2013年9月18日

9月18日 震災怪談3

今朝も、『震災怪談』についてお伝えします。

東北に伝わる怪談話を集めた、柳田國男の『遠野物語』には、明治三陸大津波に関する怪談話も収められています。一方、遠野物語を受け継いではじまった『みちのく怪談コンテスト』にも、東日本大震災をテーマにした怪談・実体験が数多く寄せられています。

きのうご紹介した、気仙沼出身の女性と、亡くなったお父さんに関する体験談も、ご本人の手で『白い花弁』というタイトルの「物語」になっています。

津波で亡くなったはずの人が現れ、遺族にメッセージを残すといった“不思議な話”を、残された方が 物語として語り継ぐ理由とはなんなのでしょうか。仙台の出版社『荒蝦夷』の代表・土方正志さんは、こう話します。

◆物語が語り継がれる理由
「2万人の死者」というが、被災地に暮らしている僕らにとっては2万というデータではない。「ひとりひとり」なんですよね。自分の知っている1人の人間に起こったことが、2万件起きてしまったというものすごいこと。彼女(須藤茜さん)も、2万人という記号で語られるのではなく、自分が体験したちょっと不思議な話を文字にして残すことで、2万人の死者ではなく「私のお父さんの死」を記録に残したかったのではないか。これは彼女だけではないが、書くことや語ることで救われる人がいる。誰かに伝えることで救われる人たちがいることは間違いない。ただ、すべての人がそうではなく、まだ語れない、まだ書けないという人たちもたくさんいる。他に言い方が無いので困ってしまうが、今、被災地で暮らす人たちの精神的な、内面の記録なのではないかと思う。精神的、経済的にもあがいている状態。そのあがいていること自体を残していくしかないよな。物語が一番役にたつのって、きっとそういうことなのではないか。民族的な知恵なんじゃないですかね。意識して教訓を残そうというのではなく、遠野物語だけじゃなく、落語でもなんでも、なぜそういう話が残ってきたのかと言うと、それなりの理由があると思う。



仙台の出版社・荒蝦夷代表の土方さんは、遠野物語の中に、明治の大津波に関する怪談話があることを例に挙げ、こうも話しています。

「当時の人たちが、何を感じ、どう経験を昇華して生き続けたのか。100年前の津波でも、こういう体験や想いがあったことを知れば、私たちもなんとかやっていける。だから、物語を残すことで、100年後の人たちに、いま自分たちもこうなんだから、100年後のあなたたちも大丈夫だよというメッセージが伝わればよい」

明日は、宮城県名取市の医師・桑山紀彦(のりひこ)さんのインタビューをお届けします。

★みちのく怪談コンテストブログ

2013年9月17日

9月17日 震災怪談2

今朝も、『震災怪談』についてお伝えします。

震災から2年半。いま、沿岸被災地の人々の間で、“不思議な体験談”が、広がり始めています。
こうした体験談や不思議な創作物語を公募しているのが、仙台の出版社『荒蝦夷』と怪談文芸誌『幽』と共同で実施している、『みちのく怪談コンテスト』。東北をテーマに、震災前から続く怪談文学のコンテストです。震災後の2011年は、『白い花弁(かべん)』というストーリーが大賞に選ばれています。

『白い花弁』は、宮城県 気仙沼出身の作者・須藤茜さんが実際に体験したエピソードです。東日本大震災当日、仙台の職場にいた須藤さんは、地元に戻れず山形県に避難。気仙沼港で船の整備士をしていた お父さんの安否が分からないまま避難生活を続けていました。そこで須藤さんは不思議な体験をしたと言います。ご本人に語って頂きました。

◆白い花弁
(震災から)一週間後に、実家から「まだお父さんが見つかっていない」という連絡がきた。その時私は知人を頼り山形県に避難していて、なかなかお風呂に入れない状況だったので、お風呂屋さんへ行った。
銭湯の靴箱に靴を入れ、靴箱に鍵をかけてお風呂に入り、帰ろうと下駄箱を開けて靴を出して足を入れたところ、「ふわっ」と何かを踏んだ感触がした。

なんだと思って足をひっこめたら、白い花が、靴のかかとの部分に入っていた。隙間の無い靴箱なので、どうやって入ったのか分からない。気付かなかっただけだろう、こんなのに気付かないなんてね、と、その場は笑って終わった。

それから2週間後、父が見つかった。
遺体安置所から棺で帰ってきた父は、顔の部分だけがガラスで縁どられていて、胸のところにお花があった。あの時、靴の中に入っていた白い花と同じ花だった。あの日、靴の中の白い花を見た時、不思議な体験をしてしまったので、父は助かっていないかもと思ってしまった。偶然かも知れないが、あとから考えると一致していた。私は棺の中の父に触れることができず、でも触りたいとずっと思っていた。あとから考えたのは、その白い花のフワっとした感触はもしかすると父の皮膚の感触に似ていたんじゃないかなということ。花を踏むことで父の皮膚に触れたんじゃないかと最近は考えるようになった。

文章に起こして物語にすることで、自分の身に起きたことが何がなんだかわちゃわちゃした状態だったものを客観的にできた。悔しさや悲しさを、物語に全部移してしまうことで客観的に見れた気がする。

東日本大震災で亡くなった方は、およそ2万人。須藤さんは、「2万人、という数字で表されることのくやしさ」を感じ、自分のの父親が亡くなった事実を知って欲しいと言う気持ちから、この物語を書こうと考えた、ともおっしゃっています。

「白い花弁」は、「みちのく怪談コンテスト傑作選 2011」に掲載されています。
★みちのく怪談コンテストブログ


「白い花弁」作者の須藤茜さん。
須藤さんは、本名の須藤文音さんとして、「なぜ父が死んだのか」を知るために、地震学、地震考古学、防災学の研究者をたずね、地震や防災について考えた本『地震のはなしを聞きに行く 』も発表しています。

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パーソナリティ 鈴村健一

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