2014年2月27日
2月27日 被災地の小学校のいま 釜小学校・土井校長
きょうは、震災まる3年を前に、被災地の小学校と、子どもたちが抱える問題についてお伝えします。
お話を伺ったのは、宮城県石巻市立・釜小学校の土井正弘校長です。土井校長は震災当時、同じ石巻市の雄勝小学校の校長で、当時から子どもたちの心のケアに力を注いできました。現在 校長を務める釜小は、石巻湾からおよそ2キロ。あの日 学校は、床上1mを超す津波に襲われました。
◆癒えない津波の恐怖
釜小学校は子どもの犠牲の多いところ。25名なくなっている。宮城県でも大川小学校に次いで多い、2番目。犠牲となった子どもはちょうど地震発生時が帰宅時間と重なり、保護者が車で迎えに来たのだが周囲が全部渋滞になり動かなくなった。そこに津波が来て流されたということが大半。人的な被害が多い学校なので生き残った子どもも傷ついているわけで、心のケアを重視してこれまで進めてきた。不登校もあった。地震がくると次の日から学校を休む。学校に来ている子も地震が来るとおびえるということが今でもある。避難訓練は欠かせないが、避難訓練にまだ参加できない子どももいる。休む子もいれば学校に来ても保健室で待機する子もいるという状態。トラウマ的な症状が日常の行動の中にも今なお見え隠れする。どんな拍子にそれが出るのかは我々も予測できない。まもなく3月11日・3年目を迎えるが私どもは祈りと誓いの集会ということで、弔いの場を学校として設けているが「アニバーサリー反応」「記念日反応」がある。当然3年前を思い出して不安に駆られるということが去年もあった。前もってお知らせして、こういう行事があると事前に家庭に伝えて、場合によっては欠席しても構わないということでやろうと思っている。
「記念日反応」というのは、3月11日や毎月11日、亡くなった方の命日や月命日など、特定の日付につらい出来事を思い出してしまう、といったことを言います。被災地では現在も、「記念日反応」にみまわれる子どもたちが、いるということです。
釜小学校は、現在児童数471人。そのうち130人が学区外から通学していて、その多くが仮設住宅での生活を続けています。
明日は、被災地の小・中学校で大きな問題となっている「学力低下」の現状について、釜小・土井校長のお話をお伝えします。
お話を伺ったのは、宮城県石巻市立・釜小学校の土井正弘校長です。土井校長は震災当時、同じ石巻市の雄勝小学校の校長で、当時から子どもたちの心のケアに力を注いできました。現在 校長を務める釜小は、石巻湾からおよそ2キロ。あの日 学校は、床上1mを超す津波に襲われました。
◆癒えない津波の恐怖
釜小学校は子どもの犠牲の多いところ。25名なくなっている。宮城県でも大川小学校に次いで多い、2番目。犠牲となった子どもはちょうど地震発生時が帰宅時間と重なり、保護者が車で迎えに来たのだが周囲が全部渋滞になり動かなくなった。そこに津波が来て流されたということが大半。人的な被害が多い学校なので生き残った子どもも傷ついているわけで、心のケアを重視してこれまで進めてきた。不登校もあった。地震がくると次の日から学校を休む。学校に来ている子も地震が来るとおびえるということが今でもある。避難訓練は欠かせないが、避難訓練にまだ参加できない子どももいる。休む子もいれば学校に来ても保健室で待機する子もいるという状態。トラウマ的な症状が日常の行動の中にも今なお見え隠れする。どんな拍子にそれが出るのかは我々も予測できない。まもなく3月11日・3年目を迎えるが私どもは祈りと誓いの集会ということで、弔いの場を学校として設けているが「アニバーサリー反応」「記念日反応」がある。当然3年前を思い出して不安に駆られるということが去年もあった。前もってお知らせして、こういう行事があると事前に家庭に伝えて、場合によっては欠席しても構わないということでやろうと思っている。
「記念日反応」というのは、3月11日や毎月11日、亡くなった方の命日や月命日など、特定の日付につらい出来事を思い出してしまう、といったことを言います。被災地では現在も、「記念日反応」にみまわれる子どもたちが、いるということです。
釜小学校は、現在児童数471人。そのうち130人が学区外から通学していて、その多くが仮設住宅での生活を続けています。
明日は、被災地の小・中学校で大きな問題となっている「学力低下」の現状について、釜小・土井校長のお話をお伝えします。