も良く、風も吹いてなかった。ところがそんな状態にいきなりなったから、これはおかしいと思って逃げ出したんだそうです。藪から逃げ出して、ちょっと行ったところで振り返るとシーンとしていて、揺れてもいない。で、あれ?と思って、なんか気のせいだったのかな?と思ってもういっぺんそこの待ち場に入ったらまた同じことがあった。
 これはまずいと思ってまた逃げ出して、それでもうその竹藪には入らなかったっていう話を聞いたんですよ。その日は地元でいう「うみの日」。何で山なのに海なのかわからないんですけども、その日は竹藪には入っちゃいけないって地元では言われてたんだそうです。
 だから何なんだそれ!と思って、ひょっとしたら全国どこにでも山に入る人たちっていうのはこういう経験してるんじゃないのかなと思ったんです。それで聞き出すと出てくるんですよね、これが
 やはりその地区で、たぬきがメインになるところがあったり、キツネがメインになるところがあったりと、差があるんですよね。でも差はあるんだけど、起こる現象はすごく似ていて、神隠し的なものが東北から四国でも同じようにあるんですよ。でもこれはおそらく日本の山の中、森が持っている力がどこにも共通してあって、そこで暮らしてきた人々の歴史の違いとか文化の違いで感じ方が違うのかなって思ったんですね。


今回はマタギカメラマン 田中康弘さんが語る、秋田のマタギから聞いた不思議な話しをお届けしましたがいかがっだったでしょうか。
来週も、マタギの方々が語った「怖い話」です。どうぞお楽しみに!


『山怪 山人が語る不思議な話』 田中康弘(山と溪谷社)

【今週の番組内でのオンエア曲】
・MUTOPIA / BIGMAMA
・Slow & Easy / 平井大
東北・宮城県東松島市で、完成が近づく東松島の「森の学校」のレポートを先週からお届けしています。
作家で環境活動家・CWニコルさんが代表をつとめる「アファンの森」と東松島市が取り組む『東松島 森の学校』。ここでは2年後の開校へ向け、森の整備が定期的に行われています。

今年の初夏にも森の手入れが行われ、地元の方・ボランティアの方が森の健康を維持するための「笹狩り」に汗を流しました。
そして仕事の後、森の学校のシンボル、TreeDragonというツリーハウスの元に集まって開かれたのが「Tree Dragon BAR」。森の中の、一夜限りのバーです。

みんなでたき火を囲み、お酒や美味しいごちそうを食べて語り合ったり、ニコルさんはほろ酔いで歌いだしたりしていました。地元のお母さんたちも、それぞれ自慢の手料理を持ち寄り、参加者に振る舞っていました。

ただ、このお母さんたち、そしてそのお子さんも多くは、あの震災と津波を経験しています。いまも、その時のショックは、心のどこかに影を落としているんです。

◆いまでも震災の影響は心に
 子どもは水に浸かることはなかったんですが、教室の窓から浸水してくるのをずっと見てたらしいですね。いまは高校一年生になりましたが、今でも震災の影響なのか、暗いところがだめですね。
 上に女の子2人いるんですけど、真ん中の子が当時高校生で、雨の音がしばらくだめだったって言ってました。津波が一晩中寄せて返してっていう、その音にすごく似てるって言って。雨になると布団に潜って寝れないんだそうです。
 今はもう平気になったかなと思ったんですけど、岩沼市の空港に就職してすぐに地震があって、お客さんを助けなきゃいけない役目だったんだけど、足がすくんで何もできなかったっていうのを聞いた時に、やっぱりまだまだなんだなって。
 私もその震災の時はちょうど川の近くを車で走っていて、流されてしまったんですね。なので、風が強くて川の水面が波立ってるのが今でもやっぱりだめですね。


ツリーハウスの中で、こう話して下さったのは槻木(つきのき)かずこさん。三人のお子さんと 元々 野蒜地区で暮らしていました。
震災後は内陸側の矢本へ転居。森の学校にお子さんが通うことは無いのですが、子どもたちの育った故郷のために、森の整備を手伝っているそうです。



森の学校に賛同する親御さんたちは、子どもたちと、故郷・野蒜の将来のために、学校作りに協力を続けています。もうひとり、山田真理さんのお話です。

◆「森の学校」で子どもも大人も何かが変わっていけば
野蒜小の体育館で津波に遭ったんですけど、自分は泳げないので、必死でしたね。子供も最初は自分の周りにいたんですが、津波が何度もくるのでどこにいるかもわからなくなってしまいました。上の子が小学6年生と2番目が小学3年生で、下が2年生でした。
上の子はギ体育館のギャラリーに上がってたので大丈夫だったのですが、2番目の子と3番目の子は濡れてしまいました。前から水泳を習わせていたのですが、習わせててよかったかなって思いました。
私は泳げなかったので、もう必死でした。水の中でもがき苦しむうちに、意識も遠のいていって、「あ、死ぬってこういうことなんだな」って一旦は思いました。でも次の瞬間、「いや、やっぱり死にたくない」と思って必死になったら力が湧いてきたんです。今ここで死にたくない、絶対子供たちを見捨てないって思う力がなんか働いて頑張った感じですかね。
4年経ったんですけど、まだやっぱり心のどこかで忘れられないというか、鮮明に覚えてるんでちょっとまだ辛いっていうのがありますね。
自分の子どもがこの森の学校には通わないのですが、この森はやっぱり故郷、野蒜の場所です。野蒜の小学校は失われましたが、この「森の学校」ができることによって、子どもだけじゃなくて大人の方たちとか地域の方とかも何か変わっていくんじゃないのかなって思います。


夜の森で、静かに聞こえる様々な音、焚き火のあかりの中、お母さんたちは自分の体験や思いを素直に話してくれました。森の中だからこそ、心静かに、こういう話しができるのかも知れません。
最後にCWニコルさんさんのお話です。

◆ここで育った子どもたちは日本のリーダーになる
この震災でみなさんがすごくトラウマを受けましたが、生きてる森、ひょっとしたら一日しか命がないカゲロウもいれば、何百年も生きるミズナラの木もある。そういう森に来たら少し癒しになると思ったんです。
東松島のみなさんは我々を家族にしてくれました。私は本当に幸せです。僕は死ぬまでここに来ます。僕が死んでからも、うちのスタッフや友人が来ます。ただ、あんまりうるさいから来るなって言われたら来ないかもしれないね(笑)だからあんまりうるさいなら言ってね!
自分はもうあと2カ月75歳ですが、ますます未来を信じます。たとえばここにいいヤマザクラがあります。町とみんなが納得してくれるなら、ここでヤマザクラを作りましょう。この池は本当珍しい蛙もいるからこの池も活かしましょうよ。
それでこの学校は間違いなく日本一の学校になります。トラウマを受け、苦労をした人は人の苦労がわかります。だから僕はここで育った子どもたちは日本のリーダーになるに違いない、そう思うんです。



このツリーハウスで行われた一夜限りのバーは、ニコルさんではなく地元のお母さん達が、「“私たちのツリーハウス”で、こういうことしたい」と声を上げ実現したものだそうです。自分たちでつくり、守る森だという思いが伝わってきますね。
夜の森、闇の中でぼんやりと焚き火の明かりに照らされるツリーハウス。そこで語り合う人たちは本当に素敵な雰囲気ですよね。
ニコルさんはツリーハウスで一人ウィスキーのグラスを傾け、ときおりイギリスの歌を口ずさんだりしていました。

今日お届けしたお話しはポッドキャストでも詳しくご紹介しています。
こちらもぜひお聞きください!

【今週の番組内でのオンエア曲】
・風は西から / 奥田民生
・やわらかくて きもちいい風 / 原田郁子
«Prev || 1 | 2 | 3 || Next»

パーソナリティ

高橋万里恵
高橋万里恵

あなたからのメッセージ・ご意見をお待ちしております

各放送局の放送時間

  • JFNヒューマンコンシャス募金は鎮守の森のプロジェクトを応援しています。

ポッドキャスト

  • ポッドキャスト RSS
  • ※iTunesなどのPodcastingアプリケーションにドラッグ&ドロップしてください。
  • 鎮守の森のプロジェクト
  • EARTH & HUMAN CONSCIOUS
  • LOVE&HOPE〜ヒューマン・ケア・プロジェクト〜
  • AIU保険会社

PAGE TOP