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村上RADIO ~ホーギー・カーマイケルをご存じですか?~

村上RADIO ~ホーギー・カーマイケルをご存じですか?~

こんばんは、村上春樹です。
ホーギー・カーマイケルってご存じですか? 有名なアメリカのソング・ライターなんだけど、若い人はもうご存じないかもしれないですね。「スターダスト」「ジョージア・オン・マイ・マインド(我が心のジョージア)」といった名曲を生み出した人です。1899年11月というから、19世紀のまさにどんづまりに生まれて、1981年に亡くなりました。
今日は彼のソングブックをお送りします。素敵な曲がそろっています。ホーギー・カーマイケル、知らなかった方は覚えてください。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」


ドーナッツの食べ方にはいろいろあると思うんですけど、僕は一時、ドーナツの穴だけを残して食べるのに凝っていました。なるべくうまく薄い皮をつけた穴だけが残るようにするんです。これ、けっこうむずかしいんです。何のために苦労してそんなことをしなくてはならないのか? それがドーナッツに対するちょっとした敬意、リスペクトのように思えたんです。なんといっても丸い穴こそがドーナッツの神髄ですから。
STARDUST
WILLIE NELSON
STARDUST
COLUMBIA/LEGACY
まずは不朽の名作「スターダスト」を聴いてください。1927年、この曲を作曲したとき、カーマイケルはまだインディアナ大学の学生で、弁護士になるべく法律を熱心に勉強していました。でもそのかたわら、ビックス・バイダーベックやフランキー・トランバウアーという当時一流のジャズ・ミュージシャンたちとつきあって、一緒に演奏したり、曲を提供したりしていました。

そんなある夜、道を1人で歩いていたら、急にこのメロディーが頭にさっと浮かんだんです。最初から最後まで。それが消えないうちにと急いでピアノのあるところに行って、なんとか楽譜に書き留めたんだそうです。最初は、歌詞はなかったんだけど、あとになって素敵な歌詞がついて、伝説的な名曲となりました。

しかし、このような複雑な、どうみても普通じゃない構造を持つ曲が、一瞬にして頭にそっくり浮かぶなんて、まさに天才としか思えないですよね。モーツァルトもそうだったという話を聞きましたが。

「スターダスト」、文字どおり星の数ほど名演がありますが、今日はウィリー・ネルソンの歌で聴いてください。彼の飄々(ひょうひょう)とした声が、この曲にナチュラルに似合っています。
GEORGIA ON MY MIND
RAY CHARLES
ANTHOLOGY
RHINO
名曲「Georgia On My Mind」。いろんな人が歌っていて、どの歌唱も素晴しいんだけど、今日はやはりこの人、レイ・チャールズでゆくことにしました。最近では「Georgia On My Mind」といえばレイ・チャールズ、というのが相場になっているみたいですね。ジョージアが州の名前か、それとも女性の名前か、いろいろと説があるんですけど、今ではジョージア州の州歌になっています。

僕は20歳の頃、ビリー・ホリデイの歌でこの曲を好きになりました。それでレコードを何度も聴いて歌詞の書き起こしをしたんですが、1ヵ所どうしても聞き取れないところがありました。
“The road leads back to you(その道が君のもとに僕を導いてくれる)”というところです。ビリー・ホリデイの歌だとその部分の滑舌が良くなくて、なんのことだかよく聞き取れなかった。「ザ・ローリーバック・トゥー・ユー」としか聞こえない。古い録音ですしね。苦労したことを覚えています。レイ・チャールズの歌だとしっかり聞き取れます。
Rockin' Chair
MILDRED BAILEY
The Rockin' Chair Lady (1931-1950)
Decca
僕がカーマイケルの音楽を好きなのは、たぶんあんまりがつがつしたところがないからじゃないかと思います。決して裕福な育ちではないんですけど、中西部の小さな町の出身だからかもしれないけど、彼の作る曲にはどこかのんびりした、リラックスした雰囲気が漂っています。当時のソングライターはニューヨークの下町育ちのユダヤ系の人が多かったから、どことなく毛色が違うんですね。

次は、これも名曲「ロッキン・チェア」を聴いてください。「ロッキン・チェア」といえばなんと言ってもこの人、ミルドレッド・ベイリーです。ミルドレッドはこの曲を得意な持ち歌として歌い続けて、「ザ・ロッキン・チェア・レイディー」と呼ばれました。

カーマイケルはこの曲をインディアナ大学の学生時代、行きつけの酒場のアップライトピアノに向かって作曲したということです。ミルドレッド・ベイリーは何度もこの曲を吹き込んでますけど、僕のいちばん好きなのは、このザ・デルタ・リズム・ボーイズと共演したものです。とてもリラックスした歌唱です。聴いてみてください。The Rockin' Chair Lady sings「Rockin' Chair」。

アメリカには「ダンキン」というドーナッツ・チェーンがありまして、アメリカ東部、とくにニューイングランド地方を中心に展開しているんだけど、僕はここのファンでして、ボストンに住んでいるときは、毎日のようにダンキン・ドーナッツに寄って、コーヒーを飲み、プレーンドーナッツを食べていました。ここのコーヒー、あまりおいしくないですけど、ドーナッツに不思議に合います。

ボストンのフェンウェイ球場にこのダンキン・ドーナッツの大きな看板がありまして、グリーン・モンスターの上あたりなんですが、テレビの野球中継でこの看板が映るたびに、ドーナッツが無性に食べたくなります。食べたいなあ。
HEART AND SOUL
JAN & DEAN
JAN & DEAN'S GOLDEN HITS
LIBERTY
次は「ハート・アンド・ソウル」、あまりカーマイケルらしくないというか、シンプルな構成の、かなりすかっと明るい歌です。ジャンとディーンの歌で聴いてください。1938年に作られた古い曲ですが、彼らは明るくドゥーワップ風にアレンジして歌い、1961年にマイナー・ヒットさせました。


<収録中のつぶやき>
これはアメリカでは子どもがピアノで弾く曲の定番になっているんです。和音3つくらいのブロックコードで簡単だからね。
The Nearness Of You
JAMES TAYLOR
American Standard
fantasy
次は美しいラブソング、「The Nearness Of You(あなたのそばに)」です。カーマイケルはこの曲を1935年に映画『真夏の夜の夢』のために書いたんですが、プロデューサーに却下されて、ボツになりました。ひどいことしますよね。こんなに素敵な曲なのにね。

でも5年後にグレン・ミラーが取り上げて、そのバージョンがヒットして、いまでは押しも押されぬスタンダード・ソングになりました。カーマイケルの書いた曲の中では、最も多くのミュージシャンによって取り上げられた曲のひとつになっています。
とくにジャズ畑の人たちが好む曲なんだけど、今日はジェームズ・テイラーさんが歌います。なかなかいいんです、これ。

<収録中のつぶやき>
(カーマイケルの魅力は)やっぱり人柄だと思う。人柄が曲に出ているんですよね。きっといい人だったと僕は想像するんだけど。ある種の独特の温かみがあるんですよね。聴いていて、それが伝わってくる。
I Get Along Without You Very Well
CHET BAKER
plays and sings
WORLD PACIFIC JAZZ
次は僕の大好きな「I Get Along Without You Very Well」、あなたなしでも私はうまくやっている、というタイトルの曲です。

この曲の歌詞は、カーマイケルが大学時代にある女性から、「この詩に曲をつけてよ」と手渡されたものです。でも彼はそれを10年くらい放ったらかしにしていたんだけれど、1938年にそれを読んで心を打たれ、すぐに曲を書きました。
でも作詞者の名前が「JB」という頭文字しかわからなくて、名前をクレジットすることができなくて、ラジオを通して、彼女の素性と行方を全国探し回ったんです。でも名前と居場所がようやく判明したときには、彼女はその数日前に亡くなっていたのだそうです。これ、とても素敵な歌詞なんです。
きわめつけ、チェト・ベイカーの歌で聴いてください。
MEMPHIS IN JUNE
NINA SIMONE
SEVEN CLASSIC ALBUMS PLUS BONUS TRACKS
REAL GONE JAZZ
「Memphis in June(6月のメンフィス)」。カーマイケルはこの曲を1945年に「ジョニー・エンジェル」というギャング映画のために書きました。そして彼自身、この映画にタクシー・ドライバーの役で出演して、この歌を歌っています。作詞はジョニー・マーサーです。
カーマイケルはもちろん作曲家として有名ですが、その他にピアニスト、歌手、俳優としても活躍しました。1960年代に日本でも人気のあったテレビ映画「ララミー牧場」にも爺やの役で出ていました。
それで日本に招待されまして、あるときホテルの部屋でテレビを観ていたら、「シャボン玉ホリデー」という番組で、ザ・ピーナッツが「スターダスト」を歌っているのを観て、「こんな小さな女の子たちがけなげに」と感激して、わざわざ会いに行ったという話があります。

この間、ロバート・B・パーカーの『レイチェル・ウォレスを捜せ』という本を読んでいたら、私立探偵スペンサーがホテルの廊下で張り込みをしている場面で、この「Memphis in June」が出てきました。

「暇つぶしにジョニー・マーサーの歌の歌詞をどれくらい覚えているか試してみた。『Memphis in June』の中間あたりで大きな、鼻が赤い、感じの良さそうな男がエレベーターから降りてこちらへ歩いてきた」

スペンサーさんもどうやらこの曲が好きみたいですね。「Memphis in June」、ニーナ・シモンが心を込めてじっくりと歌います。
SKYLARK
BOZ SCAGGS
SPEAK LOW
DECCA
「スカイラーク」は主にジャズ・ミュージシャンによく取り上げられる曲になっています。スタン・ゲッツとボブ・ブルックマイヤーが演奏したバージョンが、うん、僕の好みです。歌ではカーメン・マクレエとか、ビリー・エクスタインとか、いろいろな名唱がありますが、今日はできるだけ新しい録音でということでやっておりますので、ボズ・スキャッグズの歌で聴いてください。これもなかなか渋いです。
カーマイケルの作る曲って、曲の構造が他の作曲家とはちょっと違うんです。メロディーの進行具合とか、曲の組み立て方とか、かなり独特で、聴いていて「あれっ」と思わせられるところが多々あります。
結局のところ、頭で作られた音楽じゃないんですよね。心にそのまま浮かんだ音楽なんです。その2つの間には大きな違いがあります。
カーマイケルの作った曲が今でも盛んに取り上げられる理由は、たぶんそのへんにあると思います。
TWO SLEEPY PEOPLE
ART GARFUNKEL
A LEAGUE OF THEIR OWN Music From The Motion Picture
COLUMBIA
「Two Sleepy People(眠そうな二人)」。ファッツ・ウォーラーの歌で有名になった曲で、僕はずっとこれはファッツ・ウォーラーが作曲したんだと思っていましたが、カーマイケルの曲だとあとになって知りました。素直な曲調からして、ちょっと意外な気がするんですけど、個人的には好きな曲です。こんな歌詞です。
セス・マクファーレンとノラ・ジョーンズが歌っている新しいバージョンもありますが、今日はアート・ガーファンクルのリラックスした歌で聴いてください。
NEW ORLEANS
HOAGY CARMICHAEL
HOAGY SINGS CARMICHAEL
PACIFIC JAZZ
カーマイケルの曲のタイトルにはなぜか地名がついたものが多いんですが、これも名曲です。「ニュー・オーリンズ」。ホーギー自身が歌います。
これは『Hoagy Sings Carmichael』というタイトルのアルバムに収められています。このアルバムではホーギーが自作の曲を10曲、歌っています。伴奏はジョニー・マンデルのアレンジメントと指揮。名のあるミュージシャンを集めていますが、なんといってもアート・ペッパーのソロがきらりと光ります。1956年の録音です。
このときカーマイケルはもう60歳近くで、声域もいくぶん狭くなっているけど、さすがに雰囲気がありますよね。聴いてください。「ニュー・オーリンズ」。
Skylark
PAUL DESMOND
THE BEST OF PAUL DESMOND
COLUMBIA JAZZ
今日のクロージングはポール・デズモンドが演奏する「スカイラーク」です。空のヒバリに語りかける美しいバラード。
今日の言葉は「パパラギ」という本の中に出てくるサモアの島の部族長、ツイアビさんの言葉です。ツイアビさんは20世紀の初め、招かれてヨーロッパ諸国を旅行して、そのときの体験を島に帰ってみんなに語ります……という構成になっているのですが、これは実はドイツ人が作ったフィクションだったと、あとになって判明しました。でもそれはそれとして、なかなか愉快な本です。

ツイアビさんは、ヨーロッパでよく「あなたは何歳か」と質問されました。そのたびに「知りません」と答えていたのですが、そう言うとみんなに「自分の歳を知らないなんて、かわいそうに」と言われました。
でも彼に言わせれば、「そんなこと知らないほうがいいのに」ということになります。
彼はこう言います。
「何歳かということは、何回月を見たかということだ。この考えはよろしくない。なぜならたいていの人は、死ぬまでに何回月を見るか、決められている。だから、数をかぞえてみて、もしたくさん月を見ていたら、『私はもう死ぬんだ』と思う。すると、どんな喜びも消え、彼はまもなく本当に死んでしまうだろう」
僕も実にそう思います。だから自分の歳がいくつかって、できるだけ口にしないようにしています。ていうか、自分でも忘れるようにしていますし、実際に忘れていることが多いです。そんなのただの数字ですから。

世間にはよく「私はもうおばさんだから」とか口にする人がいますが、そういうのってよくないです。そんなことを言っていると、ほんとうにおばさんになってしまいますよ。必要以上に若くなる必要はありませんけど、年齢的に自分を決めつけるっていうのはよくないです。
自由に自然に、心を広げて生きていきたいですね。

もう来年の話になりますが、今度、番組で「80's オール・リクエスト」というのをやりたいと思います。1980年代に流行ったポップ・ミュージック、お好きなものがあればどんどんリクエストしてください。ベタでも全然構いません。僕も80年代はいろいろ事情があって、ポピュラー音楽っていうか、ポップスをたくさん聴いていました。どういう事情かは、またその時にお話します。 番組サイトからリクエストとメッセージを送ってください。よろしく。

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

  • 今年も早や11月。木枯らしが吹くと、コートとセーター、温もりのある音楽と言葉が欲しくなりますよね。村上RADIOのスタジオは、曲を紹介するときの村上DJの声で分かるように、とても親密で温かい雰囲気で収録されています。今回の特集で、村上DJはホーギー・カーマイケルについて、「人柄が曲に出てるんです。……ある種の独特の温かみがあるし、聴いていて、それが伝わってくる」と語っていました。村上RADIOのスタジオの温かい雰囲気が、リスナーのみなさんに伝わっているといいなと思います。(エディターS)
  • エンディングでお知らせしましたが、リスナーのみなさんから「80'sオールリクエスト」を受け付けています。懐かしの80’、青春の80’、ベタな80’、なんでもOKです。村上RADIOのリクエスト企画は珍しいので、この機会にぜひご参加ください。来年オンエア予定です。お待ちしています。(構成ヒロコ)
  • 夕方5時になると、どこからともなく流れてくる「夕焼け小焼け」のチャイム。この時期になるとこの時間は真っ暗で、ああ、冬がやってきたな、と思うとともに、なんだか懐かしい気持ちになります。(なんでだろう?)ホーギーカーマイケルの「Georgia on My Mind」も、そんなイメージの曲で、なんでこんなに懐かしい気持ちになるんだろうと思っていたら、春樹さんにジョージア州の州歌になっていると教えてもらいました。どの曲を聞いても、なんだか”故郷”を思い出す、そんなメロディ。55分の番組を聞き終わった後は、あたたかい気持ちになること間違いなしです。そうそう。今度80’sを特集したいね、ということで、年内はラジオをお聞きの皆様に、80’sリクエストを募集しています。曲の思い出と共に、番組メッセージフォームまでお送りくださいね!私の80’sは、何と言っても「マドンナ」です。ノートに歌詞を書きつけ、自分で訳したあの日のこと、今でも思い出しますが、英語が全く得意にはならなかったなあ…残念。(レオP)
  • 村上さんの「カーマイケルの人柄が曲に出て、それが伝わってくる」という言葉がとても素敵だなあと感じました。こちらもいつも温かい雰囲気で収録をしています。少しでも温かさを感じてもらえたらと思います。そして、皆さんからの「80’sオールリクエスト」もお待ちしています!どんな選曲になるのかも楽しみです!(AD桜田)
  • 友人のギタリスト佐橋佳幸くんに村上RADIOでホーギー・カーマイケル特集やるんだ!と伝えたら、すかさずスターダストを口ずさんでくれました。ホーギー・カーマイケルはミュージシャンズ・ミュージシャンなのですね。温かいブランケットのような彼の音楽に似合うのはホットウィスキーでしょう。心からリラックスの55分でした!(延江GP)
  • 今回の村上RADIOは「ご存知ですか?」シリーズ第二弾、ホーギー・カーマイケルの特集でした。前回のモーズ・アリソンもそうでしたが、この「ご存知ですか?」シリーズで取り上げられるアーティストは、ジャンル分けできない独自の音楽を創ったアーティストが選ばれる傾向にあるような気がします。どの棚に入れたらいいのか分からない、ホーギー・カーマイケルの多様な音楽をお楽しみください。(キム兄)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『騎士団長殺し』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。