ピートのふしぎなガレージ

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エヌ博士

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カテゴリー : スポーツ

箱根駅伝

2014.01.04

第40話 箱根駅伝

警備のお巡りさんも走り出した「箱根駅伝」
第40話 箱根駅伝
いやー、今年の箱根駅伝も面白かったなぁ。東洋大が2年ぶり4度目の総合優勝。しかも10時間52分51秒という歴代2位の好記録、復路に至っては5時間25分38秒という新記録を打ち立てての完全優勝だから見事の一言に尽きる。大学駅伝2冠の駒大も歴代3位の記録で2位と意地は見せたが、東洋大の快走には及ばなかったな。

その箱根駅伝の第1回大会は1920年2月14日から15日。当時の大会名は『四大専門学校対抗駅伝競走』と言い、慶應大学、早稲田大学、明治大学、東京高等師範学校(現在の筑波大学)の4校で行われた。この大会を立案したのは、ストックホルム五輪のマラソン代表で「日本マラソン界の父」と呼ばれる金栗四三だ。

ランナーとして活躍する一方で東京高等師範学校で教鞭も執っていた金栗四三は、世界に通じる長距離ランナーを育てるため、学生による駅伝大会を企画した。それが箱根駅伝だったってわけだ。最初の構想にはロッキー山脈を越えるアメリカ大陸横断駅伝なんて案もあったんだぞ。それが実現してたら、まるで『ウルトラクイズ』だな。

この第1回大会には後に農林大臣や建設大臣を務めた河野一郎も早稲田の選手として出場していた。スタート時間はお昼の1時。「学生は勉強が本分だから午前中の授業に出るべし」という時代だったんだ。箱根到着は夜の8時過ぎで、地元箱根の青年団がたいまつで選手をゴールまで誘導した。

翌年の1921年に開催された第2回大会は出場校が7校に増え、沿道もかなり盛り上がったんだが、興奮した警備のお巡りさんが我慢しきれずに一緒に走り出すというハプニングも起こった。後にそのお巡りさんこと前田喜太平は警察を退職し、日大に入って選手として第3回大会に出場するんだから、よっぽど箱根駅伝が気に入ったんだろうな。

そしてその前田喜太平が4年生になって出場した1925年の第6回大会で、今度は前田喜太平自身がハプニングに巻き込まれる。花の2区で区間賞の快走を見せた前田喜太平だったが、たすきを次の走者に渡そうとしたところ、興奮して乱入してきた人力車夫がたすきを奪い取ってコースを走り出してしまったんだ。

そんな様々な出来事があった箱根駅伝も今年で第90回。昨日の興奮もまだ醒めやらない今日は、箱根駅伝に詳しい人たちに会っていろんな話を聞いてみよう。そして若者はぜひ箱根を目指してくれ。 Here we go!
ONAIR LIST
4'23" / Route 66 / George Maharis
13'40" / Miss You Being Gone / The Band Perry
34'38" / Creepin' / Eric Church
43'40" / Walk In The Country / Scotty McCreery
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