絆ストーリー

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金子哲雄

「自分の人生を生きなさい」そのひとことが、僕の人生を変えた。
亡くなったきょうだいのためではなく自分のために、生きる。

逢った瞬間に「このひとと結婚するな」と思った。

朝、透明な空気の中、我が家に響く音。
それは、ジューサーの音。
にんじん12本、グレープフルーツ2個、オレンジ2個、レモン1個。
特製ジュースを2リットル。
妻はボクのために、毎朝、作ってくれる。
ボク、金子哲雄の仕事はありがたいことに忙しくなり、妻はとにかく健康を心配してくれている。
人生のピークをなるべく遅くもってくる。できれば五十代。
そう思って生きてきた。一生働いていたい。
そのために、健康は不可欠だ。
妻が支えてくれるのはもちろん、健康だけではない。
仕事のことでアドバイスをくれたり、進む軌道を直してくれたりする。
今も、妻に言われたひとことは、ボクにとって、大切な指標。
「自分の人生を生きなさい」
結婚して間がない、三十歳くらいのとき、そう、言われた。
ボクはフリーの雑誌記者をやっていた。
思い通り、ジャーナリストになったけれど、この先どうなるか、わからない。
不安と焦りの毎日を、ただがむしゃらに突き進んでいた頃。
その言葉には思い当たることがあった。
ボクは、本当は四人姉弟だったけれど、三人を病気で亡くしている。
心のどこかに、亡くなった弟や姉さんの分を生きなくてはいけない、彼らの人生を背負う、そんな無言のプレッシャーがあった。



自分を生きれば生きるほど、いちばん大事なひとが幸せになる。

「自分の人生を生きなさい」
車を運転しているとき、助手席の妻が言ったひとこと。
ボク、金子哲雄は客観的に見れば、自分の人生を思い通りに生きてきたと思われるかもしれない。
三歳での初めてのおつかい。
母親に「メロンパンを買ってきて」と頼まれた。
お店にいくと、メロンパンは手の届かない高い棚にあった。
ボクは店員さんに、取ってくださいとお願いをする。
そして、メロンパンはタイムセールで、一個100円が60円だった。
ボクは二つ買った。
その一部始終を、あとをつけた母親が見ていた。
母親は、ボクの機転をほめてくれた。うれしかった。
流通ジャーナリスト、プライスアナリストの原点が、そこにあった。
以来、ボクはものの値段に興味を持つことになる。
新聞の折込チラシが、教科書になった。
小学校のときから、チラシを研究し、たまご、じゃがいも、お肉、食材ごとの値段をグラフにして
安い商品を予想するようになった。
野菜や魚の旬もチラシから学び、漢字もチラシで覚えた。
大人になって、会社員になっても給料というものがずっと右肩あがりで、伸びていくものだとは、思えなかった。
値段の上がり、下がりを、日々、見ていたから。
どうやったら、一生働ける、稼げる仕事ができるか。
高校、大学、社会人。がむしゃらに学び、実践する毎日が続いた。
独立して数年たったある日、妻に出会った。


その頃、ボク金子哲雄は流通ジャーナリストとして経済誌に文章を書いていた。
本を出すことになり、編集者を探していた。
居酒屋で、先輩が紹介してくれたそのひとを待った。
現れた女性は、品の良さそうな雰囲気、堅実な空気をまとったひと。
アクセサリーも華美でなく感じがよかった。
「ああ、このひとと結婚するんだろうなあ」
ごく自然に、そう思った。
「年収300万でも年収600万の暮らしを保証します」
それがプロポーズの言葉だった。
結婚してさらに仕事を頑張った。
でも、妻から見れば、ボクの頑張りには、どこか「自分」が抜けているように感じたらしい。
亡くなった弟やお姉さんのため。
だから「自分の人生を生きなさい」そう言ってくれた。
妻にそう言われて、気がついた。
そうか、ボクがやりたいことを精一杯やることで、ボクがボクの人生を精一杯生きることで、
亡くなった姉弟も、きっと喜んでくれる。
すっと楽になった。自分のやりたいことを一生懸命やろう、そう思った。
ボクが笑顔になると、妻も笑顔になる。
自分を生きれば生きるほど、いちばん大事なひとが幸せになる。
妻のひとことが、ボクを大空に解き放ってくれた。


わかちゃんへ
毎日毎日、本当に朝6時ぐらいに起きてもらって、にんじんジュースやグレープフルーツジュースを絞ってくれて、さらに、その絞りカスを掃除したりとか、わざわざめんどくさいことをやってくれながらも、僕の健康のことを気遣ってくれて、ほんとにどうもありがとうございます。
他にも、毎日毎日、僕が仕事でこんなアイデアがあるよ、って言ったら、適切なアドバイスをくれて、さらに買い物に行った時に、僕が見落としているような買い物情報まで付加してくれたりと、ほんとにもう、わかちゃんがいないと僕は生活できないし、もう生きていく楽しみがまったくなくなってしまうのかな、と思います。


これからもわかちゃんを心配させたり、悲しませたりしないよう、僕自身も健康のことを考えながら、仕事や、自転車に乗ったり、サイクリングに行ったり、プライベートも充実していきたいな、と思っています。
ほんとにわかちゃん、いつもありがとう。そしてこれからもよろしくお願いします。


金子哲雄
1971年4月30日生まれ。
鉛筆からミサイルまで、あらゆるジャンルの流通過程を「五感」で追い続ける流通ジャーナリスト 兼 プライスアナリスト。
今年のスローガンは「お金をかけずに、Global Niche No.1」「お金をかけずに、小さくても世界で一番」。
最新刊「学校では教えてくれないお金の話 〜14歳の世渡り術」 が河出書房新社より発売中。

番組にご出演いただいた金子哲雄さんが、2012年10月2日(火)、永眠されました。
番組スタッフ一同、心からご冥福をお祈りいたします。
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