今週は、東京の自然散策のレポートです。
今月中旬、皇居のお堀のひとつ「千鳥ヶ淵」を中心とした水辺などの環境を、散策しながら知ることができるツアーが実施されました。
これは「千鳥ヶ淵 環境再生プラン 自然再生ガイダンスツアー」という企画で、環境省が進める千鳥ヶ淵の環境再生計画の一環として行われているもの。
桜の名所として知られる千鳥ヶ淵ですが、実は、この一体、桜だけでなく都心では珍しい貴重な自然も残されていて、これを保全する動きも続いています。
ということで、千鳥ヶ淵とその周辺の自然再生の取り組みをガイドの方とともに、散策しながら見て回るこのツアー。まずは案内役・プレック研究所のガイドの方による解説で、日本武道館の近く、北の丸公園からスタートしました。

◆牛ヶ淵、千鳥ヶ淵の稀少な動物
奥のほうが牛ヶ淵、左側の林の向こう側が千鳥ヶ淵になります。ご覧になった方もいらっしゃるかと思うんですが、牛ヶ淵では、蓮、ヒメガマなどの植物が見られると思いますし、動物もお堀の中ではいちばん豊富です。トンボや魚も色んな種類がいて、トンボにはベニイトトンボという絶滅危惧種も含めて10数種います。他にもジュズカケハゼという、やはり絶滅危惧種のほかに、牛ヶ淵ではヘイケボタルが見られます。これは遺伝子解析の結果、外部から持ち込まれたものではなく、少なくとも関東由来のものであろうということがわかっておりまして、非常に貴重なものだと思われます。


まずは、この北の丸公園と、それを取り囲む千鳥ヶ淵、牛ヶ淵というお堀の自然、生き物の解説がありました。
「北の丸公園」は江戸城 北の丸が由来です。明治以降は陸軍の練兵場でしたが、戦後に整備され、木が植えられました。昔から森だったわけではないんですね。また、徐々に樹木も増え、最近は鬱蒼とした森になりつつあるため、剪定して明るい森にすることも検討中とのこと。
ちなみに、千鳥ヶ淵の400本の桜も、やっぱり江戸時代にはなく、全て昭和30年代に植えられたものだそう。そして牛ヶ淵はヘイケボタルがいる!そうですが、保護の取り組みはなかなか難しく、現在は、絶滅しないように別のところ飼育して増やし、放流することを計画中です。
そんな解説を聞きながら、ツアー参加者たちは、皇居との境「代官町通り」へと進みます。ここからは、千鳥ヶ淵の上を首都高速が走る、東京ならではの景色が見渡せるのですが、ここでは、土地の歴史と自然に関する興味深いお話が色々と聞けました。

◆千鳥ヶ淵の桜、いきものたち
ここは桜の名所ですが、堀に面して一面に桜が咲くこの景観は元々あったわけではありません。戦後、平和を祈念して、いろいろなところから寄贈されたり、千代田区が植えたりしたのが始まりで、これだけのボリュームのある桜の景観がいまできあがっています。桜まつりというのを千代田区の観光協会が昭和29年からはじめました。それによって、ここが桜の名所になっているわけですが、親しまれている景観でもありますので、この景観は当面は継承していこうということを環境再生プランの中にも書いています。

1590年に徳川家康が江戸にやってきて最初にやったのが水の確保と塩の確保でした。牛ヶ淵と千鳥ヶ淵という貯水池をつくって真水の確保をしました。ですから、1600年ころにはほとんどこの形ができていたということです。当然、堤の部分は、貯水池の縁という意味と同時に城の防御施設です。そのために、いま見ると、傾斜の角度がきれいに揃っているのがわかると思います。35度あります。35度という傾斜は、敵が攻めてきても駆け上がれないですね。
いま、環境省は牛ヶ淵も千鳥ヶ淵もあわせて、約200本の桜の管理をしております。そのほとんどは、あまり丈夫ではないソメイヨシノです。ソメイヨシノの場合、よく寿命は50年といわれますが、ここの桜はだいたい60年位です。そのくらいになりますと、色々支障が出てきます。ひとつはナラタケというキノコの菌で枯れてしまうという病気がありました。それから、増生病といって、コブ状になってその先が枯れてしまうというウィルス病が出ました。こういったようなものが出始めて、また、60年経つと、みんな木が大きくなって、枝がかぶっちゃったりしてるんですね。桜は陽樹ですから、お日さまが当たらないとどんどん枯れていってしまいます。
そういった過密に伴う支障も出てきたという中で、平成26年2月に東京に珍しく雪が振りました。20センチ以上この辺りでも積もりました。そうしたら、もう根こそぎひっくり返ってしまった。両方合わせて10本以上倒れたんですが、もうそのままお堀に落ちました。その根を見ますと、ぜんぜん垂下根が入っていません。もともとが岩の斜面を切って整えたところですから、そこに生えた桜も下に根が入りにくいという状況のなかで大きくなったので、上に重石がのったら倒れて落ちてしまったんです。これはもう大変な重さですから、引き上げることはできません。倒れた桜は、輪切りにして処分するしかないという状況です。
ですから、桜がそういうような形で危険な状況になってきてしまった。大きくなりすぎてしまって、また老齢ということもありまして、いろんな状況が出てきています。いまは10本くらい倒れてしまっていて、ちょうど正面の空いているところも倒れたところです。本当だったら、どんどん土壌改良していきたいところなのですが、場所柄それも不可能ですので、上からかぶっている、いまクスノキなんかが上から桜にかぶっていますが、そういうような上の木を処分して、下の桜を守ったり、病気が出てるような枝を落としてやったり、腐朽した太い枝を落としてやったりということで、一本一本をなるべく健全な状態で、今後も生育させようという形での管理をしております。
そしてここにいるのは桜だけではありません。東京23区では絶滅してしまった種がここにはあります。ソバナという絶滅種や、ほかにも8種類、絶滅危惧、もしくは準絶滅危惧種がこの斜面生息しています。

それらに共通してるのは、ほとんどが明るい林、明るいすすきの原っぱなどが好きな植物です。昔は、江戸八百八町といっても住宅密集地は今の千代田区、中央区くらいでした。ほかは街道に沿って市街があっただけで、あとは広漠たる里、里山です。そこにいたものが、今ここにいるわけです。昔の農村の景観のなかで生きていた植物が、この地で明るい環境を維持されて、なんと400年にも渡って継承されてきています。もちろん、植物ばかりではなく、タヌキやアオダイショウ、シマヘビといった蛇もいますし、夏にはアオバズクもやってきます。都市のなかとしては、まさにタイムカプセル状態の自然がここに残っているということなんです。


今回のお話、いかがだったでしょうか。ポッドキャストでも詳しくご紹介していますので、こちらもぜひお聞きください!

【今週の番組内でのオンエア曲】
・Say You Won't Let Go / James Arthur
・チェリー / スピッツ
先週に引き続き、東京の西早稲田にある、「木組み博物館」からのレポートです。
一昨年の11月にオープンしたこの博物館、木組みはじめ、日本の伝統的な建築技術に、実際に触れることができる博物館。木材だけでなく、木材にについても学ぶことが出来ます。
実際、博物館には、色んな木の「切り株」もそのまま展示されていて、木が、木材として生まれ変わる過程で、どんな手が加えられているのか、どんな知恵が隠されているのかを知ることが出来るんです。
ということで木組み博物館・館長、谷川一雄さんに展示されている切り株を前に説明していただきました。

◆死に節と生き節
「枝打ち」っていうのをよくしますよね。山に入って、若いときに下の枝を落としたり。この状態で木がどんどん成長していくと、枝打ちした面がかくれちゃうんですね。そうすると材料として使う時も、節の穴がない材料で、建築材としてはいい材料になる。
枯れた枝も同じように、くるまってくると皮がついた状態になるので、節のところを叩くと、その部分が抜けちゃうんですね。枯れたところは、枯れた枝が木にくるまれていっちゃうんで、枯れたものは残っちゃうんです。
ところが、生きている枝がくるまっていくと、枝と本体の幹の部分が一体になるので、材としていい材料になる。「死に節」「生き節」っていうんです。節がない方が材料として高いから、日本人は結構好みで、そっちを使うんですけど、でも木はもともと節があるものだから、あっていいと思うんですね。西岡常一さんは木を生えているまま使えっていう。南側には枝がいっぱいあるので、柱を立てたときも南側には節がいっぱい出ている。それはそれでいいんですね。

薬師寺三重塔を修復した伝説の宮大工・西岡常一さんの言葉「木は生えていたままに使え」。
昔からの日本の大工さんの知恵も教えてくれたわけですが、そのほか博物館には、土壁の左官技術や、日本古来の釘「和釘」、 鬼瓦や、木彫りの彫刻などなど、本当にいろんな展示がありました。その中から、左官技術、そして漆の技術についての解説です。

◆土壁と漆
 これは土壁がどうやって塗られていくかっていうことを表している模型です。「竹小舞」っていうんですが、竹を割ったものを縦横に縄で組んで下地をつくります。それに粘土質の土と藁を刻んだものを混ぜて、水を混ぜてこねるんですよ。しばらく経つと発酵してきて、それでまた切り返しっていうことでこねるんですね。それで半年以上寝かせる。藁に含まれているバクテリアが藁自体を柔らかくし、土も噛み砕いて柔らかくして、強くして、それで塗るので丈夫なんですね。
この材料は再利用できるんです。100年経ったような土壁がありますよね?それもまた水を入れて藁を入れてこねるとまた使える。だけども、漆喰が塗ってあると、漆喰は強いアルカリなんで、混ざっているとだめなんです。自分があるとき、蔵を壊したときに土を取っておいたんですよ。そのとき漆喰が混ざってたんですが、ふるいにかければ、漆喰が取り除かれていると思ってたんです。そして20年位経って、いざ使おうと思って左官屋さんに話してみたら、ふるった土を見て、ちょっと白いものが混じっていたので、「これひょっとして漆喰入っていますか?」って言うんです。実はこうだったと言ったら、それはだめだと言うんです。このなかでバクテリアがアルカリ性になったせいで働かないからだめだっていうことで、結局20年撮っておいた土を捨てて、また新しい土を買ったんです。

 これは漆です。削って、漆を塗って、順番にこうやっていいくんですが、実際には13回くらい塗っています。塗っては削り、塗っては削って、だんだん仕上げの方に行くと、細かい材料を使って、仕上げていく。これは塗りっぱなしの仕上げなんですよ。刷毛目を残した「刷毛跡の美」は、工芸の先生でも、そういうのがいいという人もいるんです。平の方がいいという人もいて、それは好みの問題ですね。自分は刷毛目があってもいいと思いますけどね。きれいですよね。
漆って英語では「japan」っていうんですね。いま、日本に残っている最古の漆を使った製品っていうのは、函館にある遺跡から出てきたんです。それは副葬品で出てきたということなんですが、肩に当てる木に漆が塗ってあったんです。それは9000年前なんですよ。縄文時代ですね。中国で発見されているのは7000年前らしいんですよ。日本のほうが2000年古いんです。それにもっと驚いたのは、北陸地方で貝塚の中から、漆の枝がでてきた。ということは、やっぱりこういうふうに接着剤として使ったりとか、器に塗ってたかもしれない。それはなんと12600年前なんですよ。その時代にもう漆を使っていた軌跡がある。何に使っていたかというのはわからないらしいんですが、でもそれだけのものがあったということなんですね。

いま、国産の漆はほとんど建築に使われていないそうで、これをなんとかしないと、「英語でジャパン」と呼ぶ本物の漆の文化はどんどん衰退していくことになるかも、ということもおっしゃっていました。
最後にもう一つ。宮大工の技術ではなく、日本のお茶室などで見られる「数寄屋造り」と、そこに使われる木材のお話です。

◆数寄屋造り
お茶室とかにつかう銘木で、たとえば、こういうアカマツの皮付きのものとか、京都の北山の磨き丸太とか、昔よく女性が冬の寒いときに、特殊な砂をつけて、水で磨いてきれいにしたんです。こういうのは錆丸太っていって、ヒノキの皮を剥いだところにカビがでてきてこうなる。こっちは絞り丸太。これは人工的につくっているんですが、ツルツルです。天然の絞り丸太っていうのは高いみたいですね。天然のものだと1本100万だとかいうのもある。それを人工的につくったりするわけですよね。
 数寄屋大工さんとか宮大工さんとか、普通の大工さんとか、いろいろいるんですが、お茶室をつくるのは数寄屋大工さんなんですね。それぞれ少なくなってきていますね。だから、木造のお茶室を作りたいとか、木造でお寺とか神社をつくりたいとか、そういう人がいれば、材木屋さんも材料を売れるし、大工さんも仕事ができるし、関わってくる左官屋さんだって屋根屋さんだって、仕事になっていくるわけですよね。だからやっぱり消費者のつくりたいって言う人がいないとなかなか難しいんじゃないかと思うんですけどね。

木組み博物館は、外国人の来場者も多いそうで、ヨーロッパから建築を学ぶ学生が真剣に見学する姿もあるとか。海外には見られない「木組み」を体験すると本当に驚くそうなんです。また、最近は若い世代で宮大工の技術を学びたいという人も増えているそうです。
こういう伝統技術、文化を継承する人だけでなく、博物館を見学してご自宅を建てる・リフォームに採用するのも技術の保護に繋がるのかもしれませんね。


今回のお話はポッドキャストでも詳しくご紹介していますので、こちらもぜひお聞きください!

【今週の番組内でのオンエア曲】
・明日へ / Galileo Galilei
・Change / MONKEY MAJIK
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