2017年4月17日

4月17日 南阿蘇村「まるでん」増田一正(1)

今週は、熊本地震から1年。一歩一歩復興に向け歩みだした、南阿蘇村の今をお伝えします。

お話を伺ったのは、崩落した阿蘇大橋のすぐ目の前でレストランを経営していたごはん処「まるでん」オーナー 増田一正さんです。

◆阿蘇大橋の目の前 赤い屋根のレストラン
ごはん処「まるでん」といいます。阿蘇大橋渡ってすぐの赤い屋根のレストラン、と言えばみなさん分かりやすく伝わっていました。一番メインが「赤牛ステーキカレー」と言って赤牛を煮込んだカレーとランイチという部位が赤牛の特徴を出しているお肉なのでそれをワンプレートに乗せて一緒に出してました。


増田さんは南阿蘇村で育ち、就職での大阪時代を経て、26歳の時にUターンして南阿蘇村へ。6年前、34歳で独立し「まるでん」を開業しました。
昼は観光客や、東海大学の学生に向けて。 そして地元の方のために、夜の営業に向けて店内を改装したばかりでした。


◆「阿蘇大橋が落ちた」
自宅はお店からちょっとのぼっていったところなんですけど、そこで本震にあいました。寝てて違うベッドで起きましたね、それくらい下から突き上げられました。2階建ての家だったんですけど右半分が全部崩れてしまって、娘たちと家内は私と一緒にいたんでなんとか2階から下に降りることができました。ばあさんは1階で崩れたところで寝てたんですけど、ちょうどこたつとベッドの隙間に挟まってて奇跡的に助け出すことできました。私は地元の消防団で40軒ぐらいしかない小っちゃな集落なんですけど、安否確認して救助して何人か助け出しました。30軒ぐらい全壊です。私の叔母さんが一人助け出せなくて亡くなりました。
夜中に地震があって地元の救助にあたって、朝方くらいに「阿蘇大橋が落ちたよ」って噂話のように聞いて。まさかって思ってたんですけど、とりあえず作業は続けておって、昼の2時過ぎにお店もどうなっているのかな、と思って、もちろん道路がめちゃくちゃですんで車使えないので歩いてお店まで降りてきて、降りてくる途中もここ東海大学の学生の下宿街だったので学生のアパートもほとんどつぶれている状態なのを目の当たりにしながら降りてきました。本当に橋がなかったのを見て、なんか唖然としました。その当時のことをあまり覚えてないんですけど…。




こうしてレストランから見える風景が一変してしまった「まるでん」さん。お店の目の前にも地割れが1年の間に伸びていて、いつ崩れてもおかしくない状況です。同じ場所でのレストラン再開に向けては、まだ見通しが立っていないとのこと。
増田さんのインタビュー、続きは明日以降お伝えします。

アウトドアクラブ南阿蘇knot 公式サイトFacebook

パーソナリティ:中西哲生・高橋万里恵

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