2018年2月23日

2月23日 大川伝承の会・語り部ガイド

東日本大震災の津波で、児童・教職員84名が犠牲となった宮城県石巻市の旧大川小学校。「子どもたちを助ける方法があったのでは」という疑問がいまも解決していない場所です。

遺族の一人、「小さな命の意味を考える会」代表の佐藤敏郎さんは、2016年「大川伝承の会」を立ち上げて語り部ガイドを主催。参加者に、震災当日の大川小学校の状況を伝え続けています。来月、3月4日(日)にも、語り部ガイドが予定されています。

今朝は、佐藤敏郎さんに電話でお話を伺いました。

速水:まず「大川伝承の会」による語り部ガイド、どのような想いでスタートしたんですか?

大川小学校のことは新聞やテレビなどでも報道されますけれど、全国から、海外からもたくさん人が訪れまして、せっかく来ていただいて何も知らずに帰って頂くのは申し訳ないなと思ってガイドを始めました。今、あそこは壊れた校舎があるだけなんです。だから「なんでこんな寂しい場所に学校建てたんでしょうか?」と聞かれることがありますけど、あそこには町があって、子供たちが走り回っていたということをまず知ってもらいたい。その町が今このようになってしまったという事実にも向き合ってほしいなと思って活動を続けています。

速水:最近になって、すごく多くの方が大川を訪れるようになったとか。

語り部ガイドは広くアナウンスしているわけではなく、定期的にfacebookにお知らせしてやってるんですが、必ず100人以上は来ます。大川小のもとには、何十人〜何百人と来ます。

速水:1月の会では、当時小学5年生で大川小で被災した高校生も語り部として参加されたんですよね?

若い世代が語り継いでいかないとこの活動は続かないと思っているんですけど、当時の小学生や卒業生の中学生(現大学生)とかが私たちも参加したいということで、去年末あたりから一緒に活動しています。あるいは、当時奇跡的に助かった少年も話してくれたんですけど、「ここで波にのまれて、山にしがみついて…」なんてかなりリアルな話をしてくれました。

速水:3月4日は、午後に勉強会も行われる。勉強会は、どのようなテーマで?

大川小学校に起きたことについて、何があったのかと、それ以降も教育委員会の対応や課題など見えてきたことがたくさんあるので、それをみんなで勉強して一緒に考えていきたい。それも参加される方が多くて県外からもいらっしゃっていて、ありがたいというか責任を感じています。

高橋:今でもたくさんの方が花を手向けにいらっしゃる大川小学校。そこでどれだけ悲惨なことが起きてたくさんの命が奪われたかということを、語り部ガイドの話を聞いて、しっかり理解したいといつも感じます。残っている光景からの教訓、そこに町があったことも含めて私たちもこれからも伝えていかないといけないと感じました。

「大川伝承の会語り部ガイド」、次回は3月4日(日)午前10時から。その他、今後の予定などは、「大川伝承の会」のフェイスブックをご覧ください。

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LOVE6HOPE、来週は、中西哲生さんが宮城県南三陸町で、漁師体験レポートお送りします。

パーソナリティ 鈴村健一

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