ピートのふしぎなガレージ

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カテゴリー : カルチャー

日本のクリスマス

2017.12.23

第246話 日本のクリスマス

ゲストコメント
コラムニスト 堀井憲一郎さん「愛と狂瀾のメリークリスマス!」
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コラムニスト 堀井憲一郎さん
── 日本のクリスマスはいつ頃からですか?

江戸時代はもちろん、明治維新の後もしばらくキリスト教は禁止されていました。でも西洋文化を取り入れようと思ったらキリスト教を無視するわけにもいきません。そこで外面だけ西洋式にする上で便利だったのがクリスマスだったんです。当時の新聞に「クリスマスはキリスト教以前からあった冬至のお祭り」という記事が何度も書かれています。

1906年(明治39年)には早くも商業主義的なクリスマスが登場しています。海外からの輸入物を扱っていた丸善などが「クリスマスの飾り付けはどうですか?」という広告を大々的に行っているんです。サンタなのか隠者なのかよく分からない微妙なお爺さんのイラストが入った広告でしたが(笑)。前年の日露戦争で勝って浮かれていた部分もあったのでしょう。

── その後、日本のクリスマスはどうなっていくんですか?

1910年(明治43年)頃には帝国ホテルで「お楽しみ会」が開かれています。けっこう派手なクリスマスがお金持ちの間では行われていたようです。そして昭和に入ると大正天皇が亡くなられた12月25日が休日になり、イブに夜を徹して騒いでも次の日は必ずお休みになります。それでクリスマスはどんどん盛り上がるようになっていきました。

1930年(昭和5年)になるとモボ・モガ(モダンボーイ・モダンガール)が現れ、カフェ(キャバレー)やダンスホールでお店の女性と語らったり踊ったりするのが流行ります。そこにクリスマスがぴったりと合って、ジャズとダンスで大騒ぎのクリスマスが行われるようになりました。

── 戦前にそんなクリスマスがあったんですね

ところが1933年(昭和8年)、赤坂の『フロリダ』でダンスを教えていた教師がいろんな女性と関係を持ち、その中に公爵夫人までいたことが大スキャンダルに発展します。ダンスホールに批判が集まる中、1937年(昭和12年)に日中戦争が勃発。それで一気に自粛ムードが広まって、日本のクリスマスも下火になりました。

戦後、アメリカの占領下でクリスマスも復活します。しかし戦前に輪をかけた大騒ぎで、街でいろんなものを壊したり、消火器をまき散らして火災報知器を鳴らすような騒動に。銀座は身動きできないくらいの人混みで、警察が警戒本部を設けたほどでした。そんな大騒ぎのクリスマスがやっと収まったのは東京五輪が行われた1964年(昭和39年)の頃です。
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