2012年3月21日

3月21日「福島県楢葉町・高原カネ子さんが待ちわびる“春”」

福島県楢葉町の子どもたちの太鼓グループ「ならは天神太鼓・うしお会」の指導者・高原カネ子さん。
高原さんは、楢葉町の子どもたちに30年以上「天神太鼓」の演奏指導を続けてきた方です。
しかし、地元に愛されてきたこども太鼓は震災後、ほとんどの町民が避難生活にあるため、続けることすら困難になっています。
町の方々は話し合いを続けていますが、今も「うしお会」の今後については結論が出ていません。


◆原発事故に翻弄され続けてきたこの1年
 3月11日以降、一晩は街の体育館、そしていわき市の避難所へと逃げたが、避難所は3つとも満員。いわき市の遠くの街で3晩過ごした。その後2回目の爆発の情報を得て、常磐高速で東京へ。板橋で14日間過ごし、藤沢へ。藤沢で11か月過ごし、昨年12月29日にいわき市上田に戻ることができた。
 全て私の身内だが、3家族が一緒。家族がバラバラ、父親や母親が福島で働いているので、子どもたちとの離れ離れを解消しなければいけなかった。放射能から逃げるストレスと、子どもたちが離れ離れになっているストレスを天秤にかけると、いわき市上田という距離が中間点。藤沢だと2か月に一度しか会えないが、ここなら毎週福島市から帰ってこられる。金曜日になるとそれぞれ帰ってきて土日は大所帯でにぎやか。


◆町の大半が原発20キロ圏内・警戒区域である楢葉町
 戻れたら私は戻ろうとは思っている。インフラも含め、ある程度住める状況になり、戻りましょうということになったら、私たちの年齢くらいまではおそらく戻るかと思いう。
 でも10日や20日、1か月は「やっぱり楢葉はいいね、帰ってきたね」と暮らすと思うが、その後、好きだった畑の作物もできない。田んぼも作れない。孫たちは会いに来ない。「会いたければ出てきなさい」みたいことになった時に、そういうことに対するストレスは、ここにいるストレスとどう違うのか。
 3年後、「空間線量や土の中が改善されて大丈夫だ」となれば別だが、そうでない限り10年後、20年後、我々の命が絶えた時に、再び楢葉町の存続の危機が戻ってくる。若者が戻ってこないという街になることが見えるのであれば、除染に今一軒いくらかかるのか、500万円〜700万円とも言われるお金を使って、10年後に無くなる町を作ることが生きたお金の使い道だろうか。そういう会話が多い。私だけではない。70才の方でも同じ会話をする。
 ダメならダメで、はっきりしてもらえれば前に出る。11か月〜1年も過ごしていると、いわきにも慣れてしまう。子どもたちが、太鼓のリズムが離れていくように、ある程度の年齢のものでも、いわきの楢葉にない便利さなど、良いところを受け入れていってしまうんじゃないか。



先週、楢葉町議会は、中間貯蔵施設の設置に“反対”する意見書を全会一致で可決しました。また、4月15日は町長選挙です。
楢葉町はこの春、町の将来を決める岐路を迎えることになります。



◆高原さんが待ちわびる「春」
 ものすごく待っているんです。桜の花が咲くのを。強い気持ちで待っているんですよね。
 去年だってあちこちで咲いたんでしょうにね。全然気づきませんでした。
 待ち遠しいね、春よ来い、春よ来いって。こんなに春を待っているってなんなんだろう。
 きっと何かいいことありそうな。春と重なってくれればいいんですけどね。

2012年3月20日

3月20日「『ならは天神太鼓・うしお会』再会と共にある複雑な思い」

福島県楢葉町の子どもたちによる太鼓グループ「ならは天神太鼓・うしお会」。

本来、昨年3月に行われるはずだった「卒業生のためのコンサート」は、震災と原発事故の影響で中止となり、うしお会の子どもたちは演奏の機会を奪われました。
しかし、町の方々の「太鼓を叩かせてあげたい」という声を受けて、昨年7月、コンサートは会場を東京に移して行われました。この日会場には、避難先から集まったたくさんの方が再会を喜び、うしお会は「また集まって太鼓を叩こう」と約束して、それぞれの避難場所へと戻っていきました。
それから半年後。うしお会は今年1月に、福島県いわき市で再びコンサートを開きました。
しかし、うしお会の太鼓指導をしている高原カネ子さんは、この時のコンサートは純粋に、再会を喜ぶだけのものではなかった、と話しています。

◆区切りを迎えた複雑な思い
 1月9日のコンサートは一つの区切りという意味もあった。「もう一度地元で」とコンサートを開いたが、いわきには練習する場所もない。いわき市内で練習会場を探すのはとても大変。楢葉町であれば、隣の孫もやっているし8時9時まで賑やかでも目をつぶってくれたが、全然知らない他の地域ではなかなか望めない。
 ここで一区切りしてお休みに入ろうという集まりの場でもあった。体が覚えていたものが、気持ちも離れる。友達の顔も見ないし、練習もできない。太鼓の音も入ってこない。体からリズムが離れていくのを感じた。ものすごく繊細、単純に叩くだけが太鼓じゃない。技術として育ってきていたが、少しずつリズム、打点も衰えている。「ああ体から離れていっているな」というのを感じた。父兄とも話し合ったが、涙で結論が出ない。休みにしよう、解散にしよう、区切りだから結論を出そう。
 太鼓を置く場所もない。「浜通りじゃなく中通りの学校に太鼓を貸す」「置いてもらいながら、楢葉に持ち込むことができる日まで」というアイデアもあったが、みんな、貸したくない、どうしたらいいか分からないと結論は出ていない。ただ、1月のコンサートで「これはどこで習えるんですか」と言われたのは涙が出た。


◆子どもたちはわかっている
 1月9日(のコンサートの時)に集まっていた小さい子どもたちに、気になっていたので聞いてみた。
 「どうしてみんな会えなくなっちゃったの」
 「どうして楢葉に帰れないの」
 「帰りたくないの?帰れないの?」

 そしたら全部子どもたちは知っていた。
 「原発が爆発したんだよ、死んじゃうんだよ。楢葉にいたら」と1,2年生が言った。
 「じゃあ帰らなくていいの」と聞いたら「帰りたいよ」と。

 大人は東電を責めて、自分の悲しさやむなしさを言葉に出し話し合い、攻撃するような言葉を出すことで多少はコントロールできているが、子どもたちはどうやって心のコントロールをしているのかが心配だった。だが子どもたちは理由は分かっているのかな。


◆学力の低下
 (教育の遅れは)うちだけじゃない。うちの子はそんなに転校させられないから、2〜3年は居る覚悟で学校を探した。みなさん何度も学校を転校しているので、そのたびに教科書の範囲も違う。みんな学力の低下がある。そして集中力がなくなる。それが学力低下に繋がっていると思う。
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パーソナリティ(月ー水)中西哲生・ケリーアン(木)中西哲生・綿谷エリナ(金)速水健朗・綿谷エリナ

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