ソニー損保 presents クルマ★時間

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クルマに対する独自のこだわりや思い入れ、忘れられない想い出話など、クルマ好きなゲストと過ごす“クルマ時間”をお届けします。

TODAY'S GUEST 今日のゲスト
16.01.09
第67回 マキタスポーツ vol.1
マキタスポーツ

クルマ好き、ドライブ好きが語る、カーライフがちょっと楽しくなる話。
ソニー損保 presents クルマ★時間。

今週は1月20日に自身が主宰するバンド“マキタスポーツ presents Fly or Die”でファーストアルバム『矛と盾』をリリースする、ミュージシャン、俳優のマキタスポーツさんをゲストにお招きし、クルマにまつわる話を伺いました。

「クルマの話か。僕はマニアというわけじゃないし、きちんと話せるかどうか・・・。」という取材陣がドキッとする言葉から始まったインタビュー。でも話を聞いていくと、面白いエピソード、共感する話がたくさんありました。

「僕は人の助手席に座って無目的に走ったりするのが好きなんですよ。ドライブしながら普段接することのないFM局の番組を聴いたりして。ラジオをザッピングしているとふいにいい曲と出会ったりできるのでね。これら一連の行為全般が好きです。」

助手席ではボーッと流れる景色を見ているのも気持ちいいそうです。そしてラジオ以外にスマートフォンのアプリでDJをすることもあるそう。スマートフォンに入れてある曲をミックス。そのときマキタスポーツさんは密かにドライバーに注目しています。

ステアリングを握る指先がリズムに合わせて動いたら自分の勝ち。この遊び、面白いですよね!おそらくやみくもにノリがいい曲を流してもドライバーの指先は動かないはず。流れる風景と曲がハマり、ドライバーが無意識に心地よさを感じたときに動くのだと思います。ぜひみなさんもチャレンジしてください!

マキタスポーツ

そんなマキタスポーツさんがクルマに乗るようになったのは19歳のとき。これは自分で買ったのではなく、知人に頼まれて預かったクルマだったそうです。

「そのクルマはマツダのファミリアでした。このとき、僕はまだ学生でしかも東京で暮らし始めていたので駐車場代を払うのが大きな負担でした。でも自分の手元にクルマがあるとそれだけでモテたような気分になっていましたね。」

たしかに80年代後半〜90年代初頭はまだ女性が恋人を選ぶ際の条件に「クルマを持っていること」と言っていた頃。マキタスポーツさんがこのような気分になったのもうなずけます。果たして本当にモテたのでしょうか。

「どうだったかな。でも女性の友達も一緒に海や山に行ったりなど、大勢でレジャーはしていましたよ。爽やかでしょう?もちろん若いし、下心付きの爽やかさでしたが。そもそも僕が東京に出てきた頃は自分がクルマに乗るなんて考えもしなかったし、みんな見栄を張るためにクルマに乗っていると思っていましたからね。」

マキタスポーツ

クルマなんかなくてもいいと思った20代。しかしマキタスポーツさんの世代は小学校の頃にスーパーカーブームの洗礼を受け、ほとんどの男の子が「いつか自分も!」と夢見たもの。そのような気持ちはなかったのでしょうか。

「僕の兄はクルマ博士になっていましたね。僕は純粋に野山を駆け回ることの方が好きなワンパク少年でした。だからクルマとかってピンとこなかったんですよ。ただスーパーカーブームはそれとは別次元でしたからね。サーキットの狼、こち亀の中川巡査が所有しているスーパーカーを見たりとか。あとは僕が住んでいる町でもスーパーカーショーが開催されて見に行ったりはしていました。」

マキタスポーツさんがスーパーカーブームで覚えているのはほかにもあります。清涼飲料水の王冠を集めるのが小学校で大ブームになりました。王冠の裏にスーパーカーが描かれていて、その中には激レア車種もあったんです。

「ランボルギーニイオタがね、全然出ないんですよ。どうしてもイオタが欲しいからみんなお腹がタプタプになるまで飲み続けて。それでも出なくて『またミウラじゃないか!』と文句を言ったりしてね。」

マキタスポーツ

1966年〜73年に製造されたランボルギーニミウラ。イオタと呼ばれるのはミウラ改良を目的に1台だけ製造された実験車両のこと。オリジナルは1台しか存在しませんが、ミウラをベースにランボルギーニ社の手で製作されたレプリカモデルが数台存在します。

「ただね、最近思うんですよ。20代でクルマなんかいらないと思っていたのは間違いだったなって。自分で生き方を狭めていた。もちろん僕も男ですから女の子からモテたい。そして当時はモテアイテムでクルマが存在した。大学生でも無理してクルマを買うやつらがいて、彼らは確実に“ボーイ・ミーツ・ガール”を味わっていましたから。」

マキタスポーツさん曰く、80年代後半は今と比べればのんびりとした時代。男を上げる、自分を磨くためにクルマを所有できるように頑張るというのもいいことだったかもねと振り返ります。

「“モテたい”というのは不純な動機に感じるかもしれないですが、往々にして不純な動機って正しいことだと思います。生き物としてね。僕はそういう本質とは違うところで生きてきちゃった。これまでの人生で“もったいない”と感じる部分ですね。あと当時はみんなこぞって海外旅行に行っていましたが、僕はそこも否定していました。『海外を旅して自分を変える』と言っているやつは甘ったれているって思っていましたから。当時の僕はひねくれ者というか、そうやって楽しんでいる人たちに嫉妬していたのでしょう。」

マキタスポーツ

クルマのある暮らしを楽しもう。気持ちを切り替えたマキタスポーツさんが初めて自分で愛車を手に入れたのは2年前。車種は日産自動車と三菱自動車の合弁会社、NMKVが開発し、日産から発売される軽スーパーハイトワゴン、デイズルークスです。

「メーカーや車種に強いこだわりがあったわけではないんです。たまたま親しくしていたコミュニティに家の近くにあったディーラーの方がいて、そこから購入しました。仕事があるときはクルマで都内に出る。荷物も多いのでクルマを手に入れてからは移動がかなり楽になりましたね。走行距離は年間2万kmを超えていました。」

マキタスポーツ

マキタスポーツさんの当時の住まいは町田。町田街道を使い都内まで出かけます。デイズルークスはほぼ仕事専用車で、プライベートで楽しむことはほとんどなかったそうです。

「軽自動車でも運転していると気分がよかったですよ。仕事場に行くと緊張することが多い。家に帰っても一人になれるわけではない。仕事場と家。その間にある、僕にとって自分を解放できる唯一の場所がクルマの中でした。」

ご存知の方も多いと思いますが、現在の軽自動車は上のクラスとなる普通車のハッチバック、あるいはミニバンに迫るスペースユーティリティを備えています。デイズルークスも圧倒的な室内空間がウリのモデル。運転しながら気持ちを切り替えるには最高の場所だったに違いありません。

マキタスポーツ

そして現在、マキタスポーツさんはデイズルークスから同じ日産のLクラスミニバン、エルグランドに乗り替えています。

「僕が乗っているのはマイナーチェンジ後のやつですね。これだけ大きなファミリータイプのクルマならゆったり乗ることができるだろうと考えたのですが、ちょっと困ったことが起こりまして・・・。クルマを買った後に子供が生まれたのですが、生まれてビックリ。双子だったんですよ。」

もともとお子さんが2人いたため、今は6人家族に!車内には赤ちゃん用のチャイルドシートが2つドンと乗るので、7人乗りのエルグランドは3列目シートまでほぼ満席状態です。ゆとりを求めて選んだのに、すっかり余裕がなくなってしまいました。「家族計画はちゃんとしましょう」と冗談交じりにおどけますが、それでもやはりエルグランドの満足度は高いそうです。

マキタスポーツ

次回はエルグランドでのカーライフ、そしてクルマを運転するようになってから生まれた夢について伺っていきます。お楽しみに!

マキタスポーツ
(Amazonリンク)

ニューアルバム
『矛と盾』
マキタスポーツ presents Fly or Die
1月20日発売

文 / 高橋 満(BRIDGE MAN)

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