孤独星ベニ

第1話

 2XXX年、空から星が消えた。
 異常気象によりオゾン層の内側に光を通しにくい物質の層が出来て、弱い光である星の光が届かなくなった。全体的に暗くなった地球上は、当初は大問題になり、世界が一緒になって改善策を考え始めたものの、アメリカの最先端をいく研究グループが既に手遅れであるという結果を発表し、世界に絶望が駆け巡った。  世界各国の政府は、絶望に満ちた世界を立ち直すべく「星という存在の抹殺」政策を発表、人類最大のミスを消し去り改心をするように強制した。簡単に言ってしまうと星を取り戻すことは諦められた。反対者は数多くいたものの弾圧され、結局は時代の流れにより、星を知らない者が増え、現在―――30XX年、星という存在が完璧に無くなった。星に関する書物は勿論、音楽・絵画までもが消された惨い政策は時代に飲まれて消え、星を語るものは何も無い状態がやってきた。

昼の空にはまぶしさが減った太陽、夜の空には朧に傘をずっとかぶっている月が浮かぶのみ。それが当たり前になった。

   ☆

 僕は夢を見ていた。
 真っ黒な空に光る粒が散りばめられている夢。その夢は昔から僕を幸せにさせた。

「……藤くん、高藤(たかとう)くん?」
「……え、あ、はい」
「終礼中だから寝ないでね」
苦笑する新人の女教師にクスクスと笑う同級生。なんとなく居た堪れなくなって長い前髪を最大限にたらして眼鏡をくぃっと持ち上げて、窓側の席であることに感謝しつつ外を見た。顔がほてっている。ただでさえ、目立つことが嫌いで仕方がない僕は注目が大の苦手だ。なんであの先生俺に構うんだ、ほっといて欲しい。気持ちの悪い汗でまたしてもずれた眼鏡をかけなおしながら夢のことを考える。
 僕には小さい頃からよく見る夢がある。いつも見る真っ黒な夜空に浮かぶ月。その周りにいくつものキラキラした明かりが光っている。あるわけが無い幻想的で心が吸い付くその光がなんなのか気になって調べる事が昔からハマっていることだ。幼稚園の年長くらいから意識し始めてもう高校一年だから十年くらい。ここまで鮮明に夢にでてくるものだから、正夢のように何らかの資料があると思ったのに、それっぽいものがあったとしても無理矢理消されている感じのものが多くて、そのタイトルだけ飛ばされて絶版にされていたりする。明らかに何者かが隠したと思われて、僕は少しムカっとした。でも、たかが高校生の俺は怒っても何も出来ることは無いし、もう十年も経っているのに進展はまったく無い。いい加減自分も諦めればいいものを、と思うけど諦められないのが可笑しいところだ。この頃は『執着することが少ない僕の執着できる珍しい事』としてちょっとした誇りとなっている。言い方を変えれば開き直っている。
 何かをやろうとか自発的になることは他にないし、適当に勉強して適当に人間付き合いすれば成り立ってしまう生活には正直興味がなかった。この灯心(とうしん)第四付属高校に入ったのも、図書館が異様に大きく、蔵書数が日本でも有数と聞いて、資料があるかもしれないという淡い期待を持ったからで、かなり偏差値が高かったけど、無事合格を掴んだ。高校受験は、僕の中で夢に対する熱をはっきりと感じた時だったと思っている。入学式から図書館に通いつめているが、未だ情報はつかめない。まだまだ資料の棚がわんさかあるから余裕があるものの、やはり心のどこかで焦っている。

「はい、じゃあ今日は終わり。皆立ってー」
遠くのほうで先生の声が聞こえる。それにしたがって身体だけ動かす。
「さようなら」
日直のキビキビした声が聞こえる。それにしたがって下を向いたままボソっと「さよなら」という。身体は動かして頭だけ別に夢のことを考えるのは得意中の得意だ。
 今日はどこの棚を漁りに行こうか。毎日のこのワクワク感は、自分ひとりだけの世界への旅の始まりのようで、すごく好きだ。

 放課後の喧騒の中、足早に廊下を歩く。息苦しい人ごみが嫌いな僕は下を向いていても図書館までいけるクセを入学式から一週間で身につけた。別館の図書館への渡り廊下までくると、もう誰とも目が合わないで済むので、いちおう顔はあげないけれど一息つける。そこからはスローテンポに歩けるので、運動神経がゼロな僕にはありがたい所だ。ふと眼をあげると、毎日見ているのに初めましてな気分になる図書館のトビラ。トビラが開くとブワっと図書館特有の匂いと冷房の風が僕を包み込む。広いせいかあまり人がいるとは思えない吹き抜けのエントランスに踏み込み、まだ初夏というのにすっかり古ぼけている鞄を指定のロッカーに置いた。司書の人があいさつをしてくれたから、少し頭を下げておいた。財布と定期だけポケットに突っ込み、図書館の掲示板に貼られている「月の満ち欠け日記」で今日は新月なんだ、と横目で見て思った。そんな小さな思いはすぐ忘れて、今日は図鑑の棚を調べようという考えに頭を埋めつくされ、古そうな本が並ぶ図鑑コーナーで片っぱしから「空」に関係ありそうな図鑑を開いていった。夢で夜空に光があるから「空」はかなり重要な点だと推理している。天気図鑑や地学図鑑……お目当てのものっぽいものがあってもやっぱり落丁していたりして、ふぅと一瞬ため息をつく。毎度同じパターンを繰り返されるとため息も短時間でできるようになるものだ。この感じは虚しいけどもう慣れた。音を立てないように閉じてもとの場所に戻す。この図鑑を見ることは未来永劫無いだろう。グッバイフォーエバー図鑑A……って、そろそろ思考回路も可笑しくなってきたらしい。
 次の図鑑に手を伸ばしたとき、図鑑と図鑑の間に何か挟まっているものが見えた。微かな期待と共にその挟まっているものに手を伸ばすと『植物図鑑』とデカデカと書かれていて、ガツンと期待を見事に打ち砕かれた僕は今日最大のため息をついた。随分古い本というより冊子といったほうがいいものを早々に本棚に戻そうとしたが、なんとなく第六感が働いて一ページ目を捲ってみた。


 そして――――僕は見つけた。「星」という存在を。
 見開きの写真は夢の中に出てきたものとそっくりだった。植物のことなんてこれっぽっちも書いていない。びっしりと「星」について書かれている冊子を思わず落としそうになる。
「嘘だろ……」
呟いてしまってから、誰かに聞かれなかったかと反射的に口を押さえて周りを急いで見渡すが誰もいない。なんだかバレたらまずい気がした。植物図鑑と書かれているのに内容が違う……それは誰かが意図的に隠したとしか思えなかった。
 僕の憶測に過ぎないけれど誰かが意図的にこの冊子を隠したとしたら、これは公衆の面前で堂々と見るものでは無いだろう。可能性を考えて僕は冊子を借りようとしたが図書館ラベルがない。いっそのこと貰っていってしまおうか。自分でも大胆だと思ったが『図書館利用規約第三十四節、図書館所有のものは図書館ラベルが貼ってある』と書いてあった気がする。図書館にとっての余計なものを引き取ってやると考えれば、僕っていい奴だな。
 もう一度手の中にある存在を確認し、僕とその冊子が出会ったのは偶然であり必然の事だとらしくもなく信じて、どうしても見たくなってパラパラっと捲ってみた。僕が求めていたものは「日に生きる」って書くのか。陰に生きる僕とは逆の存在だな。自嘲気味に最後まで捲っていくとペラリとしたメモ書きが挟まっていてイトミミズのような字で記されていた。

『未来ノ君ヘ
 僕達人類ハ、トテツモナクドウシヨウモナイ過チヲ犯シテシマイマシタ。
 政府ハ惨イ政策ヲ立テテ、ソノ過チヲ抹消シヨウトシテイマス。
 ダカラ、過チカラ眼ヲ逸ラサナイヨウニ、僕ハ君ニコノ冊子ヲ送リマス。
 君ガコノ内容ヲ信ジルカ信ジナイカハ自由ダケド、
 僕ハ信ジテクレルコトヲ願イマス。
 モシ可能ダッタラ星ヲ取リ戻シテ下サイ。』


ドクンと心臓が跳ねた。政府……政策……これが隠された理由だったのか。どうりで資料が見つからないわけだ。過去の同い年くらいの男は必死にこの冊子を隠したんだ。そして僕に……そう思うと興奮が収まらなくて、しんと静まり返った図書館を僕は駆け出た。目指すは人気の少なく叫べる屋上だ。

 バンと開いた屋上のドアからいっきになまぬるい風が頬をかすめる。既に赤く染まった空の下の屋上なんて誰もいない、と溜め込んだものを思いっきり叫ぼうとした僕の眼に飛び込んできたのは――――

「マジかよ……」
五メートルはあろう給水塔から飛び降りようとしている女子だった。

蒼き賞

第1話孤独星

蒼き賞
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