2012年1月12日

1月12日「千葉県旭市・心の傷を負いながら、語り続けること」


千葉県で最も大きな被害を受けた地域、旭市・飯岡地区で始まっている、津波の体験を後世に残す「語り部」の活動をご紹介します。


「いいおか津波 語りつぐ会」の語り部活動の発起人のおひとり、渡邉義美さんは、飯岡で飲食店を経営されており、銚子、旭、茨城県神栖の飲食店と協力し、「復興どんぶり」というメニューで資金を集め、語り部の活動費などに充てています。

◆活動のきっかけ
 地域の人達に元気をつけるためには、我々が元気にならなければいけない。そこで「復興丼」を作り看板を立てた。20店舗ほどでお金が入ってきた。そのお金で、飯岡の復興のために後世に伝える動きを起こそうということになった。
 聴き取り調査をはじめ、被害を受けた方の中で前向きな方を語り部とした。その結果、しゃべった本人が元気になってしまった。そこで「いいおか津波 語り継ぐ会」を始めた。



「語りつぐ会」の語り部、小野芳子さんは、ダウン症の長男と一緒に仮設住宅で生活をしています。
小野さんは、津波の被害を受けた家を、修復せずに解体してしまいました。その理由は、津波が長男の心に残した傷でした。

◆息子の意思を受けて
 築12〜13年、全壊ではなかった。直して入ろうとしたが、息子が反対した。「津波が怖いから行かない」と拒否した。そんなに深い傷を負ったとは想いもしなかった。
 津波の話をすると嫌がっていたが、忘れてくれるだろうと思っていた。しかしそうじゃなかった。「津波が怖い」「僕頑張った」と言う。意思を受けて海の見えないところへ行くことに決めた。9月20日ごろに家を解体。別の場所に小さな家を建てようと思っている。



「いいおか津波 語りつぐ会」は、今後も千葉県内の学校や、防災イベントを中心に活動を続ける予定です。

【いいおか津波語り継ぐ会】
お問い合わせは 電話:0479-57-2691
 ※この番号は15日に開通予定です

2012年1月11日

1月11日「千葉県旭市の『語り部』が、後世に伝える体験」


津波の被害にあった千葉県旭市は、市の発表によると、
地震と津波による死者13名、行方不明者2名、
住宅被害は全部で3677戸、そのうち全壊と大規模半壊が768戸、液状化の被害767戸
千葉県で最も大きな被害を受けた地域です。
旭市では現在も、約170世帯が仮設住宅での暮らしを続けています。

旭市飯岡地区の小野芳子さん(75歳)は、市内で働くダウン症の長男と一緒に、今も飯岡地区にある仮設住宅で避難生活を続けています。

また小野さんは現在、飯岡の市民団体が立ち上げた、震災・津波の体験を後世に伝える「語り部」としての活動に参加しています。

◆「語り部」の震災体験
 2階のある家はみんな2階へ上がった。うちは平屋だった。津波は瞬間7mといっていたがそれ以上だったのでは。第一波は玄関までで引いた。「この程度で終わった」と思った。
 息子が帰らないのでうちで待っていた。それから40分ほどして大きなのがきた。息子が帰ったところだった。避難しろと言われ、大事なものを家に取りに行った。奥の座敷へ財布などを取りに行き、手を繋いで座敷から帰ってきて下駄箱に手を置いたらバーンと津波が来た。
 手を繋いでいた息子がいない。「まさかず」と呼んだが、返事もない。茶箪笥も冷蔵庫も倒れてきた挟まれた。波はどんどん重なり3mくらいになった。捕まっていたが潜ってしまった。
 「まさかずゴメンね」と謝りながら意識を失った。気がついたら仏壇の前のガレキだらけの上に座っていた。助かった。
 でも正和がいない。「ごめんね正和」と大きな声で言ったところで引き潮に。消防隊が来たので、「障害を持つ息子がうちの何処かに沈んでいるから探してくれ、そうでないとうちは出られない」と言ったら、息子は既に助けられたことを知らされた。その後、どうやって正和が助かったのか教えてくれた。息子は流木を乗り換えて、屋根に飛び乗り、助かった。



小野さんは、生まれも旭市飯岡で、1960年のチリ地震など、過去に襲った津波も経験していますが、「今回のような津波は全く想像していなかった」ともおっしゃっていました。
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パーソナリティ:中西哲生・高橋万里恵

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2017 東日本大震災から5年 LOVE&HOPE 2016年3月11日(金) 特別企画放送

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