2015年4月20日
4月20日 岩手県大槌町 漁師を目指す高校生1
ここ数週間、番組では東北の若い漁師たちによる、後継者を増やそうという、様々な動きを取り上げてきました。
今朝は、まさにその「後継者」になろうとしている、一人の少年にスポットを当ててお届けします。
◆朝4時から港で作業、そのあと学校へ!
本場のこういうの食ったら、スーパーで売っているのは一切食えないです。(そうだね〜。インタビューしながらもカッカカッカ作業を進めて・・・。もうあっと言う間に終わりそうだね)これでもまだホタテの数は少ない方なんです。多い日だと朝の7時から昼くらいまでかかる。(学校がある日はどうしているの)水揚げがあさ4時からで6時くらいまで作業して、家に帰ってまた学校に行く。(すごい。学校行く前に港に来ているんだ)ですね。だいたい日課なので。(学校は眠くない?)眠くないですね。結構自分ではタフって思っているんで(笑)。 <聞き手:高橋万里恵>
岩手県大槌町の漁港で、私が出会ったのは、菅野柚樹くん。現在 高校2年生です。地元の高校に通いながら、叔父・佐々木まさしさんの元で、「見習い漁師」として頑張っています。私が取材した日は、ちょうどホタテの貝剥き作業の真っ最中でした。
ということで、その場で、手際よくホタテを向いて食べさせてもらっちゃいました!本当に美味しいんですよ!!
明るくて元気で、やんちゃな雰囲気の柚樹くん。今は漁師の仕事と、釣りと、バスケットボールが楽しくてしょうがないという。(勉強はあまり好きではないそうです!)
そんな柚樹くんが、漁師になろうと考えたのは、4年前の震災です。漁師だったおじいさんを失ったことが、大きなきっかけでした。
◆憧れの祖父を失って・・・
小学校6年生で卒業する少し前でした。親もどこに行ったか分からなかったのですげえ心配で。ショックというか頭が真っ白になって。5日後あたりにまさしさんが軽トラックで来て、「ゆず〜!」って呼ばれて、誰かと思ったら叔父だったのでその時は本当に号泣して。いつも海にいたからぶっちゃけ言ってしまえば死んだと思っていて、だから涙が止まらなくて。それでそのまま違う避難所にクルマで行って、そしたっけばお母さんとお父さんとおばあちゃんがいたので、その時はマジで嬉しかったです。その時に向かっている途中に「じいさんが津波にのまれたから、泣くなよ」って言われて、おれのじいちゃんっていっつもパチンコに行ったりして家にあんまりいなかったんですよ。だからどうせすぐ帰ってくんだべな、生きてるだろと思っていて、死んだって言われても死んでねえべと思って。今もそうですけど、死んだという感覚が全然ないんですよ。
漁師だったおじいさんのお家も、柚樹くんの家も、海のすぐそばにあったそう。柚樹くんはそこで、おじいさんの仕事ぶりを見ながら育ってきたと言います。どんな方だったのか、想い出を話してもらいました。
◆優しくて、怖くて、漁師の風格があった
とりあえずパチンコ好きでおこりんぼで、優しい時は優しいんですけど海に出た時はガラリと変わって風格もあってちょっと怖かった。俺がやんちゃだったから怒っていたのもあったんじゃないですか。石をゴルフクラブで打って堤防から家を越そうと思ったら、石が、作業している家のガラスを割っちゃって、「なにしてんだクソガキ!」と言われて逃げた時もありました(笑)悪ガキだったと聞いています。(自分のことでしょ。)おじいちゃんにおこずかいをもらって、おばあちゃん家のとなりの釣具店に行くしかねえなと、2日にいっぺんくらいのペースで行っていたんじゃないですか。釣り道具買ってました。
柚樹くんは現在、仮設住宅を出て高台に建てたお家でご両親と暮らしています。おばあちゃんと叔父さんのお家が隣にあり、家族・親戚ぐるみで、海の仕事をしています。
明日も、菅野柚樹くんのお話です。
今朝は、まさにその「後継者」になろうとしている、一人の少年にスポットを当ててお届けします。
◆朝4時から港で作業、そのあと学校へ!
本場のこういうの食ったら、スーパーで売っているのは一切食えないです。(そうだね〜。インタビューしながらもカッカカッカ作業を進めて・・・。もうあっと言う間に終わりそうだね)これでもまだホタテの数は少ない方なんです。多い日だと朝の7時から昼くらいまでかかる。(学校がある日はどうしているの)水揚げがあさ4時からで6時くらいまで作業して、家に帰ってまた学校に行く。(すごい。学校行く前に港に来ているんだ)ですね。だいたい日課なので。(学校は眠くない?)眠くないですね。結構自分ではタフって思っているんで(笑)。 <聞き手:高橋万里恵>
岩手県大槌町の漁港で、私が出会ったのは、菅野柚樹くん。現在 高校2年生です。地元の高校に通いながら、叔父・佐々木まさしさんの元で、「見習い漁師」として頑張っています。私が取材した日は、ちょうどホタテの貝剥き作業の真っ最中でした。
ということで、その場で、手際よくホタテを向いて食べさせてもらっちゃいました!本当に美味しいんですよ!!
明るくて元気で、やんちゃな雰囲気の柚樹くん。今は漁師の仕事と、釣りと、バスケットボールが楽しくてしょうがないという。(勉強はあまり好きではないそうです!)
そんな柚樹くんが、漁師になろうと考えたのは、4年前の震災です。漁師だったおじいさんを失ったことが、大きなきっかけでした。
◆憧れの祖父を失って・・・
小学校6年生で卒業する少し前でした。親もどこに行ったか分からなかったのですげえ心配で。ショックというか頭が真っ白になって。5日後あたりにまさしさんが軽トラックで来て、「ゆず〜!」って呼ばれて、誰かと思ったら叔父だったのでその時は本当に号泣して。いつも海にいたからぶっちゃけ言ってしまえば死んだと思っていて、だから涙が止まらなくて。それでそのまま違う避難所にクルマで行って、そしたっけばお母さんとお父さんとおばあちゃんがいたので、その時はマジで嬉しかったです。その時に向かっている途中に「じいさんが津波にのまれたから、泣くなよ」って言われて、おれのじいちゃんっていっつもパチンコに行ったりして家にあんまりいなかったんですよ。だからどうせすぐ帰ってくんだべな、生きてるだろと思っていて、死んだって言われても死んでねえべと思って。今もそうですけど、死んだという感覚が全然ないんですよ。
漁師だったおじいさんのお家も、柚樹くんの家も、海のすぐそばにあったそう。柚樹くんはそこで、おじいさんの仕事ぶりを見ながら育ってきたと言います。どんな方だったのか、想い出を話してもらいました。
◆優しくて、怖くて、漁師の風格があった
とりあえずパチンコ好きでおこりんぼで、優しい時は優しいんですけど海に出た時はガラリと変わって風格もあってちょっと怖かった。俺がやんちゃだったから怒っていたのもあったんじゃないですか。石をゴルフクラブで打って堤防から家を越そうと思ったら、石が、作業している家のガラスを割っちゃって、「なにしてんだクソガキ!」と言われて逃げた時もありました(笑)悪ガキだったと聞いています。(自分のことでしょ。)おじいちゃんにおこずかいをもらって、おばあちゃん家のとなりの釣具店に行くしかねえなと、2日にいっぺんくらいのペースで行っていたんじゃないですか。釣り道具買ってました。
柚樹くんは現在、仮設住宅を出て高台に建てたお家でご両親と暮らしています。おばあちゃんと叔父さんのお家が隣にあり、家族・親戚ぐるみで、海の仕事をしています。
明日も、菅野柚樹くんのお話です。