× (かける)柚木椅子

第1話

マンガ『空を駆ける』について語る掲示板

1 名前:カオル@管理人:15:32:55
明日の夜、世界が終わるというのはみなさんご存知だと思います。
本日をもって全てのネット回線及び電気回線も途絶えるそうです。
最後にみなさん、マンガ『空を駆ける』への思い、その他諸々を書き込んでください。

90 名前:名前無し:23:45:34
俺が出会ってきた中で、最高のSF作品だった。
星川先生、ありがとう!

91 名前:名前無し:23:46:15
最後までファンでいてよかった。3年間の連載、お疲れ様でした。

話の流れに乗り、管理人の僕も書き込む。
世界が終わる前日だというのに、90件以上もの書き込みがある。
世の中の引きこもりは世界が終わろうが何が起ころうが、結局のところ暇なのだ。

「唯一文句を言うとしたら、クライマックスがどうなるのかを知りたかった」

キーボード上の指先が、キーを引っ掻き回すように動く。
Enterキーを勢い良く叩くと、画面上に僕の言葉が反映される。

92 名前:カオル@管理人:23:47:10
唯一文句を言うとしたら、クライマックスがどうなるのかを知りたかった

93 名前:名前無し:23:47:35
>>92 たしかに

94 名前:名前無し:23:48:10
でも作者失踪中らしいしな

噂では、そうらしい。
僕らの愛するマンガ『空を駆ける』の作者はこの地球のどこかを失踪している。世界の終わりを目前に、逃げ出したくなったのだろう。

世界が終わるという事実が世に広まったのは、今から3ヶ月前だった。
いつものようにすることがなく一日中テレビを見ていたら、何の前触れもなくニュースが流れ始めた。それは今思えば、生きてきた中で一番の衝撃映像だったように思う。

「本日からちょうど3ヵ月後の午前0時、この地球は破滅するということが学会で正式に判明いたしました」

どっかの偉そうなおっさんがそう言い終わると同時に、画面は砂嵐となった。
それ以降、テレビには砂嵐しか映らなくなったのである。
人生最後のテレビで見たのがあのおっさんかよと落胆する間もなく、そのときの僕は放心状態で、何も飲み込めないまま口をポカンと開けていた。なぜ地球が破滅するのか、その前にお前は誰なのか、そういう説明は何もなしに、勝手にその最後のテレビ放送は終わった。もちろんその後に世界の終わりについて様々な情報が飛び交ったが、結局のところ多くの人々が釈然としないまま明日世界の終わりを迎えようとしていた。

しかしながら世界が終わることの僕への直接的な被害は、マンガの連載中止や待ち望んでいたゲームの新作が発売しないという事実くらいだ。

マンガ家によっては雑誌が休刊になっても根気強く続きを描いてはネット上に最終回までアップしている作家もいるにはいたが、想定外の事態に無理やりストーリーを完結させようとしたためか、話が唐突に終わってしまった感が否めないものが多かった。

そして、僕らの最も愛するマンガの作者は、それすらもせずに失踪してしまったのだが。

そのことがとてもショックで、こんな掲示板を立ち上げたという理由もあった。
そして終始パソコン画面しか見つめていない日々は続き、ますます僕の引きこもりに磨きがかかったとも言える。

95 名前:ヨウ:23:49:12
家に籠もってんだろ

一瞬自分のことかと思ってドキッとしたが、パソコン上では作者の話をしていたのだ。
そういえば、テレビも電話も回線は途絶えたのに、インターネットだけは繋がっている。地球の破滅を防ごうと悪あがきでもしている研究者のためだろうか。
しかし、あと少しでそれも途切れる。地球を守ろうだなんて諦めろという合図のようで、少し空しい。

96 名前:名前無し:23:50:05
たしかにラストは公開してからいなくなって欲しかったよな

97 名前:名前無し:23:50:35
最後まで書け

僕はふいに、もうすぐ暗闇に包まれるであろう部屋を見渡した。
地べたに座り込んでいる僕の四方を囲み、木製の大きな本棚達は僕を見下ろしている。
そこにはところ狭しとマンガやゲームが収納してある。収納というよりも、詰めてあるというべきだろうか。その隙間を縫うようにして置いてあるのが、パソコン。そこから伸びたコードが部屋の中を縦横無尽に這い、まるで僕の部屋自体を機械化させているようにも見えた。

この部屋に籠もって、どのくらい経つだろうか。

この数ヶ月、僕にとってはこの部屋が世界のすべてだったのだ。
そしてこの小さな画面の中こそが、僕の生きるべき世界。

パソコンに視線を戻す。「更新」というボタンを押せば、新たな書き込みが何十件も表示されるのだ。
そして一番新しい書き込みを見て僕はギクリとする。

121 名前:カケル:23:53:43
作者、失踪したのって事実だよ。
だいたい、あと1日ちょっとで世界が終わるっていうのに君らはなにをやってるわけ?
自分たちは画面の前で座ってキーボード叩いてるだけのくせに文句言う権利ないだろ
こんな誰も見てないとこで文句たれるくらいならひとつでも行動しろよ、オタクども

あぁ、やはり来たか。荒らしというやつだ。

122 名前:名前無し:23:53:59
>>121 逝ってよし

123 名前:名前無し:23:54:05
カケルっていう名前を気安く使わないでもらえますかね

124 名前:名前無し:23:54:50
お前こそパソコンに書き込んでないで地球救えよカケル

荒らしが来ると、周りも荒れる。
掲示板に確実な痕跡を残していくのだ。

125 名前:カオル@管理人:23:55:03
はいはいみんな荒らしにかまうのはやめましょー

僕は宥めるように言葉をかける。嫌な汗は止まらない。

126 名前:ヨウ:23:55:25
>>124 お前だってこんなときに何荒らしてんだよ暇人め

完全に無視された。
荒らしは懲りずにまた書き込む。もうやめてくれないか、こんな時に。

127 名前:カケル:23:55:55
ラストシーンがどうとかさ、気になるくらいなら自分で確かめれば?
作者は今、地球を救うっていうテーマで漫画描いてたから責任感じてんだよ
お前らみたいな人間が多いせいだ

128 名前:名前無し:23:56:03
>>127 出 て け

荒らしの名はカケル・・・カケルとは、『空を駆ける』の主人公の名前だ。

129 名前:カケル:23:56:10
おい、管理人

か、カケルに名指しされた。


130 名前:カケル:23:56:55
そんなに気になるなら自分で確かめるとかしろよ、どうせ引き篭もって最後まで家にいるつもりだろ
偉そうにこんな掲示板作るんじゃねぇよ

131 名前:名前無し:23:57:04
>>130 お前が一番偉そうだw

心臓がドキドキと鳴る音が僕の喉元から伝わってくる。
何か、言い返さないと。あと3分でネットは繋がらなくなるのに、こんな荒らしの書き込みで終わらせてたまるか。
気持ちとは裏腹に良い反論は思い浮かばず、僕の指はキーボード上を行ったりきたりしている。
あぁ、そうこうしている間に他のコメントが。

132 名前:名前無し:23:57:28
でもたしかにな、言い出したのはカオルだぞ

え。

133 名前:名前無し:23:57:55
>>132 一理あるが、今から24時間で作者を探してクライマックスを問い詰めるなんて、引きこもりには無理だな。家を出るのに最低100時間は必要だ

ちょちょちょちょっと待て、なぜみんなだんだん荒らしの意見に傾いているんだ?

134 名前:さくら:23:58:01
カオルさんなら大丈夫です(・ω・)ノ

なんだそのふざけた顔文字は。
現在時刻、11時58分。時間がない。


135 名前:カケル:23:58:10
いいか、管理人。今お前の前には二つの選択肢しかない。
大勢のファンとお前自身のために、作者の元へ一日以内に行きクライマックスを問い詰めるか、そこでそのまま死ぬかだ。

な、半ば脅しじゃないか!

136 名前:名前無し:23:58:15
荒らしの言うことなんて聞かなくてよし

137 名前:名前無し:23:58:30
いや、とりあえずカオルの意見を聞こうじゃないか

「ぼ、僕は・・・・」

僕は、どうしたいのか。
その前に、根本的な疑問が浮かぶ。

138 名前:カオル@管理人:23:58:23
だいたい僕がクライマックスを聞いたところで、ネット回線も途絶えるわけだし、どうやってみなさんにお伝えすればいいんですか

139 名前:カケル:23:58:30
そんなことはどうでもいい。
お前がどうしたいかを聞いてるんだよ。
残り時間は、あと90秒だ。

そんなアホな。だんだん目的が変わってきている。
それになぜ僕ひとりが・・・。



140 名前:名前無し:23:58:42
>>139 クライマックスなんて自分の妄想内で勝手に決めればよし

141 名前:名前無し:23:58:50
いや、カオル。お前はそのままで本当に良いのか?
その狭い部屋で、一人きりで最後を迎えるのが正しいと思うのか?

「そんなこと言われたって・・・」

どうしたらいいのだ。

142 名前:名前無し:23:58:55
お前は俺らの希望だ、カオル

143 名前:ヨウ:23:58:59
外に出ろ

144 名前:名前無し:23:59:02
出ろ

145 名前:名前無し:23:59:13
外に出ろ、カオル

なんだこの状況は。
ネット上で脅されているとしか思えない。

146 名前:カケル:23:59:20
ほら、みんなお前に期待してるぞ。
まさか、そのまま家にいるつもりじゃないだろうな?

鬼だ。僕は画面の裏側に潜む般若を垣間見た。


147 名前:名前無し:23:59:30
ほら、あと30秒だぞ。

148 名前:名前無し:23:59:38
今すぐに走れ!

「え、本当に!?無理ですよ・・・!だって明日で世界は」

149 名前:名前無し:23:59:48
黙って行け、さもなければ

「う、うぁああ」

僕は世界一頼りない唸り声を上げて、立ち上がった。
闇の中でギラギラと光るパソコン画面に背を向けて、第一歩を踏み出したところで何かに盛大に足をぶつけた。

「痛った!」

なんと幸先の悪い。
よろめきながらも僕は玄関のドアノブに手をかける。
なんだか背後を振り返ってはいけない気がする。画面上から視線を感じる。

「一体僕が何をしたって言うんだ!」

そう言い捨てて、数ヶ月ぶりに扉を開けた。
それは、世界の終わりへと続く扉だった。

蒼き賞

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