ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : スポーツ

草野球

2016.04.23

第159話 草野球

クリケットが「野球」になった瞬間とは
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第159話 草野球
丘の下の商店街がGWに草野球大会をやるらしい。ボッコが始球式を頼まれたんだが、商店街のオッサンたち大丈夫か。アイツが本気で投げたら300km/hは出るんだが。しかも素人だからコントロールはそんなに良くない。うーん、ここは死者を出さないためにも《草野球》のことをちゃんとボッコに教えておかないとな!

アメリカで野球が誕生したのは1845年だから、日本では江戸時代の末期だ。当時、アメリカでは「タウンボール」と呼ばれるクリケットのようなゲームが流行っていた。まあ、ローカルルールだらけな上に試合ごとにグラウンドや人数に合わせてルールを調整するような球遊びだったんだが、そこにちゃんとルールを設けよう言い出したのがマンハッタンのウォール街で本屋を営むアレクサンダー・カートライトという男だった。

カートライトのルールでは見逃しのストライクやフォアボールはなく、打者は打てる球が来るまで何球でも待つことができた。打球はワンバウンドで捕ってもアウトだったし、投手の上手投げも禁止。そもそもゲームは回数制ではなく21点先取で決着していた。だから今の野球とはだいぶ違うが、なによりも「90度に仕切られたグラウンド」を考えたのがカートライトの功績だ。それまではクリケットと同様、打者は360度どこに打っても良く、ファールという概念がなかったからな。彼のアイデアによって実に野球らしい風景が誕生したんだ。

その後、南北戦争でニューヨーク出身の兵隊たちが暇つぶしに野球をやっていたら、あっという間に野球はアメリカ全土に広まって「ナショナル・パスタイム(国民的娯楽)」と呼ばれるようになる。1857年には21点先取から9回制になり、1864年にはフライやライナーはノーバウンドで捕球しなければアウトではなくなる。1876年にはナインボールで打者が出塁できるようになり、段階的に数が減って1889年にはフォアボールとなる。1884年に上手投げが解禁されたあたりで、だいぶ今の野球っぽくなったかな?

その野球が日本に伝わったのは明治4年(1871年)。東京開成学校(後の東大)にやってきたアメリカ人教師のホーレス・ウィルソンが学生たちに野球を教えたのが最初だ。それから145年が経った現在、国内の競技人口は約730万人と言われ、週末になると少年野球からオジサンたちの草野球まで大勢の人々が白球を追いかけている。今日はそんな野球に魅せられた人たちに会って、その愉しみ方を聞いてみよう。Here we go!
ONAIR LIST
9'38" / まぶしい草野球 / Tatica
14'06" / Route 66 / George Maharis
37'12" / One Home Run / Van Dyke Parks
46'58" / Take Me Out To The Ballgame / Carly Simon
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