プロジェクト概要

太古の昔より、森は動物や植物などたくさんの命を育み、田畑や海、川にたくさんのミネラルをもたらし、地域と暮らしを守ってきました。 東日本震災では津波でコンクリート堤防や松林がことごとく破壊される中、その森や、昔からその地方に根差す、深く地面深くに根を張った潜在自然植生の木々たちは、津波の勢いを和らげました。 関東大震災や阪神大震災では、大火により建物が燃える被害を食い止め、防災林として大きな役割を果たしました。 この「鎮守の森」をモデルとした森をできるだけ多くつくることは、災害の多いこの国に生きていく私たちが、後世に伝え残さなくてはならない貴重な知恵であり、自然と共生していく教訓でもあります。 番組「いのちの森〜voice of forest~」では、「鎮守の森のプロジェクト」が行う活動をはじめ、日本のみならず世界各地の森を守る活動を行う人や団体にスポットをあて、森の大切さについて考えていきます。


さて、冬到来ということで今週は、北国・北海道の静かな森にみなさんをご案内します。
お話を伺ったのは、写真家の小寺卓矢さん。
大学卒業後、カナダ、アラスカへ渡り、帰国後に北海道へ移住。
写真家として活動を続けている方です。
案内して頂いたのは、アイヌの聖地と呼ばれる湖のほとりにある「阿寒の森」。
冬の北海道の森を、ぜひ感じて頂きたいと思います。



「阿寒の森」。
場所は北海道東部。地図で見ると、ひし形をした北海道の右側。
雌阿寒岳(めあかんだけ)の麓にある、「オンネトー」という青い湖のほとりに広がる森です。


小寺さんは、阿寒の森をゆっくりゆっくり歩きながら、写真を撮り続けています。
それらの写真は「写真絵本」という形で発表されているのですが、
いま、そのいくつかが手元にあります。
こちらは2006年初版の『森のいのち』という写真絵本。
その中に、写真とともにこんな文章がありました。

◆森のいのち
 倒木の上に、エゾマツの芽を見つけた。
 まだ小指の先ほどの、小さな芽生えだ。
 風に運ばれた種が、偶然ここに落ち、根を下ろしたのだろう。
 日当たりのよい倒木の上で、コケにしっとりと抱かれて
 芽生えは、ゆっくりのびてゆく。


『森のいのち』をはじめ、小寺さんの写真絵本では、
森の中で一生を終え、朽ちた木の上に
新たに生まれた小さな木の芽やキノコ、小さな虫たちにも、
カメラのレンズが寄せられ、数多く紹介されています。

小寺さんが、森を歩き、そこで撮影した写真は、
小寺さんのウェブサイトでもご覧になれます。
また、小寺さんの写真絵本『森の いのち』はアリス館から発売されています。
他にも何冊か出ていますので、ぜひ一度お手に取ってみてください。

番組ポットキャストでは、小寺さんインタビューの模様も紹介しています。
来週も小寺さんのインタビューをお届けします!どうぞお楽しみに!
■小寺卓也 Webサイト

※写真は番組スタッフ撮影によるものです。


今週、ご紹介するのは、岩手県・陸前高田市を発祥とする【気仙大工】です。
気仙大工とは、東北に古くから伝わる、優れた技術を持つ大工さんの集団のこと。代々受け継いだ技と知恵で、森の木々を上手に活かしてきた人達です。今回は、その技を後世に伝えようと活動を続ける、本物の気仙大工の方にお話を伺うことができました。


岩手県陸前高田市・小友町にある、『気仙大工・左官 伝承館』です。
小友町は、江戸時代に気仙大工が生まれた場所と言われていて、伝承館の建物は、気仙杉など地元材を使い、気仙地方…つまり陸前高田市、大船渡市、気仙沼市のあたりの明治時代の民家をモデルに、当時の建築様式で建てられています。


ご案内いただいたのは、気仙大工の技術を受け継ぐ60年以上のキャリアをもつ大工さん、村上幸一さん。気仙大工の棟梁として、全国の神社仏閣など多くの建築に携わり、日枝神社の神楽殿や、鎮座した後の明治神宮や出雲大社の建築にも関わってきた方です。震災前から、気仙大工の技術を伝える活動を続けていて、現在は、陸前高田市の仮設住宅で生活しながら、活動を続けています。村上さんに、伝承館の随所に見られる、気仙大工の技をたくさん教えていただきました。


船外つくり
この辺りは海のそばなので、平坦地がないため軒を広く出して、煮干しなどを干す場所として軒下を利用していました。小屋代わりにもなっていたののです。船大工がこのあたりは多かったので、船の技法を取り入れた技法です。


戸袋
雨戸を収納するための戸袋(とぶくろ)。これは大工の見せ場。
ここにお金をかけていました。家はお金があるんですよ、という一つの見栄。例えばこの欄間のところにその家の家紋を入れたり。小さいけど、なかの細工よりも、これに大工さんは一番手間をかけていました。


三段梁
梁が三本重なっている「三段梁」。これが大工さんの腕の見せ所。こんなに重ねなくても家はもつところを、三本使ってさらに強度をあげることで、100年でも200年でもびくともしない家になる。

そして村上さんが受け継いだ気仙大工の技には、森に対する敬意や、木とともに暮らすための知識も一緒に伝えられていました。

適材適所
「俺の体験。俺は中学校が終わってすぐに大工の丁稚奉公に行った。師匠はお寺神社専門だった。そこで修行をしましてね。木を切る時から、これは柱、これは桁、と、適材適所で当時は木を見ていました。適材適所に木を見なければいけない。木はいきたい方に曲がる。右に曲がる木も左に曲がる木もある。うまく性格を見て、適材を見て適所に使う。そのとおりに使って初めて適材適所。どこに使ってもいいわけではない。
一番簡単な方法は、例えば太陽を見ている南側の面を、北側の面に使ったらどうなるか。今まで太陽を見たことがない面だから狂う。だから東西南北をきちっと使わなきゃダメ。そのように使わなければ本当の材木の性能は引き出せない。それを上手く使うから、100年も200年も持つ。材料を適材適所に使うのは、当たり前のこと。」



来週は、気仙大工という優れた大工集団が生まれた理由、
その歴史についてお届けします。

ポットキャストでもお楽しみください!
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パーソナリティ

高橋万里恵
高橋万里恵

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