2018年3月6日

3月6日 大川伝承の会 語り部ガイド(2)

今日は、3月4日に行われた、宮城県石巻市、旧・大川小学校での語り部ガイドのレポートです。

東日本大震災の津波で、児童・教職員84名が犠牲となった、旧・大川小学校。被災当時のままの姿を遺す校舎では、悲劇と教訓を後世に伝える「大川伝承の会〜語り部ガイド」が継続的に行われています。

今回12回目の語り部ガイドには、主催者であり、ともに娘を亡くされた遺族でもある、佐藤敏郎さんと鈴木典行さん。そして、津波にのまれながら奇跡的に助かった生徒の一人、当時小学5年生だった只野哲也くんも参加しました。

あの日、この大川小学校で、いったいどんなことが起きたのでしょうか。

◆当時、津波にのまれて、山で気を失った
(先生と子供達は県道に出ようとした時、津波の気配がした。その途中まで行った男の子、当時5年生だったんですけれども、それが只野君。その状況をちょっと話してくれますか?)
はい。皆さん今通ってきたと思うんですけど、いま車が走ってる県道の方に民家の細い道を通って小走りで走っていた時に、県道に差し掛かった時に前の木造建ての民家が爆発するというか、砕け散るように壊れて土煙のようなものが上がったので、これはやばいって恐怖を感じて、すぐに引き返してこっちの山に向かいましたが、自分達は気づいて山に向かうんですけど、あとから避難してきた低学年の子達は「なんで戻ってきたんだ?」みたいな感じでゴタゴタした状態になって、自分はもうそれどころじゃないのですぐに山に駆け上って急な斜面なんですけれど自力で上って、学校の方に振り返ったんですけどまだ津波のようなもの見えなくて、もう少し登れば助かるなと思って、もう一回前を向いて登ろうとした時に、後ろから水とか波よりも、すごい何十人にも押しつぶされる圧力が体にかかって、そこで気絶しました。(哲也はそこで一晩過ごした感じに?)はい。津波に飲まれて気絶したんですけれども、ずぶ濡れで目が覚めたのが多分もうちょっと三角地帯側の山の斜面なんですけれども、そこで目が覚めて役場の人が山の上から降りてきて、こっちの竹やぶというかそっちに移動するしかなくて、その移動してる最中にもまた大きい津波が来て、またのみ込まれるという恐怖があって震えたりとかもしたし、目覚めたあたりから雪がすごい降ってきて、夜も寒くて、顎がミシンのようにずっと震えてる状態で、、多分あんな寒い夜は二度と経験しないでしょうし、したくもないなって思います。


津波にのまれ、気を失いながらも奇跡的に山に身体を押し付けられ、助かった只野くん。目が覚めたあと、裸足のまま足場の良い竹やぶに移動して一夜を過ごしますが、夜になっても押し寄せる津波、雪が降る凍えるような寒さといった、思い出したくないはずの当時の状況を話してくれました。
只野くんは奇跡的に助かりましたが、同じ大川小に通っていた妹、そして母と祖父を津波で亡くしています。

明日も「大川伝承の会 語り部ガイド」のレポート、お伝えします。

パーソナリティ(月ー水)中西哲生・ケリーアン(木)中西哲生・綿谷エリナ(金)速水健朗・綿谷エリナ

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