満月の扉辻村アズサ

第8話 夢見る者に制裁を

「マユ、お前、俺に嘘ついてるだろ?」 俺は声を低く押し殺して迫った。
マユの慄いた顔がゆっくりと解れ、ぎこちない笑顔を作る。空笑顔だと即座に分かってしまうほどの、あまりにつたない作りものだった。
「……お兄ちゃん。どうしたの?凄く怖い顔してるよ?」
「俺の質問に答えろ」
「どうしたの?出かけた先で、何か嫌な目にあっちゃった?」
「──これが最後だ。質問に答えろよ」
俺の有無を言わさぬ態度に、マユの顔から笑顔が消えた。
「あたしが、嘘?なんで?どういうこと?」
俺は袋を台所に放る。ガチャリと鈍い音がした。その乱暴な音に、マユの小さな肩が大きくはねる。
「マユ、お前言ったよな。天国も地獄もあって、死んだ人がこの世界に混ざっていて、それはよくあることだって」
「う、ん」
「まさにその通りだな……。会ったよ。お前と同じ、死んだはずの人間に」
俺のその一言に、マユの表情が凍りついた。
畳の床を踏みしめ、俺は一歩踏み出す。マユはそれに合わせて後退する。
「ど、どこで?」
「さっき、アパートの前で。俺のクラスメートだった奴。2ヶ月前に死んだ、水嶋直彦っていう男」
「──その人何を聞いたの?」
マユの声がどこか挑むように強くなる。
それだけなのに、俺は心のどこかで、あぁと呻いた。
俺は分かってしまった。彼女の嘘を、見破ってしまった。
昔から、妹が嘘をつく時の癖──語気を普段より強め、早口で言葉を紡いでしまうというもの──で。
「……水嶋は、お前が俺の妹のマユとは違う、似て非なる存在だって言っていた。【回収班】ってなんだよ?この世界の真実だとか終焉って、どういう意味なんだ?あいつは、お前の身の上を知るためにはそれを知る必要があるって言ってたんだよ。なぁ、教えろよマユ」
重たい沈黙が流れた。
それは現実には、恐らく数分間のことだったかもしれないが、俺にとってはあまりに長く、あまりに苦しい時間だった。
──マユの閉ざされた唇が動かなければ良い。もしくは、そんなもの、嘘だって否定して欲しい。それとも、俺が望んでいる答えが嘘と欺瞞で溢れているとでも言うのだろうか?だとしたら、この世界はなんて残酷な色に彩られているのだろう?
俺は、目の前の少女と再会するまで、夢の中のあの日の光景だけを悪夢だと思い続けていた。そうすることで、自分の身に降りかかった悲劇を誤魔化すことが出来たから。けど今は、どこへ行っても悪夢だけが世界を支配しているようにしか思えない。
目を閉じても開いても、容赦なく降り注いでくる悪夢の火の粉。

マユが、伏せていた目をあげた。
俺とマユの視線が結ばれる。
そして、彼女の淡い唇が、柔らかく開かれた。仕草こそは柔らかいものの、そこから漏れ出る言葉はナイフの如き鋭利さで俺の耳へと届いた。
「……ごめんね。あたし、嘘ついてた。
  もうそこまで聞いたなら、弁護のしようがない」
彼女は、全てを諦めたように大きく落胆する。
「その通りだよ。彼が言ったことは、本当なの。そしてあたしは嘘をついていた。あたしは石島マユだけど、お兄ちゃんが知ってる石島マユとは少し違うの」
「なんでだよ……、なんでそんな嘘をついたんだ!」
みるみる視界が曇っていく。澄んだ光は見えない。鼻の奥がツンとなり、頭が熱く重たくなっていく。
「でもね、お兄ちゃん……聞いて」
「もう聞きたくない」
少女の指先が俺の目尻に触れようとしてくる。俺はそれを力任せに振り払った。
涙がボタボタとこぼれ、胸の奥に大きなひびの入る音が聞こえ、そこから多くのものがとめどなく溢れ出てくる。それらを全て押し流すように、俺は口火を切った。
「もう何も言うな!俺に構うな!お前なんか消えろ!二度と俺の前に現れるな!マユと同じ顔なんかして、マユと同じ声なんかして、俺を兄貴だなんて呼ぶな!この嘘つき!!」
彼女は目を見開き、どこか放心したような表情で俺を見つめていた。
俺は込み上げる衝動のまままに自室へと直行し、荷物をまとめ始める。
それを少女は、ただ呆然として眺めていた。恐らく、頭が追いついていないのだろう。俺が一通りの荷物を旅行用のバッグに詰め、玄関でスニーカーに足を通している姿を見て、彼女はようやく事の成り行きを呑み込んだらしかった。
「どこ行くの!?」
「お前には関係ない」
「待ってよ、お願いだから聞いて!」
彼女の小さな手が、俺の上着の裾を引っ張った。
俺は涙を片手で拭い、彼女の、今にも泣きそうな顔を数瞬だけ見る。
そして、視線はすぐに床へと落ちた。
「……俺は、お前を信じてみようと思った。信じたかった。本当は分かってた。死人が生き返るなんてこと、あるわけがないんだって。それでも信じたかったんだ。だけど、お前は真っ直ぐな気持ちで俺と向き合ってくれなかった。どんな形であれ、嘘をついた。もう俺は、お前をマユだって認める自信がない。
──1週間、家を空ける。1週間したら、俺は帰ってくるから。お前はそれまでに、どこかへ消えてくれ」
俺の上着の裾に縋りついていたマユの手が、力を失って、中空に吊り下がる。俺は、彼女のその時の表情を満足に見ることもせず、アパートから出て行った。

──それが、5日前の話である。


「そこの屋上登校生」
「……なんですか。生徒会二年総括・佐伯瑞穂さん」
さすがにこの時期にもなると、屋上のコンクリートも熱気より冷気を帯びるようだ。硬いベッドの上に仰向けになり、一枚絵のような青空をボンヤリと眺めていた俺の視界に、瑞穂の不満げな顔が飛び込んできた。
俺の返答に、瑞穂は眉を吊り上げる。
「なんですか、じゃない!登校してるって噂を聞いたと思えば、なんで教室じゃなくて屋上なんかに直行してんのよ!!しかもよく見たら鞄も持ってきてないし!」
「よく俺が屋上登校してるって分かったな」
「吉村から聞いたのよ。なんか浩輔、今吉村の家で寝泊まりしてるんだって?」
「トオルの母親が出張から帰ってくるまでの間だけな。今日、授業終わったら、荷物まとめて出ていくつもり」
──あの、夜。
荷物を片手に街をフラフラしていた俺は、偶然にもゲーセン帰りのトオルに遭遇した。彼は俺の姿を見て「国外逃亡でもするつもり?」などと相変わらず突拍子もない冗談を口にして、それから、「まあ、人生って何度も迷子になってしまう深いラビリンスだもんな。その姿から察するに、君は目の前の人生から逃げようとしてますな。それならば、遠くへ逃げずとも、ちょっと生活環境を変えるだけでおおいに違うのである。というわけで、うちに来る?」どういうわけなのかは知らないが、屋根のある場所で過ごせるなら有り難い。なにより、今は1人きりで現実を見たくなかった。収まりきらない理由を携えた俺は、何も知らない友人の差し出してきた分厚い手に、ガシリとしがみついたのであった。

瑞穂は細い腰に手を当て、
「呆れた」
と本当に呆れきったように呟く。
「なにアンタ、家出少年気取ってんの」
それは自分が1番分かっているし、呆れている。現実主義者であったはずの自分が、こんなあからさまな現実逃避を決め込んでいる。今の俺には、無様に子供じみた理屈を振り回すことしか出来ないような気がした。
「家出しなきゃならない状況だったんだよ。どうにも出来なかったんだ」
「マユちゃんと何かあったの?」
瑞穂の迷いのない問いに、思わず表情が固まる。彼女は深い溜め息をつくと、寝転ぶ俺の隣に腰を下ろした。
「ねぇ、まさかアンタ、マユちゃんを疑ってるんじゃないの?」
「……かもな」
俺があっさりと認めると、瑞穂は更に深い深い溜め息を吐き出した。
「それがどれだけマユちゃんを傷つける行為か、アンタ分かってんの?」
「分かってる」
「分かってるなら、なんで?アンタ、私に言ったわよね?あれは俺の妹だって。彼女にとって唯一頼れるのは、世界で俺1人だけだって。それとも、私にマユちゃんを理解させる為の嘘だったの?」
嘘──その言葉を耳にした瞬間、俺の心の中でザワリと黒い砂嵐が起こった。
「俺は嘘なんて言ってない!嘘をついてたのは、あいつのほうだったんだよ!」
コンクリートの床を拳で殴り、その勢いで立ち上がる。激しい怪我の痛みには慣れてしまった。こんな痛みなど、まだマシだ。
「………そう」
沸騰する俺に比べ、瑞穂は信じられないくらいに平静だった。
「だけど、それにだって何か理由があるんじゃないの?マユちゃんは、浩輔を傷つける為に嘘をつくような子だった?」
「………っ」
食い縛った歯の隙間から、情けない呻き声がこぼれる。
「アンタはきっと、自分のことしか見えていないのよ。たとえマユちゃんが嘘をついたとしても、どうしてもっと耳を傾けてあげなかったの。そうやって、いつまで他人の言葉をその頑固な石頭ではねのけ続けるつもり?いい加減、もう卒業しなさいよ」
地面を睨み続ける俺を横目に見て、瑞穂は不機嫌な足取りで屋上から去って行った。
行き場を失った荒々しい感情の熱が、ゆっくりと引いていく。
──どうすれば良かったんだよ!?
毎日、砂利の混ざった泥水を飲まされているような気分。俺はあの時どうすれば良かったのか、マユはどうしてあんな嘘をついたのか、そもそも、この世界がどうなっているのか、そして水嶋は何故俺にあんなことを──。
「あ……」
そうだ、水嶋。
──2人の再会の場所、公園でいつでも待ってるよ。そこで全てを教えあげる。
(あいつ……あいつなら、なんとか出来るんじゃないか?)
俺は突然現れ、なんの躊躇いもなしに真実を叩きつけてきた彼へ一縷の望みをかけた。

学校から、水嶋の待つ公園への道のりは至って短い。
「……水嶋」
俺は無人の公園をキョロキョロと見回しながら、水嶋の姿を探す。
「み……うわ!?」
突然、視界が塞がれた。
両手を大きく振り回す俺を尻目に、そいつは嫌味ったらしい笑い声を舌の上で転がす。
「意外と鈍いんだね、石島」
視界が解放される。慌てて背後を振り返ると、そこに水嶋の笑顔があった。悪戯が成功したガキみたいな表情でクスクスコロコロと笑っている。
「お、お前、いつからそこに居たんだよ!?」
「石島が公園に入ってきてから、かな」
「………」
俺は水嶋が嫌いだ。
明確な嫌悪の理由は、今でも分からない。だけど大嫌いだった。今でも嫌いだ。
けどこいつしか、今、俺がもっとも必要としている答えを知る者はいない。
「……教えて欲しいことがある」
水嶋はニッコリと微笑んだ。
「ようやく知りたくなったんだね?僕が言ってたこと」
「ああ」
「ま、そこのベンチに座りなよ」
水嶋に勧められて、俺は日陰のベンチに腰を下ろした。
その隣に、水嶋も座る。
緊張感のある面持ちの俺に対し、水嶋は憎らしいほど飄々としていた。
「あれからずっと待っていたのにさ、石島ってばなかなか来ないんだもの。待ちくたびれちゃってたんだよね。で、どこから教えて欲しい?」
「全部、聞きたい」
水嶋は笑った。
「全部だったら、キリがないよ」
俺は気に障るほどに冷静な水嶋を横目で睨み、
「……マユのことと、世界がどうとかって話」
「いいよ」
彼は満足げに頷いた。
それから、ゆっくりと唇を割った。
彼の口から紡ぎ出される言葉は、やはり到底理解など出来ない。あまりに非現実的で、あまりに空想的過ぎて、あまりに衝撃的だった。

「僕が居た世界は、この世界と似て非なる──いわゆる並行世界っていう定義の当てはまる場所だった。外装も理も殆ど瓜二つ。同じ人間達、似たような成り立ち。だけど微細な部分に違いが見える。たとえば大きな違いの1つとして、僕達の世界の人間は、こちらの科学では証明出来ないものの存在を公に認めて、実際に文明の利器に応用して取り入れていることだった。平たく言うとしたら、魔法みたいなもの」
水嶋は手遊びを交えながら続ける。
「本来なら、こちらと混じり合うことない世界のはずだった。そもそも、混じり合う必要がなかった。同じでも、根本的には異なる世界同士、存在の認知はおろか干渉はタブーとされていたから。だけど、混じり合わなければならない事態が起きてしまった」
「……それは、どうして?」
思わず口をついて出た問い。
「2つの世界を統合する計画【The World Integra】。互いの世界が存続するに必要であり、互いにとって現在欠乏している要素を共有する、ギブアンドテイクの人類滅亡の危機を回避する為の苦肉の策。僕たちの住む世界はね、数年前まで、大規模な大戦が勃発していたんだ。
第三次世界大戦。どんなに平和の協定を結んでも、無意味で無益で、罪深い戦争は止まらなかった。ようやく終結の兆しを見せたとしても、それは仮初めに過ぎなかった。多くの命が失われた。主に発展途上国を中心とした、世界各国の存続が危ぶまれた。
そこで、人口増加でパンク寸前のこの世界との統合計画を、世界を代表して、各先進国の政府が、こちらの世界の各国政府とコンタクトを取った。こちらの世界は、僕達の世界に足りない資源や人口、秩序を有すると同時に、あまりに欠乏しているものも有りすぎる。その欠乏しているものを、僕達の世界がこの世界と統合することで、譲渡する。そのかわり、それに伴い、統合による記憶の書き換えや秩序等の変化、死亡者の蘇生現象を黙認することとする」
「──死亡者の、蘇生現象?」
「そう。世界が統合するということは、その中に巣くう全ての資源状態・動植物・全人類のデータも上書きするということなんだよ。どちらの世界でも存命中の人間は記憶の書き換えのみで済むんだけど、片方の世界で死亡していても、もう片方の世界で存命中の場合は、世界の統合と同時に蘇生するんだ。……いや、正確にはなりすましってやつかな? 逆に、両の世界でも死亡している場合は、どうしようもないんだけど」
水嶋の唇が歪む。
「ここまで説明すれば、大体分かったんじゃないかな?僕や妹さんの存在する意味というものが」
「………ということは、お前とマユは、既に統合された人間ってことなのか?」
俺の問いに、彼は困ったように眉を寄せた。
「う〜ん……ちょっと違うかな。まあ、どのみち意味は変わらないんだけど、正確には僕らは他の連中より一足お先に、こっちの世界の終焉の記録を回収する使命を与えられて、来訪してきた人間。世界の終わりを見届けるまで、無断での帰還は許されない」
ホッと胸を撫で下ろす自分がいた。
マユが本当に消えてしまっているんじゃないかって、不安にもなり、あんな言葉を突きつけたことに今更後悔など始めていたから。
──本当に、俺はどうしようもないな。
「その為に、こちらの世界では既に死亡している人間──それも感受性が強く、適応能力の高い子供を使うことが、上としては都合が良かったんだよ。もしどちらの世界でも存命中の人間がこちらに来て、2人が顔を突き合わせたらそれこそホラーだ。ま、要するに都合の良い派遣要員なんだよね、僕とマユさん……それから今頃日本中・世界中で、次の満月の夜まで地道に頑張っている仲間達は」
脳が叩きのめされるような感覚の中で、俺は最後の言葉を聞き逃さなかった。
「──次の、満月?」
水嶋は硝子の瞳を瞬かせながら、素っ気ない口調で「そうだよ」と頷く。
彼のその姿に、俺は怒りや呆れを通り越して、ただ呆然とすることしか出来なかった。
彼の素っ気ない一言は、まるでこの世界に下される断罪の言葉のような響きでこぼれ落ちた。

「次の満月の夜、計画は実行される。つまり、この世界は終わりを迎えるんだ」

水嶋と再び放課後に会うことを約束し、途方に暮れた気持ちで、俺は屋上に居た。公園から帰る途中に立ち寄ったコンビニで、昼食としてサンドイッチなどの軽食を買い、フェンス越しに灰色の街を見下ろしながら、モサモサと食べる。
今日もこの街の……いやこの世界の人間達は蠢いている。それぞれの人生を必死に走り回っている。学校へ行って、仕事して、家事をして、他人とトラブル起こして、自らの人生について葛藤して、世間の動きに一喜一憂して、人の生き死にに苦しんだり悲しんだり或いは美化してみたりして。
それは世界単位で見たら、塵にも満たない個々のざわめきだろう。
けどそれなりに幸せも不幸もあって、人間なんていう存在が成り立っている。
それが失われる。都合よく書き換えられる。人間の手によって。
「……くそっ」
それはとてもイライラすることだ。
そして今、俺はイライラしている。他人の都合によって、家族の思い出を土足で踏み荒らされた。これがいずれ世界中でも当たり前のように起こってしまう。それに対する憤りも、そういった事実さえも、なかったことになる。
「どうすれば良いんだ、俺は……」
事実を知った俺が何をどうすることが、自分に出来る最善の方法なのか、考えても見つからなかった。

下校時間。俺は荷物を取りに、トオルの家へと足を運んだ。
「ありがとな」
一通り荷物の整理が終わる。
トオルに礼を言うと、彼は小さく笑った。
「へへっ」
「な、なんだよ?」
「うん、なんか、浩輔の口からありがとうって言葉を聞くの、新鮮な感じだからさ」
「なんだよ、それ。俺って感謝出来ない人間に見られてるのか?」
俺の質問に、トオルは慌てて両手を振った。
「ち、違うって」
それから、とまどいがちに言葉を続ける。
「……今だから言えるんだけど、浩輔、なんか、ずっとクールなイメージがあったんだ。家の事情も、浩輔自身のことも殆ど教えてくれないし、みんなと距離を置きまくってる感じだったし。力になりてぇな〜とか思っても、オレはお呼びではなさそうだったし……だから、まさか感謝される日がくるなんて、思わなかった」
「……そっか」
俺が思うよりも、周囲は様々なことを感じ取ってくれているようだった。
トオルは「だからさ」と笑う。
「これからは、もっと頼ってよ。友達ってそういうモンでしょ?」

トオルの家の門扉を開く。空は群青色の絵の具で塗り潰されている。
それを目にした俺は、この数日間、見上げることもままならなかった夜空に慌てて目をやる。
もう殆ど満ち始めた月が、浮かんでいた。
あれから、六日目の夜が、訪れようとしている。
「浩輔、またね」
「──トオル」
「ん?」
思わず、震える声で名を呼ぶ俺に、トオルは目を丸くした。
自分でも驚く。
「……明日も明後日も、俺たちずっと友達だよな?お前は、友達でいてくれるか?」
暫しの沈黙。
トオルはしっかりと頷いた。
「当たり前だよ。……浩輔は?」
「俺も」
2人笑い合う。
俺は思う。
もしも本当にこの世界が終わるとしても、不変のものは必ずあるはずだと。

待ち合わせの公園に、水嶋はやはり当たり前のように居た。
マユへ一方的に投げつけた約束のタイムリミットまで、あと1日。皮肉にも、満月の夜はすぐそこまで迫っている。
俺はどうするべきだろうか。今すぐにでも、彼女の元へ戻るべきなのだろうか。
(だけど、俺が今戻ったから何になる?また彼女を傷つけてしまうはずだ)
迷う俺を誘うように、水嶋は歩き出した。
「行こうか、石島」
「行くって、どこへ」
水嶋は静かに微笑む。
「僕のマンション」
ふと、その笑顔がどこか、この世界が抱え込む深遠の闇を映しているように見えた。

──そして俺達は、忘れられるはずもない……世界が終わる夜の扉へと、ゆっくりと、だが確実に歩み始めていた。

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第8話満月の扉

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