2014年5月30日

5月30日 「我歴STOCK in 女川」

今朝は、宮城県女川町で今週末行われる 「我歴STOCK in 女川」 をご紹介します。

東日本大震災からの復興を祈って、2011年から開催されている「我歴STOCK in 女川」があさって、6月1日(日)、女川小学校校庭で開催されます。「我歴STOCK in 女川」は、女川出身の若いメンバーが立ち上げた団体、「女川復興丸」が主催。今年で4回目を数える音楽フェスティバルです。

なんと今年はナオト・インティライミさんの出演が決定!

もちろん会場に〔飲食ブース〕も登場しますが、女川といえば、〔丼の中に竜宮城がある!〕と言われる、伝説の海鮮丼、「女川丼」が食べられる、「おかせい」も有りますからね。たくさんの方に足を運んでほしいイベントです!

詳しくは「我歴STOCK in 女川」のサイトをご覧ください。

2014年5月29日

5月29日 「汐凪へ」 木村紀夫さんから汐凪ちゃんへの手紙

木村紀夫さんは、原発事故の影響で「全町避難」が続く、福島県大熊町の出身。
震災による津波で、父と妻を亡くし、次女汐凪(ゆうな)ちゃんは、いまだに行方がわからないままです。長野県白馬村に移り住んだいまも、月に1度は大熊町に足を運んで、自らの手で汐凪ちゃんの捜索を続けています。

今日は木村さんが、汐凪ちゃんに宛てた手紙をご紹介します。

*****

「汐凪(ゆうな)へ」
 
汐凪。
お父さんはまだ、汐凪が津波の犠牲になったということが実感出来ないでいる。
まるで突然お父さんの前からいなくなってしまっただけで、
汐凪はどこかで元気にしているような・・・。
仲の良かった紅音(あかね)ちゃんは、
「汐凪ちゃんは、南に島で元気に走り回っている」と、いまだに信じているよ。

お父さんは、汐凪に謝らなければならないことがある。
大きな地震があったら津波が来るから家に戻っちゃいけないと、
しっかり教えてなかったことをとても後悔しているんだ。
汐凪ならきっと、ちゃんと教えてれば、その通りにしっかり行動できたはずだ。
ほんとうに、申し訳なかった。


大熊町の行方不明者は1人になったよ。汐凪だけだ。
その「1」という数字も、汐凪が残してくれたもので、
その意味についてはずっと考えていかなければならないことだと思っている。

汐凪をしっかり捜してやれない原因をつくった原発事故は、
お父さんたちが求めてきた、お金を使って消費して得る楽な生活、
それの代償のような気がするんだ。
だからその「1」という数字は、人の生き方を問い直す為の、大きな数字だと思う。

お父さんは今、お姉ちゃんと一緒に長野の白馬村で新しい生活を始めている。
ここに汐凪はいないけれど、ここでの生き方、汐凪を捜すこと、伝えること、
そうすることでずっと汐凪と繋がっていけると信じているよ。

大丈夫、ずっと一緒に居られるから・・・。
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パーソナリティ 鈴村健一

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