2013年5月7日
5月7日 ゆりあげ港朝市 ゆりあげ港朝市 協同組合理事長 櫻井広行さん
引き続き、宮城県名取市・閖上で復活したゆりあげ港朝市(みなとあさいち)朝市の話題です。
朝市は震災後、海岸から離れたショッピングセンター駐車場で臨時営業を続けてきましたが、2年2か月ぶりに元の海沿いで再開。連休最終日のきのうも、たくさんのお客さんでにぎわったそうです。
本当に、地元に愛されてきた朝市。その歴史について、ゆりあげ港朝市協同組合理事長の櫻井広行さんに伺いました。
◆たった4つのお店から始まった
閖上の魚市場というのがあり、そこで37年前に4店舗から始まった。背負子のおばちゃんが魚を背負って、話し相手をしながらやっていた。そういうおばちゃんが20人から30人いたので、朝市で販売するようになった。そうすると閖上の町の人たちが朝市に朝に買い物しにくるようになった。日曜日の朝に色んな新鮮なものが買えるということで大きくなり、この地でずっとやっていた。
こうして、閖上の休日の、朝の風景として根付いた朝市も、2年前の震災と津波で、お店がすべて流される被害を受けました。しかし朝市は、その2週間後に場所を変えて臨時営業をはじめています。組合理事長の櫻井さんに、当時を振り返って頂きました。
櫻井理事長
◆全てを失った中で
私も自宅と工場とトラックが全部津波で流された。たまたま妹の家のある山の方に逃げたから津波は見ていないが、避難場所の小学校に行ったら真っ黒なところにロウソクにうつる顔が朝市に来るおじいちゃんおばあちゃんだった。生きていることを喜び握手をしたが、明日のご飯はパン一枚かおにぎり一個だという話を聞いた。建物は失ったが出資金などのお金で食料を買い込んで届けようと、避難所で配り続けた。その時も朝市をやろうとは思っていなかったが、お年寄りががれきの中から商品を探したり、2時間並ぶという状況だったので何とかしなければと考えた。一回でいいから朝市をやって勇気を発信しようと考えた。3月27日にきたお客さんからは握手攻めだった。みんな泣きながら品物とお金を交換した。値段じゃなかった。朝市が終わったあと、商工会に電話が殺到。「次はいつ(朝市を)やるんだ」という話になった。組合員もまだ準備もなにも出来ない状況だが、勝手にやっちゃおうということで、組合員に号令をかけた。組合員は51人いたが40人前後が集まった。普段なにも言わない文句ばかり言う組合員が、自ら「やっていきたい」と言ってきた。いつ建物が建つのかも分からない、と言ったが、それでもやると言ってきた。
あすも、ゆりあげ港朝市の話題をお届けします。
ゆりあげ港朝市
朝市は震災後、海岸から離れたショッピングセンター駐車場で臨時営業を続けてきましたが、2年2か月ぶりに元の海沿いで再開。連休最終日のきのうも、たくさんのお客さんでにぎわったそうです。
本当に、地元に愛されてきた朝市。その歴史について、ゆりあげ港朝市協同組合理事長の櫻井広行さんに伺いました。
◆たった4つのお店から始まった
閖上の魚市場というのがあり、そこで37年前に4店舗から始まった。背負子のおばちゃんが魚を背負って、話し相手をしながらやっていた。そういうおばちゃんが20人から30人いたので、朝市で販売するようになった。そうすると閖上の町の人たちが朝市に朝に買い物しにくるようになった。日曜日の朝に色んな新鮮なものが買えるということで大きくなり、この地でずっとやっていた。
こうして、閖上の休日の、朝の風景として根付いた朝市も、2年前の震災と津波で、お店がすべて流される被害を受けました。しかし朝市は、その2週間後に場所を変えて臨時営業をはじめています。組合理事長の櫻井さんに、当時を振り返って頂きました。
櫻井理事長
◆全てを失った中で
私も自宅と工場とトラックが全部津波で流された。たまたま妹の家のある山の方に逃げたから津波は見ていないが、避難場所の小学校に行ったら真っ黒なところにロウソクにうつる顔が朝市に来るおじいちゃんおばあちゃんだった。生きていることを喜び握手をしたが、明日のご飯はパン一枚かおにぎり一個だという話を聞いた。建物は失ったが出資金などのお金で食料を買い込んで届けようと、避難所で配り続けた。その時も朝市をやろうとは思っていなかったが、お年寄りががれきの中から商品を探したり、2時間並ぶという状況だったので何とかしなければと考えた。一回でいいから朝市をやって勇気を発信しようと考えた。3月27日にきたお客さんからは握手攻めだった。みんな泣きながら品物とお金を交換した。値段じゃなかった。朝市が終わったあと、商工会に電話が殺到。「次はいつ(朝市を)やるんだ」という話になった。組合員もまだ準備もなにも出来ない状況だが、勝手にやっちゃおうということで、組合員に号令をかけた。組合員は51人いたが40人前後が集まった。普段なにも言わない文句ばかり言う組合員が、自ら「やっていきたい」と言ってきた。いつ建物が建つのかも分からない、と言ったが、それでもやると言ってきた。
あすも、ゆりあげ港朝市の話題をお届けします。
ゆりあげ港朝市