2012年3月15日

3月15日「桜ライン311」

震災による津波で甚大な被害が出た、岩手県陸前高田市。
津波は市街地にもおよび、人口の約10分の1が犠牲になりました。

「この教訓を次の世代に伝えたい。」

津波が到達した沿岸部の約170キロに、1万7000本の桜の木を植えようというプロジェクトが「桜ライン311」です。
震災から1年となる3月11日、桜の苗木の植樹が行われました。
「桜ライン311」代表の橋詰琢見さんに、震災から1年を迎えた「いまの想い」を伺いました。


◆陸前高田の1年
 もう1年、まだ1年という想い。時間がマヒしている感じ。
 この1年を振り返ってみると、震災前はなにげなく暮らしていたが、震災以降は壊滅的な街を見て、陸前高田がやっぱり好きだったと強く感じた。その好きな陸前高田が壊滅した、という想い。
 人とのコミュニケーションでも、震災前と震災後では全然違う。多くの知人友人を亡くて悲しい想い悔しい想いをしたが、震災以降支援していただいたり、新たな出会いも生まれた。そういった出会いを大切にしていきたい。



橋詰さん自身、沿岸部にあった自宅を津波で流され、震災で仕事も失いました。
でも、震災の教訓を後世に伝えるためにこのプロジェクトを立ち上げて、日々奔走する毎日を送っています。
津波の到達地点は、公共の土地だったり、民間の所有地だったりと、土地を譲り受ける交渉も簡単ではありません。
またがれきの処理が進んで、街がきれいになるにしたがって、津波の到達地点が見た目ではわかりにくくなっている、とも話してくださいました。


◆後世に伝えていく
 津波到達点170キロ。そこに1万7000本を植える計画だが、今回でだいたい270本近く。
 まだまだ始まったばかり。何年かかるかわからないが、後世に伝えていくことが大事なので、一本一本植えていきたい。




「桜ライン311」では、苗木やボランティア、そして活動資金を募集しています。
詳しくはオフィシャルサイトをご覧ください。

【桜ライン311 official website】

2012年3月14日

3月14日「宮城県石巻市・浅田香菜さんからの手紙」

この春高校を卒業、宮城県石巻市から東京に旅立つ浅田香菜さん。
被災後、海外ホームステイに参加した昨年7月から、番組では彼女を追いかけてきました。いま浅田さんは、春を前に残された期間を地元・石巻で過ごしています。

震災から1年を迎えるにあたり、私たちに向けて「いま誰かに伝えたくて、一番大切だと気付いたこと」を、手紙に綴ってくれました。

≪浅田香菜さんからの手紙≫
 私は、3.11を経験してえたものは、沢山あります。
けどそれは、1人でえたものではなく、いろいろな人に与えてもらってえたものです。
私には、震災の前の日、友達と遊ぶ予定がありました。けど、遠くに住んでいることもあり、移動が面倒 という理由で、その日の予定を延期にしました。
次の日、その友達はこの震災の一犠牲者になってしまいました。
私はその日、面倒という理由だけで予定を延期してしまったことを、今でも後悔しています。 だから私は、この1年、何をするにも「次はないかも しれない」と思いながらやってきました。そうしたら、思いのほか楽しくて、毎日がすごく充実するよう になりました。
友達は、命をかけて1秒、1分、1日の大切さを教 えてくれたんだと、今は思います。
私がこんなことを話しても、実際に体験していない人にとっては、ピンと来るような事ではないと思います。 けど、もし同じ状況になったとき、一生後悔してし まうから、それは悲しすぎることだから、私は今沢山の人に伝えたいです。
 今この一瞬を大切に生きてください。お願いします。

そして私は、この1年間、世界中の方々に支援していただき、3月1日に無事に高校を卒業する事が出来ました。私は、これから夢を叶えるために地元石巻を離れます。まだまだ復興途中の石巻から出て行くことに、沢山の不安があります。
しかし、私は夢を叶えて、そして、支援をしていただいた方や、お世話になった多くの方々に、伝えきれずにいる「ありがとう」を伝えていきたいです。
 宮城県石巻市 浅田香菜


浅田香菜さんは、これから東京で就職して、働きながら夢を追いかけていきます。
震災後、ボランティア活動や地元FM局のラジオパーソナリティなど、様々なことに挑戦してきた彼女。
いつも笑顔を絶やさず、「今はすごく充実しています」と話してくれました。
ただ、いよいよ旅立ちの日まであとわずかとなった、3月11日。
手紙を読み終えたあと、こみあげてきた素直な気持ちを打ち明けてくれました。

◆石巻を離れる直前の気持ち
 実際泣きたいときは出てくる。ふと会いたくなる。おじいさんとか。
普通に生活ができるようになってきて、普通に生活していた時期を想い出す。震災の前。そうすると友達と一緒、おじいさんと一緒のことを思い出し、本当はここにおじいさんがいたんだと、普通に生活をしてみて想い出すことが多くなった。
(東京に行くことに関して)きのう友達と遊んだばっかりで、東京に行きたくないと思った。また一人も欠けないで集まろうねって。それを家に帰ってふと思った時に、たぶん震災がなければ「一人も欠けないで」なんて思わない、集まれる時に集まろう、だった。そうやって友達と離れるんだと思ったら行きたくなくなっちゃった。あっちに行ったら行ったで、東京に来てよかったと思うんでしょうけど。だからちょうど嫌なこともいいことも半分半分。これからもっと生きていって、いやなこと半分が、良いこと半分以上のやつで消えてなくなっちゃえばいいなと思う。


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