2013年7月30日

★7/31,8/1開催!石巻フットサルイベント&GAKU-MC LIVE!

【クロノス×Ishinomaki2.0 presents リ・フッチボリスタ&GAKU-MC LIVE】 Supported by 白元・アイスノン

今年も7/31(水)-8/1(木)に、宮城県石巻市最大のお祭り「川開き祭り」が
開催となります。クロノスでは昨年、この川開き祭りに合わせてIshinomaki2.0
とのコラボ企画、現地の方々と交流する復興支援ツアーを行いました。
そして今年も現地開催型で、2大イベントを開催します!!

★その1 GAKU-MCライブ♪
去年に引き続き、震災直後から石巻でボランティアを行ってきたアーティスト
GAKU-MCのスペシャルライブが決定!

日時:2013年7月31日(水) 17:00〜18:00予定
場所:石巻 料亭「松竹」前広場(「石巻復興マルシェ」向かい)入場無料!


GAKU-MC(ガクエムシー)
アコースティックギターを弾きながらラップする日本ヒップホップ界の
リビングレジェンド。2011年にレーベル、Rap+Entertainmetを立ち上げ独立。
“ラップで世界をプラスの方向に!”を合い言葉に精力的に活動中。

★その2 石巻復興支援フットサルプロジェクト「リ-フッチボリスタ」
復興真っ只中の石巻、街の中でフットサルしませんか?
仲間とボールひとつあればいつでもどこでもそこはグランドに早変わりです。
今年もフットサルチームを持つGAKU-MCさんが参戦!番組からは中西さんが参加!子どもから女性まで誰でも参加できる2on2のフットサルですので、ぜひとも石巻のフットボーラーの参戦待っています。

日時:2013年8月1日(木) 10:00〜15:00予定
場所:石巻中心市街地
参加費:無料
参加方法:10時から15時の間であればいつでも来てください!
     午後からは勝ち抜き形式のトーナメント制を予定しております。

また今回のコートは、震災時に避難所や様々な場面で大活躍してきた石巻の梱包業者「今野梱包」さんの強化段ボールを使って、現地の子供たちとフットサルコート作りを行います!!コートを彩るのは、「みんなの夢」☆
「夢」いっぱいの世界にたった一つのフットサルコートを作ります。
(コート作りは7/31に行います。)


◎STAND UP WEEK 20137月27日〜8月1日 石巻中央各所で開催

◎石巻川開き祭り
7月31日〜8月1日

その他、今年の川開き祭りの様子や、復興に取り組む方々へのインタビュー、
石巻の名産品・話題の食べ物の紹介など、石巻の今が分かるレポートを
後日番組で紹介していきます!こちらもお楽しみに!

2013年7月29日

7月29日 福島県相双地域の伝統行事「相馬野馬追」




福島県、相双地域で毎年この時期に行われるのが「相馬野馬追」。旧相馬藩の時代から、一千年以上続く、国の重要無形民俗文化財、出陣式でスタートし、騎馬武者の行列、旗をなびかせて疾走する「競馬」、そして数百騎の騎馬武者が、旗を奪い合う「神旗争奪戦」と、壮大な歴史絵巻が繰り広げられます。

中西さんも2011年から3年続けて野馬追に参加。祭りの一環として、サッカー教室などのお手伝いをしています。

震災のあった2011年は、開催中止も検討されましたが、規模を縮小して開催。去年からほぼ例年の規模に戻りました。でも、会場となっている南相馬市の一部や隣の浪江町などは、今も、原発事故の避難区域に指定されていて、生活が元通りになったわけではありません。

相馬中村神社の田代誠信宮司にお話を伺いました。

◆「野馬追が終わって、夏が来る」
今年もやはり去年並み。なかなか南の大熊の方が出馬する方が少なくなっている。でも皆さん避難場所から戻って、野馬追に情熱を注いでくれて、今年度は429騎という騎馬が出馬するので、震災前に戻りつつあると考えている。
震災直後の野馬追執行にはだいぶ批判も頂いたが、去年、今年と、頑張れ!という激励も多く頂くようになった。続けてきてよかったなという想いでいる。
震災前は、やってもらうのが当たり前という考えだったが、こういう伝統行事を続けて、「我々の復興の拠りどころ」というふうに考えてもらっていると思う。やはり「野馬追という行事が終わって夏が来る」と皆さんとらえていると思う。


騎馬の数はもちろん、観覧される方の数も年々増えている印象。避難生活で離ればなれになった町の人たちが、「絆」を再確認する儀式にもなっているようです。

◆地域の方たちの声
「相馬ならではの一大イベントみたいな感じで。これが来ないと夏が来ないという感じできていると思う」「地元でやってるから見に行かなくてもいいかな、と思っていたんだけど。震災あってからは人が集まって地元の祭りが見れるのが嬉しく思っています。」「竹を立て掛けたり旗を立てたり、そういうちっちゃいことの一つ一つが、「やろう」って気持ちになっているかもしれない。」


祭りは今日7/29(月)が最終日。
騎馬武者が裸馬を小高神社の境内に追い込む古式の神事、「野馬懸」が行なわれます。

相馬野馬追オフィシャルサイト

2013年7月28日

7月27日 EXILE_EX−PRESS meets LOVE&HOPE 日本を元気に 夏休みスペシャル【南三陸編】

EXILE_EX−PRESS meets LOVE&HOPE 日本を元気に 夏休みスペシャル

EXILEのレギュラー番組『EXILE_EX−PRESS』と『LOVE&HOPE』がコラボレーション!
EXILEのMATSUさんと高橋万里恵さんが、夏の東北をめぐる旅へご案内します。

海と山と自然、歴史や文化、そしておいしいくて豊かな食。
岩手、宮城、福島の観光の魅力をいっぱいにお届けします。
そして復興へ向け前に進み続ける人たちの声や思いもたくさんお届けします。

◆◇◆◇◆

宮城県・南三陸からは、震災1年で旅館業を再開させた、漁師さん親子が経営する一軒の民宿にスポットを当てます。高台から、三陸の海を臨む素晴らしいロケーションにあり、獲れたての海の幸が楽しめるぜいたくな宿『下道荘』です。
菅原由輝さんと、奥様・若女将の菅原さやか さんにお話を伺いました。


●震災当日〜再建までの道のり
私たちで2代目です。うちの親父が民宿をはじめて、震災までで32年。
震災当日、私は消防団なので、水門をしめて、集落の全員を高台に避難させて、小学校のほうへ向かった。家のほうが心配で、私1人だけ戻ってきたんですけど、帰ってくると目の高さまで舟が。自宅を見ると、車が浮いていて、いままであった民宿が津波で流されて1階がつぶれていた。なんとも言えなかったですね。景色が一瞬で変わって、言葉がなかった。
震災の1週間後、家族で話し合って、また民宿をはじめようって、なりました。(妻)お父さんって人は有言実行なので、言ったことは絶対にやる。先を見据えてたんだと思います。法事をやる場所がなかったので、1周忌を目前に、3月11日の前にオープンさせることを目指し、供養できなかった地元の人たちに使ってほしかった。(夫)正直、親父のやってきた32年間が一瞬で流されてしまったので、続けさせてやりたいって気持ちが強かったですね。


再開にあたって、若旦那の菅原さんは、やはり不安や後ろめたさもあったとおっしゃっています。それでも前を向くことができたのは周りの人の力があったからです。

●同業者からのエール
はじめるにあたって、土地の問題ですけど、波が来たところではお客さんもゆっくりできないので、同業の方に土地を交換してもらいました。上棟式の日は、同業者のみんながお祝いに来てくれて。ほとんどみんな被災して、うちは建物が残りましたが、みんなは流出したので、「うちはやらないけど、頑張って」と泣きながら言ってくれる人も。うちは若いので「お前たちが頑張らないと、後ついてこねーから、応援するから頑張れ」って、とても心強かったですね。復興まで何年か、分かりませんが、グリーンツーリズムの資格をとって、後々は体験学習とかも考えて、南三陸町のためにお客さんを呼んで、海もあるし山もあるし、そういうのを利用して、若い人が頑張っていければと思います。


こうして、2012年の2月に再開を果たした下道荘。
そして現在、下道荘は、何度も訪れるリピーターもいるほどたくさんのお客さんが宿泊するようなり、まもなく建物の増築部分が完成!震災前とほぼ同じ、54人が泊まれる体制になるということです。

そしてこのお宿の魅力は、やっぱり三陸の海の幸を使った、新鮮なお料理!

●漁師宿ならでは、新鮮な食材

銀鮭は志津川湾で、白身のアイナメは今朝親父が釣ってきた。ホタテもうちでやってる養殖。(妻)ウニも、今日お客さんが「動いてる!」って言ってましたけど、ウニはホントに今が旬なんです。ホヤも今が旬です。今来たほうがいいですよ。焼きウニは生と違って、香ばしい風味がありますから、すごく美味しいです。(夫)年間通しても、ウニが一番人気!


由輝さんが三陸の海で、箱メガネで獲ったウニ
9月になると牡蠣、11月にはアワビが解禁になります。


南三陸観光協会
◆◇◆◇◆
今年の夏は是非、豊かな自然、おいしい食べ物、あたたかい人々、復興に向けて前進する東北へ出かけてみてはいかがでしょうか!

2013年7月27日

7月27日 EXILE_EX−PRESS meets LOVE&HOPE 日本を元気に 夏休みスペシャル【会津若松編】

EXILE_EX−PRESS meets LOVE&HOPE 日本を元気に 夏休みスペシャル

EXILEのレギュラー番組『EXILE_EX−PRESS』と『LOVE&HOPE』がコラボレーション!
EXILEのMATSUさんと高橋万里恵さんが、夏の東北をめぐる旅へご案内します。

海と山と自然、歴史や文化、そしておいしいくて豊かな食。
岩手、宮城、福島の観光の魅力をいっぱいにお届けします。
そして復興へ向け前に進み続ける人たちの声や思いもたくさんお届けします。

◆◇◆◇◆

続いて訪れたのは、大河ドラマ「八重の桜」の舞台、白虎隊でも知られる歴史散策の町「福島県・会津若松」。こちらは、ドラマの効果もあり、お客さんもかなり戻ってきています。まずは、ドラマ『八重の桜』で、新島八重が戦った舞台、鶴ヶ城へと向かいました。


お話を伺ったのは、鶴ヶ城の城下にあるお茶屋さん「本丸茶屋」の稲生恭子さん。震災以前この時期は団体旅行や家族づれ、学生、お盆に里帰りしてきた人たち、そして歴史ファンの方々など、会津若松を楽しみにやってくる人たちで、賑わっていたといいます。

◆風評を乗り越えて
やっぱり「福島」というくくりで見られてしまう。こっちは首都圏のある地域よりも線量が低いんですよ、とお話をしても福島ということで敬遠する。食べ物を扱っているところは、東京に収めている業者も多かったのが一切引き上げられてしまった。お酒も震災前にビン詰したもので一切影響がない。酒造組合や、味噌醸造、米を作っている方は、県や市とともに一生懸命に首都圏でPRをしに行っていましたね。(放射線は)目に見えないものなので、「頑張って」というお客さんもいれば、選択肢が他にあるならあえて福島産は食べなくてもいい、飲まなくてもいい、福島に旅行にいかなくてもいいという方がいてもしょうがないと思う。うちも(お客さんは)10分の1くらいになっていたと思う。今年は大河ドラマの八重の桜効果でお客さんが戻ってきてはいるが、それでも震災前と比べて1年トータルで見るとカバーできないのではないか。ただ嬉しい話もあり、千葉や栃木の修学旅行生が2年ぶりに帰ってきた。その学校の校長先生によれば「普通は一度場所を変えると3年間は同じ場所に生き続けなければいけない」という話もあったらしい。でも、2年が経過して、PTAの総会に諮っても父兄から反対がなかったことで、ならば思い切って福島の会津に行こうということで戻ってきてくれた。「自分たちも福島を応援したいし、出来ることはなんですか」と15歳の子たちから話を聞かされると、もうダメでしたね。ハンカチなしではいられない。てんぷら饅頭1個サービスなんてやっちゃうくらいに感極まっちゃっていました。


鶴ヶ城の天守閣は、瓦の色を幕末当時の「赤瓦」に張り替えたばかり。戊辰戦争の頃、新島八重が見た当時と同じお城の姿が復活しています。また、本丸茶屋から見られる石垣は、まさに八重が、銃を構えて官軍を迎え撃った場所だといいます。こうした歴史ドラマを、肌で感じられる世界的な遺産を見ようと修学旅行生だけでなく、海外からの観光客も、ようやく、会津若松を訪れるようになってきています。

それでも、風評被害を乗り越えていまはずいぶんお客さんも戻ってきています。
この時期の会津若松と、その界隈の魅力を伺いました。

●会津の楽しみ。
・各方面からくる会津の道の緑が凄く美しい。歴史的な建造物だけではなく、自然を見るだけでも恵まれた地域なんだなっていうのをわかってもらえる気がします。
・喜多方の長床、浜、福島、海水浴、湖水浴=猪苗代湖〜野口英世の生家を見て、磐梯山の優雅な姿を見て、それを背に猪苗代湖に足を浸してもらう。疲れも吹っ飛ぶ。
・食べるものもおいしい。こづゆ、にし、山椒、あとは、喜多方ラーメン、ソースかつ丼、三大馬刺しの産地=さくら肉 赤い馬刺しをからし味噌で食べる。馬刺し専門店、各店舗でいろいろ工夫して出していらっしゃる。食べ歩きだけでもあきない。そばの他にもお米、お酒、豆腐、味噌、醤油、何食べてもおいしい。



会津若松は、ボンネットバスも周回しています。いまも残るレトロな町並みをのんびりボンネットバスで巡って歴史散策。ソースかつ丼(これが美味いの)に舌鼓。ボンネットバスは、「東山温泉」にも停まるので、温泉もおススメ!


そして、稲生さんは、復興支援を目的にこれまでにもさまざまなイベントを企画してこられました。夏を過ぎると、鶴ヶ城では、町を挙げた大きなお祭りがあります。

●鶴ヶ城 復興支援のイベント

9月に行われるのが、会津の町を作った蒲生氏郷公(がもううじさとこう)の頃の楽市楽座を復活させるイベント。鶴ヶ城の中で開催。戦国時代のコスプレ大会。さらに17の市町村の美味しいものがいっぱい出店。会津若松の町が、できた当時にタイムトリップできるイベントです。歴史好きな人は特に必見。
潤ってる中でイベントを立ち上げるわけではないので。厳しい状態のところから仕掛けをしないといけないので、それをカバーをしてくれるの市だったり県だったり国だったり行政のお力で。。無いと厳しいですね。


世界に誇れる観光地。稲生さんは、「海外からの旅行者も戻ってきている」と言います。外国人の方も、鶴ヶ城を観て感動して帰るようです。

●本丸茶屋・稲生さんからメッセージ。
MATSUさん、高橋万里恵さん、全国のリスナーのみなさん、おばんでございまーす!
福島のみんなはへこたれていません。美味しいもの、お祭り、名所もあって一生懸命がんばています。何がこわいかっていうのは、忘れられるのがこわいので頭の片隅に、福島のことを思い描きながら、福島に来ていただくなり考えていただくなりしたら、福島のみんなは喜ぶと思います!

2013年7月27日

7月27日 EXILE_EX−PRESS meets LOVE&HOPE 日本を元気に 夏休みスペシャル【大島編】


7月27日(土)22:00〜22:55
EXILEのレギュラー番組『EXILE_EX−PRESS』と『LOVE&HOPE』がコラボレーション!
特別番組『EXILE_EX−PRESS meets LOVE&HOPE 日本を元気に 夏休みスペシャル』と題してEXILEのMATSUさんと高橋万里恵さんが、夏の東北をめぐる旅へご案内します。

海と山と自然、歴史や文化、そしておいしいくて豊かな食。
岩手、宮城、福島の観光の魅力をいっぱいにお届けします。
そして復興へ向け前に進み続ける人たちの声や思いもたくさんお届けします。

◆◇◆◇◆

まず訪れたのは『緑の真珠』と呼ばれ、松島とも並び称される美しい島、『宮城県、気仙沼・大島』。

●大島までのフェリー


大島は気仙沼から20分ほど、見える距離にあります。震災から2年、養殖業も再開し、養殖イカダが並ぶリアス式の湾内はおだやかな海。ものすごい数のカモメがついてきます。すごく緑のきれいな大島、あっという間の船旅!


気仙沼・大島は、震災の津波と火災で、大きな被害をうけた島。まずは、大島のフェリー発着場からすぐにある、一軒のお料理屋さんに立ち寄りました。
●はま家 震災当時の様子

震災以前はお店は船着場の近くのリフト乗り場の前にありました。震災の当日、はやく逃げようってことで、私は先に友達の車で逃げました。避難先のお寺に着いて下を見たら、お父さんがお店から出るところで、車で走りはじめた途端、前からと後ろから波が来て、それで車を乗り捨てて、走って逃げたの。太平洋側からの波と、湾に入った波が戻ってきて、ちょうどぶつかったような状態。私はそれを上から見てて、あぁ助かったと思いました。夜はお寺でお世話になったけど、寝られなかったです。寒気がして。夜はガスの爆発する音と、エアバッグのせいでクラクションが鳴り続ける音で寝られなかったです。あと、その後、火事もきたし。その日のうちに発火したんだろうけど、大島に来たのは次の日。ガスタンクから燃え移ったのが、1日経って大島に流れ着いた。そして大島の亀山地区から山に火が燃え移って、ふもとの方に下りてきた。山のふもとのお寺は夜になると真っ赤になって、恐かった。火もすぐ近くまできました。


こうしてはま家さんは、津波で自宅とお店を失い、一時は仕事も辞めようとしていました。ただ、地元のお客さんたちからの「はま家の料理」を望む声を受けて、再開を決意したといいます。元々のお客さんから「やっぱりはま家の料理はおいしいよ」って言われたのが、前を向くきっかけになったそうです。お店は前より小さくなってしまいましたが、それでもご夫婦は、すごく、前向きに今のお店を盛り立てようとしています。

●はま家さんからのメッセージ

気仙沼、大島の「はま家」と申します。食堂してます。
今日27日より、8月の15日まで海開きで海水浴シーズンに入ります。海水浴場から歩いてすぐ、4〜5分のところにあります。海の美味しいものが多いので、どうか皆さんでに美味しいものを食べに「はま家」に来てください。


なお、再建に当たって活用された中小企業庁の補助事業ですが岩手・宮城・福島の3県で、9月と12月にもまた募集を行う予定です。詳しくは中小企業庁のホームページをご覧ください。


さて、さらに大島散策は続きます。島の観光ガイドをしている大島の旅館「黒潮」の堺健さんに、この島の、とっておきの場所に案内して頂きました!

●亀山の山頂からの景色



高:すごい景色。まるで、雲の中に山々が浮いているような、息をのむ景色。
堺:水墨画の世界だね。ちょうど、この島は気仙沼湾の真ん中にありますので、リアス式海岸のギザギザがきれいに見えます。「松島以上だね、亀山の景色は」と言ってくれる人もいます。大島に来たら、必ずこの亀山に上ってほしいですね。
高:亀山ロープウェイは震災のときに火事にあったと聞きました。
堺:この亀山リフトを再開するかどうかは、気仙沼市としても決めかねている。でも車で来れます。私は必ず、観光のお客さんをここにお連れして、景色を見ながら、津波の話や大島の民話の話をしています。


●海水浴場100選「小田の浜」

80センチから1メートルくらい地盤が沈下した、砂浜が半分くらいになった。それでもラッキーでしたよ、砂浜が全部なくなったところもあるんだから。白い砂浜が残ったというのは本当に幸運でした。7月27日から海開きしますが、波が静かで有名。無人島があったり、景色の良い海水浴場で第2位だった。ちなみに1位は沖縄なので、本州では1位がここ小田の浜海水浴場です。
亀山に登るとよく分かりますが、エメラルドグリーンなんです。島全体もグリーンで、海もエメラルドグリーンということで、大島の詩人が「大島よ永遠に緑の真珠であれ」という詩を詠んでいるくらい。最近ではシーカヤックを楽しみに親子で来る人もいます。

昨年は津波で押し寄せたガレキを島民あげて片付け、県内唯一海水浴場としてオープンしています。ただ、去年の利用者は大体、一万人くらいで、これは、震災前の1割程度。浜辺の広い、安心して遊べる海水浴場、ぜひこの夏は遊びに来てほしい、と話します。

●国の天然記念物「十八鳴り浜」

大島には国の天然記念物の「鳴り砂」があります。「十八鳴り浜(くぐなりはま)」という浜で、湿っているとならないのですが、乾いていてするように歩きますと「クックック」という音がなります。九たす九が十八なので、十八鳴り浜と呼んでいます。砂がきれい、海がきれい。昔は日本にも綺麗な砂浜が多かったのですが、次第に汚染されてきて、音がならなくなったのです。そういう意味で、ここは国の天然記念物なのです。


●旅館「黒潮」

堺さんの旅館「黒潮」は、まぐろを中心としたごはんが美味しいです!
知り合いの漁師さんとやりとりした食材が出るので、出る料理も、「その日にならないと分からない」という楽しみもあります!美味しいお魚と、きれいな海と自然が魅力の気仙沼大島でした!





気仙沼大島観光協会のサイト

2013年7月26日

7月26日 気仙沼大島 民宿「黒潮」のご飯と黄金さんま干し

夏の観光シーズン。今朝も宮城県 気仙沼の「大島」からのレポートです。

「緑の真珠」、と呼ばれる大島の美しい景色や砂浜を満喫した後、当然お腹が減ります。というわけで高橋万里恵は、こうなりました。

◆漁師から直接手に入れた魚介を!
高橋:わ、おいしそうですー、肉(?)大好き。
境:今日のメニューはマグロとサメが多いですね。ひとつは本マグロの山かけ。これはうちの親戚
  のマグロ船に乗っている方から頂いた。マグロの卵は私の同級生が南アフリカの沖でマグロを
  とっていて彼から頂いたもの。マグロのホルモンも私の同級生が送ってくれた。こういうのっ
  てなかなか皆さん食べる機会がないと思いますが、私の場合は親戚や同級生がマグロ船に
  乗っているからこういったお料理を楽しめる!
高橋:おいしいサメ〜!
境:そのまま食べるか、ご飯の上にかけて食べるかどうするか。
高橋:ご飯もいいですね〜!!!


今回、大島を案内してくれた堺健さんが営む民宿『黒潮』で頂く、海の幸満載の晩御飯。黒潮では、基本的に島の漁師さんが、その日の朝に獲った魚介類が並びます。つまり鮮度は最高。さらに、どんなお料理が出るかはその日のお楽しみなんです!

さらに境さんは今、気仙沼の美味しいものをもっと広めようと、新たな試みもスタートさせています。

◆純米酒漬け 黄金(こがね)サンマ干し
本当に美味しいもの、安全なものを作ろうじゃないかということで私がプロデュースしたのが、純米酒漬け黄金さんま干しというさんまの干物。このさんまの一つの特徴は最高級の純米料理酒を使っていること。そして天然塩だけで試作を繰り返して出来上がった。焼き上がりが黄金色。お酒を使わないと大体青っぽくなるが、このさんまは黄金色なので名前も黄金さんま干し。ただ、ご夫婦でしか作っていないので大量に作れないし宣伝もままならない。この大津波で自宅も向上も全部流されてしまった。なんとかこの味を残したいと思い、今後本格的に首都圏でも販売。さんまがもつ力強い旨さが純米料理酒で引き出せたかなと思う。


境さんがプロデュースした『純米酒漬け 黄金さんま干し』は、厳選した天然の素材にこだわり、防腐剤や保存料、着色料は一切使っていません。調理はグリルで焼くだけ。フライパンでも焼けるので簡単。今後は、東京・池袋の宮城県アンテナショップ『宮城ふるさとプラザ』で8月中にも販売がスタート予定です。

詳しくは「気仙沼フードビジネス協議会」のフェイスブックページをご覧ください。

★ ★ ★
そして、お知らせです。この番組LOVE&HOPEと、土曜日よる10時からお送りしている
『EXILE EX−PRESS』のコラボ番組が放送されます。タイトルは
『EXILE EX-PRESS meets LOVE&HOPE 日本を元気に 夏休みスペシャル』。
今週紹介してきた気仙沼大島ほか、東北各地の夏の観光と、復興へ向け努力を続ける人たちの声をお届けします。お相手は高橋万里恵と、EXILEのMATSUさんです。7月27日(土)よる10時から、こちらもぜひお聴き下さい!

来週も東北の観光情報です。月曜日は、福島の『相馬野馬追』 レポート、お届けします。

2013年7月25日

7月25日 気仙沼大島 小田の浜と十八成浜

夏の観光シーズン。宮城県 気仙沼の「大島」からのレポートをお届けします。

大島の東側に広がる『小田の浜』は、去年、県内で震災後初めて海開きをした海水浴場で、今年も7月27日(土)に海開きを迎えます。大島の民宿『黒潮』の堺健(まさる)さんに、案内して頂きました。

◆緑の真珠と鳴砂
(堺)「80センチから1メートルくらい、地盤が沈下して砂浜が半分くらいになった。それでもラッキーでしたよ、砂浜が全部なくなったところもあるんだから。白い砂浜が残ったというのは本当に幸運でした。7月27日から海開きしますが、最近ではシーカヤックを楽しみに親子で来る人もいます。波が静かで有名。無人島があったり、景色の良い海水浴場で第2位だった。ちなみに1位は沖縄なので、本州では1位がここ小田の浜海水浴場です。夏はぜひ遊びに来てください。
(高橋)「東京から新幹線とフェリーに乗り継ぐだけで、こんなに綺麗な海があるんですね。」
(堺)「亀山に登るとよく分かりますが、エメラルドグリーンなんです。島全体もグリーンで、海もエメラルドグリーンということで、大島の詩人が「大島よ永遠に緑の真珠であれ」という詩を詠んでいるくらい。」
(高橋)「大島には国の天然記念物の「鳴り砂」があると聞いたのですが。」
(堺)「十八鳴り浜(くぐなりはま)という浜がありまして、湿っているとならないのですが、乾いていてするように歩きますと、「クックック」という音がなります。九たす九が十八なので、十八鳴り浜と呼んでいます。砂がきれい、海がきれい。昔は日本にも綺麗な砂浜が多かったのですが、次第に汚染されてきて、音がならなくなったのです。そういう意味で、ここは国の天然記念物なのです。」



小田の浜は、27日(土)に海開き。すでに瓦礫はすっかり片付けられ、本当に綺麗な砂浜が楽しめますよ!

そして、お知らせです。この番組LOVE&HOPEと、土曜日よる10時からお送りしている『EXILE EX−PRESS』のコラボ番組が放送されます。タイトルは『EXILE EX-PRESS meets LOVE&HOPE 日本を元気に 夏休みスペシャル』。今日ご紹介した気仙沼大島をはじめ、東北各地の夏の観光、そこで復興へ向け努力を続ける人たちの声をお届けします。お相手は私・高橋万里恵と、EXILEのMATSUさんです。7月27日(土)よる10時から、こちらもぜひお聴き下さい!

明日も、気仙沼の観光についてお届けします。

2013年7月25日

★今年もやります!石巻フットサルイベント&GAKU-MC LIVE!

【クロノス×Ishinomaki2.0 presents リ・フッチボリスタ&GAKU-MC LIVE】 Supported by 白元・アイスノン


今年も7/31(水)-8/1(木)に、宮城県石巻市最大のお祭り「川開き祭り」が
開催となります。クロノスでは昨年、この川開き祭りに合わせてIshinomaki2.0
とのコラボ企画、現地の方々と交流する復興支援ツアーを行いました。
そして今年も現地開催型で、2大イベントを開催します!!

★その1 GAKU-MCライブ♪
去年に引き続き、震災直後から石巻でボランティアを行ってきたアーティスト
GAKU-MCのスペシャルライブが決定!

日時:2013年7月31日(水) 17:00〜18:00予定
場所:石巻 料亭「松竹」前広場(「石巻復興マルシェ」向かい)入場無料!


GAKU-MC(ガクエムシー)
アコースティックギターを弾きながらラップする日本ヒップホップ界の
リビングレジェンド。2011年にレーベル、Rap+Entertainmetを立ち上げ独立。
“ラップで世界をプラスの方向に!”を合い言葉に精力的に活動中。

★その2 石巻復興支援フットサルプロジェクト「リ-フッチボリスタ」
復興真っ只中の石巻、街の中でフットサルしませんか?
仲間とボールひとつあればいつでもどこでもそこはグランドに早変わりです。
今年もフットサルチームを持つGAKU-MCさんが参戦!番組からは中西さんが参加!子どもから女性まで誰でも参加できる2on2または3on3のフットサルですので、ぜひとも石巻のフットボーラーの参戦待っています。

日時:2013年8月1日(木) 10:00〜15:00予定
場所:石巻中心市街地
参加費:無料
参加方法:10時から15時の間であればいつでも来てください!
     午後からは勝ち抜き形式のトーナメント制を予定しております。

また今回のコートは、震災時に避難所や様々な場面で大活躍してきた石巻の梱包業者「今野梱包」さんの強化段ボールを使って、現地の子供たちとフットサルコート作りを行います!!コートを彩るのは、「みんなの夢」☆
「夢」いっぱいの世界にたった一つのフットサルコートを作ります。
(コート作りは7/31に行います。)


◎STAND UP WEEK 2013
7月27日〜8月1日 石巻中央各所で開催
http://ishinomaki2.com/category/project2/stand-up-week/

◎石巻川開き祭り
7月31日〜8月1日
http://www.ishinomakikawabiraki.jp/index.html

その他、今年の川開き祭りの様子や、復興に取り組む方々へのインタビュー、
石巻の名産品・話題の食べ物の紹介など、石巻の今が分かるレポートを
後日番組で紹介していきます!こちらもお楽しみに!

2013年7月24日

7月24日 気仙沼大島 亀山からの眺め

夏も本番。番組では東北の夏の楽しみを紹介していきます。今回は、高橋万里恵が訪れたこの島のレポートです。

◆かもめが旋回するフェリーに乗って・・・
「さあ、ということで私は気仙沼から大島に行くフェリーに乗っています。大島は気仙沼から20分ほど、見える距離にあります。その大島までの船旅、なんとカモメがついてきます。カモメは餌を求めてついてきているわけで、ものすごい数です。すごく緑のきれいな大島、今から楽しみです〜!」

宮城県・北東部、気仙沼湾に浮かぶ島「気仙沼大島」。この島は津波と、気仙沼湾で発生した火災で大きな被害を受けましたが、2年が経過した現在、復旧が進んでいます。しかし、海に囲まれた「島」のイメージもあるようで、観光が受けたダメージは回復していません。

そんな中 今回は、夏の行楽にオススメの、島一番の名所「亀山」に登って来ました。案内してくれたのは、大島で民宿『黒潮』を営む堺健さんです。

◆松島以上の景色
(高橋)「すごい景色ですね。まるで、雲の中に山々が浮いているような、息をのむ景色」
(堺)「水墨画の世界だね。ちょうど、この島は気仙沼湾の真ん中にありますので、リアス式海岸のギザギザがきれいに見えます。松島以上だね、亀山の景色は、と言ってくれる人もいます。大島に来たら、必ずこの亀山に上ってほしいですね。」
(高橋)「亀山ロープウェイは震災のときに火事にあったと聞きました。
(堺)「この亀山リフトを再開するかどうかは、気仙沼市としても決めかねている。でも車で来れます。私は必ず、観光のお客さんをここにお連れして、景色を見ながら、津波の話や大島の民話の話をしています。





そして、お知らせです。LOVE&HOPEと、土曜日よる10時からお送りしている『EXILE EX−PRESS』のコラボ番組が放送されます。

『EXILE EX-PRESS meets LOVE&HOPE 日本を元気に 夏休みスペシャル』。
今日ご紹介した気仙沼大島をはじめ、東北各地の夏の観光、そこで復興へ向け努力を続ける人たちの声をお届けします。お相手はEXILEのMATSUさんと、高橋万里恵です。

7月27日(土)よる10時から、こちらもぜひお聴き下さい!

2013年7月23日

7月23日 石巻の市街地でフットサル!

『引き続き、宮城県石巻市で行われるフットサルイベントの情報です。

高石巻の夏のお祭り、「川開き祭り」にあわせて開催する、クロノスと、地元の町おこし団体ISHINOMAKI2.0とコラボ企画

【クロノス×Ishinomaki2.0 presents リ・フッチボリスタ&GAKU-MC LIVE】 Supported by 白元・アイスノン

7月31日(水)は、GAKU−MCさんのライブ。
8月1日はフットサル大会です!

GAKU−MCさんも、プレーヤーとして出場します。そして、クロノスパーソナリティ中西哲生もフットサルコートに降り立ちます!!

さて、去年と同じく今回も、石巻の市街地にフットサルコートを作る予定。「復興まっただ中の石巻のどまんなかでフットサル」を楽しむという内容なんですが、なぜ、フットサルなのか。発案者でISHINOMAKI2.0のメンバー、古山隆幸さんのお話です。

◆ボールがあれば言葉はいらない
きっかけは、ある日、ISHINOMAKI2.0のオフィスの前でボールを蹴っていたら、どこの国からのボランティアかは分からないが、「Hey! Hey! Football」と寄ってきて、ボールを通じて仲良くなったこと。

言葉を交わさないコミュニケーション。小学生の子どもたちが、名前を聞く前にまず遊ぶ初めて、そのあとで友達になるようなもの。たった1つのボールを何十人で追いかけるサッカー。そういうのはすごくいいなと思って、フットサルを定期的に開催してコミュニティを作るようなことができたらいいなと始まった。

そしてクロノスとのコラボもやらせて頂いた。去年はGUKU−MCさんも参加し、フットサル、ライブを通して現地の方々と交流、復興支援をして頂いた。現地の子たちもGUKUさんとフットサルが出来て、写真を撮って、TOKYOFMに出た!と楽しがっていた。地元のいつもと同じ顔ぶれのチームとボールを蹴るのではないのが楽しいのかなと。そこでリ・フッチボリスタを開催する。


この「リ・フッチボリスタ」は、2対2、のフットサルなので、その場で、誰かを誘ってトーナメントに出場する、、、というのもアリです。かなり自由な雰囲気のイベント。古山さんも、気楽に足を運んで欲しいと言っています。

◆ダンサーの飛び入り参加も待ってます!
石巻の町には、スケートボード好きなおじさんたちみんなで手作業で作ったランプがあり、となりの駐車場スペースが会場になる。フットサルをストリートサッカーと考えると、ストリートのスケボーをやるのと一緒でごちゃ混ぜにやったら、盛り上がりがハンパないのではないかと思っている。

フットサルの合間のブレイクタイムに、ロメオパラディッソ」という福島で立ち上がったパフォーマンス集団が来てパフォーマンスを披露。間違いなく楽しめるイベント。フットサル好きもダンス好きも、いつでもどこでも飛び入り参加できるイベント。
ぜひ、石巻という進化を続ける街で、あなたのプレイ、パフォーマンスを披露してみませんか?



◎STAND UP WEEK 2013
7月27日〜8月1日 石巻中央各所で開催
http://ishinomaki2.com/category/project2/stand-up-week/

◎石巻川開き祭り
7月31日〜8月1日
http://www.ishinomakikawabiraki.jp/index.html

2013年7月22日

7月22日 石巻川開き祭り&スタンドアップウィーク2013

東北もいよいよ夏休み。今朝は、宮城県石巻から、夏の恒例イベントの話題です。

7月31日・8月1日に行われる、石巻最大のお祭り「川開き祭り」。そして、石巻の街作り団体 ISHINOMAKI2.0が主催する、スタンドアップウィークです。

去年はクロノス・高橋万里恵が、この2つのイベントに参加。クロノスとのコラボによる、フットサルイベントも行われ、アーティストのGAKU-MCさんも出場しました。GAKUさんチームは、リスナー参加者・石巻の地元中高生を相手に、一切手を抜かず 20連勝すると言う大人げなさも見せ(笑)、一方、高橋万里恵は自分の攻めるゴールがどっちかも分からないという状態でした。。。

あれから1年。今年もそのシーズン。まずは、伝統行事「川開き祭り」について、ISHINOMAKI2.0のメンバーで、石巻出身の、古山隆幸さんに伺いました。

◆年に一度、石巻が人であふれる鎮魂のお祭り
大正時代にはじまって100年くらいの歴史があるお祭り。供養、鎮魂の祈りを目的としたお祭り。毎年31日の初日は鎮魂の祈りをメイン。1日は川開き祭りのメインである花火大会や鼓笛隊パレードがある。東北各地からたくさん人があつまって開催される。こんなに石巻に人が集まるんだというくらい、町の中が(渋谷の)スクランブル交差点以上になる。歩けないくらいです。


そして、この川開き祭りに合わせて行われるのが、スタンドアップウィーク。今年も、様々な企画を用意しています。

◆石巻ハッカソン
毎年川開き祭りの前の2週間にやっているスタンドアップウィーク。2013年のコンセプトとしては世界で一番おもしろい町を作ろうというキーワードで街づくりに関する話し合いの場を作ったり、たくさんの企画をしている。7月26日の前夜祭を皮切りに8月1日まで開催する。石巻2.0として去年からやらせてもらっている、石巻ハッカソンというのがある。ハックとマラソンを掛け合わせたもの。これは1日〜3日という限られた期間で行う開発イベント。今年も第2回石巻ハッカソンとして、7月26日から28日、石巻工業高校で開催。開催して成果を上げるとかサービスを作るのが目的ではなく、石巻の若者と、いま最前線で活躍しているエンジニアを合わせて、それぞれ石巻工業高校の中で3日間でアプリケーションを作る。何が起きるかと言うと、アプリもできるがそれ以上に、石巻の若者たちが「なんだこの大人は、なぜこんなわざわざ石巻まできて汗水たらしてアプリを作っているんだ」って思う。その姿はカッコいいなと、去年はそれが成功した。東京から来たエンジニアたちが意味も分からず汗水たらしてアプリ開発、サービスを作る背中をみて、若者たちが触発されて一気に開発の現場に足を突っ込む若者たちが増えてきた。だからこそ今年も石巻ハッカソンは開催される。その中から世界にチャレンジできる若者が生まれたら、また石巻が面白い新開すると思ってワクワクしている。


そして、このスタンドアップウィーク2013、この夏も、クロノスとのコラボイベントを実施します!

【クロノス・Ishinomaki2.0 presents リ・フッチボリスタ&GAKU-MC LIVE】 Supported by 白元・アイスノン

7月31日(水)は、震災直後から石巻でボランティアを行ってきたGAKU-MCさんによるスペシャルライブ、(入場無料)、8月1日(木)には、フットサルイベントです。

前回、高橋万里恵のサッカーがあまりにひどいと批判を浴びたため(?)クロノスも本気でいきます。なんと、中西哲生が参戦!場所は、石巻の中心市街地、「町の中でフットサル」です!現地で飛び入り参加も可能ということで、GAKU−MCさん、中西哲生と一緒にボールを蹴履帯という方、ぜひぜひご参加下さい。


◎STAND UP WEEK 2013
7月27日〜8月1日 石巻中央各所で開催
http://ishinomaki2.com/category/project2/stand-up-week/

◎石巻川開き祭り
7月31日〜8月1日
http://www.ishinomakikawabiraki.jp/index.html

2013年7月19日

7月19日 現役東大生のインターネット政党「Youth Up」



参議院選挙投票日直前。今日は若い世代に向けて、政治への関心を呼びかける、ある現役大学生の取り組みをご紹介します。東京大学工学部4年生の鈴木邦和さんは、今年6月、若者の声を政治家や政治団体に届けるインターネット政党「Youth Up(ユースアップ)」を立ち上げました。また、これに先立って、昨年、政治情報サイト「日本政治.com」もオープンしています。

■有権者、特に若い世代に政治や選挙の情報を届ける
去年9月に会社を立ち上げ、「日本政治.com」という政治のサイトを運営している。
有権者の方に、政治や選挙の情報をよりわかりやすく伝えられるようなメディアをつくろうと始めた。また有権者がどのようなことを考えているのかという調査も行っていて、電話調査やインターネットを使った調査もやっている。
70%が20〜30代と若い世代で、これは政治サイトとしてはめずらしいこと。
今回の参議院選挙では(利用者が)10万人に。有権者の方にとって便利なものがつくれたのではと思っている。


鈴木さんは工学部の大学生。もともと政治にはほとんど関心がなかったといいます。そんな鈴木さんのマインドを変えたのが、東北の被災地でのボランティア活動でした。

■震災ボランティアが政治に興味を持つ第一歩に
わたしは(震災後)ずっと石巻と気仙沼、東松島にボランティアで入っていた。
特に石巻の雄勝に入っていて、ボランティアはもちろん重要だが、私自身ができることは非常に限られていて、政治や行政が果たす役割の大きさは比較にならないものがあると感じた。
ただ必ずしも、政治がうまく機能していない場面もたくさん目にした。
例えば補助金の枠が非常に限定されている。がれき撤去のためには使っていいが、人件費としては使ってはいけないなど、いろいろな規定があって。
でも実際に雄勝で必要だったのは、フェースが変わるなかで、人と人とをつないで産業を起こしていくことや、もう少し補助金では賄えないところが実はいま必要とされていて、活動を断念せざる負えない状況もあった。
もう少し現場のニーズと政治がちゃんと繋がれるような状況なら、ああいったことは起こらなかったのではないかと。それが政治に興味をもち、なにかやろうと思ったきっかけになった。


大学を一時休学してボランティア活動を行った鈴木さんは、復学した後、若者と政治を結びつけるプロジェクトに取り組みます。それが「日本政治.com」と「Youth Up」でした。決まっていた就職内定も辞退して、いまは、この活動をさらに拡大していこうと、意気込んでいます。

■世論と国会の討論を「見える化」したい
有権者の声をもう少し政治側に伝えるという役割があってもいいんじゃないかと。それは被災地に行ったときにすごく感じたので。
わたしは選挙が終わったあとのほうが勝負。いろんなサービスをいま作っている途中だが、そのうちの一つが「世論と言論と国会の討論をつなげるプラットフォーム」をつくる、ということ。
国会の討論はわかりにくい。一方で有権者がなにを考えているかは、世論調査で大きなところはわかるが、細かい法案のところはわからない。そこの風通しが非常に悪いので、インターネットを使ってクリアにしたい。世の中の議論が見えやすくなって、建設的に議論ができるようにしたい。


「Youth Up」は、リアルな政治活動を行う政党ではなく、若者の声を集めて政治家に届ける「ロビー活動」を行うプロジェクト。6月末にスタートし、現在の賛同者は700名ほどで、今後の展開に注目です。被災地から生まれた新しい芽が、日本の政治に新しい風を吹かせてくれるかもしれません。

Youth Up
日本政治.com

2013年7月16日

7月16日 いわき市・四倉海水浴場オープン

今朝は、福島県いわき市から、海水浴場 再開の話題です。海の日の昨日、震災以降、2年ぶりに海開きを迎えたのが、いわき市の四倉)海水浴場です。昨日は、いわき市も、絶好の海水浴日和だったみたいですよ! いわき市 観光交流課 草野さんに伺いました。

◆2年ぶりの再開
いわき市では震災前の平成22年度は、9箇所の海水浴場があり80万人の海水浴客が来ていた。ところが東日本大震災の影響で23年度は開設を見送り、24年度は勿来海水浴場をなんとか開設できた。本年度は四倉海水浴場と、勿来を開設することが出来た。四倉海水浴場は砂浜では特段影響はなかったので、遊泳エリアの瓦礫がないかということで潜水士に確認してもらい、安全が確認できたことで開設に至った。

いわき市できのうオープンしたのは、四倉、勿来(なこそ)の2つの海水浴場。放射線量についても、いわき市の調査で安全が確認されています。

◆毎日の測定、数値の公表で安全を確認
海水浴場開設期間中は毎日空間線量を図っている。海水浴場内に掲示板を建てて掲示している。海水についても7月、8月に2回ずつ水質の測定をとる。本日9時現在、四倉海水浴場では空間線量は0.05msv/h、海水はセシウム不検出。数値もHPで公表する形を獲っている。

こうして環境も整い、再開を迎えた四倉海水浴場。絶好のお天気の中、きのうはオープニングセレモニーも行われ、地元の方や家族連れで、ビーチは久しぶりの賑わいを見せました。

◆仕事がなければ海に入りたい
大変多くの方が来られた。1000人くらいは来ていたかなと。特に地区の実行委員会の待ち望んでいたようで、お客さんも天候が良かったことも有り、久しぶりに海に入るという方も多かった。四倉の海水浴場はとても砂浜が広い。国道から500mくらいある広い砂浜で景色も見晴らしがよく気持ちが良い。私は仕事中だが、仕事がなければ私も海に入りたい。四倉海水浴場のすぐとなりに、道の駅四倉港がある。震災で被害を受けたが昨年度リニューアル。おみやげ屋さんやお食事処がある。釜飯や海鮮丼など四倉でしか食べられないものがある。駐車場も隣接。駅からも非常に近い。ぜひお気軽に来ていただきたい。
             

いわき市では今年、四倉海水浴場、勿来海水浴場の2箇所がオープン。8月18日まで海水浴を楽しめます。

※四倉海水浴場は、常磐道「いわき四倉IC」常磐線「四倉駅」
 勿来海水浴場は、常磐道「勿来IC」常磐線「勿来駅」が、それぞれ最寄りです。

2013年7月15日

7月15日 ビーチで津波を知らせる合図 「オレンジフラッグ」

<オレンジフラッグの一例>

今日は海の日。海のレジャーに出かけるひとも多いのではないでしょうか。でも、東日本大震災ではその海で、津波により多くの方が犠牲になりました。もし、あなたが海に入っているときに、地震がおこり、津波が発生したら?

そこで、東日本大震災をきっかけに、海と関わりの深いサーファーやライフセーバーの声から生まれたのが、オレンジ色の旗「オレンジフラッグ」です。サイレンや防災無線では伝えにくい「津波」の情報を、視覚的に伝える手段として、いま各ビーチで広がりを見せています。お話は、JPSA(日本プロサーフィン連盟)の理事長、牛越峰統さんです。

◆津波の危険を知らせる「オレンジフラッグ」
海に来ている方だとわかるが、風向きでサイレン等が聞こえないことがよくある。沖から吹いてくる風に岸から向けているコールがぶつかると、結構聞こえないというのがプロの試合などでもある。
震災後、防災無線やアナウンス、サイレンが聞こえないこともあるので、視覚的な合図としてオレンジフラッグを考えた。


牛越さんの体感としては、沖で泳いでいると、震度3くらいまでは、地震を体で感じることは難しいといいます。「津波警報、津波注意報がでたときに、危険を伝える手段を一つでも増やしたい。」そんな思いから生まれたのが、「オレンジフラッグ」です。フラッグのサイズや掲げ方は、ビーチにより異なります。大きな垂れ幕のところもあれば、大漁旗のように、人が振るものもあります。

◆海に入る前に「津波防災」の意識を
現在オレンジフラッグの導入は、神奈川県鎌倉市、静岡県御前崎市、そして千葉全域。千葉の夷隅市太東ビーチでも進んでいる。オレンジフラッグが津波注意報、津波警報の流れになっているので、ぜひその色を目安に、もしその現場に自分がいたら、フラッグがその場になくても、オレンジ色的なカラーがあれば、自分でまわすということも頭に入れておいてもらいたい。
全海岸にオレンジフラッグがあって、それを振る専門の方がいれば、対応的にはすごくいいが、やっぱり緊急時はオレンジフラッグがなかったらどうやって伝えるか。オレンジ色の光は電気の光をイメージしている。もしオレンジフラッグがなくても、車なりにライトがあったら、岸から海に入っている方に知らせると。もしくは笛、最悪は大きな声をだして、手のジェスチャーも交えて、「津波だから危険だから(海から)上がれよ」と伝える。
自然界の海で遊ぶわけだから、それなりの知識は知っててほしいなと思います。



日本プロサーフィン連盟

オレンジフラッグについて

2013年7月12日

7月12日 復興グルメF-1大会

今朝は、宮城県石巻市、三陸海岸の南端に突き出た半島・牡鹿半島から、復興商店街によるイベントの話題です。

牡鹿半島・鮎川の復興商店街『おしかのれん街』を会場に、来週末、7月21日(日)に行われる、復興グルメ『F−1大会』です。会場となる「おしかのれん街」のお魚屋さん「マルニ鮮魚店」の、
佐藤じゅんこさん、通称・じゅんこママに、どんな大会なのか伺いました。

◆復興グルメF1大会。第1回は気仙沼、2回目が大船渡、そして3回目が牡鹿半島の鮎川。気仙沼、大船渡の大会も仮設の商店街が主になって、自分たちの地場産品をどうにか売り出そうとして始まったので、仮設商店街が一つになってやるという意味。気仙沼、大船渡、石巻、そして今回初めて福島が参加。それぞれみなさんが仮設商店街で、自分たちの地場産品を工夫して出すという形です。

このイベントには、全部で12の復興商店街が、それぞれのオリジナル「復興グルメ」で
参加。お客さんの投票でNO1を決めることになります。

例えば・・・
・岩手県大船渡「おおふなと夢商店街」の「海鮮ばきばきソバ」
・宮城県気仙沼「気仙沼復興商店街 南町紫市場(いちば)」の「ふかひれジュレ」
・福島県南相馬市「TEAM南相馬 かしま復幸商店街」の「りゅうぐうたこ焼」。
などなど!!

そして、牡鹿半島・鮎川の「おしかのれん街」は、この地域の特産品を使った、この復興グルメで勝負に臨みます!

◆F1に出るために何をしたらいいか、何を作ったらいいかを考えた。鮎川と言えばクジラ。クジラで色んなものを作ってやったが、一番好評だったのがクジラの竜田揚げ。野菜と一緒にパンにはさんだ。牡鹿もびードッグ。モビーディック(白鯨)をもじってモビードッグ。もさもさ感がなくてしっとりした感じ。
それに特製のたれをつけてちょっとピリ辛な感じ。結構みなさん美味しいと言ってくれている。パンももちもち感があってクジラに合うようなパンを作ってもらっているので大変おいしいと好評。まずは21日の意気込みをがっちり携えて臨みたいと思います。みなさん、牡鹿半島のモビードッグ、一生懸命作ります。
みなさんもぜひ食べに来てください。お願いします。


おしかモビードッグ

復興グルメF−1大会は、牡鹿半島・鮎川の『おしかのれん街』で、
21日(日)10時45分から開催式。午前11時からスタートです。地元小学生の太鼓の演奏なども行われるということです。復興グルメF1大会  
※以下、上から、初代グランプリの「気仙沼サンマティーヤ」、第1回F-1大会 敢闘賞に輝いた『雄勝丼』、第2回F-1大会 敢闘賞に輝いた『雄勝湾カレー』(今大会には出品されません)






2013年7月11日

7月11日 サポートアワーキッズ2013 フランス語学留学 報告編(4)

東日本大震災の被災地の子どもたちに、数週間の語学留学を体験してもらう「サポートアワーキッズ」の
今年の取り組みを、月曜日から続けてお伝えして来ました。

先月・6月29日。10人の子どもたちはフランス語学留学を終え、無事に帰国。その日のうちに、それぞれの家族が待つ 東北の地元へ帰って行きました。

あっと言う間の2週間。旅のおわりに、成田空港では解散式が行われ、子どもたちは一人ひとり、フランスで感じたこと、持ち帰ったものを発表しました。

◆それぞれが持ち帰ったもの
『フランス行く前と今で一番違うのが、将来の夢。前は見つかっていなくて、世界をもっと見たいと思っていたが、フランスに行って視野が広がった。日本をもっと見たい。日本から世界を、という視野の広がり方があった。自分の中での目標は達成できたかなと思っています。』

『世界は人で出来ているんだなと思った。ルマンのレースもクルマがあって、クルマを作るデザイナー、エンジニアがいて、ドライバーがいて。それを見に来るお客さんがいて、レースに協力する地域の人がいる。すべてが人で出来ている。人が集まればどんなに大きなことでも成し遂げられるんだなと分かった。』

『ルマンのレースで始まって10分でクラッシュが起きドライバーが亡くなった。カーレースの華やかな雰囲気とは一転、表と裏をみた。全力で物事に取り組むことの大切さを感じた。命を懸けても良いと思える、熱中できるものを探していきたい。』

『フランスで一番感じたのは、震災を受けて思っていた以上にたくさんの人が支援をしてくれていたということ。物資面の支援は目に見えて分かりやすいが、パリ日本文化会館で話を聞いた、祈りやコンサートは耳に入っていなかった。悔しい思いをした。もっとちゃんと耳に入れていれば今までの生活も違っていたのではないか。それを知ることができた今の私の責任は、震災であまりに悲しい思いをした人に、世界のみんなが応援してくれているということを伝えることだと思う。伝えることはすごく大切。今回の経験した分、私たちは他の人に伝える使命がある。今後は語学コミュニケーションを学んで、今回感じたことや今後感じることを世界の人と共有することをしていきたい。』

◆そして「日常」へ
『まずお墓詣り行って報告して、家帰ってお土産だして荷物整理して、風呂入って寝る!寝ます!』

『フランスパン食べたくなくてホットドック食べたくなくて頼んだらそれもフランスパンだったんですよ。悲しい思い出です(笑)』

『寺田さんとの話で、過去は過去、今と明日を生きなきゃいけないという言葉が沁みていて、日本にも自分の住む世界があるからそこでいち早く動かないといけないなという、今はそういう気持ち。いつまでも余韻に浸ってられない。早く行動しないと。エンジン全開。ブンブン行ってます!』


サポートアワーキッズの今年度の語学留学プログラムは今後、7月末にアイルランド、8月にはカナダ、ニュージーランドで実施されます。
サポートアワーキッズの情報はこちらから





2013年7月10日

7月10日 サポートアワーキッズ2013 フランス語学留学 報告編(3)

引き続き、東日本大震災の被災地の子どもたちに、数週間の語学留学を体験してもらう「サポートアワーキッズ」の取り組みをお伝えします。

10人の子どもたちによる、2週間のフランス語学留学。今日はそのメンバーの中から、宮城県石巻の中学2年生、板倉凱士くんに焦点を当ててお送りします。

凱旋門の「凱」に、武士の「士」と書いて凱士くん。この名前は、若い頃フランスで凱旋門を見たお父さんが名づけたもの。そして、津波で亡くなったお母さんの「広い世界を見てほしい」という願いも込められています。そんな凱士くんが、今回のフランスステイに応募した理由。それはもちろん、凱旋門を自分の目で見ること。出発前 彼はこんなことを言っていました。

◆ノーベル賞を3つ取るんです!
凱旋門ってテレビとかでみるとめっちゃデッカイんですよ。俺はその、偉大っていうかそういう人になりたいんですよ。アルフレッド・ノーベル的な。俺は3つ取るんですもん。ノーベル賞を3つ取って、テレビとかに出て、「あ、こいつ凱士だ」みたいな。世界中のだれが観ても「あ、凱士でてるよ」って言われるような人間になりたいです。


そして、2週間の滞在も佳境に差し掛かった11日目。凱士くんは、ついに、その時を迎えました。

◆凱旋門の前に立って
(凱士!やばい目の前だ!) マジかよこれ。ヤバイやばい。まってまって。高すぎるだろこれ。待って待って。凱旋門のようになるって言ったけどさ・・・。いやいやいや。




とにかく圧倒された凱士くん、このあと「凱旋門のようになりたいと言ったけど、でっかすぎる。撤回したい」とまで言っていました。でも! フランスの象徴・凱旋門の姿は、彼の心にしっかり焼きついたみたいです。

◆三つ目のノーベル賞のスピーチで…
予想以上にめっちゃデカくて、世界の中心にあるみたいで。凱旋門を引っこ抜いたら世界が崩れそうな感じに見えて。上からみたらエッフェル塔が見えて。八方に道路がざーっと伸びて。すっげえインパクトに残っていますね。でも、なんで自分の名前につけたのかっていうのは何となくわかったような気がします。この名前を付けてくれたのがどれだけカッコよくて、どれだけ名誉のあることだと分かったから、うちの人に名前を付けてくれてありがとう、みたいなことを言えたらいいなと思うけど、恥ずかしいので、そう思っておくだけにしときます。というのを、ノーベル化学賞のスピーチ、三回目のノーベル賞で言います。
いま自分の中で変わったのは、自分のためじゃなくて、自分のためもいいけど、プラスアルファで他の人にも役に立つような、不自由な人のためになるような発明をしたいなと思うようになりました。

お父さんが名付けた凱士という名前の意味は「勝鬨(かちどき)を上げる武士」。自分の名前のルーツを、しっかり目に焼き付け、凱士くんは、もうすぐ中学2年の夏休みを迎えます。
 


明日もサポートアワーキッズの話題。10人の子どもたちのフランスでの様子をお届けします。

2013年7月9日

7月9日 サポートアワーキッズ2013 フランス語学留学 報告編(2)

今朝は、東日本大震災の被災地の子どもたちに、数週間の語学留学を体験してもらう「サポートアワーキッズ」の取り組みをお伝えします。

今年度の第一陣として、10人の子どもたちが体験した2週間のフランス語学留学。そのプログラムには特別な企画も用意されていました。ル・マン24時間耐久レースです。

この企画は、ルマン24時間耐久で最も有名な日本人ドライバー、寺田陽次郎さんや自動車メーカー・マツダなど様々な企業の支援で実現したものです。レース観戦だけでなく、ファンなら誰もが知っている、91年のルマン優勝マシン「マツダ787B」のシートに座る機会!レース直前のTOYOTAピットへの招待!!ミシュランのワゴン車でのコース1周体験!! など、本当に貴重な体験ができたそうです。



また、レースが始まる直前には、支援企業の一つミシュラン 森田広報部長から、子どもたちに、こんなメッセージもありました。

◆ル・マンに関わる人々の想い
ルマンは1923年からずっと続いている1年に一度のお祭り。会場では交通整理をしている若い人、おじさん、お姉さんなどが働いているが、みんなルマンに住んでいる人たちです。おじいちゃんがこれをやっていたから、自分もこれをやりたいと言う風にルマンの町の人たちが街全部あげてやっています。日本でもお祭りがあると町を挙げてやるでしょ。東京にいても地元のお祭のために帰郷するのと一緒。街の支えがあり歴史があり、参加する人たちの集まりで車1台を走らせる。今日招待するミシュランはタイヤとして参加している。タイヤメーカーとして真剣になってレースに勝ちたい、勝たせたいと言う思いを肌で感じると思います。




この体験は子どもたちにとって、かなり印象深いものだったようですが、特に、将来エンジニアになるのが夢だという福島市の17歳・半澤悠音さんは、大きな刺激を受けていました。

◆もっといろんな経験がしたい!
一番楽しかったのは24時間耐久レース。音、クルマのとんでもないスピードを観れてハマった。カッコ良かった。しかもトヨタが2位の瞬間も見れて、マツダの当時優勝したエンジニアに心得、やりたいことをやりつづける大切さ、諦めない気持ちを直接聞けた。本当に嬉しかった。ご飯も美味しかったけどそれどころじゃなくて(笑) どんなエンジニアになりたいかは決まっていなくて、勉強ができればよいのではと思っていた。実際のエンジニアのモノづくりの世界はテストの点数は関係ない。やる気や情熱、積んできた経験。。。勉強ができれば立派なエンジニアになれるわけではない。積極的に色んなものに自分から触れて、立派なエンジニアになるための経験をしていきたい。これだけじゃ足りないからもっといろんなことをやっていきたいと思った。


明日もサポートアワーキッズの話題。10人の子どもたちのフランスでの様子をお届けします。

2013年7月8日

7月8日 サポートアワーキッズ2013 フランス語学留学 報告編(1)

今朝は、東日本大震災の被災地の子どもたちに、数週間の語学留学を体験してもらう「サポートアワーキッズ」、今年度の取り組みの、続報をお届けします。

3年目の今年、実施されるのはフランスをはじめ4か国の語学留学です。先月6月16日にその第一陣として10人の子どもたちが、フランスへ出発。2週間の語学留学を経験しました。

現地での様子、お伝えしましょう。まず現地滞在2日目。フランス ル・マン大学で行われた語学講座の模様です。




緊張しながらも、子どもたちは一所懸命、フランス語と英語を交えて、コミュニケーションを取っていました。そして、この日の夜はル・マンの宿泊施設で、地元の学生たちとの交流会も開かれました。



参加者の一人 、仙台市出身の15歳、星睦(ほし・むつみ)くんは、一日をこう振り返りました。

◆もっと自分から積極的に!
交流会の時に全然フランス語が通じないので大丈夫かなと思ったんだけど、あまり話しかけられなかったんですけど、途中から名前を聞かれて。一人英語が喋れる女の子がいて話して、「サッカーしようね」と言われて、そこからは楽しくて、素直に嬉しくて。でも相手の名前を聴けなかったので明日からはもっと自分から積極的に、フランス語だけじゃなくて英語でもなんでもいいけど、
自分からちゃんと聞いて友達になろうと思った。
               

滞在2日目、現地の同年代の学生たちとの交流会では、一緒にサッカーをする機会もありました。言葉が、なかなかうまく通じない中、子どもたちは、こうして徐々に交流を深めていったようです。


 
明日もサポートアワーキッズの話題。10人の子どもたちのフランスでの様子をお届けします。

2013年7月5日

7月5日 絵本「ハナミズキのみち」


今日は、一冊の絵本に込めた想い。絵本のタイトルは「ハナミズキのみち」。文章を書いたのは、岩手県陸前高田市の、淺沼ミキ子さんです。

淺沼さんは東日本大震災で、当時25歳の長男、健さんを亡くしました。淺沼さんは、地震の後、避難の途中で、一度健さんの姿を見かたと言います。そのとき健さんは、市の職員として、また消防団員の一員として、町の人達の避難誘導を行っていました。けれども、それが、息子の姿を見た最後となってしまいました。

◆やり場のない悲しさ悔しさ
震災後、語るところのないやり場のない悲しさ悔しさを、息子もそうだけれど、ほかの消防団の方たち、水門を閉めにいって、交差点で渋滞を誘導していて津波にのまれたという話も聞いていて、そんな方たちがどんなに無念でいるだろうと。
そんなことをずっと考えていて、残ったものとして、なにか形にして残していかなければならない、これを語り継いでいかなければ同じことを繰り返すだろうと。伝わりやすい形で、読み継いでいけるものということで、大人が子供に読んで聞かせる絵本、命が繋がる術になるのではと考えた。


淺沼さんはおよそ2年の歳月をかけて、試行錯誤を繰り返しながら、絵本を完成させました。絵本に描かれているのは、津波で亡くなった男の子と、避難の道標となるハナミズキの木。やわらかな色彩の絵が添えられています。

◆「ずっと見守っていてね」 
大事なひとを亡くした喪失感、家をなくし、大事なものを失ってしまった方たち。そうした喪失感はかなりのものがあったと思う。初めのころは、悲しみや苦しみから逃れるために、自ら命を絶っていく方もあると聞いた。そこから立ち上がるために、どうぞみんながんばっていきましょう、できることがあるはずなので、という想いも込めて、書き始まった。
わたし自身がこの本をつくることを目標として、2年間気を紛らわせていただいて、それに没頭することで生きてきたようなところがある。
息子には想いを込めた本ができたよという報告と、頑張ってハナミズキの木を植えていくから、ずっと見守っていてね、ということを伝えたい。


震災と津波の記憶。そして健さんが町の人達を守ろうとした想いを、伝えていくことが、自分の役割だと、淺沼さんは話してくれました。また、淺沼さんは「ハナミズキのみちの会」を立ち上げ、市内の高台へ続く避難経路にハナミズキの木を植える取り組みも行っています。

金の星社「ハナミズキのみち」

2013年7月4日

7月4日 富岡を離れて4

月曜日から、福島県を離れ東京で避難生活を続ける、橋本弘さんご夫妻のインタビューをお届けして来ました。

福島県双葉郡富岡町。浜通り随一という桜の名所「夜の森の桜」、落葉広葉樹の広がる大倉山(おおくらやま)などの山々、そして町を2つに分け、太平洋に注ぐ富岡川、海と山と川に囲まれた、自然の豊かな町です。

長年暮らしてきたこの町についてたずねたところ、橋本さんは、震災前に撮りだめていたという、一冊のアルバムを開いてくれました。

◆大切なものがなくなっちゃった
向こうにいた時に、散歩の時に小さなカメラをもってパチパチと撮影していた。でもこういう暮らしが無くなってしまった。町がひとつ。その時より、結局こっちにきて、なんだかとっても大切なモノがなくなっちゃったんだな。これは私たちの町から消えたというより日本から消えちゃったということでしょ。自然災害というのは避けようがないところがあるが、これが全て放射能に汚染されていると思うと。(写真を見ながら)…豚のさんぽ(笑)。豚も散歩できる街だったんです。鮭も川を上がってくる町だった。




富岡で生まれ育ったという、奥さんの かほるさんは、写真を眺めながら、こうおっしゃっています。

◆3月11日以前の富岡に…
こんなにいいところだったんだなって。こっち(東京)にきて、富岡って自然に恵まれていて、山と海と川があって、野菜も新鮮でお米も取れていいところだったんだなって再認識した。毎日海まで散歩していた。こっちにきてウォーキングしようとしても、体を鍛えるためのような感じで楽しくない。富岡だったら周りが変わる。田んぼの状態も、花も、雑草も。そういうところを歩くと鍛えるとかそういう目的ではなく毎日楽しくて、同じコースでも毎日違って楽しかった。自分の意志でここにきたわけではない。居住スペースを与えてもらえたのはありがたいことだが、今まで庭が広い家、一歩外に出ると地べたがある生活だった。ここはなかなか外に行けない環境で、どうしても閉じこもりがちになる。3月11日以前の同じ町に戻りたいというのが本音だがそれは不可能なので、戻りたいといっても戻れない。今戻ったって誰も近所もいないし、水道なども全然戻っていないので。




明日は、宮城県石巻市・牡鹿半島から、復興商店街の話題をお届けします。

2013年7月3日

7月3日 富岡を離れて3

引き続き、福島県を離れ東京で避難生活を続ける、橋本弘さんご夫妻の“今”をお伝えします。

福島第一原発20キロ圏内の町、双葉郡・富岡町を離れ、東京・江戸川区の都営アパートで避難生活を続ける橋本さんご夫妻。富岡町は、この秋にも国直轄の除染事業が始まる見込みですが、町民がいつ戻れる日はメドも立っていません。そんな中、出来るだけ故郷に近い、福島県内の 別の地域へ移転する選択肢について伺いました。

◆住民と避難者の軋轢
近くまで戻るか。いまいわき市は、被災者の人たちと、以前から暮らしていた人たちの軋轢という話もある。いわきの方々も地震や津波、放射能も無関係ではない中で何万人という人を受け入れてやってきている。それは大変。そこに賠償問題の話が色々。一部には軽率な発言が、被災してそこにお世話になっていてもちょっとあったりというのを耳にする。「賠償金をもらって朝から晩まで遊んでいるんじゃないか」「税金も払わないでゴミを捨てるんじゃない」とか。色々と小さな問題が出てくる。ぎくしゃくしてくる。その軋轢があるということもある。自分がどこ出身かを明かさないで暮らしているという。自分がどこ出身か明かさないで暮らすって変ですよね。そういうことも含めて、どうしようかという迷いはある。


橋本さんも、賠償金を支えに生活をしています。また、現在のお住まいも「無期限に暮らせるわけではない」そうです。今日・明日の生活に困るわけではないものの、日々の生活には、常に不安が付きまとっている、橋本さんはそう話します。

◆「どこに住んだらいいんだろう」
私は個人的にはいつまでも関わっているのはイヤだし、やりとりするのもイヤだったので5年分の賠償の額が出ている。それが多いか少ないのか、自分たちの今までの生活と同等のものが得られるのかというと、もちろん個人差はあるがはっきりいって不安。何かしていても、根底的な不安は消えない。これからどこに行ってどうやって生きて行ったらよいかも分からないというのは、心から楽しんだりということはない。何かいつもひっかかっている、不安がある。地に足がついていない。だから今日食べるのに困るわけではない。たぶん食料いっぱい積んだ舵のきかない難破船に乗っているような感じかな。人間は意外とどこに住んでもいいといわれると、「どこに住んだらいいんだろう」というところもある。

               

明日も、富岡を離れ、避難生活を続ける橋本弘さんの声をお伝えします。

2013年7月3日

7月2日 富岡を離れて2

きのうに引き続き、福島県を離れ東京で避難生活を続ける、橋本弘さんご夫妻の“今”をお伝えします。

双葉郡・富岡町で、洋食屋さんを営んでいた橋本さん夫妻は、津波と原発事故から逃れ、隣町の川内村(かわうちむら)や郡山市など、避難先を転々とした末、東京都の避難者受け入れに応募。東京江戸川区の都営アパートでの避難生活は、はや2年となります。震災のショックと、慣れない東京の暮らし。長引く避難生活は、橋本さんとご家族にどんな影響を与えたのでしょうか。

◆東京での生活
東京について2週間くらい娘のところにいて、そこから今の都営アパートに移り、今までここにいる。最初は母も一緒に来たのだが80歳を過ぎ、急激に足腰が衰えた。以前は2階に暮らしていて自分で暮らしていたが、それが一切、急激にできなくなってしまったので精神的にも不安定になってしまい、ここのアパートで2〜3回転倒。今は近くの施設でお世話になっている。


橋本さんは現在「59歳」。富岡で30年間、「街の洋食屋さん」を続けてきて、突然 職を失いました。避難指示解除・準備区域に再編されたとはいえ、富岡で生活を再建するメドは立っていません。そんな状況の中、仕事の再開について伺いました。

◆根を下ろす覚悟
仕事は現在はしていない。ちょっとアルバイトはしていたが。仕事をしてしまうと、それが日常になってしまってここの生活に根を下ろしたようになってしまう。そのまま継続するような被災者でいる不安がなくなる怖さ。変な言い方だし被災者という言葉も好きじゃない、そういう一つの見方でしかないんだろうけど、これからどうするかはっきりは決まっていない。仕事をするってそこに根を下ろす覚悟がなかったら出来ない。安心感はあるが、こんなに安心してしまっていいのだろうか。生活の基盤がここにあっていいのか。ここもいつまでいられるか分からない。地元・富岡は住めない。商売をしていたい人はいわき市でお店をもつとかそういうことも可能でもあるが、そのための色んな優遇制度もあるが、お店というのはそこで一度開いてしまうと、ずっとそこで基本は商売することになる。相当な覚悟がいる。なかなかお店をもう一度開くというのは難しい。できれば、やるなら富岡でと思っていたが、今の現状では難しいと思ったほうが良いと思う。
               

明日も、富岡を離れ、避難生活を続ける橋本弘さんの声をお伝えします。

2013年7月1日

7月1日 富岡を離れて

今朝は、福島を離れ東京で避難生活を続ける、あるご夫婦の今をお伝えします。

橋本弘さん、かほるさん夫妻は、震災前は、双葉郡富岡町(まち)で、ご夫婦で洋食店を営んでいましたが、現在は、東京・江戸川区の都営アパートで避難生活を続けています。

橋本さんのお店とご自宅は、富岡の駅に程近い海沿い500mほどの場所にあります。東日本大震災当福島第一原発20キロ圏内の町・富岡を襲った震災。そこで長年暮らしてきた橋本さんの体験です。

◆30年の暮らしを奪った津波
富岡に来たのは30年前くらい。女房の田舎だったので、彼女の両親と富岡で暮らそうということになりお店(洋食店)をやって一緒に暮らし、30年近く経過して被災した。3月11日はお店が昼休憩に入り2階にいて被災。津波がくるということで危険だから逃げようという話になり、私は近所に自分の母親を呼んで暮らしていたので母親を迎えに行こうとクルマで向かったが、考えてみれば津波到達のギリギリだった。てんでんこというが、その時にとてもほおって逃げるわけにはいかない。津波は間際まで見えるわけではない。結局人の背の高さまで津波が来た。

富岡町を襲った津波は、福島県内でも最大クラスだったといいます。橋本さん一家は、こうして一命を取り留めることはできたのですが、翌日、もう一つの深刻な事態に直面します。

◆異常な緊張感
公民館のようなところで一晩明かした。次の日の朝には原発が危険だということで山の方に逃げてくれと言われた。最初は「おおげさなことを言っているんだろう、念の為に避難してくれということかな」と思っていた。ガソリンがあまり入っていなかったのでバスに乗り、川内村という山の上の小学校に避難したのが12日。突然夜中にクルマの音がするので何だろうと思ったら、結局危険な状態だから自主的に避難して下さいという状況になったようで、それで半分くらいに減ってしまった。結局クルマのない人がそこに残された。メルトダウンという状況を聞かされたときは、もしかしたら村自体が出入り規制されて私らは孤立するのではないかという恐怖心はあった。そのあと村自体が自主避難ということで全員が郡山まで避難した。とにかく異常な緊張感に包まれていた。
               

橋本さんはこのあと、郡山から東京で暮らす娘さんの下へ避難。 東京の避難者受け入れに応募して、江戸川区にある都営アパートに移転します。現在もそこで生活をしており、2年以上が経過しています。明日は、長引く東京での避難生活について、橋本さんに伺います。
  

パーソナリティ:中西哲生・高橋万里恵

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2017 東日本大震災から5年 LOVE&HOPE 2016年3月11日(金) 特別企画放送

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