ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : グルメ

やきいも

2016.10.15

第184話 やきいも

おいしい「やきいも」を大研究!
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第184話 やきいも
10月はサツマイモの収穫期だ。5月頃、ウチの裏庭に植えたサツマイモも立派に育って、大きな実をつけた。芋版を作って年賀状を出すには早すぎるし、勝手に芋焼酎を造ったら酒税法違反で捕まってしまう。やっぱりここは「やきいも」パーティーだな!

サツマイモは中南米の熱帯が原産だ。トマトやトウガラシと同じく新大陸を発見したコロンブスが持ち帰ったが、残念ながらサツマイモにはヨーロッパの気候は涼しすぎて、いまひとつ育ちが良くなかった。そこで暖かいアフリカや東南アジアの植民地へと持ち込まれ、1600年頃、江戸時代の初めに中国を経由して日本へと伝わっている。

当初は琉球や薩摩でしか作られていなかったサツマイモを全国的に有名にしたのが蘭学者の青木昆陽だ。八代将軍の徳川吉宗が飢饉対策として荒れた土地でも育つサツマイモ栽培の研究を青木昆陽に命じ、昆陽は千葉の畑でもサツマイモを栽培できることを証明した。18世紀後半に起こった天明の大飢饉は数十万人が亡くなったとされる未曾有の飢饉だったが、昆陽が栽培方法を研究したサツマイモに救われた命は少なくなかったと言われている。

そうやって全国的な知名度となったサツマイモは、19世紀の江戸時代後期になると手軽なおやつとして人気になった。皮付きで丸ごと素焼きにした「○(まる)焼き」が辻々の屋台で売られていたほどで、これがやきいも人気の最初と言っていいだろう。「栗(九里)にも迫る味」という意味で「八里半」とか、「栗よりうまい」という意味で「十三里」なんて呼ばれたりしていたんだぞ。

その後もやきいもは庶民の味として日本人に愛され続けたが、昭和になって戦争が始まると食糧危機になり、配給統制によってやきいもすらも気軽に食べられなくなってしまう。その統制がやっと解除されたのが1950年(昭和25年)だ。そしてこの時、東京都墨田区でラーメン屋を営んでいた三野輪万蔵という人物が、リヤカーに窯と石を積んでやきいもを移動販売することを思いつく。これが石やきいも屋の始まりだ。この移動式の石やきいも屋は大成功を収めて瞬く間に広まり、最盛期には東京だけで1000台以上のリヤカーが稼働していたと言われているな。

さてと、せっかくウチの裏庭で採れたサツマイモを焼くんだから、最高においしく食べたいところだ。焼き始める前に詳しい人に会って、焼き方のコツやおいしい食べ方を教えてもらおう。Here we go!
ONAIR LIST
2'33" / Route 66 / George Maharis
10'16" / In A Tree / Priscilla Ahn
28'38" / Yakiimo / Simone White
41'21" / Brighter Than The Sun / Colbei Caillat
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